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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第十九話 ジュリアスの想い

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 私の名前はジュリア・L・シュカルプ。シュカルプ男爵家の次女として生まれ冒険者になるべく男装して学園に通っていた。だけど、その正体がクラスメイトのギドたちにバレてしまった。私はお願いしてどうにか黙っていて欲しいと頼んだ。すると、ギドたちはお金を求めてきた。最悪犯される事も考えていたが、相手が貴族の令嬢だと言うこともあってそれだけはしてこなかった。もしもバレたら間違いなく命はないからだ。それだけ貴族のプライドは大きく、面倒だ。もしもそのプライドを傷つけたとなれば、只では済まない。その事を理解しているギドたちは流石に一線を越えることだけは出来たかったのかもしれない。
 だけど、そこから私にとって計り知れない地獄が始まった。
 最初は控えめで週に二千RKだったりしたのが徐々にエスカレートしていき、春休み前には十万RKにまでなっていた。そのお金で戦闘服や武器のパーツなどを買ったのか、ギドたちの実技成績は上がっていった。急激に上がれば不振に感じるだろうが、リーダーがあのギドと言う事もあってか徐々に成績を上げていった。
 春休みに入り、ようやく地獄から抜け出せた事に僕は安堵した。
 しかし、春休みも終わり再びあの地獄が始まると思ったら憂鬱で仕方がなかった。
 だけど、依然とは違う事があった。
 私の部屋に編入生が入ってくるのだ。入学してから一度もルームメイトが居なかった事が不思議であり、救いであったのにこれからはギドたちだけでなく、ルームメイトにまで気をつけないと駄目なんて………。
 そんな憂鬱な気分で寮に入るとマリリンさんが、教えてくれた。なんでもその編入生は、魔法実技教師テトル先生に勝ったほどの実力の持ち主らしい。いったいどんな人物なのか少し興味が沸いた。
 部屋で荷物整理をしていると、マリリンさんと編入生がやってきた。
 黒髪に少し吊り目。身長は170後半ぐらいだろうか。服の上からでは分からないが、立ち振る舞いから鍛えられた身体をしているに違いない。
 表札でも確認したが、名前をオニガワラ・ジンというらしい。名前が後についている事と顔立ちから大和の生まれだと分かる。
 彼は最初私を見て女と思ったのか凄く驚いていた。事実そうなのだから仕方がないが、私は男として生きているため不愉快な表情をして否定する。すると彼は自分の過ちを素直に受け入れ謝って来た。やはり大和の人間は礼節を重んじる人種のようで私は好感を覚えた。
 自己紹介を終えるとジンが銀を紹介してくれた。もう、可愛過ぎて抱きしめたい思いに駆られるが私は必死に抑え殺した。
 その後は簡単に部屋の説明をしていて思った感想を述べると少し驚いたのか目を見開けていた。本当にあのテトル先生に勝った人物だとは思えない。威張り散らすわけでもなければ謙虚と言う感じも抱かない。ただ本当に目立ちたくないらしい。他国の人間ということもあるのかもしれない。でも、冒険者は誰だって名声や富が欲しいものだ。私はただ冒険者という職業に憧れていたに過ぎないし、富は欲しいらしいけど、名声はいらない。この国では聞かない考え方だ。
 そして何より驚いたのがジンが通うクラスだ。本当にありえない。なんで11組なんだ。
 テトル先生に勝つほどの実力を持ち、筆記試験も普通に高得点を叩き出しているのに何故かと最初は驚きと一緒に先生方の判断に怒りすら覚えた。だけどジンが魔力を持っていないと分かると納得できた。目の前の現実を変える事は出来ないのだから。
 少し時間を潰したらジンと一緒に食堂で食事を始めた。何故かジンはホットドックを大量に食べていた。最初は大好物なのかと思ったが、そんな風には見えなかった私は思わず聞いてみた。すると、言葉を濁すように答えた。その時私は失言だと叱責したくなった。誰にだって言いたくない事や知られたくない事だってある。特に私がそうだからだ。
 でもジンは言葉を濁しながらも部屋に戻ったら話してくれるという。そこまで信頼されながら、自分の正体を隠していることに心が痛む。
 そんな時だった。背後から身震いするほど聞きたくない声が私の名を呼ぶ。
 ギドたちだ。ああ、最悪だ。せっかく仲良くなれそうな友人が出来たと言うのに、こんな場面を見られるなんて。きっと幻滅したに違いない。
 そう思ったが、違った。
