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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第十七話 スヴェルニ王国からやって来た友人 ⑰
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12月20日木曜日。
「スー……フゥー……」
空気清浄機のスイッチを入れた俺はベッドに凭れかかるようにしてタバコを吸う。
エアコンのおかげでヘアは温かいため裸で居ても12月のヒリつくような寒い季節でもどうと言うことはない。と言うよりも少し暑いぐらいだ。え?どうして裸なのかって。それこそ聞くのは野暮ってもんだろ。
ただ言えるのは終わったのが次の日の午前4時頃って事ぐらいで、ゴミ箱の中は大量の丸まったティッシュだらけとだけ伝えておこう。
どうやら思いのほか欲求不満だった俺は時間を忘れてフェリシティーと交わっていたらしい。
それにしても俺もまだまだだな。フェリシティーが冒険者を目指すために体を鍛えていて体力があるからと言って少し無理をさせてしまった。いや、途中途中休憩は入れたよ。だけどヤリ過ぎてしまった間は否めない。
だから俺はこれからはこんな事にならないようにちょくちょく解消すべきだと心に決めた。
で、フェリシティーはと言うと俺のベッドで熟睡している。心の内で抱えていた不安が落ちて、尚且つ長時間の初めての営みだ。疲れが出るのは当然だろう。
灰皿でタバコの火を消すとスマホを開いて時間を確かめる。
「11時か」
あれから7時間。営みを終えたあと俺もフェリシティーと一緒に寝ていた。ま、当然だな。俺としてはもっと寝ていたい気分だ。だが流石に平日にギルドマスターがこの時間帯まで顔を見せないのは拙い。
俺は服を着ると4階の風呂に向かってシャワーだけを浴びて、リビングに向かった。
だがそこでは影光、ヘレン、クレイヴ、アリサの4人、それから銀がソファーで寝ていた。我がホームのソファーは大人12人が余裕で座れる大きさだから4人が横になって寝ることは出来るが、この時間帯まで寝てるなんていったいどれだけ酒を飲んだんだ?
それにグリードとアインの姿もない。グリードは隣の部屋で寝ているんだろうが、アインは自分の部屋か?しかし銀の傍に居ないって何をしてるんだ?ま、良いか。
起こすのも可哀相だったので、そのまま部屋に戻ってフェリシティーを起こさないように雑務をこなす事にした。
雑務を終えたのはちょうど1時間が経過した頃だった。
凝り固まった体を解すように背伸びをした俺はオフィスチェアから立ち上がり、飲み物を飲もうとテーブルに近づく。
「おはようございます」
するとマゼランブルーの毛布で胸元を隠しながら上体を起こしていたフェリシティーが、どこか大人びた表情を薄っすらと浮かべて風鈴のように爽やかな声色で囁くように挨拶をしてきた。
昨日までは礼儀作法を知っている大和撫子のような美少女だったはずが、たった一日夜を共にするだけでここまで雰囲気が変わるものなのか。
俺はそんな美女と言っても過言ではない、少し艶かしいフェリシティーを見てお茶ではなく、生唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。おはよう」
未だ驚きを隠しきれない俺の声は震えていて普通に喋れていなかった。
我に返った俺は冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを2本取り出して片方をフェリシティーに手渡しながらベッドに腰を落とした。
「体は大丈夫か?」
「はい、最初は少し痛かったですけど今は思いのほか平気です。ただまだ下半身に力が入りませんね」
「わ、悪い。初めてだったのに無理をさせた」
「いえ、優しくしていただきましたし、それに……」
「それに?」
そこで言葉を切ったフェリシティーに俺は好奇心に駆られて聞き返す。
すると彼女は頬をほんのりと赤らめ、満面の笑みを浮かべて、
「嬉しかったですから」
「そ、そうか」
そんな満開の桜のような笑顔にうまく返事をする事が出来なかった。
だ、駄目だ!あれほどしたのにまたフェリシティーを抱きたいって思ってしまった!俺は欲望に素直だが無理やりするつもりは無い。
俺は煩悩を消し去るためにペットボトルのお茶を流し込む。
************************
私の名前は――フェリシティー・バルボア。
Aランク冒険者ギルド、バルボア・カンパニーを経営する両親の間に生まれた私は、冒険者として活動する両親の背中を見て憧れを抱き、冒険者を目指してスヴェルニ学園に入学するのは自然な事でした。
しかし私は両親の才能を引き継ぐ事は出来ず、魔力量も常人並み、魔法属性も無属性のみと言う平凡な結果に私は自信を無くし成績も落ちて最終学年になった時には下から2番目の11組になっていました。
勿論、両親はそんな私を叱咤する事は無く、優しく慰めてくれました。
そんな最終学年になった初日の登校日。
憂鬱な気分で私は新しい教室に登校しました。そこには入学当初から同じルームメイトだったエミリーや何人か顔見知りの生徒が居ました。
1年生だった時はまだ上を目指せると強い意思が宿っていた彼らの瞳にはもう、上を目指す光が宿っていませんでした。そしてそれは私も同じ事でした。
席に座って担任の先生を待っていると、1人の男子生徒が先生の後ろを歩きながら入ってきたのです。
銀のメッシュが入った黒髪に少し吊り目で整った顔立ち、クラスの中でもトップのイケメンと言っても良いでしょう。だけどどうして少し眠たそうな表情をしているのでしょうか?緊張して眠れなかったのでしょうか?
