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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第十五話 スヴェルニ王国からやって来た友人 ⑮

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「そっちも準備は終わったのか?」
「Jの旦那に指示されていた通り、仕掛けてきたぜ」
 俺が聞くとアリサが親指を立てて、バッチリ!と合図してくる。
 そんな俺たちの前に黒のロングコートを纏い、白地に三本の斜め線が紫色で描かれている仮面を被った一人の女性が血で赤く染まった地面を気にする様子もなく、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。

「ようやく終わりましたか」
 世話が焼けると言わんばかりの口調で呟いた声音は俺たちがよく聞くアインの声だった。
 別に声音を聞いて確認する必要はない。なんせ彼女の衣装を用意したのは俺なのだから。

「まあな。それよりもなんで銀をコートの中に隠してるんだ?」
 何故かアインが銀をコートの中に隠している事に疑問に感じる。
 アインがマスターである銀の事を溺愛しているのは知っている。そしてここが安全な場所かと言われればそうではない。だがここは戦場だ。従者としてマスターを護るのは当然だが、それは警戒し過ぎと言わざるを得ないだろう。
 ましてアインはフリーダムで一番の魔力操作の使い手でもある。それはつまり魔力感知が得意と言う事だ。そんな彼女が敵が居ない事に気づかないわけがない。
 そんな彼女が銀を黒のロングコートの中に隠すには訳がある。
 そう感じた俺は気配感知を使うと。直ぐ傍まで6人分の気配が近づいている事を感知した。

「どうやら俺たちは逃げ遅れたようだな」
 そんな俺の言葉に全員が察した。きっと影光は俺とほぼ同じの時に気づいていただろうが。
 俺たちは正面入り口に視線を向けると、ちょうど武器を携えている6人の冒険者たちの姿を確認した。
 どうやら向こうも俺たちを目視したらしく、さっきよりも強い敵意と警戒心を向けながら武器を手にする。
 残り10メートルと言った距離で止まった冒険者たちは武器を構える。

「貴様らは何者だ!?」
 その先頭で魔法剣ロングソード構える、一人の女性が鋭い視線を向けながら叫ぶように訊いてきた。
 さて、どうしたものか。このままだと戦う流れとかになったら面倒だし、さっさと逃げるのが得策なんだろうが、このUSBメモリーは俺が持っているよりも有効的に使ってくれそうだからな。

『っ!』
 突然、静寂とかしていた工場内に耳を塞ぎたくなるほどの爆発音が轟き、瞬時に高熱の爆風が俺たちや冒険者たちを襲うが、俺たちならこの程度、大した事はない。
 俺たちが纏う黒いロングコートが爆風によって強く靡く中、俺は冒険者たちから視線を外さないでいると、突然のことに驚き、目を一瞬見開けるが爆風から顔を守るように腕で覆う。どうやらアリサと影光が仕掛けた時限爆弾が役にたったようだな。
 俺はその一瞬の隙を見逃す事無くインカムに指を当てる。

「(全員、撤収)」
 俺が小声でインカムを使って伝えると全員が北西入り口に向かって走り出した。小声で話したこともあってか未だに止む気配のない爆発音によって掻き消され、冒険者たちに聞こえる事はなかった。
 爆発に乗じて撤収する影光たち。だが俺はその場から動かないのはUSBメモリーを渡さなければならないからだ。

「ま、待――っ!」
 撤収する影光たちを見て急いで追いかけようとする彼女たちに俺は15%まで力を解放して威圧を放つ。悪いが追いかけさせるわけにはいかない。
 威圧を浴びて硬直した冒険者は驚愕と恐怖が混ざったような顔になるが、俺は気にすることなくゆっくりと近づく。
 そして先頭に立っている女の左手にUSBメモリーを握らせた俺は影光たちを追いかけて工場を去った。

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 闇に支配された地上で燃え盛る爆炎。
 時々、工場のあちこちから爆発が巻き起こる。
 星1つも見当たらない夜空目掛けて黒煙が舞い上がり闇の中へと消えていく。
 夜風に乗って鉄や油、肉が燃える臭いが街中へと流れていく。
 先ほどまで戦場だった場所は今や全て爆炎によって燃え尽くされようとしていた。
 戦場から火災現場に変わった工場正面入り口でヴィオラたちは未だ呆然と立ち尽くしていたが、鼻腔を刺激する不愉快な臭いで我に返ると、

