198 / 274
第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第十八話 スヴェルニ王国からやって来た友人 ⑱
しおりを挟む
そして次の日、目を覚まして用意された部屋で切望しながらジッと帰って来るのを待ち続けているとエレベーターの動く音が聞こえた私はエレベーター前で表示されている階を確認すると、エレベーターは1階に止まり再び動き出し、そして3階に止まったのです。
するとエレベーターの横に設置されている階段から何度も耳にし、そして心から切望し待ち続けた人の声が耳に届いてきた瞬間私は、反射的にエレベーターのボタンを押すのではなく、階段を駆け下りていました。ああ、この時ほど体を鍛えていた過去の自分を褒めた事はありません。
そしてリビングの開かれた扉の前に立つとそこには心待ちにしていた人物が立っている姿があったのです。
「よ、フェリシティー無事で良か――」
なんとも暢気で私がどれだけ心配したかなんて微塵も考えていない笑みを浮かべた表情で私の名前を呼ぶ。彼に怒りを覚えました。
しかし私は彼が私の名前を呼んだ瞬間、そんな怒りや不安と言った感情を全て置き去りにしてジンさんの胸に飛び込んでいました。
ああ……この温もり、匂い、触り心地、間違いありません。ジンさんです。
全神経を使い私は生きている事を、目の前にいる事を実感しました。
どれぐらいの時間が過ぎたかは分かりませんが、冷静になった私はジンさんにあとで理由を聞くことにしました。これだけは、ちゃんと話して貰わなければ納得できませんからね。
長い宴会を終えた夜。
ジンさんの部屋に入りどうして無茶をしたのかその理由を問いただしていると、これまでに溜まった不安や苛立ちが自然と爆発して色々と言っていました。
でも、ジンさんのあの一言で全てが吹き飛びました。
「フェリシティーを助けたかったからだ」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になり、そしてこれまでジンさんとの思い出が頭の中で何度も何度も再生され始めたのです。
そして私は気づいてしまったのです。
そう、これまで学園で感じていた、憧れや目標は確かにありました。でもそれは1つの想いが原因だったのです。
なんで気づいてしまったでしょうか。このまま気づかなければ文句を言えたのに。本当に、本当に、ジンさんって人は――
私は気がつけばジンさんの唇に自分の唇を重ね合わせていた。
温かく柔らかい、そして少し湿っていている感触が脳裏に焼きつき、このままで居たいと言う衝動に駆られながらも少し苦しくなった私は唇を離して、呟いた。
「ずるいですね。そんな事を言われれば、もう何一つとして文句を言えないじゃないですか」
そう、私は気づいてしまったのです。
私――フェリシティー・バルボアは目の前で少しマヌケな表情をしている彼――オニガワラ・ジンが好きなのだと。
だけどこの気持ちを彼に伝える事は今の私には無理です。
もしも断られたらと思う恐怖に打ち勝てる自信も精神力も無いのですから。
それにジンさんの事が好きな女性は私の他にも居る。そう心中で呟きながら脳裏に知っている女性の姿が浮かぶ。
だからこそ辛い。たった一言返ってくる言葉にこれほどまでに怖いと思わされた事なんてない。まるで天国と地獄の境界線上に立たされているような恐怖。
すると突然、ジンさんの手が私の頬に触れる。
温かくそして少し硬い掌に癒される。
そして彼の一言に一喜一憂し、心臓の鼓動が跳ね上がる。
本当なら今すぐにでもこの気持ちを伝えたい。だけど怖くて伝えられない。
それに私は他の女性より先にこの気持ちを伝えるのがどうしても申し訳なくて仕方がない。
だけど負けたくも無い。だからすいませんが、抜け駆けさせて貰います。
そう決心した私は彼の名前を呼んで、こう伝えた。
「私を抱いてくれませんか?」
模擬戦や武闘大会では相手の動きを推測出来るジンさんでも、予想していなかったのか、困惑の表情を浮かべていた。ちょっと可愛いと思ったのは内緒ですよ?
