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第二章 魔力無し転生者は仲間を探す

第七十九話 銀髪の吸血鬼少女 ⑬

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 それから30分ほどしてヘレンも目を覚ました。
 こいつの場合は途中から寝たフリとかじゃなく完全に寝ていた。つまりあの外での暗殺未遂やアインの叫び声でも起きなかったのだ。
 ある意味才能だな。
 それから程なくしてハルナが俺たちのところへやって来た。

「皆さんお早う御座います。朝食の時間ですので来てください」
「何やら外が騒がしかったようだが、何かあったのか?」
 影光が何も知らないフリでハルナに尋ねる。
 そんな質問にハルナは少し困った顔で答える。

「どうやら私を狙って刺客が張り込んでいたようです」
「よくある事なのか?」
「ここ最近になって多くなりましたね。きっと敵対派閥のなんらかの計画が最終段階に入ったからではないかとダグラス超等もおっしゃっていました」
「そうか」
 計画……か。
 それがなんなのか俺たちには分からない。もしもネットが繋がれたパソコンなどにその計画があるのならアインに調べて貰う事は可能だ。
 しかしハッキングの恐れもあるこの時代で重要な計画をネットに繋いだ状態で保管しているとも考えにくい。ま、セキュリティーが強固なら別だが。念のために後でアインに確かめて貰うか。

「見たところ怪我は無いようだし安心したぜ」
「ありがとうございます。よく分かりませんが、刺客は何者かに負傷させられたようですので」
「なるほど、だから無事だったのか」
 笑顔の下に俺たちを窺う気配を感じる。どうやらハルナは俺たちが刺客を負傷させたんじゃないかって疑っているようだな。ま、最初に刺客が発見された場所から俺たちが寝泊りした部屋は一直線上の場所にある。
 つまり狙撃ポイントとしては最適な場所なのだ。だから俺たち、特にアインを疑っているんだろうが、ハルナもアインの性格をある程度理解している。
 彼女がハルナのために自主的に動くような人物ではない事位分かっているのだろう。だからこそ探っていると言ったところだろう。
 ま、残念な事に刺客を負傷させたのはアインじゃなく俺なんだけどな。
 それに負傷はさせたが本来は必要も無かった。なんせハルナは刺客に気付いていたのだからな。所謂おせっかいと言う奴だ。

「それでは食堂に向かいましょう。今日の朝食はクロワッサン、ポテトサラダ、スクランブルエッグ、コンソメスープです」
「それは楽しみだな」
「拙者は和食が好みなんだがな」
「マスターには燻製した厚切りベーコンをまるごと下さい」
 いや、もうそれはただの燻製肉の塊だろ。
 内心そう思いながら、俺たちはハルナの後を付いて食堂へと向かった。
 食堂内に入るとそこにはグレーの軍服を着た大勢のヴァンパイアハンターたちが朝食を食べていた。無駄な出費はしないためか、テーブルも木製の物を使っていた。きっとこの要塞が建てられた当時の物を使っているのかもしれない。あ、でも1500年も経っていたら朽ち果てているか。

「あちらで食器を受け取って好きなテーブルで食べてください。食事を終えたら先ほどの部屋で待機していてください。私は用事がありますのでこれで」
 そう言うとハルナは食堂をあとにした。
 朝食を受け取り俺たちは空いている席に座って食べる。
 それにしても食べ辛い。普通の料理だが俺には食べづらいのだ。
 仕方がないのでクロワッサンにつけて食べる。うん、美味い。
 周囲を見る限り居るのはグレーの軍服を着たヴァンパイアハンターだけだ。となると敵対派閥は別の食堂で食べていると考えるのが普通だろう。
 それにしても周囲からの視線が鬱陶しい。
 アインも周りからの視線が鬱陶しいのか苛立っているのが分かる。暴れないのは銀のためなんだろうな。

「おい」
「ん?」
 食事をしていると20人以上のヴァンパイアハンターが俺たちを囲む。
 また面倒な事になりそうだな。と思いつつ影光たちに視線を向けたが気にする様子もなく食事を続けていた。
 だからと言って何も用意していないわけじゃない。影光、アインともにいつでも動けるように心構えはしている。ま、ヘレンだけはそれが体の動きに少し出てしまったが、バレるほどじゃない。

「何か用か?」
「どうしてお前たちがマーベラス様と一緒にいるんだ?」
 マーベラス?ああ、たしかハルナの苗字だったな。
 さてここは穏便にすませないと敵対派閥にまで情報が渡る可能性があるからな。気をつけないと。

