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48・売る側と買う側4

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48・売る側と買う側4


 鳥子が腐れワガママな女を発揮し、卓郎に対し一方的な破局を突きつけて一週間ほどが流れた。その間、卓郎は何度となくヨリを戻したいと話し合いを求めた。しかし鳥子の方はそれをことごとく絶妙な突っぱねとか無視で交わしていた。

「あ、ここだ」

 本日の日曜日、鳥子は繁華街にあるとある立派なビルを訪れた。その中には結婚相談所というのが入っており、鳥子はそこで保険をかけようと思ってやってきたのだ。つまり卓郎を弄んで突いたとき、何かの間違いで相手が去っていくような事が生じたとしても、代わりの男が入ればだいじょうぶ! という、いかにも女らしさに満ちた算段。

「いらっしゃいませ」

 やってきた鳥子の前に出現したるは20代前半くらいの女。若く世間知らずでピュアなハートの持ち主という笑顔が印象的。

(わたしより年下で……しかも絶対結婚とかしてないはずなのに、こんな女が結婚の相談に乗るわけ?)

 鳥子はちょっとおもしろくないという気がした。でも相手が見せるマイルドブレンドみたいなオーラに問題はないとし、イスに座り白い机を挟んで相手と向き合う。

「結婚希望ですね、ではどんな男性がご希望か正直に語ってください。こちらはそれを後でデータとして入力しますので」

 相談員はそう言うと右手にペンを持ち、机に置いてあるメモに書くって姿勢を取る。

「えっと……年齢は22歳から27歳くらいで、年収は1000万円以上で、身長は180cm以上で、顔は色白のイケメンでヒゲとか無し、体毛もなし。そして車は高級車で仕事も女もバリバリ大事にするって生き様で、そして趣味はゴルフとかって感じかな」

 とりあえずいたってふつうにペラペラっと言った。そして相談員の方はそれをとりあえずサラサラっと書き留めた。しかしペンの動きが止まったら、ハハっとかわいい顔に苦笑を交えながら鳥子にダメ出し。

「えっと……ずいぶんと理想が高いんですね」

「え、控えめに言ったつもりなんですけど……ダメなんですか?」

「ひ、控えめ……」

 相談員はがんばってみんなをシアワセにしなきゃ! 的な呼吸をして自分を落ち着かせると、その理想は高すぎると言った。

「その、今はみんな苦しい時代なんです。女性も苦しいですが男性も同じで余裕はありません。そこでシアワセな出会いをするためには、理想と現実の折り合いというのが必要かと」

「わかりました、そういう風に思います。でもわたしのプロフィールにはそれを載せておいてください」

「こ、このまま載せるのですか? これだと少し印象が悪くなるって危険がありますけど」

「だいじょうぶ。だってわたし26歳だし、若いし美人だし上玉。安っぽい条件を付けて駄菓子みたいに思われる必要なんてない。わたしだったら高級スィーツみたいにアピールしてもいいはず。そうですよね?」

「は、はぁ……」

 結局のところ相談員の若い女性というのは、鳥子のグイグイ押しまくりって要求を聞いて従うだけだった。従わなかったら金属バットで殴る! みたいな勢いで攻め込まれるのから、もはや大人のご意見なんていうのを施す事はできなかった。

「じゃぁ、よろしくお願いします」

 鳥子はそう言って立ち上がる。もし自分に興味を持った男性が出現すれば、あるいは相談員の話を聞いて鳥子と会ってみたいと思う男性が出てきたなら、すぐ連絡してもらうという話をつける。

「あぁ……疲れた……」

 相談員、相当に疲れたらしく白い机にばったりうつ伏せとなる。そうして小さな声でボソッとつぶやく。あんなの売れるわけないよ……と。


「さーて、女らしくしたたかに環境整備は完了。たまにはパスタがおいしい店にでも行こうかな」
 
 ビルから出てルンルン気分につぶやた鳥子が歩き出したとき、偶然見知らぬ男とぶつかった。

「ちょっと……」

 せっかく人がルンルン気分だったのに! と不快感を声と表情に乗せる鳥子だった。

「あ、すまない」

 立ち止まって振り返ったのは20代前半の男。なんとなく、どういう事かわからないとしても、けっこういい男っぽいかも? という感じに鳥子は直撃されてしまう。

「あ、ううん、こっちも悪かったよね、ごめんなさい」

「じゃぁ」

「待って、ちょっと待って!」

 鳥子、不愛想に立ち去ろうとした男のドルマンスリープシャツ黒色の背中をつかむ。

「な、なんだ?」

「いっしょにお茶しない?」

「いらない」

「え、ウソでしょう、女が誘っているのに断るの?」

「だって好みじゃないから」

「ちょっと待て、ちょっと待て!」

「だからなんだよ……」

「好みじゃないから断る? それ女が男に言うのは許されるけど、男が女に言ってはダメなんだよ? きみ、いくつ、そんな事も知らないで今まで生きてきたっていうの?」

「おれは23歳だけど」

「そう、だったら女に対する礼儀とかまだ知らないんでしょう? 教えてあげようか?」

「だからいらないって言ってるだろう」

「あぁもう、男は女の誘いを断ったらダメなんだよ!」

 自分が興味のな男に誘われるとイヤだと思いつつ、自分が誘って男に拒否されるというのはとても納得ができない鳥子だった。まして自分より年下の男が、自分みたいないい女の誘いを断るというのは、世の中の常識に唾を吐くようなモノと本気で思っていたりする。