だけどジンさんは直ぐに真剣な面持ちになると私をベッドに押し倒した。意外と男らしいんですね。
その後は恥ずかしいので言えませんが、予想以上でした。とだけお伝えしておきます。
************************
ただ座って他愛も無い話を1時間ほどしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
俺とフェリシティーはドアに視線を向けた瞬時、慌ててフェリシティーをベッドの中に隠す。
「な、なんだ?」
少し裏返った声で返事をした俺。
「昼食の準備が出来ましたので下りて来てください」
「わ、分かった」
いつもと変わらないアインの声音に安堵した俺は嘆息する。
俺はベッドの中に隠れるフェリシティーの顔を毛布から出すと、
「昼食のようだが、大丈夫か?」
「はい。まだ少し辛いですけど歩くのに支障はありません」
口元は毛布に覆われた状態で返事をするフェリシティーの姿に可愛いと思った俺は平常心を保ちながら返事をした。
「そうか。なら着替えて向かうか」
「はい」
フェリシティーが着替え終わるのを待ってから俺とフェリシティーはエレベーターに乗ってリビングへと向かった。
やはりまだ少し辛いのか歩くスピードが遅い。
どうにかリビングに到着した俺とフェリシティーを待ち構えていたのは、恨みタラタラの淀んだ空気と全員のジト目だった。
「ど、どうかしたのか?」
コイツ等がこんな表情を向けてくるのは初めてだ。いったいどうしたんだ?どこか二日酔いの時のような感じもするがそれとも違う。
そのため俺は少し言葉に詰まりながら訊ねると、1人だけいつもと変わらない平常運転のアインが視線だけを俺たちに向けて、少し呆れ気味に言った。
「随分と昨晩はお楽しみだったようで何よりです。そのお陰で皆、睡眠時間を削られて今日の予定が完全に狂ったようですけどお気に為さらないで下さい」
これほど悪態も毒舌もないアインの言葉を聞いたにも拘らず心臓がバクバクと跳ね上がるのは初めてだ。
そして直ぐにどうしてこんな空気でそんな目を向けてくるのか俺とフェリシティーは理解した。
だが人とは嫌な事は信じたくない生き物だ。
もう答えが分かっていたとしても、確認するまではどうしても信じきれない。だからこそ止めておいた方が良いと脳内で警鐘が鳴らされていたとしても訊かずにはいられなかった。
「き、聞こえていたのか?」
「はい、しっかりと」
アインはいつもと変わらない返事をして、他の奴等は喋るのも嫌なのか、コクリと頷くだけだった。
その光景にフェリシティーは熟したトマトのように真っ赤にし、俺は顔に手を当てて嘆きの吐息を吐いた。
このフリーダムのホームは昔の建物をそのまま利用しているため、頑丈に作られてはいる。しかしどうやら防音対策はされていないのか、もしくは乏しい事に俺とフェリシティーはいっさい気づく事無く、長時間体を交わらせていたらしい。
そのため寝室で寝ていた影光たちは寝るにも寝れなくなり、リビングに避難して寝ていたと言う訳だったのだ。
しかし1つ疑問が残った俺はアインに訊ねた。
「どうしてお前だけはいつもと変わらない通常運転なんだ?」
「私は自分の感覚を自由にオン、オフに出来ます。ですから聴覚をオフにすればなんの問題もありません」
「な、なるほど」
つまりはアインがオフにしなければならないほど、俺たちの営みの声が聞こえていたと言う事なんだろう。
で、結局この日は全員からの痛い視線を何故か俺だけ浴びながら一日を終えた。
それとフリーダムに新たなルールが1つ増えた。
どんな理由があれホームでの営みを禁ずると言うものだった。
それに関して俺を含め誰一人として反論する者は居らず、全員賛成で可決させた。
12月21日金曜日。
朝食を食べ終わり、全員でリビングで寛いでいるとフェリシティーのスマホの着信音がなる。
フェリシティーは画面の表示された名前を確認するなり慌てて電話に出ると、