そうこれが私と彼――オニガワラ・ジンさんとの初めての出会いでした。
自己紹介を終えて私たちの質問にジンさんは隠し事をせずに正直に答えました。
そして私を含め全員が驚きました。
なんせ、ジンさんは1億人に1人と言われている魔力を持たない人だったからです。
そんな彼の言葉に馬鹿にした視線を向けたり、嘲笑うように鼻を鳴らす生徒が数人いました。私もそうです。表情では見せませんでしたが、心の中では実技で彼に負ける事は無いと確信しました。
だけどジンさんはそれが恥ずかしいとは思っていないような変わらぬ表情をしていました。
どうしてそんな顔が出来るのか最初は不思議でなりませんでしたが、私は午後の実技演習で理解することになりました。
近接格闘術において学園で右に出るものはいないと言われているエレイン先生を前に一歩も引かないどころか対等以上に戦っていたのです。
その姿に私は気がつけば魅入られていました。
魔力が無い。能無しの烙印を押されたのと変わらない筈の彼がどうしてこれほどまでに戦えるのか、どうすればそれほど強くなれるのか知りたくて仕方がありませんでした。
しかし彼はその日の夜に暴力事件を起こして1週間の停学処分を受けてしまい、その理由を聞くことはできませんでした。
それを聞いた時、最初は短気な人なのかと思いましたけど、ジンさんは脅されていたルームメイトを助けるために拳を振るったと噂を耳にした瞬間、私は何故かホッとしていました。
それから1週が過ぎ、ジンさんがクラスに再び姿を見せて、こう言ったのです。
――魔力を持たない俺が強くなれて魔力を持っているお前たちが強くなれないわけがないだろ。
その言葉を聴いた瞬間、私の中にあった何かが弾け飛び、道が切り開けたような清清しい気分になりました。
それから私は強くなるために、今まで以上に訓練に励みました。
それからは強くなるため、そして憧れの存在であり目標となっていたジンさんと一緒に武闘大会団体戦に出場する事になり最初は迷いましたが、ジンさんにまた同じ言葉を言われ決意しました。
それからは苦手だった近接戦闘もジンさんとの模擬戦で少しずつ克服していきました。
そしてなりより唯一才能があった銃器全般の射撃制度は今までに無いほどの優秀な成績を取るようになっていました。
それから時間は流れ、武闘大会に出場して共に闘って勝利の喜びを分かち合い、作戦を練り、また分かち合う。
そしてある試合ではジンさんの強い意志を知り、それに心を震わされ、気がつけばジンさんが戦う姿を目で追っていました。しかし私はそれが恋だとは思っていませんでした。
ジンさんはイケメンで強くて、自分の思いをハッキリと伝える事が出来る人です。
ですが、怠け者ですし勉強が嫌いで嫌な事は直ぐに表情に出るような少しお馬鹿なクラスメイトであり、戦いにおいてだけ憧れであり、目標としか思っていませんでした。
でも出来るのであれば、学園を卒業しても共に冒険者として活動したいと心のどこかで思っていました。
しかしジンさんはとある事件でイザベラ様を助けるためにスヴェルニ学園を去ってしまいました。
ですがまたいつか会えると信じて私は訓練に励んでいる時でした。
お父様たちが依頼に失敗したのです。
それが原因で命を狙われていると言われ私はお父様の友人が信頼している冒険者に護衛をして貰うべくベルヘンス帝国に避難する事になりました。
でもまさかそれが学園を去ったジンさんとの再会を果たすきっかけになるとは思っていませんでした。
しかし学園を去ったジンさんは私が想像するよりも遥かに遠い存在となっていました。
冒険者や一般人でも知っているような有名な冒険者を仲間にし、自分のギルドを構えるほどまでに成長していた事に私は寂しさを感じました。
数ヶ月前まで共に同じクラスで勉学に励み、食堂で他愛も無い話をしながら食事をしたりしていた筈のジンさんが今ではSSランク冒険者にまで信頼されるほど有名な冒険者になっていたのですから、当然ですよね。
ですが冒険者として活動する以前とは比べ物にならないほど勇ましく凛々しいジンさんの姿を見た時、本当に遠い存在になってしまったんだな。と思いました。
