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第二章 魔力無し転生者は仲間を探す
第十話 裏試験
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8月30日木曜日。
家庭的な朝食を堪能した俺は革張りのソファーに座ってボルキュス陛下と対面していた。それよりも朝から皇族の方たちと一緒に食事をする方が緊張して仕方がなかった。
片側一面防弾ガラスの部屋は街並みを一望出来る。最高の観光スポットと言ってもいいぐらいの場所だが、こんな部屋で皇帝陛下が仕事していて良いのか?と思ってしまう。どうみても外からライフルで狙われてしまうだろうに。
「さて君を呼んだのは冒険者試験申請が無事に受理された事とその日程を伝えるためだ」
え?嘘だろ。昨日の今日でもう申請が受理されたの?時間にすれば20時間も無いはずだ。なのに受理されるって皇帝陛下ってやっぱ凄げぇな。
「冒険者試験が行われるのは明後日の9月1日土曜日だ。場所はレイノーツ、つまりこの都市にある冒険者専用第4訓練場の2階だ。試験内容は筆記試験、実技試験Ⅰ、実技試験Ⅱの3つだ」
「待ってください。筆記試験は分かります。だけどなんで実技試験が2つもあるんですか?」
「実技試験の内容はいつも模擬戦と実戦だと決まっている。勿論君たち受験者たちは冒険者ではないからプロの冒険者が護衛に付くが大抵は傍観だ」
模擬戦。つまりは1対1での実力を見極めるためで、実戦は現場での冷静さ、判断、臨機応変さなんかを見るわけか。勿論仲間同士のコミュニケーション能力も採点の中に組み込まれているに違いない。
それにしてもこんな簡単に冒険者になれる方法があるならどうしてイザベラは教えてくれなかったんだ。いや、この世界の知識がない俺のためにそうしてくれたんだろう。冒険者試験に筆記試験があるぐらいだからな。
「実戦の試験があるためいつも試験は3日掛けて行われる。筆記試験と実技試験を1日目に終わらせ実技試験Ⅱを2日目と3日目に行う予定だ。必要な物はその紙に書かれている。ま、大抵は組合が用意してくれるから大丈夫だと思うがな」
ま、確かに必要最低限の物ばかりだな。
それよりも問題は筆記試験だ。となると鉛筆をまた何本か折って持てる長さにする必要がある。あれ面倒だから嫌なんだよな。
「それと気をつけたまえ」
「何をです?」
「冒険者試験は規定で一国で年に24回。そして一回の試験で受けられる受験者人数が50人と決められている。つまり年に1200人も受験者が居るわけだが、その中から合格する受験者は年に10人と居ない」
一ヶ月に2回のペースで試験が行われているのに年に出る合格者が10人も居ないって事は合格率が1%未満ってどんだけだよ!
