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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第七十一話 少しずつ回復する関係

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 既に銀は寝ており、起こさないように窓から飛び降りる。よし、誰も居ないな。後は塀を飛び越えるだけだ。
 気配を消して移動していると、視界の端にアンドレアの姿が入る。こんな夜に外で何してるんだ?
 ゆっくりと近づいてみると、どうやら誰かと電話をしているようだ。

「思った以上に観察眼があり、考えておりますわ」
 声が小さくてよく聞こえないな。

「はい、もう少し接触して話してみますわ。それではお休みなさいませ」
 お、どうやら電話が終わったみたいだな。

「誰と話しているんだ?」
「きゃあむっ!」
「頼むから叫ばないでくれ」
 もしも叫ばれたら今度こそここを出て行く羽目になる。

「分かったら頷いてくれ」
 コクリ。

「ぷはっ!いきなり声を掛けないで下さいまし!」
「悪かったよ。でも、なんでこんな所で電話なんかしてるんだ?」
「見ていらしたの」
「正確には見かけただけどな」
「そ、そうですか……」
「で、誰と話していたんだ?」
「そ、それは……」
 話したくないみたいだな。

「別に言いたくないなら。構わねぇよ」
「いえ、見られたからには正直に話しますわ」
「そ、そうか」
 そんなに気合を入れることなのか?

「オニガワラ・ジン。私の物になりなさい」
 …………………………ん?

「悪い。意味が分からないんだが」
「で、ですから学園を卒業したら我が社の社員になりなさいと言ってるんですわ!」
「そういう事か。だが、俺は冒険者を目指しているのであって技術者じゃないんだが」
「我が社は確かに魔導武器、魔法武器を製造販売しています。ですが会社内にギルド科を設けて冒険者を雇っていますの」
「なんでまた、そんな事してるんだ?」
「一番の目的は宣伝ですわ。我が社では製造された武器や武具を使い魔物を討伐する。それが報道されればそれだけで宣伝になりますもの」
「なるほど。つまり卒業したらカピストラーノ家が経営する会社のギルド科に入社しろってことか」
「そういう事ですわ。勿論、実力にあった依頼を我々会社側が見繕ってその中から冒険者の方が選んで貰う仕組みにはなっていますが、メリットを言えばまず武器や武具は全てタダ」
「タダなのか!」
「ええ、我が社の商品の宣伝の意味もありますから我が社の社員である冒険者の方の武具は全てタダですわ。勿論メンテナンス料もタダです。他にも得点があります。毎年一度は社員旅行に行けますし、独身、既婚者問わず社員寮で暮らすことが出来ますわ。勿論既婚者や優秀な冒険者には一軒家が与えられますわ。勿論引退後もその家で住んで頂いて大丈夫です」
「そ、それはなんて魅力的な会社なんだ」
「うふふ、そうでしょう。どうですか卒業して我が社に入社しませんこと?」
「……悪いが少し考えさせてくれ」
「な、何故ですの!まさかこれでも得点が足りないと言うのですの!」
「いや、そうじゃないんだ。なんで、俺みたいな奴を雇いたがるのかと思ってな」
「そう言うことですの。ジンさん、貴方は貴方が考える以上に注目されてますわ」
「そう言えばイザベラがそんな事言ってたな。貴族、冒険者問わず絶対に欲しがる奴らが現れるって」
「その通りですわ。私は今回イザベラ様たちと二学期に行われる団体戦で優勝するために連携の向上を目指すためにここに来ましたわ。ですが私は父から貴方を我が社に勧誘してこいと言いつけられてもいますの」
「俺ってそこまで凄い人物になっちまったわけか」
「噂の大半は悪名ばかりです。それだけ勧誘を考える人もいるでしょう。ですが、それを差し引いても貴方の実力をずば抜けていますわ。なんせ2000人を相手に一人で勝利したのですから」
「それって凄いことなのか?イザベラやオスカーにだって可能だと思うが」
「場所や時間帯によっては可能かもしれません。ですが遮蔽物も何も無い場所で正面から戦い勝利するのはイザベラ様でも不可能ですわ」
「そ、そうなのか」
「ですからどうか我が社に入ってくださいませんこと?」
「…………悪い、やっぱり少し考えさせてくれ。勿論軍人や貴族の私兵になることはない。俺は冒険者になりたいからな。だけど俺はもう少し色んなギルドを見て決めたいんだ」
「分かりましたわ。今回は保留という形で納得しますわ」
 つまり諦めてはいないのね。