ですがそれは私の勘違いでした。
仲間と共に汗を流し切磋琢磨する姿も真剣な面持ちで可能性を作戦を立案する姿も雑務に悩まされる少し面白い姿もリビングで談話する姿もビルの屋上で黄昏る姿も色んな姿を見てきましたが、それは場所や周りに居る人が違うだけで学園で私たちと共に過ごしていた頃に見せた姿と何も変わっていないのですから。
そう、何も変わっていません。
私たちよりも早く冒険者として活動し、結果を残して徐々に名前を知られるようになって遠い存在だと思っているだけで、何も変わっていません。
そしてそれは嬉しくもあり悲しいくもあり友人を助けるために危険を冒すところも何も変わっていませんでした。
ジンさんが経営するギルドが私の護衛を始めて1週間が過ぎて目を覚ますと、突然としてジンさんを含めた5人がホームから姿を消していたのです。
最初はなにか用事や準備があるため出ているのだと思っていました。
ですがその日の夜になっても帰って来る事はなく、変だと思った私はジンさんの仲間であるグリードさんとクレイヴさんを聞いてみることにしました。
最初は有耶無耶にされたりされましたが、長時間粘ってみると歯切れの悪い返事が返って来るようになり、これは何か隠していると確信した私は問い詰めました。
するとジンさんたちは元凶であるブラック・ハウンドの本拠地に向かったのだと、白状したのです。
私はそれを聞いた時、視界から色彩が消えて灰色に染まり、体から体温が抜け落ちるような冷たい恐怖に襲われました。
今までに感じたことの無い恐怖。
自分の命が狙われている時とは別の感覚の恐怖に私は怖くて仕方がありませんでした。
だから私は今すぐジンさんを助けに向かうべきだとグリードさんたちに訴えかけましたが、グリードさんたちから返って来た言葉は、大丈夫の一言でした。
最初は気休めで言っているだけだと思い信じませんでしたが、2人の瞳に宿るのは強く真っ直ぐな信頼でした。
それはまるで仲間の誰もが死ぬことなんて絶対にありえないと確信しているようなそんな目でした。
そんな2人に私は訊ねずにはいられませんでした。
「どうして、そこまでハッキリと言えるのですか?」
と、そんな私の質問に2人は一瞬顔を見合わせると当たり前と言いたげな笑みを浮かべて、
「「フリーダムの一員になってからずっと見てきたから」」
と、当然のように答えたのです。
それを聞いた時、私の脳裏に武闘大会の時の事が蘇りながら、「ああ、そうです」と小さく呟いたのです。
だってそれだけで納得出来てしまうのですから。
彼らは仲間がどんな人たちなのか、どれだけ強いのか、そしてジンさんがどんな方なのかって事を共に暮らして知っているのですから当然ですよね。
そしてそれは武闘大会団体戦でたった一人でステージで戦うジンさんを見た時の感情と同じなのだと私は自然と実感したのですから。
そのあとは私はもう何も言う事無く、ただジンさんたちが無事に帰ってくるのを祈りながら眠りについたのです。
「スー……フゥー……」
空気清浄機のスイッチを入れた俺はベッドに凭れかかるようにしてタバコを吸う。
エアコンのおかげでヘアは温かいため裸で居ても12月のヒリつくような寒い季節でもどうと言うことはない。と言うよりも少し暑いぐらいだ。え?どうして裸なのかって。それこそ聞くのは野暮ってもんだろ。
ただ言えるのは終わったのが次の日の午前4時頃って事ぐらいで、ゴミ箱の中は大量の丸まったティッシュだらけとだけ伝えておこう。
どうやら思いのほか欲求不満だった俺は時間を忘れてフェリシティーと交わっていたらしい。
それにしても俺もまだまだだな。フェリシティーが冒険者を目指すために体を鍛えていて体力があるからと言って少し無理をさせてしまった。いや、途中途中休憩は入れたよ。だけどヤリ過ぎてしまった間は否めない。
だから俺はこれからはこんな事にならないようにちょくちょく解消すべきだと心に決めた。
で、フェリシティーはと言うと俺のベッドで熟睡している。心の内で抱えていた不安が落ちて、尚且つ長時間の初めての営みだ。疲れが出るのは当然だろう。
灰皿でタバコの火を消すとスマホを開いて時間を確かめる。
