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15・求める夢に忠実であれ女子高生2
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15・求める夢に忠実であれ女子高生2
本日、つまり結衣が息吹と会ってという日、夕方くらいまでは何事もなく進んだ。しかし晩ごはんとかいう家族タイムとなったとき、面倒な事が起こる。
「結衣、ちょっといいか」
父がそう言うだけでなくテレビを消すと、話の重量が増すことを意味している。だから結衣は即座にはげしい緊張に襲われる。
「おまえ、これはなんだ?」
父がふっと取り出し娘に渡したのは、イラスト専門学校のパンフレットなどが入っている封筒。
「こ、これは……とりあえず送ってもらっただけ」
「とりあえず?」
「どんなモノか見てみたかっただけだよ」
「言ったろう、イラストとかいう夢はダメだって。まだ未練があるのか」
「ぅ……」
急激にはげしく気まずくなるフンイキ。娘にしてみれば一番味方になって欲しいと思う母親は援護してくれない。母はどっちの側にもつかないという姿勢であるから、こういう展開になれば空気に変身する。
「いいじゃんか、イラストの何がいけないの?」
グッと少しばかり上昇したキモチをセリフにする結衣。
「ったく……結衣、今の時代にイラストが金になるわけがないだろう」
父は語気を強めた。その電流はタダでさえ臆病な娘の心をさらに委縮させる。だがここでの結衣は少しばかりがんばろうとしてみる。
「考えてみろ結衣、今はなんだ、音楽でもマンガでも全部タダでくれてやらないといけない。気に入ってもらったら道が開ける? じゃぁどうやって気に入ってもらうんだ? それがわかっているならまだしも、ただの運任せだというなら……才能の無駄遣い。いやさいや、才能があるからこそ殺されるって話だろう。これが昔なら応援したが、今はダメだ。そんな話は中学を卒業と同時に終わりにするべきなんだ」
父の言っている事は正論だと娘は胸の中で思った。実際、自分は他人の作品に対してお金を払わなきゃいけないと思ったことがない。だから父の言う事は鉄の棒みたいに固く絶対にゆがまない真実だと感じ、結衣の勢いがどんどん失速する。
「で、イラストの学校に行ってどうなるんだ?」
「ど、どうって?」
「ふつうこういう学校とかいうのは、多少なりとも道を用意してくれるモノだ。それがあるのか?」
「う……」
「まさかモバゲーとか、あんな安っぽいモノを引き受けるだけで生活になると言うんじゃないだろうな」
「それモバゲーをバカにしている」
「していない、ただ真実を言っただけだ」
「べつにイラストの学校なんか行きたいと思っていないよ」
「そうか? だったらその封筒を貸せ」
父はそういうと受け取った封筒にハサミを入れた。それは中身も真っ二つにされるという光景であり、見つめる結衣にはマイナスの刺激となって伝わる。
「とにかく、いい大学に入っていい会社に入る。これが一番だ」
「はい……」
「そう、分かればいいんだ」
娘が納得したように言ったりすれば、父はいつも満足したような顔を見せる。そして空気だった母が実体を取り戻し家族の時間は再開。だが娘の中に生じたイライラというのはすぐに消えず、部屋に戻ると怒りに発展。
「くぅ!」
ドン! とベッド上の枕に向かってにぎったこぶしが振り下ろされる。
「ハァハァ……人の封筒にハサミなんか入れて……ハサミなんか入れて!」
結衣の内面があわただしく揺れ動く。自分の思うように生きられない、それを訴える事さえ許されないと怒りが悲しみに変わり、目からジワっと涙が出てくる。その時にふっと思い出した名前をつぶやいた。
「伊吹さん、伊吹さん、伊吹さん!」
するとまったく思っていない方、部屋の窓ガラスからコンコンって音が鳴る。それは外から窓ガラスを息吹がノックする音だった。
「あぁ、来てくれたんですね」
「一応約束は守る」
「中に入って、さぁ」
息吹を招いた結衣、すぐさま真正面からつよく抱きつく。ムワっと女体の熱とニオイが広がり、ムニュゥっと豊満でやわらかいって感触が弾む。
「あんまり抱きつくな」
「だって、だって」
結衣、息吹に抱きつきながら事の成り行きを離した。そうして息吹にやさしくしてもらいたいと思ったが、逆に突っ込み返されてしまう。
「なんでそこで怒らなかった?」