「もしもし、お父様!」
どうやら父親からの電話だったようだ。
俺たちも真剣な表情になる。ブラック・ハウンドのボスや幹部、本拠地は潰したが全員が倒されたり捕まっているわけじゃない。もしかしたら残党が復讐のためにフェリシティーの両親を誘拐する恐れだってあるのだからな。
「はい、はい、はい!分かりました!明日空港に向かいますね!」
今にも泣きそうな声で話すフェリシティーの顔は満開の桜が咲いていた。
俺たちはその表情を見ただけで、力の入っていた表情筋が緩む。
通話を終えたフェリシティーはスマホを胸の前で抱きしめながら俺に顔を向けてくる。
「まだ全てのブラック・ハウンドの構成員が捕まったわけではないようですが、ブラック・ハウンドの本拠地壊滅と幹部とボスの死、それと名簿を頼りにブラック・ハウンドの構成員が次々と逮捕されているそうです!で、お父様のギルドメンバーが護衛としてこの国に向かっているそうなので、明日空港で合流して戻ってくるようにとの事です」
「そうか、良かったな」
「はい!これも全てジンさんたちのお陰です。本当にありがとうございます」
腰を曲げてお辞儀をしたフェリシティーの姿に俺たちは笑みを浮かべた。アリサに至っては少し気恥ずかしいのか頬を微かに赤らめて視線を逸らしていた。
その日の夜、フェリシティーのお別れ会が開かれた。
グリードが腕によりをかけた多種多様な料理がテーブルに置かれた。
特にテーブルのど真ん中に置かれた特大のローストビーフは今すぐにでも齧り付きたいぐらいだ。
全員に皿と飲み物が用意されると全員がグラスに注がれたジュース、ビール、焼酎、赤ワイン、白ワイン、水、お茶を掲げて軽く甲高い音をリビングに響かせた。
俺も一昨日とは違って美味しいお酒が飲めるのはありがたい。
で、因みに俺はビール、影光は焼酎、アリサとヘレンは赤ワイン、クレイヴは白ワイン、グリードはお茶、アインは水、フェリシティーはオレンジジュースだ。
種族、性別、年齢、生まれ育った場所が違えば、好みの飲み物も違う。
だがそれに文句を言う奴も無理やり進めて飲ませる奴もいない。ただ俺たちはこの宴会を好きな飲み物を飲みながら終わるその時まで楽しんだ。
12月22日土曜日午前9時20分。
お別れ会が終わった次の日、俺たちフリーダムメンバーは最終日の護衛を果たすためと見送りをするために、全員でレイノーツ国際空港のホールに来ていた。
フェリシティーの護衛はまだ姿が見えない。と言うよりも先ほどまで姿があったがトイレに行って来ると言って現在この場にいないのだ。まったくそれでも護衛を任された冒険者かよ。って言いたいぐらいだが、ま、良いだろう。それにこの中に俺たちに敵意や悪意を向けてくるような気配は感じられない。
キャリーバッグを片手に俺たちの前に立つフェリシティーは笑みを浮かべだけどどこか寂しそうな表情をしていた。
「本当に色々とありがとうございました」
「なに、拙者たちは依頼を受けてこなしただけに過ぎん」
頭を深々と下げてお辞儀をするフェリシティーに俺たちは笑みを零す。まったく本当に礼儀正しいな。
そう思っていると、フェリシティーが乗る飛行機のアナウンスが流れた。
「そろそろ時間のようですね」
「そうですね……」
アインのそんな言葉にフェリシティーの顔に暗い影が落ちる。
やっぱり別れが辛いのだろう。ま、当然だよな。
そんなフェリシティーを抱きしめるアインの意外な行動に俺たちは驚愕する。
しかしそんな俺たちなど気にするようすもなく、アインははフェリシティーを慰めるように語り掛ける。
「自信を持ちなさい。貴女は短い間とは言え、この私が魔力操作を教えた存在なのですから」
「はい、ありがとうございます、アインさん」
まるで師弟、もしくは姉妹のような挨拶を交わした2人に俺たちは笑みを零す。俺から言わして貰えばアインが銀以外にあんな事をする事自体驚きなんだが。もしかして明日は槍でも降るんじゃないか?