 ジンはギドたち相手にも拘らず一歩も怯む事無く、真正面から口を開いた。なんて事を!相手の力を知らないから出来る愚行に私は冷や汗が止まらなかった。このままではジンがギドたちのターゲットになってしまう。だけど、私にはそれを止める勇気すらなかった。なんて情けないんだ。
 マリリンさんの登場でなんとか一大事になることはなかった。だけど、私は自分の情けなさにジンの顔を直視することが出来なかった。
 部屋に戻ってからも私はどうするべきなのか、悩んでいた。話すべきなのか黙っておくべきなのか。それすら答えが出ないでいた。
 だから私は逆に問うた。なんて卑怯なんだ私は!ジンの返事しだいで決めるなんて。だけどジンは逆に問い返してきた。私はどうすれば、いや、決まっている。ジンを巻き込むわけにはいかない。だから私は、聞いて欲しくないと答えた。ジンもそれ以上聞いてくる事はなかった。本当にありがとう。
 この後結局なにを話せば良いのか分からなくなった時、急にジンが口を開いた。
 内容は食堂の時の事だった。
 一瞬、やっぱり聞くのか。とも思ったがそうではなく私がジンに訊いた内容だった。
 その話を聞いて私は驚きを隠せなかった。魔力も無い、武器も持てない。そんな状態であのテトル先生に勝つなんて……。その時ふととある疑問が浮かんだ。
 その質問に対してジンは平然と自分の気持ちを口にした。その姿に格好いいとさえも最初は思った。だけど内容はただの駄目人間だった。それでも羨ましかった。私には無いモノばかりだったからだ。非難されてもおかしくない内容を平然と口にしたり、実行する行動力。私にはないものだ。
 でもそれはジンも同じだった。誰だって自分に無い物を欲し、羨む。あたりまえのことなんだ。
 だけどジンは立ち止まらなかった。自分の運命を受け入れて尚、諦めず行動したのだ。魔力が無いから、武器が持てないからってだけで冒険者になる事を諦めはせず、目的を果たすために行動する。その目的理由が駄目人間へと繋がっている気もするが。それでも私は思ってしまった。
 ああ、なんて凄いんだ。そしてその通りだ。私は機械なんだと。
 私にもそんな生き方が出来るだろうか。しかし、そう思ってもそれを行動に移すのは難しい。結局は私は出来ずにまたジンに助けて貰ってしまった。ほんとなんて情けないんだ、私は。
 ジンにつれられ夕食を食べるために食堂に向かうと3人の生徒がジンを待っていた。もう友達ができたのか。その事に何故か心がざわついた。
 楽しい一時に混ざれたことに私は喜びを覚えながらジンたちと別れた。
 教室に戻る途中ギドたちが待ち構えていた。
 人気が少ないところに呼び出された私に突きつけられたのはこれまでの倍の金額を今日中に渡せと言う物だった。なんて横暴で、理不尽ななのだと思った。これもすべて私の過ちだ。けしてジンのせいではない。ジンが助けたせいではない。ジンが助ける前に私自身で解決できなかったせいなのだ。
 そんな思いに支配された私は午後の授業に集中できなかった。気がつけばすべての授業が終わっていた。私はどうすれば良いんだ。
 身支度を済ませ重たい足取りで部屋に戻る。他に方法はないのか?どうすれば解決できるんだ。卒業するまでお金を私続ければいいのか。そんな考えが頭を何度も過ぎる。
 気がつけばジンが銀と寛いでいた。すっかり考え込んでいたようだ。
 私の表情が暗いことに気がついたジンが心配してくれる。
 やめてくれ。君を巻き込む訳にはいかないんだ。
 どうしてそこまで嘘吐きで、意気地なしの私をそこまで心配してくれるんだ。やめてくれ!これ以上私を心配しないでくれ!そんな思いが酷い言葉となって部屋に響き渡った。
 数秒か数分かは分からない。ただ自分がまた失言したことに気づいた。苛立っているからといってルームメイトに当たるなんて私は最低だ。
 そんな自分の姿をジンに見せたくなかったのか寝室に逃げ込んだ。本当に情けない。
 どれだけの時間が経ったか分からないがジンが夕食に誘ってくれた。本当にやさしいな。それなのに私はそれを拒否してしまった。いや、只単に会わす顔がないのだ。
 ジンが食堂に向かって十数分が経過したころだろうか。ギドたちとの約束の時間が近いことに私は気づき、ドアを開けた。ソファーには寛ぐ銀の姿があった。心配しないでくれ。君と君の主人には手を出させないから。
 私は握りこぶしを作ってギドたちの元に向かった。

「ちゃんと金は用意できたんだろうな」
 待ち合わせ場所に行くと既にギドたちが待っていた。言うんだ。自分の思いを。出ないと何も変わらない。
 その時、昨夜のジンの言葉が脳内に過ぎる。

『理不尽な現状に黙って従うのは人間じゃない。心を持たない機械だ』
 そうだ。私は機械じゃない。心を持った人間だ。だからちゃんと言うんだ!