「じゃあな、俺は部屋に戻って寝るとする」
「そうですわね。おやすみなさいですわ」
「ああ、おやすみ」
 妖精の楽園フェアリー・パラダイスは明日にするか。


 あれから二週間が過ぎて今日は8月5日日曜日だ。
 夕食を終えた俺は何故かハロルドのおっさんに呼び出されて書斎に来ていた。
 俺だけかと思えばイザベラ、ロイド、アンドレア、オスカー、アイリスも居た。

「今日呼び出したのは他でもない。ジン君以外は知っているだろうが、今週の8月8日水曜日に王都にて懇親会が行われる。言うなれば一ヶ月早い前夜祭みたいなものだと考えて貰って構わない」
 なんと!そんな素晴らしいイベントが待っていたとは知らなかったぞ。きっととても美味しい料理が出てくるに違いない。

「これに参加するのは二学期の武闘大会に出場する選手たちのみだ。つまりは敵の視察も兼ねているわけだが、みんな理解していると思う」
 ま、そうだよな。も、勿論俺も分かっていたけどな!

「遅れてはスヴェルニ学園の恥になるだろう。よって明日朝食を終えたら王都にあるルーベンハイト家が所有する屋敷に向かって欲しい」
「分かりましたわ」
 なに、王都にも屋敷があるの。別荘とかじゃなくて?これだから金持ちの考えは分からないんだ。

「よろしい。では今日は早めに寝るように」
 話を終えた俺たちは書斎を後にした。俺も風呂に入って寝るとしよう。

「ジン」
「なんだ?」
 イザベラと話すのは久々だな。いつ以来だ?

「分かってると思うけど寝坊なんてしないでよ」
「分かってるって」
「絶対よ」
「はい」
 そこまで威圧しなくても良いだろうに。俺ってそんなに信用無いわけ。学園に居た時はいつもジュリアスに起こされていたけど。それでも遅刻はしなかったぞ。数回しか。
 部屋に戻った俺は風呂に入って寝た。
 次の日予想以上に早く目覚めた俺は中庭でストレッチをしていた。たまにこういうのも悪くないな。

「あ」
 そんな俺の前にイザベラがやってきた。

「よ、おはようさん」
「………」
「おいおい、回れ右して戻ろうとするなよ。お前も用事があったからここに来たんだろ」
「………」
 どうにかイザベラを返さずにすんだ。
 で、イザベラがここに来た理由はどうやらストレッチをするためだったらしい。
 だが、ここで問題がある。何を話せばいいかさっぱり分からない。普段ならどうでもいいような話をするところだが、今はそんな話をする空気じゃない。

「まさか、貴方がこんなに早く起きてるなんてね」
 まさかイザベラから話しかけてくるとは思わなかったが、これは話をするチャンス!

「何故か早く目が覚めたんだ」
「そう」
 会話終了。
 いやいや!これは流石に駄目だろ。

「イザベラはいつもここでストレッチしてるのか?」
「貴方には関係ないわ」
 強制的に会話終了。
 そんなに話がしたくないわけね。
 だけど、駄目だ。このままだとなんだか駄目な気がする。と言うよりも俺が考えていた以上にイザベラが子供過ぎる。いや、確かにね命の危機に信頼していた仲間が居なくなっていたら驚くし、怒りも沸くよ。それも理由が暇で散歩してたら迷子になったなんてふざけた理由なら尚更ね。だけどこれはあからさま過ぎやしないかね。そうと決まれば、

「イザベラ」
「…………」
「イザベラ」
「…………」
「イザ~ベラ」
 ギロッ。
 間違えた。

「イザベラさん」
「…………」
「イザベラ・レイジュ・ルーベンハイト」
「…………」
「イザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベライザベラ」
「もう、何よ!」
「ようやく返事してくれた」
「貴方が苛立たせるからでしょ!」
「悪かったって。それより話があるんだ」
「話って?」
「別に許して欲しいわけじゃないんだ。ただ機嫌だけでも直してくれないか?」
「無理に決まってるでしょ。貴方が何をしたのか分かってるでしょ!」
「それは分かってる。だけどこうも何週間も続いたら俺だけじゃなく周りの人間を気分が悪くなるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「だから、許さなくていいから頼むよ」
「……はぁ、分かったわよ」
「助かるぜ」
 これで少しは空気が和む筈だ。