「え、な、なんでって」
「人のモノにハサミを入れるな! って言うべきじゃなかったか?」
「で、でも……」
「怖かった?」
「ぅ……」
息吹、結衣をベッドに座らせると、腕組みをし自分が思う事というのを語る。それはおとなしい人間は得をしないぞということ。
「まぁ、おれ自身はそうじゃなかったんだけど、おとなしくてダメな奴はよく見た。いい奴なんだよ、そして事を荒立てないんだよ。だからババを引く。しかもババを引くのは自分のせいって流れになる。結衣、いい子なんてやっても報われないぞ。人生っていうのは結局、思いっきり行動した者勝ち」
「どうしたらつよくなれますか?」
少しだけ腰を上げると、立っている息吹のTシャツをつかんでグイグイ座るようにと促す。
「う~ん……」
「わたしは伊吹さんほどつよくないです」
「おれも別につよくない」
「わたしから見れば魔物みたいですよ。お願いです、何かヒントとかください」
色白でやわらかい手が、息吹の手をクッと掴んでくる。か細い心の怯えというのが流れるようにして伝わってくる。
「おれなぁ、今に思えばゲスな男だったのは確か。そうだよ、散々女遊びもしたし、女とセックスもした。それでホストになったんだから黒い物語かもな」
「そ、そうなんですか?」
「でも仕方ねぇじゃん。ホスト以外にやりたいと思わなかった。だから腹をくくったんだ。これをやって嫌われるのなら仕方ないって」
「それがわたしにはできなくて……」
「親といい意味でケンカしろ。いい子ぶるんじゃなく、本音で生きろ。あともうひとつ、ガマンする時期っていうのもあるだろうな」
「ガマンですか?」
「大学に行けるって考えればいいんだ。行きたくても行けないやつだってたくさんいるんだからな。だったら一発クリアが理想ゆえ、今は勉強が優先になっても仕方ない。だけどちょっとずつ作品を描いて腕がなまらないようにする努力はできるだろう? 今はそういう時期だと思えばいいじゃないかな」
「そ、そうですよね、伊吹さんの言う通りですよ」
クッと立ち上がった結衣、よどんでいた感情が澄んだという目でいろいろと語り出す。そうすると落ち込んでいた心がカーブを描いて上昇という感じになっていき、自分のイラストはどうとか、イラストに対する情熱とか語り出す。それは気弱な少女からは想像できないような自信に満ち溢れていた。
「なぁ、結衣」
「はい、なんですか?」
「おまえのイラストとか見せてくれないかな」
息吹、机に置かれているノートパソコンを指差し、そこにはデータがあるんだろう? と目で訴える。
「む……」
「どうした?」
「そ、それは……ダメです」
一瞬、まさに一瞬、今しがた自信を部屋にまき散らしていた少女は、びっくりするほど速いスピードでおびえる。
「なんでそんなに自信がないんだよ」
「だ、だって……」
「ネットに出した事くらいはあるんだろう?」
「ないですよ、そんなの……」
「はぁ? じゃぁなんだ、絵を描いて終わるだけ?」
「言ったはずです、今は見せる時期じゃないって」
息吹、これには面食らったとばかり、白いベッドにどっさり背中を落とした。そして天井を見上げ、なんで見せない? と突っ込む。
「本音で言ってみ、本音っていうのは基本ダサいモノだから、聞けばすぐわかる」
「だ、だから……見せる時期じゃないって」
「ちがうな、それは本音じゃない」
「ん……」
「人に笑われるのが怖い……だろう?」
息吹が言って顔を上げると、結衣はグッと胸に手を当て両目を大きく見開く。あまりにズバっと言われたから、大声を出したいと思いつつ、それをやると下の両親に聞かれるからガマンするのだけど、苦しくて窒息しそうだという顔で固まる。
「そんなにおびえなくてもいいだろう……」
「……」
「結衣、もしもし……」
少しの間、少女は動けなかった。そうして結衣はハッと我に返ると、うらめしそうな目で息吹を見る。
「バカにするんですね?」
「してない」
「く、バカにして!」
近くにあった座布団を手に取ると、それを息吹にぶつけようと思った。ところがすでに息吹は立ち上がっていて、グッと結衣の両手首をつかむ。
「は、離して」
赤い顔で取り乱しそうになった。しかしつぎの瞬間、息吹と額が合わさったので胸一杯にドキッとし硬直。
「結衣」
「な、な、な、なんですか」
「たかがイラストって言い方はできないかな?」
「ど、どういう意味ですか」
「たかがイラスト、笑いたければ笑え! という感じ」