「11時か」
あれから7時間。営みを終えたあと俺もフェリシティーと一緒に寝ていた。ま、当然だな。俺としてはもっと寝ていたい気分だ。だが流石に平日にギルドマスターがこの時間帯まで顔を見せないのは拙い。
俺は服を着ると4階の風呂に向かってシャワーだけを浴びて、リビングに向かった。
だがそこでは影光、ヘレン、クレイヴ、アリサの4人、それから銀がソファーで寝ていた。我がホームのソファーは大人12人が余裕で座れる大きさだから4人が横になって寝ることは出来るが、この時間帯まで寝てるなんていったいどれだけ酒を飲んだんだ?
それにグリードとアインの姿もない。グリードは隣の部屋で寝ているんだろうが、アインは自分の部屋か?しかし銀の傍に居ないって何をしてるんだ?ま、良いか。
起こすのも可哀相だったので、そのまま部屋に戻ってフェリシティーを起こさないように雑務をこなす事にした。
雑務を終えたのはちょうど1時間が経過した頃だった。
凝り固まった体を解すように背伸びをした俺はオフィスチェアから立ち上がり、飲み物を飲もうとテーブルに近づく。
「おはようございます」
するとマゼランブルーの毛布で胸元を隠しながら上体を起こしていたフェリシティーが、どこか大人びた表情を薄っすらと浮かべて風鈴のように爽やかな声色で囁くように挨拶をしてきた。
昨日までは礼儀作法を知っている大和撫子のような美少女だったはずが、たった一日夜を共にするだけでここまで雰囲気が変わるものなのか。
俺はそんな美女と言っても過言ではない、少し艶かしいフェリシティーを見てお茶ではなく、生唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。おはよう」
未だ驚きを隠しきれない俺の声は震えていて普通に喋れていなかった。
我に返った俺は冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを2本取り出して片方をフェリシティーに手渡しながらベッドに腰を落とした。
「体は大丈夫か?」
「はい、最初は少し痛かったですけど今は思いのほか平気です。ただまだ下半身に力が入りませんね」
「わ、悪い。初めてだったのに無理をさせた」
「いえ、優しくしていただきましたし、それに……」
「それに?」
そこで言葉を切ったフェリシティーに俺は好奇心に駆られて聞き返す。
すると彼女は頬をほんのりと赤らめ、満面の笑みを浮かべて、
「嬉しかったですから」
「そ、そうか」
そんな満開の桜のような笑顔にうまく返事をする事が出来なかった。
だ、駄目だ!あれほどしたのにまたフェリシティーを抱きたいって思ってしまった!俺は欲望に素直だが無理やりするつもりは無い。
俺は煩悩を消し去るためにペットボトルのお茶を流し込む。
************************
私の名前は――フェリシティー・バルボア。
Aランク冒険者ギルド、バルボア・カンパニーを経営する両親の間に生まれた私は、冒険者として活動する両親の背中を見て憧れを抱き、冒険者を目指してスヴェルニ学園に入学するのは自然な事でした。
しかし私は両親の才能を引き継ぐ事は出来ず、魔力量も常人並み、魔法属性も無属性のみと言う平凡な結果に私は自信を無くし成績も落ちて最終学年になった時には下から2番目の11組になっていました。
勿論、両親はそんな私を叱咤する事は無く、優しく慰めてくれました。
そんな最終学年になった初日の登校日。
憂鬱な気分で私は新しい教室に登校しました。そこには入学当初から同じルームメイトだったエミリーや何人か顔見知りの生徒が居ました。
1年生だった時はまだ上を目指せると強い意思が宿っていた彼らの瞳にはもう、上を目指す光が宿っていませんでした。そしてそれは私も同じ事でした。
席に座って担任の先生を待っていると、1人の男子生徒が先生の後ろを歩きながら入ってきたのです。
銀のメッシュが入った黒髪に少し吊り目で整った顔立ち、クラスの中でもトップのイケメンと言っても良いでしょう。だけどどうして少し眠たそうな表情をしているのでしょうか?緊張して眠れなかったのでしょうか?