「それだけ超難関の試験となると、少しでもライバルを減らそうと悪質な事をしてくる奴だっている。大抵は水筒を隠したりなんだが」
小学生のイジメかよ。
「最悪な奴になってくると平然と戦闘中に後ろから殺してくる奴だって居る」
「マジで?」
思わず素で返答してしまったけど、ボルキュス陛下は気にする様子もなく話し続ける。
「それが発覚すれば、勿論冒険者試験は失格だけでなく永久に冒険者にはなれないし、刑務所行きになる。ジン君は友人のために無茶をするようだからね。仲間が襲われても冷静に行動するんだよ」
「ええ、分かっています」
皇帝陛下にここまで心配される一般市民は大陸全体を探しても俺だけだろうな。
「これが君の受験票だ。無くさないように」
渡された一枚のカード。大きさからすればコンビにとかのポイントカードぐらいだな。描かれてるのは名前と性別に年齢。それから種族だけか。本当にこれで受験者が俺だって分かるのか?ま、陛下から渡された物だし大丈夫か。
「それじゃ、俺はこれで失礼します。何から何まで準備していただき真にありがとう御座いました」
「試験当日まで泊まっていっても良いんだよ」
「流石にそれは甘えすぎなので遠慮しておきます」
マジか。超泊まりたい!でもこれ以上ここに居ると俺の精神が持たん。
「それは残念だ。だが合格した時は是非祝わせてくれたまえ」
「分かりました。皇妃様たちの料理とても美味しかったとお伝え下さい」
俺はこうしてボルキュス陛下と別れて皇宮の外へと向かう。これでどうにか精神は保たれたな。
「ジンさん!」
皇宮の入り口を出ようとした時、聞きなれたカナリヤのような声が俺を呼ぶ。
「どうしたんだシャルロット?」
それとグレンダがやってきた。用事があるのはシャルロットだろうけど。
「ここを出て行かれると教えて貰ったので、最後にもう一度お礼をと」
「だから気にすること無いって言っただろ。俺は依頼を受けてそれを達成したに過ぎないんだから。その証拠に陛下からは報酬も貰ったし」
幾ら貰ったかは知らないけど。
「それでも私がそうしたいのです。ジンさん、助けて頂きありがとうございました」
「おう」
「また、会えますよね?」
「この都市で冒険者になろうとしてるんだ。会おうと思えばいつだって会えるだろ?」
「そうですよね!」
不安げな表情は一気に晴天の空のように明るくなる。ま、友人と会えなくなるのは寂しいもんな。
「それじゃ俺は行くな。試験の結果を伝えにくるから合格したら祝ってくれ」
「国を挙げて祝って見せます!」
「それはやめてくれ」
「冗談です」
まったく清楚系の美少女かと思えば小悪魔を潜めやがって。こりゃ将来とんでもない皇族になるかもな。
「頑張ってください」
「ああ。それじゃまたな」
俺と銀はシャルロットとグレンダに見送られ今度こそ皇宮を後にした。
************************
我の名前はボルキュス・サイム・ベルヘンス。ベルヘンス帝国現皇帝である。
ジン君が部屋を後にして入れ替わるようにエリーシャとレティシアがやってきた。ミアはまだ寝ているのだろうか。
「ジンさんは行かれたのね」
「ああ。これ以上世話になるわけにはいかない。と言ってね」
「私としてはあのままシャルロットの婿として居てもらっても構わなかったのですけど」
「何を言うか!シャルロットに婿などまだ早いわ!」
((相変わらず、娘の事になると威厳が無いわね))
またっく妻たちは何を考えているんだ!天使のような娘たちに男などまだ早いわ!
「しかしジンさんもこれからが大変でしょうね」
「そうねレティシア。なんせ彼は魔力が無いですもの。私たちは彼が抱える事情を知っていますけど周りの受験者や冒険者たちには関係ないこと。きっと辛い試験になるわ」
「それはどうかな?」
「旦那様それはどう言うことかしら?」
エリーシャもレティシアも気づいていないらしく、首を傾げていた。我が妻ながら仕草が可愛らしいな。おっとそんなことを思っている時ではないな。
「2人とも知っているだろう、彼はスヴェルニ学園に居たのだ。そこで数ヶ月とはいえ生活し学んでいた。きっと能無しと罵られ、蔑みの視線を感じていただろう。だが彼はそんな環境の中で見事個人戦学園代表選抜で優勝してみせた。そんな彼が試験程度で辛いなどと思うはずがあるまい。いや、気にしてもいないだろう」