「ん……」
「一生懸命描いても人に見せず、それで夢はイラストレーターで、親に反対されると泣きそうになる。なんかおかしくないか?」
「ぅ……」
「結衣、勇気を出せ」
息吹は硬直して動けない女子の髪の毛を撫でながら、思いっきり笑われてバカにされてみたらいいんだと言った。
「おれなんかホストをやりだしたら親戚からバカ扱いされるようになったもんな」
「そうなんですか?」
「こう言うとおかしな話だけど、笑われるのも慣れる。SMみたいなもんだ。次第に打たれ強くなる」
「もう……女子高生にそんな例えを出したりして……」
「あ、悪い悪い、でも慣れるって大事だぞ。笑われても知ったこっちゃないと思えるだけで、生まれ変わったようなキモチになれるからな」
「伊吹さん……」
「なんだ?」
「わたしの彼氏になって……とか言ったらダメですか?」
「なれるならなりたいけど、ムリ」
「伊吹さんに励まされるとなんか魔法でもかけられたようにドキドキするっていうか」
「まぁ、前世は売れっ子のホストだったからな」
息吹ここで結衣をグッと離す。トロっとした目で真っ赤な頬の女子高生から目を逸らすと、部屋のカベにかかっている丸い時計を見て言ってやる。
「いまは午後8時」
「はい」
「今からでもやろうと思えばすぐできるはず。やってみれば」
「な、何をですか?」
「自分の作品をネットに出してみたらいい」
「ぅ……」
「今だったら出来る……そう思わない?」
「そ、そういう気はします」
「だったら今しかない、間違いなく」
「と、となりで見ていてくれますか?」
「いや、結衣が一人でやるんだ」
「そんな……」
「明日、また顔を出すよ。そうしたらパソコンをネットにつないで、そこにある結衣の作品を見せてもらうよ」
「ぅ……」
「じゃぁ」
「あ、ま、待って」
結衣が慌てて声を出したものの、部屋の中にはもう他人の姿はない。あるのは主である結衣という女子高生の存在だけ。
「ね、ネットに出す……今なら出来る……今なら……」
イスに座った結衣、豊満でやわらかい胸に左手を当てながら、右手でパソコンのスイッチを入れる。
「い、今なら……できる……」
怪物のようにおそろしく湧き上がる緊張に対して、今なら勝てるかもと思いながらシステムが立ち上がるのを待つのだった。
本日、つまり結衣が息吹と会ってという日、夕方くらいまでは何事もなく進んだ。しかし晩ごはんとかいう家族タイムとなったとき、面倒な事が起こる。
「結衣、ちょっといいか」
父がそう言うだけでなくテレビを消すと、話の重量が増すことを意味している。だから結衣は即座にはげしい緊張に襲われる。
「おまえ、これはなんだ?」
父がふっと取り出し娘に渡したのは、イラスト専門学校のパンフレットなどが入っている封筒。
「こ、これは……とりあえず送ってもらっただけ」
「とりあえず?」
「どんなモノか見てみたかっただけだよ」
「言ったろう、イラストとかいう夢はダメだって。まだ未練があるのか」
「ぅ……」
急激にはげしく気まずくなるフンイキ。娘にしてみれば一番味方になって欲しいと思う母親は援護してくれない。母はどっちの側にもつかないという姿勢であるから、こういう展開になれば空気に変身する。
「いいじゃんか、イラストの何がいけないの?」
グッと少しばかり上昇したキモチをセリフにする結衣。
「ったく……結衣、今の時代にイラストが金になるわけがないだろう」
父は語気を強めた。その電流はタダでさえ臆病な娘の心をさらに委縮させる。だがここでの結衣は少しばかりがんばろうとしてみる。
「考えてみろ結衣、今はなんだ、音楽でもマンガでも全部タダでくれてやらないといけない。気に入ってもらったら道が開ける? じゃぁどうやって気に入ってもらうんだ? それがわかっているならまだしも、ただの運任せだというなら……才能の無駄遣い。いやさいや、才能があるからこそ殺されるって話だろう。これが昔なら応援したが、今はダメだ。そんな話は中学を卒業と同時に終わりにするべきなんだ」
父の言っている事は正論だと娘は胸の中で思った。実際、自分は他人の作品に対してお金を払わなきゃいけないと思ったことがない。だから父の言う事は鉄の棒みたいに固く絶対にゆがまない真実だと感じ、結衣の勢いがどんどん失速する。
「で、イラストの学校に行ってどうなるんだ?」
「ど、どうって?」