 こうして2人はすぐ近くにあった喫茶店「男と女のすれ違い」でお茶する事となった。中に入り一番奥に進み白いテーブルをはさんで座り向かい合う。

「わたし厚釜志鳥子26歳、きみは?」

「おれは家満登息吹、まぁ23歳だな」

「まぁってなに?」

「一回死んだから、そのときが23歳だったから」

「え……」

 鳥子、見た目はいいのに中身は残念な人と? とがっかりし始めという目を息吹に向ける。しかしとりあえずそこは不問とし、もっとも気になっていた事を質問玉としてぶつけた。

「息吹って呼んでもいい?」

「別にいいけど」

「息吹はわたしの事を好みじゃないとか言ったよね? どうして? わたしっていい女でしょう? なんで好みじゃないとか言うの?」

「生前だったら遊びで食うには最適だな! って考えでオーケーしていたけど、死んだら考えが変わった。なんというか……うざい」

「う、うざいってどうして?」

「わたしはゲスだけどよろしくね! って正直ならいいんだ。でも、ゲスなくせにおまえはわたしとお似合いの立派でなきゃダメなのよと伝える女は好きじゃない。食いたいって欲望がない限り、相手にしたいと思わない」

「な、な、なに、息吹、あんたなに? 何をえらそうな事を言っているの? あんたわたしより年下でしょうに」

「あぁ、気を悪くしたなら謝る。でも人生経験は年齢じゃない所もあるだろう? 悪いけどわかるんだよ、人生経験はおれの方が上だと。特にこういう類の話になると」

「じゃぁ、息吹、あんた何人くらいの女と付き合ったとかいうの?」

「付き合ったというか……セックスして飽きたら捨ててのくり返しで500人くらい」

「う……ゲスの化身……」

「まぁな、今は生前のそういう振る舞いを恥ずかしいと思っている」

「そ、その息吹から見てわたしは好みじゃないと」

「まぁ気にするなよ、だって好みは人によって違うから。鳥子みたいな女が好きだって男もいるだろう、多分」

「多分ってつけるな! い、言っておくけどね、わたしには彼氏がいるんだよ。わたしに夢中って男性がちゃんといるんだよ」

「ほんとうに?」

 息吹、白いカップに唇を当てコーヒーを飲みながら相手をジッと見る。そうしてカップを皿の上に置いてからつぶやいた。

「わたしに夢中って彼氏がいるわりには……あんまりハッピーって感じに見えないなぁ」

「う、うるさいわね、選り取り見取りなのよ。わかる? ステキな女だから選ぶのに大変ってわけなのよ」

「そうか、だったら早く選んだほうがいいぞ。それも謙虚なキモチでな」

「け、謙虚?」

「要するにお姫様モードも早く卒業したらどうかな? って事だ」

「く、く……年下のくせに偉そうに……」

「悪い、おれはそろそろ行く。おれの分はこれで払っておいてくれ」

 息吹がそう言って財布からおのれ分を出そうとすると、あきれた顔の鳥子が大きめの声で言う。

「はぁ? 女にお金を出させるのっておかしくない? ねぇ、それってどういう了見? ふつうは男が全額払うモノでしょう? 女に負担をさせないのが男の務めでしょう? ちがう?」

「そんな法律はない。でもまぁ……話すのが面倒だからおれが払っておく」

「そうよ、それが男の役割だよ息吹」

「鳥子」

「なぁに?」

「おれが生前に感じた事のひとつととして……神になり損ねるやつは痛いっていうのがある。そういうやつは粛清される運命。だから鳥子、おまえも売れ残りに転落しないよう注意しろよ」

 息吹がそう言ってレジに向かって行くと、テーブルにひとり残された鳥子、ググっと両手をにぎりワナワナ震えた。なぜかひどくみじめなキブンだった。それは自分の心の奥底にある自覚と結びついているようでもあるから、マイナスエネルギーで思いっきりテーブルを叩きたくなる。そうしないとプライドが保てないという気がしてハァハァ息が切れる。そして憎悪いっぱいな小声でつぶやくのだった。

「くそ……息吹め……年下のくせに、男のくせに女に向かってえらそうに、男の分際でえらそうな事を……」
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