「何か失礼な事を考えていませんでしたか?」
「イヤ、ベツニ」
なんでサイボーグの癖にそんなに鋭いんだよ。別に喋ってもないぞ。
どうにかアインの鋭い眼光から抜け出すことに成功した。
その後は、アインに続くように影光たちもフェリシティーに一言二言、言葉を交わして握手を交わす。で、最後は俺だな。
「ジンさん、本当に色々とありがとうございました」
「別にお礼を言われるために守ったわけじゃないからな」
「お金のためですものね」
「お前は黙ってろ」
俺の言葉に後ろに立っているアインが茶々を入れてくる。まったくお前はそんなに俺の事が嫌いなのかよ。
一度嘆息した俺は頭を切り替えてフェリシティーに視線を向けなおす。
すると、またしてもどこか寂しそうな顔になる。
俺はそんなフェリシティーを抱きしめる。
「あ、あの……ジンさん?」
「一生会えなくなるわけじゃないんだ。もう直ぐ冬休みにもなる。俺はそっちには行けないが、会いたくなったらいつでも遊びに来てくれて構わないからな」
「はい……」
抱きしめる必要はなかったが、こっちの方がフェリシティーが喜ぶような気がしたのだ。
それが上手く行って良かった。
だけど、
「ベッドの中でも思いましたけど、随分と女性の扱いがお上手なんですね。それについて次回会った時にでもじっくり聞かせて下さいね」
そんな俺にしか聞こえない小さな囁きは俺にとってはバンシーの泣き声のように背筋が凍る程の恐怖にしか感じられなかった。
「そ、それは――」
言い訳をしようとする俺の唇にフェリシティーの柔らかく艶のある唇が重なる。
後ろからヒュー!って声が聞こえてくるが、今はそれどころかじゃない。
1分ほどして唇を離したフェリシティーは小悪魔のような可愛らしい表情を浮かべて、
「冗談です」
と弾んだ声音で呟くのだった。
少ししてようやくトイレから戻ってきたバルボア・カンパニーに所属する冒険者と一緒にフェリシティーは飛行機に乗り込むのだった。
フェリシティーの姿が見えなくなるまで見送りをした仁はホールを照らすLEDライトが均等に設置された天井を見上げると、
「参ったな」
と、また会うその日の事を考えながら小さく嘆くのだった。
=================================
お久しぶりです、月見酒です。
第三章がスタートして2週間が過ぎましたね。
感想でいくつもあったスヴェルニ学園の友人を題材に書いてみましたが、どうだったでしょうか?
第二章の最後にエロを多めに!って言いましたが、まさかこんなにも早く出てくるとは!
で、相変わらず誤字脱字が多いの指摘にお詫び申し上げます(ペコリ)
さて、今後の展開としましては幾つか考えてありますが、ただどちらを先に出すかで迷っている感じです。
それに仁が元クラスメイトを抱いてしまった事でこの後なにが起こるのかも気になるところですね。
それでは今後とも「魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~」を宜しくお願いします。
するとエレベーターの横に設置されている階段から何度も耳にし、そして心から切望し待ち続けた人の声が耳に届いてきた瞬間私は、反射的にエレベーターのボタンを押すのではなく、階段を駆け下りていました。ああ、この時ほど体を鍛えていた過去の自分を褒めた事はありません。
そしてリビングの開かれた扉の前に立つとそこには心待ちにしていた人物が立っている姿があったのです。
「よ、フェリシティー無事で良か――」
なんとも暢気で私がどれだけ心配したかなんて微塵も考えていない笑みを浮かべた表情で私の名前を呼ぶ。彼に怒りを覚えました。
しかし私は彼が私の名前を呼んだ瞬間、そんな怒りや不安と言った感情を全て置き去りにしてジンさんの胸に飛び込んでいました。
ああ……この温もり、匂い、触り心地、間違いありません。ジンさんです。
全神経を使い私は生きている事を、目の前にいる事を実感しました。
どれぐらいの時間が過ぎたかは分かりませんが、冷静になった私はジンさんにあとで理由を聞くことにしました。これだけは、ちゃんと話して貰わなければ納得できませんからね。
長い宴会を終えた夜。
ジンさんの部屋に入りどうして無茶をしたのかその理由を問いただしていると、これまでに溜まった不安や苛立ちが自然と爆発して色々と言っていました。
でも、ジンさんのあの一言で全てが吹き飛びました。
「フェリシティーを助けたかったからだ」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になり、そしてこれまでジンさんとの思い出が頭の中で何度も何度も再生され始めたのです。
そして私は気づいてしまったのです。
そう、これまで学園で感じていた、憧れや目標は確かにありました。でもそれは1つの想いが原因だったのです。