「ふつうこういう学校とかいうのは、多少なりとも道を用意してくれるモノだ。それがあるのか?」
「う……」
「まさかモバゲーとか、あんな安っぽいモノを引き受けるだけで生活になると言うんじゃないだろうな」
「それモバゲーをバカにしている」
「していない、ただ真実を言っただけだ」
「べつにイラストの学校なんか行きたいと思っていないよ」
「そうか? だったらその封筒を貸せ」
父はそういうと受け取った封筒にハサミを入れた。それは中身も真っ二つにされるという光景であり、見つめる結衣にはマイナスの刺激となって伝わる。
「とにかく、いい大学に入っていい会社に入る。これが一番だ」
「はい……」
「そう、分かればいいんだ」
娘が納得したように言ったりすれば、父はいつも満足したような顔を見せる。そして空気だった母が実体を取り戻し家族の時間は再開。だが娘の中に生じたイライラというのはすぐに消えず、部屋に戻ると怒りに発展。
「くぅ!」
ドン! とベッド上の枕に向かってにぎったこぶしが振り下ろされる。
「ハァハァ……人の封筒にハサミなんか入れて……ハサミなんか入れて!」
結衣の内面があわただしく揺れ動く。自分の思うように生きられない、それを訴える事さえ許されないと怒りが悲しみに変わり、目からジワっと涙が出てくる。その時にふっと思い出した名前をつぶやいた。
「伊吹さん、伊吹さん、伊吹さん!」
するとまったく思っていない方、部屋の窓ガラスからコンコンって音が鳴る。それは外から窓ガラスを息吹がノックする音だった。
「あぁ、来てくれたんですね」
「一応約束は守る」
「中に入って、さぁ」
息吹を招いた結衣、すぐさま真正面からつよく抱きつく。ムワっと女体の熱とニオイが広がり、ムニュゥっと豊満でやわらかいって感触が弾む。
「あんまり抱きつくな」
「だって、だって」
結衣、息吹に抱きつきながら事の成り行きを離した。そうして息吹にやさしくしてもらいたいと思ったが、逆に突っ込み返されてしまう。
「なんでそこで怒らなかった?」
「え、な、なんでって」
「人のモノにハサミを入れるな! って言うべきじゃなかったか?」
「で、でも……」
「怖かった?」
「ぅ……」
息吹、結衣をベッドに座らせると、腕組みをし自分が思う事というのを語る。それはおとなしい人間は得をしないぞということ。
「まぁ、おれ自身はそうじゃなかったんだけど、おとなしくてダメな奴はよく見た。いい奴なんだよ、そして事を荒立てないんだよ。だからババを引く。しかもババを引くのは自分のせいって流れになる。結衣、いい子なんてやっても報われないぞ。人生っていうのは結局、思いっきり行動した者勝ち」
「どうしたらつよくなれますか?」
少しだけ腰を上げると、立っている息吹のTシャツをつかんでグイグイ座るようにと促す。
「う~ん……」
「わたしは伊吹さんほどつよくないです」
「おれも別につよくない」
「わたしから見れば魔物みたいですよ。お願いです、何かヒントとかください」
色白でやわらかい手が、息吹の手をクッと掴んでくる。か細い心の怯えというのが流れるようにして伝わってくる。
「おれなぁ、今に思えばゲスな男だったのは確か。そうだよ、散々女遊びもしたし、女とセックスもした。それでホストになったんだから黒い物語かもな」
「そ、そうなんですか?」
「でも仕方ねぇじゃん。ホスト以外にやりたいと思わなかった。だから腹をくくったんだ。これをやって嫌われるのなら仕方ないって」
「それがわたしにはできなくて……」
「親といい意味でケンカしろ。いい子ぶるんじゃなく、本音で生きろ。あともうひとつ、ガマンする時期っていうのもあるだろうな」
「ガマンですか?」
「大学に行けるって考えればいいんだ。行きたくても行けないやつだってたくさんいるんだからな。だったら一発クリアが理想ゆえ、今は勉強が優先になっても仕方ない。だけどちょっとずつ作品を描いて腕がなまらないようにする努力はできるだろう? 今はそういう時期だと思えばいいじゃないかな」
「そ、そうですよね、伊吹さんの言う通りですよ」
クッと立ち上がった結衣、よどんでいた感情が澄んだという目でいろいろと語り出す。そうすると落ち込んでいた心がカーブを描いて上昇という感じになっていき、自分のイラストはどうとか、イラストに対する情熱とか語り出す。それは気弱な少女からは想像できないような自信に満ち溢れていた。
「なぁ、結衣」
「はい、なんですか?」
「おまえのイラストとか見せてくれないかな」