「別に大した理由じゃねぇよ。俺たちは昨日の夜に来たんだが、まだ場所が分からないから案内して貰っただけだ」
「なら、他の奴等に頼めよ。どうしてマーベラス様なんだよ」
「俺に聞かれても困る。それに文句があるならライトネル超等に言うんだな。俺たちを案内するようにって指示を出したのはライトネル超等なんだからな」
「くっ!」
 見たところ俺たちを囲んでいる男女の平均年齢は23~25歳ぐらいだ。
 地球でもこの世界でも成人しているのに嫉妬とは醜いものだな。でもま憧れの存在が来たばかりの余所者と一緒に歩いていたら嫌だよな。
 だからと言ってその嫉妬を俺たちにぶつけないで貰いたい。ま、その口実は無理になったけどな。

「話はそれだけなら、ゆっくり食事をさせて欲しいんだが?」
「お、覚えていろよ!」
 そう言ってリーダー的男は立ち去って行き、他の奴等も自分の席に戻って行った。
 ふぅ、どうにか穏便に解決できたな。

「仁にしてはよくやったと思うぞ」
「上から目線でありがとうよ」
 俺の返しに影光は笑みを零す。

「だけどアインが黙って何もしないなんて思わなかったな」
「ああ、それは拙者も思ったぞ」
「今は大事な時期ですから何もしません。そうでなければ私の武器で蜂の巣にしていたところです」
「そんな事だろうと思ったよ」
 ほんと戦いが近くてよかった。くだらない事で揉めて俺たちの依頼に支障が出たら最悪だからな。
 食事を終えた俺たちは寝室に戻る。

「アイン、悪いが調べて欲しいことがある」
「何ですか?」
 アインは私用で俺の頼みごとを聞いてくれる事なんて殆ど無い。
 だが仕事の時は別だ。
 仕事の時は文句言う事無く頼みごとを聞いてくれる。公私混同はしないって事だろう。ま、口は悪いけどな。

「敵対派閥が何を企んでいるのか調べてくれないか?」
「朝食前にあの女が言っていた事ですね」
「そうだ。それが分かれば対策も出来るだろうからな」
「分かりました」
 そう言うとアインは目を瞑ってハッキングを開始する。
 どれぐらい時間が掛かるか分からないが、待っている間、ヘレンが俺に質問してきた。

「ジン、1つ聞いても良いか?」
「なんだ?」
「前に私が渡した横領のデータは使わないのか?」
「ああ、あれか」
 以前ギルバートの時のジョーカーとして持っていたが、使う事無く終わってしまったからすっかり忘れていた。
 だがあれは今は使えない。
 あれに乗っていたのは人攫いで集めた人間たちの人数と売れた数。その際の料金。国王に納めた金額と横領した際の差額分だ。
 生憎と人攫いを行った日付は記入されていないし、関わったと思われるヴァンパイアハンターの名前も掛かれてはいない。
 ある程度人攫いを行った日付は予想は出来るがそれは証拠として使うのは難しいだろう。だからヴァンパイアハンターに対しては効果が望めない。
 だから使うならギルバートたちだろう。

「あれはお前の両親に対して使うから敵対派閥に使う可能性は低いだろうな」
「そうなのか……」
 少し残念そうな顔をする。
 このデータを盗んだ時ヘレンはまだ12歳だった。
 少女がこのデータを盗み出すのがどれだけ至難の業だったか少し考えただけでも分かる。それが敵対派閥に大して効力が低いと言うのはヘレンにとって役立たずと思い込んでもおかしくはないな。

「ヘレン気にするな。物には使い道と使い時ってのがあるんだ。だからその時まで我慢してくれ。それが終わればお前は今度こそ何にも縛られず俺たちと一緒に冒険者活動が出来るんだからな」
「う、うんっ。分かったのだ!」
 どうにか元気を取り戻したヘレン。
 ふぅどうにかなりそうだな。
 俺たちの話が終えた直後、アインがゆっくりと瞼を上げた。
 それに気がついた俺たちの視線がアインに向けられる。

「何か分かったか?」
「はい」
「それで敵対派閥連中はいつ計画を実行するつもりなんだ?」
「今日です」
 透明で鋭く突き刺さるようなアインの声音が室内に広がっていく。
 その言葉に俺たちは一瞬思考が停止した。

『……え?』
 誰もがアインの言葉にたった一文字でしか返す事が出来なかった。
 アインの奴、今なんて言ったんだ?
 え?今日って言ったのか?
 思考が再び再稼動したものの完全に通常運転するのには時間がかかり俺の脳内は未だに混乱していた。
 駄目だ。一旦落ち着け。
 軽く深呼吸をして脳を平常運転にさせた俺はアインにもう一度尋ねた。

「今なんて言ったんだ?」
「ですから今日です」
 うん、どうやら俺の聞き間違いじゃないようだ。良かった。じゃなくて!

