異世界✕兄妹✕姉妹

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多貴、若返ったはいいけれど……

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10・多貴、若返ったはいいけれど……


「なんていうか……」

 早朝にて多貴がなんとも言えないって感情を声にした。ここは山中にある高級ホテルの前。早朝という澄んだ空気が神経だの血管だの心だのを健康的に刺激する。しかし眼前に広がる光景は異世界のモノ。音川多貴がこれまで生きてきた情報を総動員したって、このここにたどり着くことはないって代物。

「これからどうなるんだろう」

 超高級な白いTシャツと長トレパンって格好の多貴は、自分の置かれた状況に不安をおぼえる。

「だけども……この体はやっぱりいい、すごくいい!」

 グッと両手を握りしめ無限活力みたいに思える自分の体にカンゲキ。これで何回目かはわからないが、何度でも喜びを噛みしめる事ができた。22歳で自堕落ゆえの肥満に陥っていた多貴にしてみれば、この溢れんばかりの力はこの世の財産を取り戻したかのように感じる。

「多貴、おはよう」

 後ろから声が聞こえたので振り返ると、多貴と同じ格好をしたホリーがいる。若返った多貴の指導を引き受けるわけであるが、退屈しないで済むとはしゃぐ。

「いやぁ、多貴……ほんと15歳の時はかわいいイケメン予備軍だったんだねぇ。このまま成長して22歳になっていたら、女に不自由なんかしなかっただろうに」

「まぁね……堕落したことは反省しなきゃいけないと思う。だからその後悔を消すってためにもがんばるよ」

「そうそう、その意気」

 こんな会話をして準備体操で体を解す2人。そのとき多貴はこう思った。この勢いに満ちた体があれば大した苦労をせずともつよくなれるんだろうなぁと。

「じゃ、まずは走ろうか」

 さわやかな笑顔のホリーがゆっくりと走り出す。それについて多貴も同じ動きに出る。そして最初は思っていた以上のよろこびを味わえる。

 走れる、いたってふつうに当たり前のように走れる! これは堕落した22歳の多貴には忘れていたモノ。ちょっと走ればすぐに息が切れるとか、少しがんばって走ると目が回って立っていられなくなるとか、窒息して死にそうになってしまう……とか、それが当たり前になっていたからだ。

「多貴、若返ってみてどう?」

「キブン最高! これなら永遠に走っていたかも」

 多貴は素直に喜びを示した。ところがしばらくすると、意外と早く息切れが生じてくる。いまの15歳にしてみれば、ちょっと早くないか? と思ってしまう。

「ハァハァ……」

「多貴、まだまだだよ、言っとくけどまだまだ終わらないよ? ヘバるのは早すぎるよ、がんばって」

 ホリーはニコニコ顔で息を切らさず走る。一方の多貴は急にガス欠みたいになってショックが顔に出てしまう。

「多貴、それはあれだってよ、肉体が若返ってもダレまくっていた魂は22歳のままだから不一致が生じるんだって。それはポニー技術団の白衣が言ってた。だから魂と肉体が問題なく融合するまではガマンが必要だって」

「そ、そう……」

「あともうひとつ。若返ると時間経過が遅くなる。走ってから今までで何分くらい経過したと思う?」

「15分くらいは経っているはず」

「まだ5分だってば」

「うそ……」

「まぁまぁ多貴、前向きに考えて。時間経過が遅いってことは、同じ時間を過ごしても他者の3倍は詰め込める、習得できるって事だから」

「3倍……」

 多貴の足がどんどん遅くなる。若返ってから走り始めるまで、ファンタジー一直線だと思っていた。でも急に現実って話が自分に絡んできて苦悩する。

「ハァハァ……」

「多貴、どんなに遅くてもいいから、歩くみたいなスピードでもいいから走って。止まったら余計にきつくなるよ」

「で、でも……」

「詩貴に申し訳ないと思わない? そんなんじゃ詩貴を取り戻せないよ?」

「ぅ!」

 止まりたいと思っていた多貴だったが、詩貴の名前を出されて発奮する。そうだった、詩貴のためにも頑張らねばならないと思ったら、どこからかエネルギーが投下されるように感じて走れる。

 音川多貴22歳、15歳を少し超えたくらいから堕落モードに進んでしまった。ちょっとくらい怠けても自分はかんたんに衰えないとカン違いした。そして気がづけば体力がない不健康デブに成る。それでも妹の詩貴は兄を応援してくれた。以前の姿に戻ってくれると信じてくれた。

「はい、ここでストップ」

 山道を走り始めて30分、ホリーが言って立ち止まる。さすがにタオルで拭うくらいの汗はかいている。軽く呼吸を整えたりもしている。だが多貴のくらったダメージはそれの比ではない。

「あぅ……」

 ストップと言われ足を止めたら、その瞬間がっくりとなった。ドワーっと流れる汗はTシャツの全面をびしょ濡れにしている。多貴は近くにある木に手を当てると、酸素の足りない世界に投げ込まれたとばかり、信じられないってくらいはげしく呼吸をくり返す。それでも足りないから背中を木に預けると、そのまま腰を落としてがっくりうなだれゼーゼーするのだった。

「い、いきなり2時間も走ったら……」

「2時間も走ってない、30分だよ」

「ぅ……こ、これで30分……」

「多貴、だいじょうぶ?」

 ホリーが心配して多貴の前にかがみ込む。もうすでにくたばってしまいました! と言いた気な多貴をやさしい目で見つめながら、今日はもう止めようか? と言った。たとえ若返ってもダメなモノはダメだしねと、やさしいボイスの中にきつい事を交えて言い渡す。これはホリー流の教えであり、ソフトに相手のやる気を突く。