「ふふ、確かにアナタの言うとおりですね。自分の過去を平然と話す彼の声音や表情に悲しみはありませんでしたものね」
「そう言えばそうね」
「きっと、いや必ず合格するさ」
我はそう信じている。いや、確信していると言っても良い。初めて彼と相対した時、強者から感じる風格も圧迫かもない。逆に親しみやいとすら感じるほどだ。だからこそ恐怖を感じた。どうすればあのような感情を相手に抱かせる事が出来るのか。
「ふふっ」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
もしかしたら我々はとんでもない人物と出会ってしまったのかもしれないな。
「そう言えばアナタ」
「なんだ?」
「あの事は伝えたの?」
「いや、その必要はないだろう」
「え、でもそれで不合格にでもなったら、きっとシャルロットが悲しむわ」
「ジン君はそれすらも乗り越えるだろう」
「もう、アナタってほんとそういう所は適当よね」
信じていると言ってもらいたいものだな。
壁一面ガラス張りの窓から街を見下ろすレティシアは呟いた。
「ジンさん頑張ってね。既に試験は始まっているわよ」
************************
ペットOKのホテルを探すべく俺は適当に街中を歩く。現代と変わらぬ街並みはスヴェルニ王国と一緒だが、やはり軍事力に力を入れているだけあって、冒険者の数も強さも別格だ。テメルで見た冒険者が可愛らしく思えるほどここの冒険者の実力は高い。
そんな国で冒険者になろうとしていると思うと試験がもっと難関に思えてきてならない。
それよりも問題はさっきから誰かに尾行されていることだ。人数は……3人。気配からして全員女か。この国で女の知り合いって言ったらシャルロットとグレンダ、あとは皇族の方たちだけだしな。それに尾行はされているが彼女たちから殺意や敵意といった感情は一切感じられない。ならなんで尾行されているんだ?適当に歩いて様子を見てみるか。
************************
私の名前はソーナ・ゲイツ。
エルフを両親を持ち、現在は中級ギルド『弥生の探求者』に所属するBランク冒険者だ。
現在私はギルドメンバー2人と一緒に組合からの依頼で一人の青年を尾行していた。そう、毎度お馴染みの裏試験の試験官役だ。
裏試験とは言わば試験資格を獲得した受験者たちが日ごろどのような事をしているのか調査し、隙があれば受験者の受験票を奪う事だ。
受験票が無ければ受験資格は剥奪。奪った試験官チームには報酬とは別にボーナスが与えられるのだ。依頼を受けた冒険者から言わせて貰えば一種のゲームであり、小遣い稼ぎの場でもある。
一人の受験者に大抵1人~3人の試験官が付く。勿論それは受験者の実力を考慮して冒険者組合が試験官の数を決めるわけだけど。
そして今回は私たち3人が彼――オニガワラ・ジンの裏試験の試験官に選ばれたのだ。
だけど今回はさっぱり分からない。冒険者になって6年。この裏試験試験官も両手では数えられないぐらい何度も行ってきた。だけどこんな受験生を担当するのは初めてだ。
試験官には担当する受験生のプロフィールが手渡される。それを見た時私たちは驚きを隠せなかった。なぜなら、彼の推薦者が皇帝陛下、宰相閣下、軍務総監殿の3名なのだから、誰だって驚くのは当然だ。
だけどその後私たちは理解できずに思考が停止した。
名前、オニガワラ・ジン。種族、人間。年齢、18歳。スヴェルニ学園冒険科を中退。武器、パチンコ玉。魔力、無し。
ありえない。なんでこんな落ちこぼれの受験者が皇帝陛下たち3人から推薦して貰えたのか私たちには理解できなかった。
「ソーナ、標的が出てきたぞ」
赤毛に薄い青い瞳を持つ彼女の名前はレダ・メルキンス。私と同じ日に弥生の探求者に入社した同期。それもあってか私たち3人はよくプライベートでも一緒に遊ぶことが多い。
「それにしても本当に皇宮から出てくるなんて何者なのよ」
「いいじゃん別に。魔力が無い能無しなんて、こんな美味しい依頼はないぜ」
確かに魔力が無いって事は魔力探知されることもない。つまりは背後から近づいて尾行しても気づかれる事はないって事だ。
「う~ん、どっかで彼の名前を聞いたような気がするんだけどな~」
「リアナ、アンタまだそんな事言ってんのか」
彼女の名前はリアナ・マルケス。