息吹、机に置かれているノートパソコンを指差し、そこにはデータがあるんだろう? と目で訴える。
「む……」
「どうした?」
「そ、それは……ダメです」
一瞬、まさに一瞬、今しがた自信を部屋にまき散らしていた少女は、びっくりするほど速いスピードでおびえる。
「なんでそんなに自信がないんだよ」
「だ、だって……」
「ネットに出した事くらいはあるんだろう?」
「ないですよ、そんなの……」
「はぁ? じゃぁなんだ、絵を描いて終わるだけ?」
「言ったはずです、今は見せる時期じゃないって」
息吹、これには面食らったとばかり、白いベッドにどっさり背中を落とした。そして天井を見上げ、なんで見せない? と突っ込む。
「本音で言ってみ、本音っていうのは基本ダサいモノだから、聞けばすぐわかる」
「だ、だから……見せる時期じゃないって」
「ちがうな、それは本音じゃない」
「ん……」
「人に笑われるのが怖い……だろう?」
息吹が言って顔を上げると、結衣はグッと胸に手を当て両目を大きく見開く。あまりにズバっと言われたから、大声を出したいと思いつつ、それをやると下の両親に聞かれるからガマンするのだけど、苦しくて窒息しそうだという顔で固まる。
「そんなにおびえなくてもいいだろう……」
「……」
「結衣、もしもし……」
少しの間、少女は動けなかった。そうして結衣はハッと我に返ると、うらめしそうな目で息吹を見る。
「バカにするんですね?」
「してない」
「く、バカにして!」
近くにあった座布団を手に取ると、それを息吹にぶつけようと思った。ところがすでに息吹は立ち上がっていて、グッと結衣の両手首をつかむ。
「は、離して」
赤い顔で取り乱しそうになった。しかしつぎの瞬間、息吹と額が合わさったので胸一杯にドキッとし硬直。
「結衣」
「な、な、な、なんですか」
「たかがイラストって言い方はできないかな?」
「ど、どういう意味ですか」
「たかがイラスト、笑いたければ笑え! という感じ」
「ん……」
「一生懸命描いても人に見せず、それで夢はイラストレーターで、親に反対されると泣きそうになる。なんかおかしくないか?」
「ぅ……」
「結衣、勇気を出せ」
息吹は硬直して動けない女子の髪の毛を撫でながら、思いっきり笑われてバカにされてみたらいいんだと言った。
「おれなんかホストをやりだしたら親戚からバカ扱いされるようになったもんな」
「そうなんですか?」
「こう言うとおかしな話だけど、笑われるのも慣れる。SMみたいなもんだ。次第に打たれ強くなる」
「もう……女子高生にそんな例えを出したりして……」
「あ、悪い悪い、でも慣れるって大事だぞ。笑われても知ったこっちゃないと思えるだけで、生まれ変わったようなキモチになれるからな」
「伊吹さん……」
「なんだ?」
「わたしの彼氏になって……とか言ったらダメですか?」
「なれるならなりたいけど、ムリ」
「伊吹さんに励まされるとなんか魔法でもかけられたようにドキドキするっていうか」
「まぁ、前世は売れっ子のホストだったからな」
息吹ここで結衣をグッと離す。トロっとした目で真っ赤な頬の女子高生から目を逸らすと、部屋のカベにかかっている丸い時計を見て言ってやる。
「いまは午後8時」
「はい」
「今からでもやろうと思えばすぐできるはず。やってみれば」
「な、何をですか?」
「自分の作品をネットに出してみたらいい」
「ぅ……」
「今だったら出来る……そう思わない?」
「そ、そういう気はします」
「だったら今しかない、間違いなく」
「と、となりで見ていてくれますか?」
「いや、結衣が一人でやるんだ」
「そんな……」
「明日、また顔を出すよ。そうしたらパソコンをネットにつないで、そこにある結衣の作品を見せてもらうよ」
「ぅ……」
「じゃぁ」
「あ、ま、待って」
結衣が慌てて声を出したものの、部屋の中にはもう他人の姿はない。あるのは主である結衣という女子高生の存在だけ。
「ね、ネットに出す……今なら出来る……今なら……」
イスに座った結衣、豊満でやわらかい胸に左手を当てながら、右手でパソコンのスイッチを入れる。
「い、今なら……できる……」
怪物のようにおそろしく湧き上がる緊張に対して、今なら勝てるかもと思いながらシステムが立ち上がるのを待つのだった。
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