「た、頼む!もう少しだけ待ってくれ。このお金は必要なんだ」
「はあん、ナメてんの?俺たちが親切にしてるからって調子乗るんじゃねぇよ」
「そうだぜ。ギドが切れたらどうなるかジュリアス君も知ってるだろ」
「そうそう」
 そう簡単に現状が変わるわけが無い。それは分かっていた。でもこれで勇気は持てた。ありがとうアラタ。

「だ、だけど……このお金は僕が新しい武器を買うためにお父様に頼み込んでくれたお金なんだ」
「だったらもう一度頼み込めば良いだろ。俺たちだって新しい武器を買うために必要なんだからよ」
 嘘だ。確かに武器のパーツを買っていたのは知っている。だが、殆どはゲーセンや娼館で使っている事ぐらい私だって知っている。

「良いから、渡せよ。俺たちも暇じゃねぇんだからよ」
「………」
「黙ってねぇで何とか居えよ。犯すぞ!」
 っ!犯す。私犯されるのか……嫌だ。こんな奴等に犯されるなんて嫌だ!でも、どうすれば、このお金はお父様に頼み込んでくれたお金なだ。でも、そうしないと犯されてしまう!こういう時はどうすればっ!

「おい」
 静かなマンション街に響き渡る低い声音。しかし私はその声を聞いた事があった。それは数十分前にも聞いた声。その声に私は思わず振り返る。そこには私に勇気を与え、二度も助けてくれたジンの姿があった。どうして……どうしてジンがここに居るんだ!

「ジン!」
 どうして来てしまったんだ。君には関係ないのに。
 街頭によって照らされたジンの顔を見てギドたちも誰なのか理解したのか笑い出し、話し出す。そして驚く事にジンはギドたちを殴り飛ばすと宣言したのだ。なんで、なんでなんだ。確かにジンはテトル先生に勝ったかもしれない。でもギドたちの実力は本物だ。魔力も武器も使えないジンが勝てる相手じゃないんだ!だから早く逃げて!
 そんな私の心の声が聞こえる筈もなく、戦いが始まってしまった。
 しかし、現実は私が想像した展開とは異なるモノだった。
 嘘……。それが脳裏に過ぎった最初の言葉だった。三人がかり襲い掛かった筈のギドたちがなぜか吹き飛ばされていた。暗いせいじゃない。私にも何をしたのか見えなかった。いったい何をしたんだ。これなら今すぐ逃げれば大丈夫と思ったのにジンはまた挑発する。なんで今すぐ逃げないと危ないんだぞ。
 止めに入ろうと思ったころにはギドたちがまた殴りかかっていた。さっきよりも速い。けど結果はまたギドたちが吹き飛ばされていた。今度は顔面を殴られたのか鼻血を流していた。
 完全にブチギレたのか肉体強化魔法まで使ってギドたちがジンに襲い掛かった。拙い!桁違いのスピードで襲い掛かるギドたち。夜ということもあってさすがの私でも目で捉えるのが必死なほどだ。それなのにジンは楽々と攻撃を躱すと私の目を持っても捉えられない速さで反撃した。いったい何者なんだ。
 殴られた衝撃でギドたちは立てなくなっていた。私は信じられなかった。私ですら3人同時に相手するのは無理なのに魔法も武器もなしであれだけの力を手に入れられるんだ。
 ジンは立つよう指示する。だけど肋骨が折れたのか誰も立とうとはしない。それどころか完全に戦意喪失していた。イナンにいたっては命乞いまでしていた。
 しかしジンは非常にもそれを拒否してイナンの右腕をへし折った。私はこの時、理解し恐怖した。ジンは完全に怒っているのだと。そして人はここまで冷徹無比になれるものなのかと。
 そんなジンの姿を見て私は思わず一歩下がってしまった。
 その時だった。
 乾いた銃声が夜のマンション街に響き渡る。それと同時に呻き声を洩らしながらジンは方膝を突いた。そんなっ!私は銃声が聞こえた方向に視線を向けた先には、笑みを浮かべお腹を押さえる反対の手で拳銃を構えるギドの姿があった。

「なんでそんな物を!」
 学生である私たちはまだ一般市民と変わらない。だから銃の所持は禁止されている。なのにどうしてあんな物を持ってるんだ!まさか盗んだのか、学園の物を。

「へへっ、ジュリアスを脅すために持ってきた物が、こうも役に立つとは」
 まさかそんな事のために持ち出すなんて。
 ギドの指示でジンはイナンから離れる。頼むジン、ギドの指示にしたがってくれ。
 バンッ!