彼女は私たち3人の仲で唯一冒険者試験に合格した子でギルドにも私たちより1年遅く入社してきたけど、同い年ということもあってか私たちは初対面の時から意気投合した。
「それより早く行動しようぜ。じゃないと見失うぞ」
「そうね。フォーメーションはいつも通りよ」
「了解」
「分かったわ」
私の指示に2人は行動を開始した。
尾行を開始して30分。
彼は適当に街中を歩くだけで店の中に入ろうとしない。まるで散歩しているかのようね。
『おい、どうする。このままじゃカードが手に入らないぞ』
インカムから苛立ちを含んだレダの声が聞こえてくる。
こんな街中で尾行するのは簡単だけど、正直このままではボーナスは手に入らない。
カードを奪うには相手に接近するか、ターゲットが寝泊りしている宿に忍び込んでこっそり奪うしかない。
だけど彼の宿はきっと皇宮だろう。なら宿に忍び込むのは無理だ。そうなるとどこかで接近しないと駄目だろう。
「せめてどこかのお店に入ってくれればチャンスはあるんだろうけど」
『まったく入る気配がないな』
そんな私の独り言にレダが返事をしてくる。
『ねえ、二人とも!』
「なにか気づいたの?」
『それとも何か思い出したか?』
「ターゲットが抱えている魔狼、超かわいい!触りたい!モフモフしたい!」
そんなリアナの言葉に私とレダは呆れて返す言葉もなかった。
この子はどこか抜けているところがあるけど、別に今じゃなくても良いでしょうに。
『おい、ターゲットが店に入るぞ』
「対面の店にレダ、裏口にリアナ。私が店の中に入るわ」
『分かりました』
『了解。しっかりボーナス貰って来いよ』
「はいはい」
まったく女の癖にどうしてそんな男勝りな喋り方なのよ。顔は悪くないんだからもっと女を磨けば良いでしょうに。
そんな事を思いながら私は店の中に入った。
家庭的な朝食を堪能した俺は革張りのソファーに座ってボルキュス陛下と対面していた。それよりも朝から皇族の方たちと一緒に食事をする方が緊張して仕方がなかった。
片側一面防弾ガラスの部屋は街並みを一望出来る。最高の観光スポットと言ってもいいぐらいの場所だが、こんな部屋で皇帝陛下が仕事していて良いのか?と思ってしまう。どうみても外からライフルで狙われてしまうだろうに。
「さて君を呼んだのは冒険者試験申請が無事に受理された事とその日程を伝えるためだ」
え?嘘だろ。昨日の今日でもう申請が受理されたの?時間にすれば20時間も無いはずだ。なのに受理されるって皇帝陛下ってやっぱ凄げぇな。
「冒険者試験が行われるのは明後日の9月1日土曜日だ。場所はレイノーツ、つまりこの都市にある冒険者専用第4訓練場の2階だ。試験内容は筆記試験、実技試験Ⅰ、実技試験Ⅱの3つだ」
「待ってください。筆記試験は分かります。だけどなんで実技試験が2つもあるんですか?」
「実技試験の内容はいつも模擬戦と実戦だと決まっている。勿論君たち受験者たちは冒険者ではないからプロの冒険者が護衛に付くが大抵は傍観だ」
模擬戦。つまりは1対1での実力を見極めるためで、実戦は現場での冷静さ、判断、臨機応変さなんかを見るわけか。勿論仲間同士のコミュニケーション能力も採点の中に組み込まれているに違いない。
それにしてもこんな簡単に冒険者になれる方法があるならどうしてイザベラは教えてくれなかったんだ。いや、この世界の知識がない俺のためにそうしてくれたんだろう。冒険者試験に筆記試験があるぐらいだからな。
「実戦の試験があるためいつも試験は3日掛けて行われる。筆記試験と実技試験を1日目に終わらせ実技試験Ⅱを2日目と3日目に行う予定だ。必要な物はその紙に書かれている。ま、大抵は組合が用意してくれるから大丈夫だと思うがな」
ま、確かに必要最低限の物ばかりだな。
それよりも問題は筆記試験だ。となると鉛筆をまた何本か折って持てる長さにする必要がある。あれ面倒だから嫌なんだよな。
「それと気をつけたまえ」
「何をです?」
「冒険者試験は規定で一国で年に24回。そして一回の試験で受けられる受験者人数が50人と決められている。つまり年に1200人も受験者が居るわけだが、その中から合格する受験者は年に10人と居ない」
一ヶ月に2回のペースで試験が行われているのに年に出る合格者が10人も居ないって事は合格率が1%未満ってどんだけだよ!
