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知らない世界に飛ばされて
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1・知らない世界に飛ばされて
夜風がたまらずに心地よい午後8時、音川兄妹が○○グランドにやってきた。どちらもTシャツにトレパンという、運動意識の具現化という格好をしている。でも主として運動するべきは兄の方であって、妹は兄の精神援護を担当をメインとしている。
「なんか気が乗らないなぁ……」
兄の多貴はこの期に及んでやる気が薄いって声を出す。
「せっかくここまで来たんだからがんばろう、ちょっと走って後は歩くだけでもいいから。何より体を動かしたって事が重要なんだから」
詩貴は滑りのよい動きで準備体操をする。18歳という年齢のピチピチ感、そして白いTシャツに浮かぶCカップというほどよいボリュームに谷間など、ショートボブの顔も全体の見た目もすべてが健康的って言葉に愛されている。
ところが兄の多貴というはすべてが妹とは真逆。肥満予備軍といえば聞こえはいいが、実際にはレッドカードがいつ放たれてもおかしくない。フリーターながら運動不足は深刻で、本人はそれをスマホゲームにエネルギーを注ぐためには仕方ないなどと言い訳したりする。
「じゃぁ、行くよ、ゆっくり」
言った詩貴がスローペースに走り始めた。
「あぅ……」
22歳の多貴はのっそのっそとイヤそうに走り出す。そしてすぐハァハァと息を切らし始めたりする。音川多貴、他人が見たら妹にいい所を全部取られたような男に見えるが、実はそういう存在ではなかった。15歳くらいまでは妹の詩貴がホレボレするほど運動神経と体力に優れていて、性格も前向きで妹曰く世界でも数少ないステキな男子だった。
しかし……高校に入った頃から多貴は慢心におぼれてしまった。ちょっとくらいサボっても全然影響なし! とか、自分は天才型のキャラクターだとか、このキャラクターは永遠なものだとか、とにかく余裕かまして堕落モードという流れに入った。
「ハァハァ……きっつ」
走り出して約30秒後、あっさりへばってごめんなさい! って多貴がいる。その場に立ち止まりぜーぜー息を切らし、200mも走りきれなかった物悲しい姿で妹を見て伝える。
「いいよ、詩貴は先に行って」
「お兄ちゃん、1分くらい歩いたらまたちょっと走って」
「わかったよ……わかったら先に行って」
「じゃぁ……」
まぁすぐにはムリか……と顔に出した後、詩貴はゆっくり走っていく。その後姿を見る多貴は、ジンジン来る酸欠な状態を嘆きながら妹に申し訳ないと思うくらいはするのだった。
かっての自分は英雄みたいに万能で優秀だった。たとえプロのスポーツ選手なんて道を歩まなくても、一般人だけでいるのはもったいないって人になるんじゃないかと周りから期待された。
妹の詩貴はとりわけ兄思いで兄の味方だったわけで、それを今でもやっている。多貴が堕落してブータレになっても、ちゃんと以前の姿に戻ってくれると信じ応援してくれている。その事を息切れしながら歩く多貴はよく知っていた。
「と、とりあえず……ゆっくりがんばろう」
そんな事を口にする多貴はただいま身長170cmにて体重80kと、過去の栄光という思い出画像とは似ても似つかない人物像になっていた。
「ちょっと休憩」
一度止まると二度目の走りが億劫すぎて不可能な多貴、グランドを半分くらい回ったところにある自販機の前に立ち止まる。
「ジュワっとイッちゃおう!」
うふっと笑ってコーラなんて名前のボタンを押しかける。でもこれがいけないと思い、マイペースでグランドを走っている妹に目をやり、少しは期待に応えなきゃいけないよなと踏みとどまる。
「仕方ない、お茶でいいや」
その声通りにボタンをピッと押し、ゴロンって音がなったらつめたいペットボトルを手に掴む。
「うん?」
ゆっくり歩きながら気持ちよくゴクゴクやっていたら、ふと外周の草むらに異変があると気づいた。夜空が星によって照らされるのならわかるが、地面は一体何によって照らされるのかと疑問を持つ。そこで当然のように引き寄せられ、よくわからない光景を目にするのだった。
