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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第二十四話 漆黒のサンタクロース ⑥

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 そんなリサの行動に旭たちの体がビクッと震える。
 周りの客も今度は何事だ?と少し怯えながらも好奇心に負けてこちらに視線を向けていた。ま、こうなるよな。そう思いながら俺は他人事のようにコーヒーを一口飲んだ。

「セリシャ、私が冒険者嫌いだって知ってて依頼したのかい?」
 先ほどまでは女性らしさのあるボーイッシュな口調が完全に男のような口調へと変わり、恨み殺すと言わんばかりリサはセリシャを睨みつける。
 服装や化粧も相まってかその表情はまさに鬼や悪魔と言っても過言ではないほど恐ろしいものなっていた。正直睨まれているのが俺じゃなくて良かった。俺なら間違いなくチビってたな。
 しかしセリシャはそんなリサの睨みにも怯む事無く真剣な面持ちで見つめ返すと、口を開いた。

「ええ、そうよ。だって私はリサと旭たちと一緒に今度のライブを成功させたいもの!」
「っ!」
 セリシャの口から放たれた言葉にリサは撃ち抜かれたかのように感じるものがあったのだろう。
 俺には分からない。俺はアーティストじゃない。だから彼女たちの苦労も努力も分からない。だが何かを成し遂げたい。一緒に目標を達成したいと言う想いはなんとなく分かる。
 だけど今の俺にそれを口にしたところで何の意味も無い。だから俺は冒険者として彼女たちの夢を守れるように依頼を達成するだけだ。

「私だって今度のライブは成功させたいに決まってるだろ!だって小さい時からの夢だったんだから!」
「なら――」
「だけど、護衛を頼むにしても別に冒険者じゃなくてもいい筈だろ!なのにどうしてよりにもよってこの男に、冒険者に依頼するのさ!」
 リサは俺を指差して怒鳴る。
 どうやらリサの冒険者に対する恨みは俺たちが考える以上に心の奥深くまで突き刺さっていたようだ。

「分かっているでしょ!もしも警邏隊の人たちに相談すれば、ライブ自体が中止になる危険性だってありえるのよ!なら戦闘のプロである冒険者に護衛を頼むほか無いでしょ!」
「うっ!」
 リサの言葉にセリシャの反撃の言葉が返ってくる。

「それにさっきジンは貴女をローブの男から助けてくれたじゃない!それでも貴女はジンの力が信用できないって言うの!」
 追撃を掛けるようにセリシャはリサに迫って説得を続ける。だけどさ、二人ともいい加減俺を指差すの止めてくれないか?
 それに周りのお客も静かに楽しめないと判断したのかお店を出て行ってるし、これじゃ完全にお店に迷惑だ。マスターなんて注意したくてもお前たちが怖くて近づこうともしないしな。
 だが2人は周囲の事など気にするようすもなく口論を続ける。

「コイツの力は認めてやるよ!だけど冒険者は信用出来ない!セリシャだって知ってるはずだろ!」
「ええ、知ってるわ。今でも全てを信じられるわけじゃない。だけどリサ貴女だって分かってるわよね。冒険者を恨むのは間違っ――」
「それ以上は言うな!」
 セリシャはリサを説得するためにリサの右手を握る。
 しかしリサはその後の言葉を聞きたくないのかセリシャの言葉を遮るように叫びながら手を振り払うと、テーブルに置かれていたグラスに当たり、グラスは俺に目掛けて飛んでくる。
 俺はそのグラスをキャッチするが中身の水を浴びてしまう。

「冷たっ」
 思わず口から感情が出てくる。

「ジン君大丈夫!?」
 旭は慌ててハンカチを取り出して俺の服や顔を拭いてくれる。

「ああ、これぐらい平気だ。気にしないでくれ」
 俺はそう良いながら受け取ったハンカチで顔を拭く。正直この二人を怒鳴ってやりたいと思ったが、もうその怒りを通り越して呆れていた。そのためか頭は異常なまで冷静さを保っていた。水を被ったからか?ま、どっちでも良いや。
 セリシャとリサはそんな俺を見て申し訳なさそうな表情を浮かべながら軽く頭を下げた。

「ごめんなさい……」
「悪い……」
 意外と謝れるんだな。リサの場合は素直じゃないけど。ま、別に怒鳴り散らすつもりはないし謝ってくれるならそれで良い。
 話が中断した事で俺は言いたい事を言う事にした。

「リサ、お前が冒険者をどうしてそこまで憎んでいるのか、正直俺にはどうでもいい」
『え?』
 そんな俺の言葉が意外だったのかリサだけでなく、セリシャや旭までも呆けた表情になっていた。そんなに意外か?