「それだけ超難関の試験となると、少しでもライバルを減らそうと悪質な事をしてくる奴だっている。大抵は水筒を隠したりなんだが」
小学生のイジメかよ。
「最悪な奴になってくると平然と戦闘中に後ろから殺してくる奴だって居る」
「マジで?」
思わず素で返答してしまったけど、ボルキュス陛下は気にする様子もなく話し続ける。
「それが発覚すれば、勿論冒険者試験は失格だけでなく永久に冒険者にはなれないし、刑務所行きになる。ジン君は友人のために無茶をするようだからね。仲間が襲われても冷静に行動するんだよ」
「ええ、分かっています」
皇帝陛下にここまで心配される一般市民は大陸全体を探しても俺だけだろうな。
「これが君の受験票だ。無くさないように」
渡された一枚のカード。大きさからすればコンビにとかのポイントカードぐらいだな。描かれてるのは名前と性別に年齢。それから種族だけか。本当にこれで受験者が俺だって分かるのか?ま、陛下から渡された物だし大丈夫か。
「それじゃ、俺はこれで失礼します。何から何まで準備していただき真にありがとう御座いました」
「試験当日まで泊まっていっても良いんだよ」
「流石にそれは甘えすぎなので遠慮しておきます」
マジか。超泊まりたい!でもこれ以上ここに居ると俺の精神が持たん。
「それは残念だ。だが合格した時は是非祝わせてくれたまえ」
「分かりました。皇妃様たちの料理とても美味しかったとお伝え下さい」
俺はこうしてボルキュス陛下と別れて皇宮の外へと向かう。これでどうにか精神は保たれたな。
「ジンさん!」
皇宮の入り口を出ようとした時、聞きなれたカナリヤのような声が俺を呼ぶ。
「どうしたんだシャルロット?」
それとグレンダがやってきた。用事があるのはシャルロットだろうけど。
「ここを出て行かれると教えて貰ったので、最後にもう一度お礼をと」
「だから気にすること無いって言っただろ。俺は依頼を受けてそれを達成したに過ぎないんだから。その証拠に陛下からは報酬も貰ったし」
幾ら貰ったかは知らないけど。
「それでも私がそうしたいのです。ジンさん、助けて頂きありがとうございました」
「おう」
「また、会えますよね?」
「この都市で冒険者になろうとしてるんだ。会おうと思えばいつだって会えるだろ?」
「そうですよね!」
不安げな表情は一気に晴天の空のように明るくなる。ま、友人と会えなくなるのは寂しいもんな。
「それじゃ俺は行くな。試験の結果を伝えにくるから合格したら祝ってくれ」
「国を挙げて祝って見せます!」
「それはやめてくれ」
「冗談です」
まったく清楚系の美少女かと思えば小悪魔を潜めやがって。こりゃ将来とんでもない皇族になるかもな。
「頑張ってください」
「ああ。それじゃまたな」
俺と銀はシャルロットとグレンダに見送られ今度こそ皇宮を後にした。
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我の名前はボルキュス・サイム・ベルヘンス。ベルヘンス帝国現皇帝である。
ジン君が部屋を後にして入れ替わるようにエリーシャとレティシアがやってきた。ミアはまだ寝ているのだろうか。
「ジンさんは行かれたのね」
「ああ。これ以上世話になるわけにはいかない。と言ってね」
「私としてはあのままシャルロットの婿として居てもらっても構わなかったのですけど」
「何を言うか!シャルロットに婿などまだ早いわ!」
((相変わらず、娘の事になると威厳が無いわね))
またっく妻たちは何を考えているんだ!天使のような娘たちに男などまだ早いわ!