なんで気づいてしまったでしょうか。このまま気づかなければ文句を言えたのに。本当に、本当に、ジンさんって人は――
私は気がつけばジンさんの唇に自分の唇を重ね合わせていた。
温かく柔らかい、そして少し湿っていている感触が脳裏に焼きつき、このままで居たいと言う衝動に駆られながらも少し苦しくなった私は唇を離して、呟いた。
「ずるいですね。そんな事を言われれば、もう何一つとして文句を言えないじゃないですか」
そう、私は気づいてしまったのです。
私――フェリシティー・バルボアは目の前で少しマヌケな表情をしている彼――オニガワラ・ジンが好きなのだと。
だけどこの気持ちを彼に伝える事は今の私には無理です。
もしも断られたらと思う恐怖に打ち勝てる自信も精神力も無いのですから。
それにジンさんの事が好きな女性は私の他にも居る。そう心中で呟きながら脳裏に知っている女性の姿が浮かぶ。
だからこそ辛い。たった一言返ってくる言葉にこれほどまでに怖いと思わされた事なんてない。まるで天国と地獄の境界線上に立たされているような恐怖。
すると突然、ジンさんの手が私の頬に触れる。
温かくそして少し硬い掌に癒される。
そして彼の一言に一喜一憂し、心臓の鼓動が跳ね上がる。
本当なら今すぐにでもこの気持ちを伝えたい。だけど怖くて伝えられない。
それに私は他の女性より先にこの気持ちを伝えるのがどうしても申し訳なくて仕方がない。
だけど負けたくも無い。だからすいませんが、抜け駆けさせて貰います。
そう決心した私は彼の名前を呼んで、こう伝えた。
「私を抱いてくれませんか?」
模擬戦や武闘大会では相手の動きを推測出来るジンさんでも、予想していなかったのか、困惑の表情を浮かべていた。ちょっと可愛いと思ったのは内緒ですよ?
だけどジンさんは直ぐに真剣な面持ちになると私をベッドに押し倒した。意外と男らしいんですね。
その後は恥ずかしいので言えませんが、予想以上でした。とだけお伝えしておきます。
************************
ただ座って他愛も無い話を1時間ほどしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
俺とフェリシティーはドアに視線を向けた瞬時、慌ててフェリシティーをベッドの中に隠す。
「な、なんだ?」
少し裏返った声で返事をした俺。
「昼食の準備が出来ましたので下りて来てください」
「わ、分かった」
いつもと変わらないアインの声音に安堵した俺は嘆息する。
俺はベッドの中に隠れるフェリシティーの顔を毛布から出すと、
「昼食のようだが、大丈夫か?」
「はい。まだ少し辛いですけど歩くのに支障はありません」
口元は毛布に覆われた状態で返事をするフェリシティーの姿に可愛いと思った俺は平常心を保ちながら返事をした。
「そうか。なら着替えて向かうか」
「はい」
フェリシティーが着替え終わるのを待ってから俺とフェリシティーはエレベーターに乗ってリビングへと向かった。
やはりまだ少し辛いのか歩くスピードが遅い。
どうにかリビングに到着した俺とフェリシティーを待ち構えていたのは、恨みタラタラの淀んだ空気と全員のジト目だった。
「ど、どうかしたのか?」
コイツ等がこんな表情を向けてくるのは初めてだ。いったいどうしたんだ?どこか二日酔いの時のような感じもするがそれとも違う。
そのため俺は少し言葉に詰まりながら訊ねると、1人だけいつもと変わらない平常運転のアインが視線だけを俺たちに向けて、少し呆れ気味に言った。
「随分と昨晩はお楽しみだったようで何よりです。そのお陰で皆、睡眠時間を削られて今日の予定が完全に狂ったようですけどお気に為さらないで下さい」
これほど悪態も毒舌もないアインの言葉を聞いたにも拘らず心臓がバクバクと跳ね上がるのは初めてだ。
そして直ぐにどうしてこんな空気でそんな目を向けてくるのか俺とフェリシティーは理解した。
だが人とは嫌な事は信じたくない生き物だ。
もう答えが分かっていたとしても、確認するまではどうしても信じきれない。だからこそ止めておいた方が良いと脳内で警鐘が鳴らされていたとしても訊かずにはいられなかった。
「き、聞こえていたのか?」
「はい、しっかりと」
アインはいつもと変わらない返事をして、他の奴等は喋るのも嫌なのか、コクリと頷くだけだった。
その光景にフェリシティーは熟したトマトのように真っ赤にし、俺は顔に手を当てて嘆きの吐息を吐いた。
このフリーダムのホームは昔の建物をそのまま利用しているため、頑丈に作られてはいる。しかしどうやら防音対策はされていないのか、もしくは乏しい事に俺とフェリシティーはいっさい気づく事無く、長時間体を交わらせていたらしい。
そのため寝室で寝ていた影光たちは寝るにも寝れなくなり、リビングに避難して寝ていたと言う訳だったのだ。
