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26・モテない、過去の思いが吹っ切れない……などから女を殺したいと思う男3

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26・モテない、過去の思いが吹っ切れない……などから女を殺したいと思う男3


「いらっしゃいませ」

 店員に握りの職人たちが一斉に声を出す。そしてとある女店員は仲間に歩み寄り、軽いひそひそ会話をやるのだった。

「あの人、また来たね」

「すごいよ、これでもう10日連続」

「で、しかも、天野さんに声をかけ、天野さんに注文を伝えると」

「すごいねぇ、あんなの誰が見ても告白じゃん」

「天野さんって30歳の割にはかわいいし、すごい爆乳だよね」

「聞けばバスト108cmのIカップらしいよ」

「ブッ! デカ過ぎ……」

「でも多分、あの恋は実らないね」

「え、なんでわかる?」

「男性から伝わる思いつめた感じと比べれば、天野さんのサラサラっとした感じに愛情があると思う? あれは仕事だから致し方なしって話だよ。愛されてない、絶対にそう、あれで実は職後にラブホテルとかだったら驚くわ」

 青山秀樹、毎日回転寿司に通う。ハッキリ言って寿司を食ってうまいと思わなくなった。それどころか、またマグロかよ……という気分にすらなる。だがすべては天野みちるという女に会いたいため。彼女の顔や姿を拝みたいため、可能であれば職後の彼女と喫茶店でゆっくり会話をしたいため。

 しかし今日、いつものように待っていたら、出てきた職後のみちるから誘われた。ちょっと話がしたいと言ってすぐ近くの喫茶に誘われる。

「い、いいよ、行くよ」

 やった……ついに思いが通じたのかと、30歳の男は少年のようにドキドキした。15年前、巨乳少女に想われていると一方的に信じていたあのフィーリングとまったくよく似ている。

「よいしょっと」

 みちるが座ると青いトレーナーの大変に豊かなふくらみ具合が白いテーブルの近くでドーン! と存在感を見せつける。しばらく、注文したコーヒーが来るまで2人は無言。そしてやってきたモノに砂糖だのミルクだのを入れいつでも飲めるとなったら、みちるが少し疲れたような笑顔を浮かべ斬り出す。

「すごい迷惑なんだけど……」

「え?」

「どういうつもり?」

「ど、どうって……」

「毎日来て、わたしを呼んでわたしに注文する。それなんのイヤがらせ?」

「い、イヤがらせって言い方はないだろう」

「イヤがらせだよ、思いっきり」

 天野みちるにとって青山秀樹のやっている事は不愉快以外の何物でもない。毎日やってくるだけならいいだろう。しかしお目当ての人間がいるという姿を見せられれば、それを何度もやられ職場の人間に色々思われるとすれば、たとえ同性の友人という関係でもイヤになる。ゆえに男女という間柄になれば、それはもう職場にゲスな勘繰りをしてくださいとお願いしているようなモノ。

「じゃぁ、思い切って言う」

「うん?」

「おれは天野が好きだ、好きなんだ!」

「ウソでしょう、何言ってんの?」

「は、はぁ?」

 みちる、グッと体を少し前のめりにすると、真剣な表情を秀樹に見せて言い放つのだった。

「ついこの間15年ぶりに再会。15年だよ、15年。わたしなんて青山が誰かすぐにわからなかった。それなのにわたしが好き? それってどう理解すればいいの?」

「そ、それは……」

「15年前から今までずっと好きだったとか?」

「そ、そうだ、そうなんだ」

「そんなに好かれると嬉しいとは思うよ。こういう爆乳を好いてくれてありがとうってキモチにはなる。でもさぁ、青山……」

「ん……」

「15年前に言ったじゃん、興味ないって」

「だ、だけど今のおれを見てくれたら……」

「ムリ、だってわたしわかるもん。青山、この15年間ずっとさまよっていたんでしょう? 一度も恋愛していないよね? いや、積極的に動いたことって、15年前のあの日が最後だったんじゃないの? それでいきなり今のおれとか言われてもね。あ、この際だからもうひとつ。青山さぁ、普段積極的に動かないからってさぁ、思いつめたら爆発してストーカーみたいな事ってダメなんだよ。そういうのキモい! 普段からふつうにふつうの積極って感じの男になった方がいいよ」