「しかしジンさんもこれからが大変でしょうね」
「そうねレティシア。なんせ彼は魔力が無いですもの。私たちは彼が抱える事情を知っていますけど周りの受験者や冒険者たちには関係ないこと。きっと辛い試験になるわ」
「それはどうかな?」
「旦那様それはどう言うことかしら?」
エリーシャもレティシアも気づいていないらしく、首を傾げていた。我が妻ながら仕草が可愛らしいな。おっとそんなことを思っている時ではないな。
「2人とも知っているだろう、彼はスヴェルニ学園に居たのだ。そこで数ヶ月とはいえ生活し学んでいた。きっと能無しと罵られ、蔑みの視線を感じていただろう。だが彼はそんな環境の中で見事個人戦学園代表選抜で優勝してみせた。そんな彼が試験程度で辛いなどと思うはずがあるまい。いや、気にしてもいないだろう」
「ふふ、確かにアナタの言うとおりですね。自分の過去を平然と話す彼の声音や表情に悲しみはありませんでしたものね」
「そう言えばそうね」
「きっと、いや必ず合格するさ」
我はそう信じている。いや、確信していると言っても良い。初めて彼と相対した時、強者から感じる風格も圧迫かもない。逆に親しみやいとすら感じるほどだ。だからこそ恐怖を感じた。どうすればあのような感情を相手に抱かせる事が出来るのか。
「ふふっ」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
もしかしたら我々はとんでもない人物と出会ってしまったのかもしれないな。
「そう言えばアナタ」
「なんだ?」
「あの事は伝えたの?」
「いや、その必要はないだろう」
「え、でもそれで不合格にでもなったら、きっとシャルロットが悲しむわ」
「ジン君はそれすらも乗り越えるだろう」
「もう、アナタってほんとそういう所は適当よね」
信じていると言ってもらいたいものだな。
壁一面ガラス張りの窓から街を見下ろすレティシアは呟いた。
「ジンさん頑張ってね。既に試験は始まっているわよ」
************************
ペットOKのホテルを探すべく俺は適当に街中を歩く。現代と変わらぬ街並みはスヴェルニ王国と一緒だが、やはり軍事力に力を入れているだけあって、冒険者の数も強さも別格だ。テメルで見た冒険者が可愛らしく思えるほどここの冒険者の実力は高い。
そんな国で冒険者になろうとしていると思うと試験がもっと難関に思えてきてならない。
それよりも問題はさっきから誰かに尾行されていることだ。人数は……3人。気配からして全員女か。この国で女の知り合いって言ったらシャルロットとグレンダ、あとは皇族の方たちだけだしな。それに尾行はされているが彼女たちから殺意や敵意といった感情は一切感じられない。ならなんで尾行されているんだ?適当に歩いて様子を見てみるか。
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私の名前はソーナ・ゲイツ。
エルフを両親を持ち、現在は中級ギルド『弥生の探求者』に所属するBランク冒険者だ。
現在私はギルドメンバー2人と一緒に組合からの依頼で一人の青年を尾行していた。そう、毎度お馴染みの裏試験の試験官役だ。
裏試験とは言わば試験資格を獲得した受験者たちが日ごろどのような事をしているのか調査し、隙があれば受験者の受験票を奪う事だ。
受験票が無ければ受験資格は剥奪。奪った試験官チームには報酬とは別にボーナスが与えられるのだ。依頼を受けた冒険者から言わせて貰えば一種のゲームであり、小遣い稼ぎの場でもある。