そうこれが私と彼――オニガワラ・ジンさんとの初めての出会いでした。
自己紹介を終えて私たちの質問にジンさんは隠し事をせずに正直に答えました。
そして私を含め全員が驚きました。
なんせ、ジンさんは1億人に1人と言われている魔力を持たない人だったからです。
そんな彼の言葉に馬鹿にした視線を向けたり、嘲笑うように鼻を鳴らす生徒が数人いました。私もそうです。表情では見せませんでしたが、心の中では実技で彼に負ける事は無いと確信しました。
だけどジンさんはそれが恥ずかしいとは思っていないような変わらぬ表情をしていました。
どうしてそんな顔が出来るのか最初は不思議でなりませんでしたが、私は午後の実技演習で理解することになりました。
近接格闘術において学園で右に出るものはいないと言われているエレイン先生を前に一歩も引かないどころか対等以上に戦っていたのです。
その姿に私は気がつけば魅入られていました。
魔力が無い。能無しの烙印を押されたのと変わらない筈の彼がどうしてこれほどまでに戦えるのか、どうすればそれほど強くなれるのか知りたくて仕方がありませんでした。
しかし彼はその日の夜に暴力事件を起こして1週間の停学処分を受けてしまい、その理由を聞くことはできませんでした。
それを聞いた時、最初は短気な人なのかと思いましたけど、ジンさんは脅されていたルームメイトを助けるために拳を振るったと噂を耳にした瞬間、私は何故かホッとしていました。
それから1週が過ぎ、ジンさんがクラスに再び姿を見せて、こう言ったのです。
――魔力を持たない俺が強くなれて魔力を持っているお前たちが強くなれないわけがないだろ。
その言葉を聴いた瞬間、私の中にあった何かが弾け飛び、道が切り開けたような清清しい気分になりました。
それから私は強くなるために、今まで以上に訓練に励みました。
それからは強くなるため、そして憧れの存在であり目標となっていたジンさんと一緒に武闘大会団体戦に出場する事になり最初は迷いましたが、ジンさんにまた同じ言葉を言われ決意しました。
それからは苦手だった近接戦闘もジンさんとの模擬戦で少しずつ克服していきました。
そしてなりより唯一才能があった銃器全般の射撃制度は今までに無いほどの優秀な成績を取るようになっていました。
それから時間は流れ、武闘大会に出場して共に闘って勝利の喜びを分かち合い、作戦を練り、また分かち合う。
そしてある試合ではジンさんの強い意志を知り、それに心を震わされ、気がつけばジンさんが戦う姿を目で追っていました。しかし私はそれが恋だとは思っていませんでした。
ジンさんはイケメンで強くて、自分の思いをハッキリと伝える事が出来る人です。
ですが、怠け者ですし勉強が嫌いで嫌な事は直ぐに表情に出るような少しお馬鹿なクラスメイトであり、戦いにおいてだけ憧れであり、目標としか思っていませんでした。
でも出来るのであれば、学園を卒業しても共に冒険者として活動したいと心のどこかで思っていました。
しかしジンさんはとある事件でイザベラ様を助けるためにスヴェルニ学園を去ってしまいました。
ですがまたいつか会えると信じて私は訓練に励んでいる時でした。
お父様たちが依頼に失敗したのです。
それが原因で命を狙われていると言われ私はお父様の友人が信頼している冒険者に護衛をして貰うべくベルヘンス帝国に避難する事になりました。
でもまさかそれが学園を去ったジンさんとの再会を果たすきっかけになるとは思っていませんでした。
しかし学園を去ったジンさんは私が想像するよりも遥かに遠い存在となっていました。
