息吹アシスタント(息吹という名の援護人)

jun( ̄▽ ̄)ノ

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56・売る側と買う側12

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56・売る側と買う側12


「なに!?」

 おどろく息吹が目の当たりにするのは巨大化した鳥子だった。実に40mもの巨体となり、同じく身の丈にあった薙刀を左手に持ち、そして右手でグッと般若の面を脱ぎ捨てる。

「息吹、この見晴らしがいい世界では隠れる場所などない!」

 巨大化した鳥子の歩みが地響きを起こす。そしてとてつもなく大きな薙刀が何度も振り下ろされる。

「あ~ははは、まるで虫けらだね、息吹ってば」

「チッ……」

 息吹、逃げ回りながら黒ジャケットの内側から銃を取り出す。そして空を覆い隠すように巨大な鳥子に向かって放つ。

「ムダムダ、すべてムダムダ」

 鳥子、余裕しゃくしゃくにチッチと手を動かし弾丸をピッピと弾く。だがこの時、ある事に気づいた。

「うん?」

 気になったので右の人差し指と中指で飛んでくる弾丸をクッと真剣白刃取り。そうして目を丸くする。

「リンゴ? もしかしてこれは手りゅう弾みたいなモノ?」

 巨大化によって気も大きくなっている鳥子、ギュッと気になるモノを握る。もしかすると爆発するかもしれない、軽いやけどをするかもしれない、うっかりすれば指が飛ぶかもしれないなどと思いながらも握る。するとなんとなく知っている感じが広がる。

「はぁ? ほんとうにリンゴ?」

 そう、意外過ぎてビックリだがほんとうにリンゴだったりする。こんな時に息吹がふざけるとは……と思ったが、バカにされているような気もする。だから飛んで来たリンゴの数個を口の中に入れ、むしゃむしゃっとやって溢れる甘い果汁を啜りゴクっと飲み込んでから言う。

「なに、息吹っておちゃめな人なの? でもさぁ、わたしこういう時に変な冗談をかまされるのってイヤなんだ。だからかなり頭に来ちゃっているよぉ」
 
 40mの鳥子にとってみれば息吹はゴキブリみたいにしか見えない。それは小さく動きの早い方が得という感じだったが、隠れる場所が一切ないという中では大きい方が有利になるようだ。

「おら! やっと捕まえた!」

「あんぐぐぐ……」

 ハハハと勝ち誇る鳥子、息吹を捕獲したって右手をクッと軽く丸める。それはひとまず動きを封じるだけ。

「やだ、めっちゃキブンいい。生殺与奪の権を握るって最高じゃん。わたしがその気になればさぁ、ぶっちゅーっとなってぐちゃぐちゃになって、ハミ出した内蔵とか砕けたパーツとか出てくる。で、おそらくいま、息吹は死にたくない、死にたくないよぉってブルブルおびえているんだよね。あぁん、これってマジでオーガズムだよ、本気で感じちゃうよ」

 まるでオナニーをやり始めかねない表情でブルブルっと震える鳥子、こうなったら本気でにぎって息吹のジュースを作ろうかと思った。ところがこのとき、突然にピーン! っと何かが鳥子を貫く。

「あぅ……あ……」

 突然ビクン! となり表情が固まる。ハイテンション丸出しってノリが急に転落モードに切り替わる。

「な、なに……この不愉快でつまらない感じって……」

 いきなりはげしい憂鬱に襲われた鳥子、息吹の事をかまっていられないとばかり手が開く。そしてクッと顔をしかめると両手でアタマを抑え、苦悩の叫び声をあげて両ひざを砂の上に落とす。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 ギュゥーン! っと体が小さくなっていく。40mの巨体が元の人間サイズに戻った。だが鳥子のおぞましい憂鬱は収まらず、青ざめたま頭を抱え砂を見つめる。