一人の受験者に大抵1人~3人の試験官が付く。勿論それは受験者の実力を考慮して冒険者組合が試験官の数を決めるわけだけど。
そして今回は私たち3人が彼――オニガワラ・ジンの裏試験の試験官に選ばれたのだ。
だけど今回はさっぱり分からない。冒険者になって6年。この裏試験試験官も両手では数えられないぐらい何度も行ってきた。だけどこんな受験生を担当するのは初めてだ。
試験官には担当する受験生のプロフィールが手渡される。それを見た時私たちは驚きを隠せなかった。なぜなら、彼の推薦者が皇帝陛下、宰相閣下、軍務総監殿の3名なのだから、誰だって驚くのは当然だ。
だけどその後私たちは理解できずに思考が停止した。
名前、オニガワラ・ジン。種族、人間。年齢、18歳。スヴェルニ学園冒険科を中退。武器、パチンコ玉。魔力、無し。
ありえない。なんでこんな落ちこぼれの受験者が皇帝陛下たち3人から推薦して貰えたのか私たちには理解できなかった。
「ソーナ、標的が出てきたぞ」
赤毛に薄い青い瞳を持つ彼女の名前はレダ・メルキンス。私と同じ日に弥生の探求者に入社した同期。それもあってか私たち3人はよくプライベートでも一緒に遊ぶことが多い。
「それにしても本当に皇宮から出てくるなんて何者なのよ」
「いいじゃん別に。魔力が無い能無しなんて、こんな美味しい依頼はないぜ」
確かに魔力が無いって事は魔力探知されることもない。つまりは背後から近づいて尾行しても気づかれる事はないって事だ。
「う~ん、どっかで彼の名前を聞いたような気がするんだけどな~」
「リアナ、アンタまだそんな事言ってんのか」
彼女の名前はリアナ・マルケス。
彼女は私たち3人の仲で唯一冒険者試験に合格した子でギルドにも私たちより1年遅く入社してきたけど、同い年ということもあってか私たちは初対面の時から意気投合した。
「それより早く行動しようぜ。じゃないと見失うぞ」
「そうね。フォーメーションはいつも通りよ」
「了解」
「分かったわ」
私の指示に2人は行動を開始した。
尾行を開始して30分。
彼は適当に街中を歩くだけで店の中に入ろうとしない。まるで散歩しているかのようね。
『おい、どうする。このままじゃカードが手に入らないぞ』
インカムから苛立ちを含んだレダの声が聞こえてくる。
こんな街中で尾行するのは簡単だけど、正直このままではボーナスは手に入らない。
カードを奪うには相手に接近するか、ターゲットが寝泊りしている宿に忍び込んでこっそり奪うしかない。
だけど彼の宿はきっと皇宮だろう。なら宿に忍び込むのは無理だ。そうなるとどこかで接近しないと駄目だろう。
「せめてどこかのお店に入ってくれればチャンスはあるんだろうけど」
『まったく入る気配がないな』
そんな私の独り言にレダが返事をしてくる。
『ねえ、二人とも!』
「なにか気づいたの?」
『それとも何か思い出したか?』
「ターゲットが抱えている魔狼、超かわいい!触りたい!モフモフしたい!」
そんなリアナの言葉に私とレダは呆れて返す言葉もなかった。
この子はどこか抜けているところがあるけど、別に今じゃなくても良いでしょうに。
『おい、ターゲットが店に入るぞ』
「対面の店にレダ、裏口にリアナ。私が店の中に入るわ」
『分かりました』
『了解。しっかりボーナス貰って来いよ』
「はいはい」
まったく女の癖にどうしてそんな男勝りな喋り方なのよ。顔は悪くないんだからもっと女を磨けば良いでしょうに。
そんな事を思いながら私は店の中に入った。
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