「なに? 光? 穴?」
かがみ込む多貴が見るのは、何か光る物体……ではなく、地面に直径30cmくらいの穴が空いていて、内部より光が湧き出ているって絵。飾った表現をするならただいま食事中の極少ブラックホールとでもいう感じのモノ。
「お兄ちゃん、なにやっているの?」
「あ、詩貴、これ……」
多貴は隣にかがみ込んだ妹を見た後、近くに棒切れでもないかなぁとキョロキョロする。しかし詩貴は考えたり探したりするより先に手を動かし、かがやきの中に突っ込んでしまう。
「ちょっと詩貴、あぶないってば」
「うん? なんだろう……これってすごい深い穴? 地べたっていうか底に手が当たらない」
ここで詩貴はちょっと意地っ張りになった。自身の色白な手の平をどうしても底につけたいと思い、グッと腕を深く入れ込む。
「こ、こら詩貴、あぶない……」
昔だったら毅然とした態度で妹を叱ったり、あぶない事は男がやるんだ! と、かっこうよく言ったであろう兄も、今はただオドオドするばかり。
「あんぅ!」
「あ、詩貴!」
思わず引き込まれそうになった詩貴の足を掴む多貴。それは確かにファインプレーというモノだった。
しかし……なぜかグイグイと詩貴が引きずり込まれていくとき、それに対抗するだけのパワーが兄にはない。
「あ……ぅ」
「お兄ちゃん、危ないから手を離して……」
「だ、ダメだよそんな、詩貴を見捨てるような事はできないよ」
そんな会話をしながら兄妹はどんどんまぶしい光に吸い込まれていく。まぶしいぜ、目が開けにくいぜ! とか思ったら体に力など入らず、成す術なく引っ張り込まれるだけだった。
「あんぅ!」
「ああぁぁ」
兄妹は揃って声を上げると同時に、2人して光の中に吸い込まれてしまった。直径30cmという決して巨大ではないはずの穴に、スーッと流れるように吸収されてしまった。そして感情ある生き物みたいに、穴は光の放出を止めてしまった。
午後8時20分、音川兄妹が突然に姿を消してしまう。夜の風が吹き草が揺れて歌声を放っても、何があったかなんて誰も知らない。もし知っているモノがいるとすれば、それは空から地上を見つめていたまん丸な月くらいなモノ。
夜風がたまらずに心地よい午後8時、音川兄妹が○○グランドにやってきた。どちらもTシャツにトレパンという、運動意識の具現化という格好をしている。でも主として運動するべきは兄の方であって、妹は兄の精神援護を担当をメインとしている。
「なんか気が乗らないなぁ……」
兄の多貴はこの期に及んでやる気が薄いって声を出す。
「せっかくここまで来たんだからがんばろう、ちょっと走って後は歩くだけでもいいから。何より体を動かしたって事が重要なんだから」
詩貴は滑りのよい動きで準備体操をする。18歳という年齢のピチピチ感、そして白いTシャツに浮かぶCカップというほどよいボリュームに谷間など、ショートボブの顔も全体の見た目もすべてが健康的って言葉に愛されている。
ところが兄の多貴というはすべてが妹とは真逆。肥満予備軍といえば聞こえはいいが、実際にはレッドカードがいつ放たれてもおかしくない。フリーターながら運動不足は深刻で、本人はそれをスマホゲームにエネルギーを注ぐためには仕方ないなどと言い訳したりする。
「じゃぁ、行くよ、ゆっくり」
言った詩貴がスローペースに走り始めた。
「あぅ……」
22歳の多貴はのっそのっそとイヤそうに走り出す。そしてすぐハァハァと息を切らし始めたりする。音川多貴、他人が見たら妹にいい所を全部取られたような男に見えるが、実はそういう存在ではなかった。15歳くらいまでは妹の詩貴がホレボレするほど運動神経と体力に優れていて、性格も前向きで妹曰く世界でも数少ないステキな男子だった。
しかし……高校に入った頃から多貴は慢心におぼれてしまった。ちょっとくらいサボっても全然影響なし! とか、自分は天才型のキャラクターだとか、このキャラクターは永遠なものだとか、とにかく余裕かまして堕落モードという流れに入った。
「ハァハァ……きっつ」
走り出して約30秒後、あっさりへばってごめんなさい! って多貴がいる。その場に立ち止まりぜーぜー息を切らし、200mも走りきれなかった物悲しい姿で妹を見て伝える。