「今すぐ消防隊に連絡!それからこちらに向かっている冒険者たちに現状を報告!手の空いている者は周囲に火が移らないようにしてくれ!」
『分かった!』
 本当なら先ほどまで自分たちの前に立っていた謎の集団の事を考えたいと言う衝動を抑え、頭を切り替えて的確な指示を飛ばすヴィオラ。
 だがそれはヴィオラ以外の冒険者5人もまた同じであり、燃え移りそうな物があれば回収し、回収が出来ないのであれば、躊躇う事無く破壊する。伊達にAランク、Sランクの冒険者をしてはいないと言う事なのだろう。
 それから10分もしない内に何台もの消防車がやって来た。
 仲間の冒険者が連絡してから到着するのが早過ぎる。と思ったヴィオラたちだが、たぶんこの火災を目にした住民が通報したのだろう。と推測する。
 そこからはヴィオラたち冒険者に出番は無かった。
 ここは戦場ではなく火災現場。専門家である消防隊員に任せるほかないのだ。
 だからと言って悔しいと感じるヴィオラたちではない。この燃え上がる炎を一目見れば誰もが冒険者の出番はないと分かるからだ。
 完全に消火が終わるまでの間、ヴィオラたちは火災現場となっている工場から150メートル程離れた場所で腰を落とす。
 魔導槍を壁に持たれ掛けさせた冒険者の1人がウエストバックから取り出したスパウトパック型の栄養ゼリーを全員に渡す。

冒険者用栄養補助食品ADSか。栄養重視で美味しくないから私は好きではないのだがな」
 パッケージを見て嫌そうに呟くヴィオラ。
 冒険者用栄養補助食品はその名の通り、冒険者が長期間の依頼をこなすうえで手軽に栄養を接収するためにと開発された携帯食品の1つだ。
 バナナ、チョコ、アイスと様々な味があるが栄養重視に作られているため、その味はとても微妙と言う評価だ。
 だが持ち運ぶには便利であり、美味しいわけではないが、不味いわけでもないない。と言う理由から冒険者たちからはADSと略称で呼ばれる程度には普及している。
 だがそれはアイテムボックスを持っていない冒険者たちのためであって、パーティーに一人でもアイテムボックス持ちが居るのであれば携帯している者は少ない。
 そんな理由も含めてアイテムボックス持ちは重宝されていると言える。
 だが今回、急いで来た6人の中にはアイテムボックス持ちは居ないため、こうして美味しくもなければ、不味くも無い微妙なADSを食べる羽目になっているが、どうしても文句が出てしまう。

「文句を言うんじゃねぇよ」
 だからこそ手渡した本人としては毎度文句を言われると分かっていても反論したくなるのだ。
 ヴィオラたちはキャップを外してADSを胃へと流し込む。

『微妙だ』
 中から出てきたゼリーを少し味わって飲み込んだヴィオラたちから最初に出てきた言葉が、それだった。
 手渡した本人も軽く眉を顰める程、微妙な味なのだろう。
 だが全員が同じ感想を共有するからこそ、自然と悪くない少し緩んだ気分になり、緊張が解れる。
 全員がADSを食べ終わると、話題は自然とさっきの仮面集団の事へとなっていた。