冒険者や一般人でも知っているような有名な冒険者を仲間にし、自分のギルドを構えるほどまでに成長していた事に私は寂しさを感じました。
数ヶ月前まで共に同じクラスで勉学に励み、食堂で他愛も無い話をしながら食事をしたりしていた筈のジンさんが今ではSSランク冒険者にまで信頼されるほど有名な冒険者になっていたのですから、当然ですよね。
ですが冒険者として活動する以前とは比べ物にならないほど勇ましく凛々しいジンさんの姿を見た時、本当に遠い存在になってしまったんだな。と思いました。
ですがそれは私の勘違いでした。
仲間と共に汗を流し切磋琢磨する姿も真剣な面持ちで可能性を作戦を立案する姿も雑務に悩まされる少し面白い姿もリビングで談話する姿もビルの屋上で黄昏る姿も色んな姿を見てきましたが、それは場所や周りに居る人が違うだけで学園で私たちと共に過ごしていた頃に見せた姿と何も変わっていないのですから。
そう、何も変わっていません。
私たちよりも早く冒険者として活動し、結果を残して徐々に名前を知られるようになって遠い存在だと思っているだけで、何も変わっていません。
そしてそれは嬉しくもあり悲しいくもあり友人を助けるために危険を冒すところも何も変わっていませんでした。
ジンさんが経営するギルドが私の護衛を始めて1週間が過ぎて目を覚ますと、突然としてジンさんを含めた5人がホームから姿を消していたのです。
最初はなにか用事や準備があるため出ているのだと思っていました。
ですがその日の夜になっても帰って来る事はなく、変だと思った私はジンさんの仲間であるグリードさんとクレイヴさんを聞いてみることにしました。
最初は有耶無耶にされたりされましたが、長時間粘ってみると歯切れの悪い返事が返って来るようになり、これは何か隠していると確信した私は問い詰めました。
するとジンさんたちは元凶であるブラック・ハウンドの本拠地に向かったのだと、白状したのです。
私はそれを聞いた時、視界から色彩が消えて灰色に染まり、体から体温が抜け落ちるような冷たい恐怖に襲われました。
今までに感じたことの無い恐怖。
自分の命が狙われている時とは別の感覚の恐怖に私は怖くて仕方がありませんでした。
だから私は今すぐジンさんを助けに向かうべきだとグリードさんたちに訴えかけましたが、グリードさんたちから返って来た言葉は、大丈夫の一言でした。
最初は気休めで言っているだけだと思い信じませんでしたが、2人の瞳に宿るのは強く真っ直ぐな信頼でした。
それはまるで仲間の誰もが死ぬことなんて絶対にありえないと確信しているようなそんな目でした。
そんな2人に私は訊ねずにはいられませんでした。
「どうして、そこまでハッキリと言えるのですか?」
と、そんな私の質問に2人は一瞬顔を見合わせると当たり前と言いたげな笑みを浮かべて、
「「フリーダムの一員になってからずっと見てきたから」」
と、当然のように答えたのです。
それを聞いた時、私の脳裏に武闘大会の時の事が蘇りながら、「ああ、そうです」と小さく呟いたのです。
だってそれだけで納得出来てしまうのですから。
彼らは仲間がどんな人たちなのか、どれだけ強いのか、そしてジンさんがどんな方なのかって事を共に暮らして知っているのですから当然ですよね。
そしてそれは武闘大会団体戦でたった一人でステージで戦うジンさんを見た時の感情と同じなのだと私は自然と実感したのですから。
そのあとは私はもう何も言う事無く、ただジンさんたちが無事に帰ってくるのを祈りながら眠りについたのです。
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