「ジン!」
 ジンの頬を掠めた弾丸は楽々と木を貫通した。まさかっ!

「魔導拳銃か」
「その通りだ」
 そんな!よりによってなんで魔導拳銃を盗み出すんだ!ジン頼むからギドの指示にって!なんで歩き出してるんだよ!いったい君は何を考えてるんだ!

「し、死ねええええええええぇぇぇぇ!!」
 ジン!駄目だ!こんな所で死んでは駄目だ!まだ沢山話したいことがあるんだから!
 そんな私の想いなど関係なく魔導弾丸はジンの眉間目掛けて飛び、そして――

「痛てっ!」
 え?それだけ?それよりも今何をした?

「お、おい……今、何をした!?」
 ギドも同じだったのか困惑気味に問いただす。

「何ってこの通り弾丸を掴んだだけだ」
 弾丸を掴んだ!ありえない!普通の弾丸ですら不可能な芸当なのに、魔導弾丸を掴むなんて、それはもう人間の領域を超えている!
 そんな私たちの事など無視して近づくジン。いったい何をする気だ。と思った瞬間ジンの姿が一瞬消え、気がつけばギドが殴られていた。その姿にイナンたちが脱兎の如く逃げ出す。そんな二人を容赦なく地面に叩きつける。どうして……どうしてそこまでして私を助けてくれるんだ。

「そんなのルームメイトだからに決まってるだろ」
 っ!ああ……嘘だ。たったそれだけの事でこんな私を助けるなんて。でも何故だ。これほど嬉しいと感じたことはない!溢れてきそうになる涙を必死なって抑え込む。
 その後は一方的な殺戮にも似た攻撃が始まった。やめるんだ……。
 殴るたびに鮮血が地面に飛び散る。やめてくれ……。

「本当にお前馬鹿だろ。最初に言ったよな。俺はお前を殴り殺すって」
 っ!背筋が凍るほどの悪寒。なんて冷徹で冷酷な表情なんだ。先ほどまで感じていた嬉しさが一気に冷め、恐怖と悲しみが渦巻き始めた。頼むからやめてくれ。このままだとジンが逮捕されてしまう!
 そう思った瞬間先ほどまで我慢していた涙が溢れだし、気がつけばジンに抱きついていた。もう良いんだ。私は大丈夫だ!だからやめてくれ。これ以上お前のそんな姿は見たくない!
 その後マリリンさんの登場で幕を閉じた。
 今回の事件の取調べを受け終わり、ジンと一緒に部屋に戻ると月明りで照らされたダイニングテーブルの上にはステーキと数個のおにぎりがおかれていた。
 どうやらジンが私のために用意してくれていたらしい。ほんと何から何まで世話になりっぱなしだな。ステーキは銀のようだが。それでも嬉しかったし冷めたおにぎりはこれまで食べたどんなおにぎりよりも美味しく感じた。
 その後私はジンに全て打ち明けた。どうして男装までして学園に通っているのか。それに対してジンは驚くわけでもなく、ちょっとエッチな視線を感じただけで、いつもと変わらない表情で聞くだけだった。
 お風呂に入り鏡に映る自分の裸体が目に入る。鍛えていることもあり普通の女性より筋肉質で傷跡もある。胸もさらしをきつく巻く必要はあるけどスタイルの良いモデルやエレイン先生と比べても控えめなほうだ。

「って何を考えてるんだ私は!」
 これまでそんなこと気にしたこともないのに。男として生きると決めただろ!
 逃げるようにお風呂をあがり着替えて寝室に戻るとすでにジンは銀と一緒に寝息を立てて熟睡していた。これがジンの寝顔今日の朝も見たがまるで別人のように感じる。ただ今私が感じている気持ちはたった一つだ。

「ありがとう」
 私はそう呟いてジンの額に唇を当てるのだった。

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