「俺はセリシャに依頼されたお前たちを護衛する。つまりはお前たちがどんな夢や目標を持っていてどんな努力をしているのかなんてのも関係ない。俺はあのローブ野郎からお前らを護るだけだからな」
 そんな俺の言葉に全員が俺に視線を向けてくるだけで反論も意見もしてこない。

「それにこれは俺の個人的な考えだが、別に恨んでも良いと思ってるぞ」
「え?」
「だって俺たちは感情を持ってるんだ。誰だって恨みや憎しみを感じるのは当たり前だ。だから俺はそれが悪いことだとは思わない。ただその恨みや憎しみを違法な行為で行えば悪いこと。ただそれだけの事だ。だから心の中で何回殺したって別に良いんじゃないか」
 俺はそれだけを伝えると残り僅かのコーヒーを全て飲み干す。
 何か返事をしてくるかと思えば何も返っては来なかった。その事に不思議に思った俺は視線を向けるとまたしても呆けた表情を浮かべていた。
 だがすぐに表情は変わりリサは目尻に涙を溜めるほど笑い始めた。俺は別に面白いことを言った覚えはないんだが。

「まさかこんな奴が居るなんてな。まったくおかし過ぎるだろ!」
 なにがそんなに面白くて可笑しいんだ?説明して貰えると助かるんだが。そう思いながら俺はコーヒーのお代わりをマスターに頼む。
 新しいコーヒーがテーブルに置かれる頃になってリサの笑いも静まってくる。

「ジン、一つ聞いて良いか?」
 リサは真剣な面持ちで俺の目を見つめる。さっきまで笑っていた奴の表情とは思えないほど、真っ直ぐで少し怖くもあり格好良いと思える表情をしていた。もしもリサが男で俺が女なら惚れていたかもな。

「なんだ?」
 そう思いながら俺は新しく淹れられたコーヒーを一口飲んで聞き返す。

「どうして冒険者になったんだ?」
 その質問はとてもありきたりな質問だった。
 どうしてその職業に就こうと思ったのか?と同じ質問だ。
 だがそれは今のリサにとって一番重要な質問なのだろう。とリサの表情と声音から感じ取った。
 だからこそ俺は嘘偽り無く答えなければならない。それで今後の依頼達成が難しくなろうとも。

「お金のためさ」
 短く分かりやすい答えにリサの表情は少し怒気を含んだものに変わる。
 だが先ほどの事もあるのか、怒りを押し殺すとその理由を聞いてきた。

「なんでお金が欲しいんだ?」
「働きたくないから」
 意外だったのかリサの表情は少しマヌケな表情になっていた。

「は?それだけ?」
「それだけって酷いな。誰だって働きたくないだろ。毎日毎日決められた時間に出勤して、忙しくても暇でもまったく変わらない給料のために働くなんて馬鹿馬鹿しいだろ。それなら好きな時に依頼を受けて高額報酬が手に入る冒険者になったほうが遥かにマシだ。で、龍でも討伐すれば一攫千金だ。これほど楽な仕事はない。だから俺は冒険者になった」
 そんな俺の言葉にリサは俯いた。
 よく見るとリサの右拳がプルプルと震えていた。怒りを我慢しているんだろうな。結局お金のためと言う理由はリサの両親を殺した冒険者と何にも変わらないのかもしれないからな。
 俺が知っているのはリサの両親が冒険者に殺されたと言う事だけだ。だからお金のためなのか有名になるためなのか、殺された理由まではまったく知らないし、興味も無い。
 
「なら、目の前に財宝があったら仲間を殺して独り占めするのか?」
 これまで見たことも無い程、リサは俺を睨みつけてくる。きっと今の俺はリサの両親を殺した連中と重なっているのだろう。
 しかし俺も怒りを感じていた。俺が仲間を殺して独り占めをする?それこそ、ふざけるなよ。
 怒気が体から漏れていたのかリサたちは目を見開けて驚き怯え始めた。

「リサ、俺はけして仲間を裏切る事は無い。そして俺の仲間や友人を傷つける奴はけして許さない。生きている事が地獄だと思えるほどの苦痛味あわせてから殺す。二度と生を持ちたいなどと思わない程にな」
 いったい俺はどんな顔をしてるんだろうな。セリシャや旭たちが今にも泣きそうなほど怯えていた。
 俺は怒りを静め、コーヒーを一口飲む。