「それにしても先ほどの連中はなんだったんでしょう」
 白を基調とした一回り大きいようにも見える服を着る彼女は小さなお尻でコンクリートの地面に体育座りをしたまま小さく呟く。
 彼女はこの中で一番身長が低いが平均身長よりも低いと言う訳ではない。だが彼女の見た目の年齢はどうみても16、7歳の美少女にしか見えないためどうしても、この6人のメンバーだと幼く見えてしまう。
 そんなスプレー・グリーン色のウェーブ掛かった長髪が特徴的な彼女の名前は――フィレス・ロキシー。
 眠りの揺り籠のギルドメンバーでギルドマスターであるヴィオラといつもパーティーを組むほど信頼されている程のSランク冒険者だ。
 そしてフィレスは冒険者の中では珍しい後衛専門の冒険者でもある。
 冒険者の大半がアサルトライフルを使う世の中で後衛専門と言われても珍しいとは感じないかもしれない。
 だが後衛と言っても現在のパーティーの大半は前衛が敵に接近するまでの間、その場から動かないように射撃をしたりするのが主流となっている。
 ライフル使いも敵を出来るだけ減らすのが役目と言える。
 そのため敵を倒さないと言う事は絶対にないのだ。
 しかしフィレスは違う。
 フィレスが戦闘時に使う魔法は他者強化魔法、治癒魔法、浄化魔法、魔力障壁魔法、物理障壁魔法の5つだ。
 ここまで後衛で防御と補助専門とも言えるポジションに就いているのか、それは彼女がアヴァやアリサと同じ上級医療魔法師でもあり、彼女の魔法属性と固有スキルが関係している。
 フィレスが使える魔法属性は無属性と光属性だけと言うなんとも偏った属性の持ち主だからだ。
 光属性に攻撃魔法が無いわけではない。ただフィレス自身が攻撃魔法が得意ではないと言うだけの話だ。その代わり浄化魔法や治癒魔法は上級医療魔法師の中でもトップクラスの使い手である。
 そして何より彼女が持つ固有スキル『魔力契約マナ・コントラクト』である。
 魔力契約マナ・コントラクトとは、フィレスが契約した相手が戦闘で獲得した経験値の1割を貰う代わりに魔法効果を1・5倍にすると言う物だ。
 つまり治癒魔法や浄化魔法などの効果が常人よりも高いと言う事だ。ただしそれは契約した相手のみ。
 また固有スキル魔力契約マナ・コントラクトが発動するのはフィレスが魔法を使用した相手のみであり、その契約は12時間で切れる。
 そのため契約した相手が他の者たちと討伐依頼を受けて経験値を獲得したとしてもフィレスに経験値が行くことはないのだ。
 そのため彼女がヴィオラたちと行動中に足手まといになると言う事はない。それどころか身体能力だけなら彼女は眠りの揺り籠の中でも上位に入るほどだ。
 そんな彼女ですら不気味に感じる仮面集団の事がどうしても頭から離れないでいた。

「俺は初めて会ったから何も知らねぇぜ。だが1つ言える事は間違いなく戦っていたら俺たちが殺られていたって事ぐらいだ」
 先ほどADSを配った金髪をオールバックにしている彼はコンクリートの壁に凭れながら真剣な声音で答える。
 彼の名前は――レール・ベッツ。
 ギルド、『雷の獅子』の所属し、『雷撃』の異名を持つ、SSランク冒険者だ。

「あの5人の中で俺やヴィオラ女帝、ダダの旦那と同等以上だったのが2人。双剣使いとライトマシンガンを持っていた奴は冒険者ランクで言えばSランクに近いAランクってところだろうよ」
 レールの言葉に全員が納得するように軽く頷く。
 この6人のうちSSランクが3人。Sランクが2人。Aランクが1人だ。だからこそ誰もが仮面集団の実力は身を以って理解している。

「で、仮面集団の真ん中に立っていたアイツ。あれはもう人間、エルフとか、魔族とか、そんな種族なんて関係ねぇ。あれは人の姿をした化物ばけもんだ。俺たちがこうして生きている事の方が不思議で仕方がねぇ程にな」
 レールは喋りながら視線を落とすと自分の手が震えている事に気づき、ギュッと強く握り締めた。
 それは他の者たちも同じだった。
 彼らの頭に中にあるのは仮面集団全員なんかじゃない。
 突如として威圧してきた、たった一人の人物の事しか頭にないのだ。
(レールの言うとおりだ。あの男が威圧した瞬間私たちは誰1人として動くことが出来なかった。圧倒的な力の重圧。感じたことも無い恐怖。逃げることすら許されないほどの威圧。奴がブラック・ハウンドのメンバーであったならば私たちは間違いなく全滅していた)

「そう言えばヴィオラさん、その男から何か渡されてませんでしたか?」
「あ、ああ。これの事か?」
 フィリスに言われたヴィオラは渡された時の事を思い出すと、火事の事ですっかり忘れていたな。と頭の中で呟きながらポケットにしまっていた物を手に取って見せる。

「USBメモリーですか?」
「そうみたいだが、誰かパソコンは持っては……いないよな」
 ヴィオラは中身を見ようと全員に視線を向けるが、全員の装備を見る限り、パソコンやタブレットを持っているようには見えなかったため、諦める。

「それは帰ってから調べれば良いだろ」
「それもそうだな」
 レールの言葉に同意したヴィオラはUSBメモリーをポケットにしまい直す。
 その後は2時間以上の時間を費やして完全に消火が終わった頃には大型トラックに乗って向かっていた他の冒険者たちと合流していた。

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