「始まってすぐ、しかも走っただけで終わりとかダメだ。それじゃぁいつまで経っても何もできない」

 ホリーの思った通り多貴はやる気を見せる。若返ってもダメなモノはダメだしねって部分がとても効いたようである。

「じゃぁ多貴、15分くらい歩こう。あ、もちろん歩きながらストレッチね」

「わ、わかった」

 こうして若返った多貴のあたらしい生活が始まった。妹を奪還するため、大急ぎで強くなるという目標に向けて突っ走る。朝、昼、そして夜……まずは体力の土台固めとホリーの指導を受け続けたら、多貴の顔はもうぐったりして目は死人みたいになっている。

「多貴、おつかれさま」

 夜のホテル食堂において白いテーブルについたエリスが向かいの多貴を見る。申し訳なさそうな顔をしてはいるものの、本来なら自分は何もしないで人にさせて! と起こってもいいのだろう。だが多貴にはもうそんな風に発する気力がない。

「多貴、せっかくエリスがわたしたちのために特別に頼んでくれたウルトラスペシャルコースだよ、思いっきり食べよう。言っとくけど動くだけで食べなかったら死ぬよ?」

「うん……食べるよ……」

 死人みたいな声でぼそっとつぶやく多貴。その少年が見つめる大きいテーブルの上には、超高級で分厚いステーキがあって、バターにソースにたっぷりかかっていて、他にも豪華な食べ物が夢空間の演出みたく置かれている。

「ぅ……」

 あまりに疲れてナイフとフォークにすら力を入れづらい。ただいまは午後6時であるが、多貴にはそれが信じられない。もう2日間くらい過ごした気がする。つまり起床してから48時間くらい流れたように思う。それなのに実際は起床から13時間しか経っていないのだ。

「ぅ……」

「多貴、言っとくけど何がなんでも食べなきゃいけないんだからね」

 ホリーは多貴が超絶豪華な食事を全部食べるようにときびしく言う。まったく食えないとかいうのは許さないとも発する。

「多貴……だいじょうぶ? ムリしないで」

 胸を痛めたって感じのエリスが多貴に手を伸ばそうとする。するとホリーがダメです! と厳しく言い放つ。

「ダメって……どうして」

「エリス、多貴の指導はわたしがやるんです。エリスはお金とかエールって後方支援だけでいいんです。それにねエリス、多貴は今まで女子のやさしさに甘えてきたんですよ。詩貴って妹のやさしさに甘えかまけてきた。だから今度は女子にやさしくされてはダメだってことなんです」

 こんな2人の会話を多貴はもちろん耳にしている。だが話に割って入ったり物言いしたりは一切ない。

「ぅ……」

 食べるという行為が重い。信じられないほどに旨い食べ物がいっぱいだというのに、それらをがっちり味わう余裕がない。もしホリーがいなかったら食事をテキトーに切り上げ、そのまま部屋のベッドで寝ているだろう。

「多貴、言っとくけど夜の間食とかさせないよ。だから食事もデザートもここでしっかり食べるべし。それができないっていうのも自己責任だからね?」

「わ、わかった……」

 こうして多貴はすさまじい量と栄養を2時間くらいかけて食べ終えた。イスから立ち上がるとフラフラで倒れそうになる。

「よしよし多貴、よく食べました」

「う、うん……」

「じゃ、後は1時間わたしと食後の散歩をし、その後すぐオフロに入ること。それらが終わったら寝ていいよ。だからもうちょいがんばれ」

「うん……」

 タフなホリーとヘロヘロな多貴がいっしょに食堂から出て行く。その間に入れないエリスは食堂から自室へと戻る。

「悪いことをしている……」

 部屋のベッドに腰掛けると、クッと手の平を豊かな胸のふくらみに当て、自分はサイテーだって自責の念におぼれる。

 よくよく考えるまでもなく、エリスは特に何もしていない。いやいや、自分の力で妹のポニーに立ち向かうって話を動かしてはいない。このままでは自立心のうすい女だから妹を見返せないと自分でも思っている。

 しかるにしてエリスはこう考えてしまう。多貴はいま妹の詩貴をポニーに取られている。それを取り返すための努力を始めている。その多貴を援護するってことで、それを自分の手柄のひとつにすることで話を完了させようとする。すなわち多貴がポニーに勝ったら、それは自分の勝利でもあると言うつもり。

「仕方ないじゃない……わたしが今から剣術だのやってポニーに勝てるわけがないんだから」

 せつない声がエリスより漏れる。幼い頃およびエレガントって表現だけならエリスはポニーに勝る。しかし自分を鍛えつよくなるって話を交えたら、ポニーとの差は天と地ほどある。

 ポニーは4つ年上にして幼馴染みのエリーに剣術を教えてもらうことから始めた。しかしひたむきに打ち込む姿勢はスピーディーな成長につながり、教える側のエリーもがんばって修行しないと差が開きすぎると焦ったほど。

そんなポニーは姉のエリスを努力しない女と言ってきたが、一方ではいっしょにやろうと何度も誘った。それをなぁなぁで避けてきたエリス、20歳になったらポニーから声をかけられなくなり、ついには城から追い出された。

「わたしはダメな女……」

 こうつぶやき嘆くと哀しい。でもどこかで言い訳ができるって気もしていた。自分では何もできないけれど、多貴を応援することで体裁が保てるという意識も深いところにはあったりする。

「わたしも多貴みたいに若返って……心を入れ直して特訓とかしたらどうなるんだろう。もしかして短期間でポニーに並んだりできるんだろうか」

 いまほんの一瞬すごい事を考えた。まさかそんなと思った次、やったらどうなるんだろうってエリスは胸に手を当て、子どもっぽいと思うドキドキに浸った。
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