「悪い、怖がらせたな」
 俺は一言だけ謝る。だが俺はそれほどまでに仲間を裏切る。と言う言葉が嫌いだ。信用されてなかった事が悲しいんじゃない。もしも裏切られ大切な友人や仲間が傷つくと思うと自然と怒りが沸き、自分が無力に思えるからだ。

「な、なら、もしも私とジンが幼馴染だったらアンタはどうしてた?」
 まだ、怖いのか声を震わせながらもリサは真剣な面持ちで聞いてくる。
 どうしてそんな質問をしてくるのか俺には分からない。だがそんなの簡単だ。考えるまでも無い。

「間違いなく俺はその冒険者を殺してただろうな。俺自身が犯罪者として捕まろうが、それで死刑判決になろうがな」
 俺は自分の信念を曲げない。曲げた瞬間己が無力だと言っているように感じるから。
 だから俺はけして仲間を友人を悲しませる奴は許さない。俺自身が危険に晒されようとも実行する。

「だが所詮は、たら話だ。言ったところで意味はないし、信じて貰おうとも思わない。ただ俺は仲間を裏切るような奴はクズ以下の存在だと思っている」
 俺は手に持ったカップの中身を覗きながら呟く。
 そこには薄っすらと自分の顔が移りこんでいた。

「ジン……アンタの考えは分かった。癪ではあるがアンタに護衛して貰うことにする」
「そうか」
 俺は安堵しながらコーヒーを一口飲む。
 飲む際に一瞬コーヒーに写った自分の顔は安堵したような笑みを浮かべていた。

「ただし条件がある」
「条件?」
 リサの言葉に俺は首を傾げながらコーヒーカップをテーブルに置いたのだった。


 12月26日水曜日、午前9時44分。
 俺は現在ミニバンの助席に乗ってリサたちが12月31日に大晦日ライブを行うドームに向かっていた。
 どうやらHERETICヘレティックは俺が想像している以上に、有名なバンドだったらしく、今年初めて20万人のお客が動員可能なドームでのライブが開催される事が決まったらしい。てっきりどっかのスタジオを借りてライブをするのかと思ってたぜ。
 で、今日はライブを行う場所、レイノーツドームに向かっていた。
 レイノーツドームは帝国にあるドームの中でも最大規模の大きさを誇る建造物。そんな場所でライブそれも今年度最後の日にライブをするなんていったいどれだけ有名なんだ。普通はありえないからな。
 で、そんなステージでライブをするリサたちHERETICヘレティックのメンバーは後部座席に座ってお茶を飲んだりしながら雑談していた。残り1週間も無いってのに緊張しないのか?そう思えるほど普段通りの姿に感嘆の念を覚える。いや、普段の姿なんて見たこと無いんだけどね。

「ジン君、この後の予定はどうなってますか?」
 旭からの言葉に俺はリサたちに渡された仕事用のスマホ画面をスライドさせながら予定を伝える。

「レイノーツドームに到着後、すぐにリハーサル。11時40分からデザイナーと衣装の最終チェック、12時30分から18区にあるスタジオにてアルバムの表紙の写真撮影。それから……13時20分からはLTTスタジオで歌番組の収録、17時15分からアルバムに入れる曲のセットリストの確認と収録、19時20分から13区にあるラジオ番組の打ち合わせ。で、えっとその後が……20時10分から来年度の4月に行うライブの打ち合わせ。それが終わり次第、帰宅になっている」
 俺がそう伝えると、リサたちから不満の声が返ってくる。

「もう少しスラスラ言えないのか?」
「これじゃ旭がスケジュール確認をしていた方が遥かにマシね」
 だがそれはスケジュールに対してではなく俺に対してだった。
 俺はそんなリサたちの言葉に憤りを覚えて反論する。

「当たり前だろ!俺は冒険者であってマネージャーじゃないんだぞ!なのに何で俺がマネージャー業をしなくちゃならないんだ!普通にマネージャーを雇えば良いだろうが!」
「私たちは命を狙われてるんだぞ。それにマネージャーを巻き込むわけにはいかない事ぐらい分かるだろ」
 そんなリサの言葉に俺は言い返す言葉が浮かんでこなかった。
 運転手は良いのか?って言いたかったが、現在運転しているのがノーラのため、それも無理だった。てかノーラ運転出来たことに驚きを隠せないんだが。
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