「それじゃ俺は部屋に戻るな」
「え?それだけ?」
「それだけってなんだ?」
「本当にそれだけなの?本当は許して欲しいんじゃないの?」
「そりゃあ許して欲しいさ。だけど俺は指揮官であるイザベラの指示を無視して無断行動をした。その事実は変えようがない。だったら許してもらえるまで待つさ」
「………待ちなさい」
「まだ何かあるのか?」
「許すのは当分無理だけど、心の中に閉まっといてあげる。だから普段どおり接しなさい」
「良いのか?」
「許したわけじゃないことは肝に銘じておきなさいよ」
「ああ、分かってるよ」
「待ちなさい」
「まだ、何かあるのか?」
「部屋に戻って二度寝だけはしないでよ」
「うっ」
 なんでコイツは俺がしようと思っていた事が分かるんだ。そして呆れないで欲しい。

「まったく私が今まで怒っていたのが馬鹿みたいじゃない。それと今日から食事は食堂で食べなさい」
「良いのか?」
「ええ。ただし私はいつも通りするけどロイドたちに何を言われるかはしらないけどね」
「なら俺は寝室で構わないんだが」
「駄目よ。これも罰だと思いなさい」
「分かったよ」
 こんな事ならイザベラに頼まなければよかったかもしれない。ああ、憂鬱だ。
 どれだけ魔力を有していようが、固有スキルを沢山持っていようが、神に愛されていようが、消して逆らえないモノがある。
 それは時の流れ。
 穏やかで緩やかな流れに感じるが、消して逆らうことの出来ない激流。それが時間だ。
 そして俺はそんな激流に流されるままにロイドたちと朝食を食べる事になった。
 いつもなら美味しく感じる筈のベーコンレタスバーガーが胃凭れを起こしそうだ。
 何かグチグチ言って来るからと思ったが、それはない。ただ睨んで来るだけ。
 そんな空気をぶち壊してくれる女神が現れた。

「ジン、出発の準備は出来てるの?」
「あ、ああ。そんなに荷物は無いからな」
「なら良いわ。ちゃんと準備が出来ているのなら問題ないわ」
 イザベラからの言葉に誰もが驚きを隠せない。

「あ、あのお嬢様」
「何かしら?」
「どうしてあのような男の心配など」
 あのようなって。随分と酷い言われようだな。

「別に。怒るのに疲れただけよ。お父様の客人なんだから夏休みの間は顔を会わせることだって何度だってあるわ。なのにその間怒っていても無駄な体力を使うだけだって分かったもの。勿論許したわけじゃないけど」
「そ、そうですか」
 何故かロイドに睨まれてしまう。きっと調子に乗るなよってことなんだろうが、安心しろ。既にイザベラに釘を刺されているからな。
 食事を終えた俺たちは即座に着替えて屋敷前に集合していた。

「生憎と政務が終わらなくてな。私たちは明日合流するつもりだ」
「分かりました。それでは行って参ります」
「ああ、気をつけてな」
 ハロルドのおっさんたちに見送られながらセバスの運転で空港へと向かう。今回もプライベートジェットに乗って王都に向かうようだ。
 電車感覚でプライベートジェットで移動するなんて、やはり金持ちの感覚は俺には分からないな。

「ジン様」
 空港に到着してプライベートジェットに乗ろうとした時セバスに止められた。

「何か?」
「明日にはハロルド様たちも合流しますが、今日はそうは行きません。ですのでお嬢様たちの事よろしくお願いします」
「俺なんかで良いのか?」
「私は初めてお会いした時からジン様の事は只者では無いと思っておりましたので」
 それは過大評価過ぎる気もするが、その気持ちだけは心から受け取っておこう。

「それと、こちらを」
 2枚のメモ用紙を渡される。なんだ?

「緊急時の連絡先です」
「なるほど。分かった。もしもの時は電話させて貰うよ。それともう一枚は?」
「王都の屋敷を管理しているレイモンドという執事が居ります。その者に渡して貰えないでしょうか。私の名前を出せば大丈夫ですので」
「よく分からないが、分かった」
「ジン、何してるの早く乗りなさい」
 イザベラに急かされてながら俺はジェット機に乗り込むのだった。まさかこんなに早く王都に行くことになるとは思わなかったな。
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