「いいよ、詩貴は先に行って」
「お兄ちゃん、1分くらい歩いたらまたちょっと走って」
「わかったよ……わかったら先に行って」
「じゃぁ……」
まぁすぐにはムリか……と顔に出した後、詩貴はゆっくり走っていく。その後姿を見る多貴は、ジンジン来る酸欠な状態を嘆きながら妹に申し訳ないと思うくらいはするのだった。
かっての自分は英雄みたいに万能で優秀だった。たとえプロのスポーツ選手なんて道を歩まなくても、一般人だけでいるのはもったいないって人になるんじゃないかと周りから期待された。
妹の詩貴はとりわけ兄思いで兄の味方だったわけで、それを今でもやっている。多貴が堕落してブータレになっても、ちゃんと以前の姿に戻ってくれると信じ応援してくれている。その事を息切れしながら歩く多貴はよく知っていた。
「と、とりあえず……ゆっくりがんばろう」
そんな事を口にする多貴はただいま身長170cmにて体重80kと、過去の栄光という思い出画像とは似ても似つかない人物像になっていた。
「ちょっと休憩」
一度止まると二度目の走りが億劫すぎて不可能な多貴、グランドを半分くらい回ったところにある自販機の前に立ち止まる。
「ジュワっとイッちゃおう!」
うふっと笑ってコーラなんて名前のボタンを押しかける。でもこれがいけないと思い、マイペースでグランドを走っている妹に目をやり、少しは期待に応えなきゃいけないよなと踏みとどまる。
「仕方ない、お茶でいいや」
その声通りにボタンをピッと押し、ゴロンって音がなったらつめたいペットボトルを手に掴む。
「うん?」
ゆっくり歩きながら気持ちよくゴクゴクやっていたら、ふと外周の草むらに異変があると気づいた。夜空が星によって照らされるのならわかるが、地面は一体何によって照らされるのかと疑問を持つ。そこで当然のように引き寄せられ、よくわからない光景を目にするのだった。
「なに? 光? 穴?」
かがみ込む多貴が見るのは、何か光る物体……ではなく、地面に直径30cmくらいの穴が空いていて、内部より光が湧き出ているって絵。飾った表現をするならただいま食事中の極少ブラックホールとでもいう感じのモノ。
「お兄ちゃん、なにやっているの?」
「あ、詩貴、これ……」
多貴は隣にかがみ込んだ妹を見た後、近くに棒切れでもないかなぁとキョロキョロする。しかし詩貴は考えたり探したりするより先に手を動かし、かがやきの中に突っ込んでしまう。
「ちょっと詩貴、あぶないってば」
「うん? なんだろう……これってすごい深い穴? 地べたっていうか底に手が当たらない」
ここで詩貴はちょっと意地っ張りになった。自身の色白な手の平をどうしても底につけたいと思い、グッと腕を深く入れ込む。
「こ、こら詩貴、あぶない……」
昔だったら毅然とした態度で妹を叱ったり、あぶない事は男がやるんだ! と、かっこうよく言ったであろう兄も、今はただオドオドするばかり。
「あんぅ!」
「あ、詩貴!」
思わず引き込まれそうになった詩貴の足を掴む多貴。それは確かにファインプレーというモノだった。
しかし……なぜかグイグイと詩貴が引きずり込まれていくとき、それに対抗するだけのパワーが兄にはない。
「あ……ぅ」
「お兄ちゃん、危ないから手を離して……」
「だ、ダメだよそんな、詩貴を見捨てるような事はできないよ」
そんな会話をしながら兄妹はどんどんまぶしい光に吸い込まれていく。まぶしいぜ、目が開けにくいぜ! とか思ったら体に力など入らず、成す術なく引っ張り込まれるだけだった。
「あんぅ!」
「ああぁぁ」
兄妹は揃って声を上げると同時に、2人して光の中に吸い込まれてしまった。直径30cmという決して巨大ではないはずの穴に、スーッと流れるように吸収されてしまった。そして感情ある生き物みたいに、穴は光の放出を止めてしまった。
午後8時20分、音川兄妹が突然に姿を消してしまう。夜の風が吹き草が揺れて歌声を放っても、何があったかなんて誰も知らない。もし知っているモノがいるとすれば、それは空から地上を見つめていたまん丸な月くらいなモノ。
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