「じゃ、じゃぁおまえはどうなんだよ!」

「うん?」

「天野、おまえだって恋愛経験ないだろう、そう感じるぞ。おまえだって積極的に動いた経験なんかないはず」

「そう思うの?」

「ちがうっていうのか?」

「そうか、そう見えるのか……青山って今だに頭は高校生なのか」

 こうなっては仕方ないとみちるは自分の恋愛およびセックスの歴史を手短に語って聞かせた。それは秀樹が勝手に真実と思い込んでいる話とは全然ちがった。

「わたし中1でEカップって巨乳だったからね、そういうの目当てで声をかけられると知ってはいても、相手が格好よければつき合いはもちろん、セックスもしたいと思っていて、で、やったよ? 中1の夏休みに」

「え……」

「で、以後は安定して彼氏を作ってはデートしてセックスのくり返し。でもほら、恋愛に積極的でありたいと思っていたから、全然悪い事をしているとは思っていなかったよ」

「じゃぁ、今はどうなんだよ? いま彼氏がいるっていうのかよ」

「いない。っていうか飽きちゃった」

「あ、飽きた?」

「あえて承知でこんな言い方をしているんだけど、彼氏作って恋愛にセックスとやっても長続きしなくてさ、だんだん面倒くさくなってきた。だったら恋愛とか別にしなくてもいいかって」

「えぇ……」

「だから、偉ぶるわけじゃないけど、わたしの方が青山より人生経験がある。だからわかるよ、純情で勇気のない少年のまま生きてきたんだねって。ゆえに青山がわたしを見誤るのも当然かなと」

「さみしくないのかよ……」

「全然、むしろ青山の方がさみしいでしょう? だってほら、男はせつない思いだけじゃなく、あれも溜まって捨てたくなる。そういう点では女の方が気楽なんだよ。ほんとう、わたしはさみしくないよ、へっちゃらだよ」

 ここまで会話が進むと、2人のテーブルは物悲しさに満ち溢れていた。それは秀樹から流れ出る哀れによるせいであり、あまりの濃度にみちるも少しは同情した。

「ねぇ、青山」

「なんだよ……」

「わたしみたいな女って探せばけっこういるよ。だからさ、あんたまた30歳なんだからさ、今のうちに勇気だしてガンガン攻めなよ」

「同じ歳のくせに偉そうに……」

「ごめんね、でもあの頃から青山には漂っていたよ。いい人なんだろうけどなぜかモテないというオーラ、だからわたしちょっとかわいそうな人だなぁって思ったりもしていたんだ」

「同情するんだったら……同情するんだったら……」

「うん?」

「い、一回……その爆乳に甘えさせてくれ」

「やだよ」

「なんで!」

「青山、いい事を教えてあげる。女ってさぁ、たとえいい人でも勇気のない男って受け付けないように出来ている。ガンガン積極的に攻める男が好きなんだよ、それなら性格が悪くても評価してしまうのが女なんだよ。だからいまのわたしは、青山に同情はしてもセックスとか言われたらゾッとするだけ」

 終わった……という気がした。なんだこれは、どうして15年前の痛みが再来するのだ、どうして30歳になってもみじめな思いをせねばならないのだと、秀樹はテーブルをたたきたくなる。

「だからさ、青山……もううちの店にしょっちゅう来るのではなく、いい女と出会いたいって活動をした方がいいよ」

 それはクールにやさしい声だった。先生が出来の悪い生徒を思いやるボイスにちょっと似ていた。このとき秀樹は言おうかと思ったりする。

(おれは……おれはあきらめない! おれは天野が好きだ!)

 それは心の中の声だけで終わった。グッと両手を握り言いたい事を飲み込んだら、それは負けだと思ったのに……結局彼の声は口の外には出なかったのである。
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