しかし1つ疑問が残った俺はアインに訊ねた。
「どうしてお前だけはいつもと変わらない通常運転なんだ?」
「私は自分の感覚を自由にオン、オフに出来ます。ですから聴覚をオフにすればなんの問題もありません」
「な、なるほど」
つまりはアインがオフにしなければならないほど、俺たちの営みの声が聞こえていたと言う事なんだろう。
で、結局この日は全員からの痛い視線を何故か俺だけ浴びながら一日を終えた。
それとフリーダムに新たなルールが1つ増えた。
どんな理由があれホームでの営みを禁ずると言うものだった。
それに関して俺を含め誰一人として反論する者は居らず、全員賛成で可決させた。
12月21日金曜日。
朝食を食べ終わり、全員でリビングで寛いでいるとフェリシティーのスマホの着信音がなる。
フェリシティーは画面の表示された名前を確認するなり慌てて電話に出ると、
「もしもし、お父様!」
どうやら父親からの電話だったようだ。
俺たちも真剣な表情になる。ブラック・ハウンドのボスや幹部、本拠地は潰したが全員が倒されたり捕まっているわけじゃない。もしかしたら残党が復讐のためにフェリシティーの両親を誘拐する恐れだってあるのだからな。
「はい、はい、はい!分かりました!明日空港に向かいますね!」
今にも泣きそうな声で話すフェリシティーの顔は満開の桜が咲いていた。
俺たちはその表情を見ただけで、力の入っていた表情筋が緩む。
通話を終えたフェリシティーはスマホを胸の前で抱きしめながら俺に顔を向けてくる。
「まだ全てのブラック・ハウンドの構成員が捕まったわけではないようですが、ブラック・ハウンドの本拠地壊滅と幹部とボスの死、それと名簿を頼りにブラック・ハウンドの構成員が次々と逮捕されているそうです!で、お父様のギルドメンバーが護衛としてこの国に向かっているそうなので、明日空港で合流して戻ってくるようにとの事です」
「そうか、良かったな」
「はい!これも全てジンさんたちのお陰です。本当にありがとうございます」
腰を曲げてお辞儀をしたフェリシティーの姿に俺たちは笑みを浮かべた。アリサに至っては少し気恥ずかしいのか頬を微かに赤らめて視線を逸らしていた。
その日の夜、フェリシティーのお別れ会が開かれた。
グリードが腕によりをかけた多種多様な料理がテーブルに置かれた。
特にテーブルのど真ん中に置かれた特大のローストビーフは今すぐにでも齧り付きたいぐらいだ。
全員に皿と飲み物が用意されると全員がグラスに注がれたジュース、ビール、焼酎、赤ワイン、白ワイン、水、お茶を掲げて軽く甲高い音をリビングに響かせた。
俺も一昨日とは違って美味しいお酒が飲めるのはありがたい。
で、因みに俺はビール、影光は焼酎、アリサとヘレンは赤ワイン、クレイヴは白ワイン、グリードはお茶、アインは水、フェリシティーはオレンジジュースだ。
種族、性別、年齢、生まれ育った場所が違えば、好みの飲み物も違う。
だがそれに文句を言う奴も無理やり進めて飲ませる奴もいない。ただ俺たちはこの宴会を好きな飲み物を飲みながら終わるその時まで楽しんだ。
12月22日土曜日午前9時20分。
お別れ会が終わった次の日、俺たちフリーダムメンバーは最終日の護衛を果たすためと見送りをするために、全員でレイノーツ国際空港のホールに来ていた。
フェリシティーの護衛はまだ姿が見えない。と言うよりも先ほどまで姿があったがトイレに行って来ると言って現在この場にいないのだ。まったくそれでも護衛を任された冒険者かよ。って言いたいぐらいだが、ま、良いだろう。それにこの中に俺たちに敵意や悪意を向けてくるような気配は感じられない。
キャリーバッグを片手に俺たちの前に立つフェリシティーは笑みを浮かべだけどどこか寂しそうな表情をしていた。
「本当に色々とありがとうございました」
「なに、拙者たちは依頼を受けてこなしただけに過ぎん」
頭を深々と下げてお辞儀をするフェリシティーに俺たちは笑みを零す。まったく本当に礼儀正しいな。
そう思っていると、フェリシティーが乗る飛行機のアナウンスが流れた。
「そろそろ時間のようですね」
「そうですね……」
アインのそんな言葉にフェリシティーの顔に暗い影が落ちる。
やっぱり別れが辛いのだろう。ま、当然だよな。
そんなフェリシティーを抱きしめるアインの意外な行動に俺たちは驚愕する。
しかしそんな俺たちなど気にするようすもなく、アインははフェリシティーを慰めるように語り掛ける。
「自信を持ちなさい。貴女は短い間とは言え、この私が魔力操作を教えた存在なのですから」
「はい、ありがとうございます、アインさん」
まるで師弟、もしくは姉妹のような挨拶を交わした2人に俺たちは笑みを零す。俺から言わして貰えばアインが銀以外にあんな事をする事自体驚きなんだが。もしかして明日は槍でも降るんじゃないか?