「どういう調べ方をしたら今日と言う結果が出るんだ?」
「今日。と言うよりも今現在、互いの派閥の代表者4名によって今後の話し合いが行われている状況です。敵対派閥はその隙に吸血鬼たちを使ってここを襲わせる算段のようです」
「ここってこの要塞をか?」
「はい。そうです」
「でもここはそう易々と入れる要塞ではないのだ」
 ヘレンの言うとおりだ。遥か昔に建てられたとは言え、立地や設計は鉄壁と言って良いほどだ。
 それに近代に入り内装や補強もしているはず。となれば防衛は昔より段違いの筈だ。

「いや、中に進入させてくれる者たちがいるんだ。どれだけ頑丈で鉄壁の要塞であろうと内側から手助けしてくれる者達が居るのであれば入るのは困難ではない」
 影光の言うとおりだ。
 敵対派閥はハルナたちの派閥より人数は少ないとは言え、結構な人数が居る。それに吸血鬼が加わればハルナたちを倒すのは楽勝だろう。

「それよりも何故今なのだ?敵対派閥からしてみれば一番厄介なのはハルナたちの筈なのだ。だけどハルナたちは敵対派閥の代表たちと一緒にいる。つまりは人数は互角。となると倒すのは難しいと思うのだが」
「ヘレンよ。それは違うぞ。確かに厄介な相手は最初に倒すのが集団戦において定石だ。相手の指揮を落とすことも可能だからな。だが敵対派閥は吸血鬼の力を借りているのだ。それも推測するにかなりの数を呼んでいるに違いない。となれば敵対派閥にとってマーベラスやライトネルを先に殺そうが後から殺そうが関係ないのだろう」
「そんな……」
 影光の言うとおりだ。
 戦力差が拮抗していれば話は別だが、目に見えるほどハッキリと分かれていれば後か先かなんて関係ない。勝利する事に変わりはないのだからな。あるとすれば勝利までの時間だけだが、

「どうやら敵対派閥相手さん方は俺たちの事を知らないらしい」
 そんな俺の言葉に全員が不敵な笑みを浮かべる。きっと俺も浮かべているのだろう。

「つまりはこれは好機だ。相手の驚いた顔を拝み楽々と倒すな」
「それでギルマス。このあと俺たちはどうすれば良いんだ?」
「アイン、吸血鬼どもがここを襲撃する時間は分かるか?」
「あと、30分と言ったところでしょうか?」
 30分か。
 気配感知を使って周囲を調べるが敵意を持った敵は居ない。となるとこっちに向かって移動中なんだろう。

「吸血鬼どもはここをどう襲うつもりだと思う?地上かそれとも空か。もしくはその両方か」
「空は考えにくいだろう。どれだけの人数をここに襲撃させるか分からないが、ここは吸血鬼たちの国ではない。おいそれと飛行機を飛ばせば問題になりかねないからの。ま、吸血鬼どもがその事を気にするかどうかは分からないがな」
 影光の言葉に俺も同意見だ。
 吸血鬼たちの性格から考えて空からの襲撃は可能性的に高い。だがそれは効率を優先した場合の話だ。
 だが効率を優先すると言う事は相手をそれなりに強い存在だと認めていると言う事でもある。
 あの傲慢で他種族を見下している吸血鬼が、そんな回りくどい事をしてくるとは思えない。だが実際今まで攻めてこなかったのも事実だ。いや、敵対派閥と手を組んでいたんだからその必要が無かっただけかもしれないが。

「まず吸血鬼どもが進入してくるであろう門は東門だろう」
「そうだろうな。なんせ吸血鬼にとって面倒なのは敵対派閥と敵対しているヴァンパイアハンターたちなのだからな」
「なら、俺たちは東門の外で待機だ」
「じゃが、空と陸どっちを警戒するのだ?」
「そんなの簡単だ。分からないのなら両方警戒すれば良いだけの話だ」
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