「ぅ……」

 砂の上を歩き向かってくる音、息吹が来る……やられる……とおびえながら顔を上げる。すると鳥子の前で立ち止まった息吹が何も言わずに見つめ下ろす。

「い、息吹……」

「なんだ?」

「い、いったい……何をした、わたしに何をした……」

「鳥子はさっきリンゴを食っただろう? あれは知恵の実というやつだ。食ってくれるとありがたいと思っていたから助かった」

「な、なんだそれ、どういう事?」

 息吹、かがみ込むと憂鬱で真っ青な鳥子を見ながら説明してやった。あれを食うと悟りが得られるのだと。

「さ、悟り?」

「そう、悟りだ。別の言い方なら賢者になるって事なのだが、あれを食うと愚かな自分が気づかなかったことへの理解、もしくは習得していなかった恥じらいが一気に芽生える」

「な、なに……おかしいでしょう、賢者になって憂鬱とか……それっておかしくない?」

「いや、そうでもない。おれも一回死んで意識が変わったので分かるのだけど、賢者になるとつまらないもんだよな。愚者の方が楽しかった。パープリンで無責任だけど、でも勢いはあったんだよなぁ。その勢いが生きるたのしさみたいであり、生き恥でもあったんだ。皮肉なんだよ、人間は……賢者になってまともになると、愚者時代が耐え難く恥ずかしくなる。そして以前みたいな恥もクソも関係なく勢いで突っ走るとかいうのが出来なくなるんだ」

「い、いやだ……これだと賢者になった方が損じゃんか。すごい憂鬱で、以前の自分が恥ずかしくてたまらない。なに、賢者になったらこんなにもつまらないの? こ、これって人生たのしく生きるとかムリって気が」

「そんな事はない……と思う」

 息吹は顔色が重病人みたいに悪い鳥子の右肩に左手を置くと、たのしみ方が変わったと思えばいいじゃないかとつぶやく。

「おまえの彼氏、卓郎? それはもうあたらしい女にくれてやれよ。でも賢者になった鳥子は、まぁ以前とはちがう魅力を持つことができるだろうし、それがいいと思う男も必ずいる」

「そ、そうかな……ほんとうにそうかなぁ……」

「卓郎よりいい男はいる。それが現れたときにちょっとだけ心の折り合いをつけるようにすれば、まぁ……うまく行くようになるんじゃないかな」

「ね、ねぇ……」

「なんだよ、急に猫なで声で」

「息吹って彼女といないでしょう? いるような気がしない」

「今はそういうのいない」

「だったらさぁ、わたしとかどう?」

「悪いな、おれそういう展開に興味なくなっちまった」

「抱いて……とか言ってもダメ?」

「そういう話はあたらしく見つけた彼氏にやればいいんだよ」

「あぁ……この感覚……すごいよねぇこれ……急に以前の愚かさが途方もなく恥ずかしく、でも以前の事は仕方ないって本気で思ってる。なにこれ、自分が年寄りになったような気がする、一気に老けたような気がする。世界のすべてが愛しいって言い出しかねない感じでゾッとするんだけど」

「ま、賢者とはそういうものかもな。がんばれ、おまえならいい男はすぐに見つかる」

 そう言った息吹が鳥子から手を話すと、まるでパチっとスイッチを切ったようにして世界が変わった。

「あぅ……」

 突然に世界が夜のブックオフの階段って元に戻る。思わず階段から転がり落ちそうになる自分をなんとか制御してホッとした鳥子、息吹は? と見渡すが姿を見つけられなかった。

「あ~あ……中野優子を殺すとか、今となってはムリムリ、というか……そういう考えを持った自分を信じたくないなんて思ってしまうよ」

 疲れたような声で卓郎と優子がいる店に目を向ける。あそこに突撃して女を殺し卓郎を奪還しようと思っていた自分が信じられないと思った。そしてあの2人が結ばれようとどうなろうと、別にどうでもいいやと以前だったら考えられないほどあっさり思う事ができた。

「知るか、卓郎なんか……もっといい男を、今度はしっかりとした自分で見つけてモノにする。それでいいんだよね?」

 誰に対して言ったのか、もしかしたら息吹なのか、よくはわからないがつぶやき夜空を見上げる鳥子だった。
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