「何か失礼な事を考えていませんでしたか?」
「イヤ、ベツニ」
なんでサイボーグの癖にそんなに鋭いんだよ。別に喋ってもないぞ。
どうにかアインの鋭い眼光から抜け出すことに成功した。
その後は、アインに続くように影光たちもフェリシティーに一言二言、言葉を交わして握手を交わす。で、最後は俺だな。
「ジンさん、本当に色々とありがとうございました」
「別にお礼を言われるために守ったわけじゃないからな」
「お金のためですものね」
「お前は黙ってろ」
俺の言葉に後ろに立っているアインが茶々を入れてくる。まったくお前はそんなに俺の事が嫌いなのかよ。
一度嘆息した俺は頭を切り替えてフェリシティーに視線を向けなおす。
すると、またしてもどこか寂しそうな顔になる。
俺はそんなフェリシティーを抱きしめる。
「あ、あの……ジンさん?」
「一生会えなくなるわけじゃないんだ。もう直ぐ冬休みにもなる。俺はそっちには行けないが、会いたくなったらいつでも遊びに来てくれて構わないからな」
「はい……」
抱きしめる必要はなかったが、こっちの方がフェリシティーが喜ぶような気がしたのだ。
それが上手く行って良かった。
だけど、
「ベッドの中でも思いましたけど、随分と女性の扱いがお上手なんですね。それについて次回会った時にでもじっくり聞かせて下さいね」
そんな俺にしか聞こえない小さな囁きは俺にとってはバンシーの泣き声のように背筋が凍る程の恐怖にしか感じられなかった。
「そ、それは――」
言い訳をしようとする俺の唇にフェリシティーの柔らかく艶のある唇が重なる。
後ろからヒュー!って声が聞こえてくるが、今はそれどころかじゃない。
1分ほどして唇を離したフェリシティーは小悪魔のような可愛らしい表情を浮かべて、
「冗談です」
と弾んだ声音で呟くのだった。
少ししてようやくトイレから戻ってきたバルボア・カンパニーに所属する冒険者と一緒にフェリシティーは飛行機に乗り込むのだった。
フェリシティーの姿が見えなくなるまで見送りをした仁はホールを照らすLEDライトが均等に設置された天井を見上げると、
「参ったな」
と、また会うその日の事を考えながら小さく嘆くのだった。
=================================
お久しぶりです、月見酒です。
第三章がスタートして2週間が過ぎましたね。
感想でいくつもあったスヴェルニ学園の友人を題材に書いてみましたが、どうだったでしょうか?
第二章の最後にエロを多めに!って言いましたが、まさかこんなにも早く出てくるとは!
で、相変わらず誤字脱字が多いの指摘にお詫び申し上げます(ペコリ)
さて、今後の展開としましては幾つか考えてありますが、ただどちらを先に出すかで迷っている感じです。
それに仁が元クラスメイトを抱いてしまった事でこの後なにが起こるのかも気になるところですね。
それでは今後とも「魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~」を宜しくお願いします。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
3,114
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる