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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第十話 スヴェルニ王国からやって来た友人 ⑩

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 分厚い雲に覆われた闇夜の空に地を照らす存在は無い。
 黒闇の支配に対して複数の小さな照明人工月が点々と工場内を照らすだけの場所で拙者は魔導小銃アサルトライフル魔導短機関銃サブマシンガン魔導軽機関銃ライトマシンガンを向けてくる敵に目掛けて刀を振るう。
 美しくもない人工月の光で輝く血飛沫。
 銃声轟く戦場に鳴り響く絶叫。
 拙者は憎しみも怒りも感じる事無く、ただ冷静に目の前の敵を葬る。
 1人、また1人と葬る姿に敵は怯え慄く。
 しかしこの数は刀に負担を与えるな。
 目視出来る数だけでもざっと800以上の敵が居る。
 拙者がいつも愛用している刀の名は『蒼鳳龍斬破刀・祇祁そうほうりゅうざんぱとう・しぎ』言わずもがなの名刀である。
 この名刀は滋賀峰楼公しがみねろうこう殿が打った内の一振り。
 この刀は玉鋼だけでなく、SSランク魔獣、氷覇餓竜グラス・オーバードラゴンの牙に、今では採掘量が激減し希少鉱石となったミスリルも使用されている。
 だからこそ早々刃毀れを起こしたりはしないが、それでもこれだけの数の雑兵を相手するとなるとのぉ。
 それにこの騒ぎを知ったブラック・ハウンドの連中がそう時間も掛からないうちに外から来るだろうしの。
 アリサが半分以上殲滅してくれるとは言え、100人以上も斬り捨てるのは面倒だ。

「もう少し楽しければやる気も出るのだが」
「何をブツブツと言ってやがるんだ、この仮面野郎がっ――!」
 魔導剣で背後から斬り掛かって来た敵を振り向き様に斬り倒す。

「背後から攻撃するなら静かにするものだと思うが、ここの連中はうつけなのか?」
 刀に付着した鮮血を振り落とす。
 アリサに視線を向けると楽しそうに乱射している。正確には乱射しているように見えるでけで、大半の弾丸が敵を撃ち殺している。
 敵が多いからそう見えるのかもしれないが、違うだろう。でなければ倒れている大半の敵が頭を撃ち抜かれていると言う事にはならないだろうからな。
 北西の方からの銃声が聞こえなくなったがどうやら向こうは終わったようだな。
 ならこっちも仁たちに追いつくためにもう少し本気を出すとしようかの。

「で、次はどいつが相手ぞ?」

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 とある書斎。
 そこはブラック・ハウンドのリーダーの書斎。
 外の鉄と油と言った鉄臭い場所とは違い、センスの良いアンティークな部屋。
 そんな書斎のオフィスチェアに座って雑務を行うインテリ風の男性が書類にサインをしようとしていた。
 ズルッ。
 外で轟く銃声と爆発音で室内が地震のように揺れ、サインに失敗する。
 男は嘆息するとサインペンをデスクに置いて着けていた眼鏡を手にして拭き始める。

「まったく、これでは仕事になりませんね」
 現状を理解した上での呟きとは思えない他人事のような一言。
 男は眼鏡を掛けるとデスクの端に置いていてトランシバーを手にする。

「シュルト君、まだ戦闘は終わらないのですか?」
『ボ、ボスですか!終わるどころの話じゃないです!このままだとこっちはが全滅しちまいます!』
 シュルトと呼ばれた男の言葉にインテリ男は眉を顰める。

「それはどういう事ですか?」
『たったの2人でもう300人が殺られました!北西の方に至っては連絡が付きやせん!きっと全滅したと思いやす!』
「確か北西から進入してきた敵も2人でしたね?」
『は、はい!こっちも正直ギリギリです!と言うかコイツ等化物ですよ!』
「分かりました。ではそちらにマスティフ君とロット君を向かわせますからどうにかして下さい」
『か、幹部の方を2人も寄こして下さるんですかい!?』
「でなければ、全滅する恐れがありますからね。ですので2人が向かうまではどうにか持ちこたえて下さい」
『わ、分かりました!』
 そう言うと男は通信を終えて、別のトランシーバーを手にする。

「もしもし、マスティフ君とロット君。聞こえてますか?」
『聞こえてます』
『とうとう俺たちの出番って訳か?』
「その通りです。2人には正面入り口に向かってください」
『分かりました』
『任せときな!』
 再び通信を終えた男はデスクに取り付けられたボタンを押す。
 すると天井から大きな液晶モニターがゆっくりと下りてきた。
 そこには工場内に設置された監視カメラ映像が映し出されていた。
 侵入者がやってきてまだ30分も経過していない。普通なら既に戦闘が終わっていても良い時間帯です。ですが未だに戦闘が続いているどころか、こっちの戦力が削られている。それもたったの4人に。
 いったい何者ですか?
 D、Cランクとは言え、たった4人で800人以上の敵を殺す程の実力者。
 顔は仮面で隠されていて完全に素性を洗い出すのは不可能。
 分かることと言えば彼等の戦闘スタイルや武器から調べる事ですが、どの武器も冒険者なら使用していている。それにあんな格好をしている冒険者ならば私の耳に入ってこないわけがありませんからね。
 なら闇ギルド?いえ、それこそありえません。
 冒険者より謎が多い組織ではありますが、あれだけの実力者なら裏社会に知れ渡っていないわけがありません。

「ん?」
 インテリ男の目に入ってきたのは拳で工場内のブラック・ハウンドの構成員を殴り殺す1人の人物だった。
 そう言えばあの神童と謳われているイザベラ・レイジュ・ルーベンハイトを倒した学生も拳闘士でしたね。
 確か彼の名前はオニガワラ・ジン。
 私たちが追いかけているバルボア・カンパニーの一人娘が現在オニガワラ・ジンと一緒に居ると言う情報が部下から入っていましたね。

「まさか彼が襲撃しに来た?」
 いえ、それこそありえません。彼は第三王子を殴り飛ばした事で国外追放処分になった身。ですがあの恐れ知らずの彼なら可能性は0とは言い切れませんが。
 おそらく殺されたと思われる部下からの報告で調べましたが、現在オニガワラ・ジンはベルヘンス帝国で冒険者として活動中。
 ギルドも立ち上げて現在のギルドメンバーはオニガワラ・ジンを含めて7名。
 もしもバルボアカンパニーの一人娘を護衛依頼として受けているのだとしたら此処に来るはずがありません。

「そうではありません!」
 インテリ男の脳裏に嫌な推測が浮かび上がってくる。
 もしもギルドメンバーの7人の内、3人を護衛としてベルヘンス帝国に残して此処に奇襲してきたとしたら…… ですが昨日の今日でここを襲撃出来るとは思えません。
 インテリ男の脳裏に奇襲実行の問題点が浮かび上がる。
 正確な場所、移動手段など様々な事がだ。

「ですが、もしも……もしもです!この問題点を全て解決したとなれば……」
 ゾッ!!
 インテリ男に悪寒が襲い掛かる。
 気が付くと一滴の汗がデスクに落ちる。

「最悪ですね……」
 信じたくないと言わんばかりの呟き。だがその可能性が脳裏から消えようとしない。
 だからこそ男はその嫌な可能性は振り払うのではなく、あると考えてトランシーバーを奪い取るように手にする。

「バセット君とアイリッシュ君聞こえますか?」
『はい、どうかしましたか?』
「工場内に2名の侵入者です。場所はD-14ブロックです。もう直ぐD-13に移動しそうなのでそちらで待ち構えて下さい」
『D-13って言ったら麻薬原料の花の育成ブロックですが、どうしますか?』
「ある程度の損害は致し方ありません。今はその2人組みの殲滅が最優先です」
『分かりました』
「それで、先ほどからアイリッシュ君の声が聞こえませんがどうかしたのですか?」
『どうやらお腹を壊したらしく、現在トイレに篭ってます』
「はぁ、またですか。仕方ありません。彼女にはトイレから出来るだけ早く出るように伝えてからD-13に向かってください」
『分かりました』
 まったくアイリッシュ君にも困ったものですね。幹部の中で一番の実力者ではありますが、あの腹痛をどうにかして貰わないとこう言う時、作戦に支障が出ますからね。

「さて、私は執務に戻りますか」
 そう呟くと何事も無かったように執務を再開する。それだけ部下を信頼しているのか、それとも仮面集団の実力を過小評価しているのかは分からない。
 ただ先ほどとは違い、デスクの引き出しが開かれた状態になっており、そこには愛用の魔法拳銃二丁が入っていた。

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 時は少し遡る。
 夜の街道を走る大型トラックの中では武器を手にしている冒険者たちが壁に持たれるようにして座っていた。
 彼等が向かっている先は都市ゲラントにあるブラック・ハウンドの工場。
 そこで待ち構えているであろうブラック・ハウンドの構成員、幹部、ボスを討伐する事が今回の依頼内容だ。
 そんなトラック内はヒリつくような重たい空気が漂っていた。
 それもその筈で、トラック内に居るのはスヴェルニ王国でも有名なギルドのエースやギルドマスターたち高ランク冒険者ばかりなのだから。
 そしてその中にはAランクギルド、バルボア・カンパニーのギルドマスター、ハルネック・バルボアの姿もあった。
 そして彼の隣には同じバルボア・カンパニーのサブマスターでもシェリー・バルボアが壁に凭れていた。

「ハルネック、フェリシティーは大丈夫かしら?」
「大丈夫だ。私の友人である朧殿に頼んだんだ。大丈夫に決まっている」
「でも、彼女は断ったのよね」
「ああ、だが彼女が信頼しているギルドに頼んだと言ったんだ。私たちはそれを信じるしかないだろう」
 不安げな表情を浮かべるシェリーに対し、真剣な面持ちで表情を変える事のないハルネック。
 だが本当は心の中では不安でしか無いだろう。
 どれだけ朧の事を信頼していようと、彼女が信頼している存在には会った事も無いのだから。

「確か彼女が信頼している冒険者って数ヶ月前まではフェリシティーと同じクラスだった子なのよね?本当に大丈夫かしら」
 両親ともフェリシティーが何組なのか知っている。
 フェリシティーはAランク冒険者である両親の血は引いてはいるが、才能と言う意味での遺伝子は受け継げなかった。その事に日々悩み、訓練を励むフェリシティーの姿を誰よりもこの2人は知っている。
 そして彼女が在籍する11組がどういうクラスなのかも。

「信じるしかないだろう。それに私たちは会った事はないが、友人を見捨てるような子では無い事ぐらいお前だって知っているだろ?」
「でもアレはニュースでやっていた事よ!確かに彼は誰もが出来なかったことを成し遂げたのかもしれない。悲劇の騎士なんて言われるぐらいだもの。でも、それと実力は関係ないわ!」
「そ、それはそうだが……」
 シェリーの言葉にハルネックは言葉に詰まる。
 実際その通りなのだから仕方が無い。
 無謀と勇気が別物であるように、実力と勇気もまた別物だ。
 勇気とは精神面の強さを意味する。勿論肉体的強さが自信となって勇気を与えることもあるだろう。
 しかし、人には人格がある。最初から精神面が強い子が居れば弱い子だって存在する。
 シェリーは精神面が強いだけの実力が無い存在だと思っているのだろう。

「シェリーさん、今の話に出てきたのはもしかしてオニガワラ・ジンの事だろうか?」
 そんなシェリーとハルネックの会話に入って来るものが居た。
 2人はそんな彼女に視線を向けた。

「え、ええ、そうよ。もしかしてヴィオラさんは知っているの?」
 ヴィオラ・ヘンドリクセン。
 スヴェルニ王国に10人も居ないと言われているSSランク冒険者の1人にしてSランクギルド眠りの揺り籠のギルドマスターでもある。
 そんな彼女がこの話題に入ってくる事にハルネックとシェリーだけでなく、トラックに乗車している冒険者全員が驚きを隠せなかった。

「知っていると言えるほど知っている訳ではありませんし、会った事もありません。ただ今年行われた武闘大会。その予選である各校の個人戦代表選抜において、あの神童と謳われているイザベラ・レイジュ・ルーベンハイト様。そして送り人であるオスカー・ベル・ハワード様をも打ち倒し個人戦全勝の記録で優勝した男だと聞いている」
「でも、本選には出てこなかったわ。ま、その理由はこの場に居る誰もが知っている事でしょうけど」
 そう鬼瓦仁と言う男はスヴェルニ王国において今では知らないものが居ないほどの有名人だ。
 それはイザベラやオスカーに勝ったからではなく、第三王子イディオの横暴な犯罪行為からイザベラを救い出した事がだ。
 だからこそ、どうしても仁がイザベラに勝ったと言う事実が薄れてしまっているのだ。しかし知っている者は知っている。
 そしてヴィオラもまた知っている。
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