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優子の記憶喪失

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 優子の記憶喪失


 「雨がうざい……こんな日は帰ったらおとなしく読書でもやろうかな」

 優子がそうつぶやいて歩く。手は透明のビニール傘を持ち、両足は何度となくビチャビチャって音を立てる。それすなわち午後2時45分は雨降りだって事を示す。

「こんな日はすべって転んだり、車に水をぶっかけられたりする事があるんだよね」

 それとなく警戒心を言葉にして歩いていた。自宅がすぐそこ、目と鼻の先まで来た。だがそのとき注意していたのに足ってモノがすべる。ツルって感覚にドキッとする優子。

(こ、転ぶ……)

 びちゃびちゃの地面に転ぶなど、小6の女子にしては屈辱。乙女心いっぱいの優子がとっさに踏ん張る。倒れそうになると思われた体を、なんとかしっかり持ち直す。すると今度はびしょ濡れのブロック塀に引き寄せられる。

 ゴン! 不覚にも後頭部を打ってしまった。あんぎぅ! と声を出したら、その場にかがみこんでしまうのだった。

「ふんふん♪」

 優子とは逆方向から迫ってくるのは真治だ。キブンがグッドらしく、雨なんぞに負けず鼻歌をやっている。しかし突然に立ち止まったら、前方に見える姿に首をかしげた。

「は? お姉ちゃん?」

 他でもない姉がブロック塀の前でかがみこんでいる。なにかしらで地面を見つめているのかな? と思ったわけで、当たり前のように声をかけた。何やってんの? と歩み寄って上から質問する。

「うん?」

 ふっと顔をあげる優子。そう確かに優子なのだけど……どこかが変な感じがした。それが何か真治にはわからないが、何かおかしいと思った。

「きみ誰?」

 微妙にちがうフンイキの優子がつぶやいた。

「は?」

 とっても反応に困る姿を見せられた。真治のあたま指先ではじかれたように戸惑う。中野優子という姉は、基本的につまらない冗談をきらう人。でもここでは冗談と本気の境目がわかりません! 的な目を弟に向けている。

「っていうかその……」

 赤い顔で立ち上がった優子がいて、とっても恥ずかしいんだけど的な目を真治に向けた後、おどろきの一言を放つ。

「わたし……誰だっけ?」

「へ?」

「あと……ここがどこかも教えてほしい」

 これはいったいどこまでが本当なんだ? と真治は大急ぎで考えた。本日は4月1日じゃない。自分が姉に仕返しされるような事をしたおぼえもない。

「ねぇ、きみは誰なの?」

 まるでふぬけた女子みたいな声で優子が言う。

「ぼ、ぼくは……」

 ここで真治の思考は光速の99.9%ほど高速回転となった。ただいまの姉が演技でないとすれば、もしかすると記憶喪失という話? だったら何を言っても通用するってことじゃない? と考えが1秒ほどでまとまった。

「ぼくはきみの彼氏じゃんか」

 突拍子もないセリフが真治からかまされた。

「え、え? か、彼氏? ウソ……だってきみ、わたしより年下でしょう?」

 どうやらほんとうの記憶喪失らしい優子は、普段お目にかかれないほど甘味の赤い顔を浮かべた。

「お、女の子が年上のカップルなんてフツーだよ」

 ウソをどんどん固めようとする真治。そこでは幾分の恥じらいや罪悪感が混じってくる。それを押し切るために、思い切って名前をちゃん付けで呼ぶ。

「心配したんだぞ優子ちゃん」

 これはどうだ……名前で呼んだらさすがにまずいか? と、不安をおぼえる真治。

「あ、あぁ……ご、ごめんなさい」

 ただいまシスターはびっくりするほど素直。

「学校がおわったら一緒に帰るって言ったじゃん。優子がちゃんが一人だけさっさと行くから探してたんだよ」

 真治のウソはガンガン進められていく。彼女なんかいない歴イコール年齢って事実が、姉を彼女に仕立て上げハッピーなキブンを味わってみようとプチ暴走させる。

「ちょっと歩こう」

 彼氏役になろうとすると真治は、いっしょに歩く約束だったじゃん! とウソをかます。そこに少しだけ年上の彼女に甘えてみたいって目を浮かべる。

「わ、わかった……歩こう」

 胸の内をほんのり刺激されたので、雨降りの共歩行に同意する優子だった。右肩にカバンをかけカサを右手にもち、左側に真治を添えて歩きだす。

 ザーザーと雨が降る中、一本の傘を男女が分け合う。それけっこうドキドキしてキブンがいいと思う真治。この状況をもう少し甘いフルーツに変換したいと考え始める。

「あ、つめたい……」

 水がかかったことを大げさな事実にして、となりにいる優子にぶつかったりする。ほんの一瞬だけいい感じとかキモチよさみたいなモノが味わえる。

「あのさぁ……聞いてもいい?」

 となりの真治に困惑しつつ、優子は大事なことを2つ聞いた。まずは他ならぬ自分のネーム確認。つぎは真治の名前。

「きみは中野優子っていうんだよ。そしてぼくは偶然名字がいっしょで中野真治。そしてきみの彼氏なんですけど……」

 彼女がいるハッピーな男、つまり彼氏を振る舞う真治。その生意気さは二流俳優の演技そのもの。でも記憶喪失の優子には問題なく伝わるようだ。

「そ、そう……わたし優子っていうのかぁ。で……わたしはきみの事なんて呼べばいいの?」

「え、忘れちゃったの!?」

「ご、ごめんなさい……」

「いつもは真治くんって呼んでくれてるよ?」

「し、真治くん? 真治くん……でいいんだね?」

 相合傘をやりながら優子が真治くんと言った。その瞬間、真治の胸の中にはズガーン! とほんわか物質が衝突。ブシュワー! と妙な音を立て快感ガスが湧き上がる。

ー真治くんー

 女子から「くん」付けでよばれる快楽が満ち溢れていた。冴えない日常も、非モテの悲しさも、大いに和らげてくれる。真治くん! そう言ったのがたとえ姉であろうと、弟の脳内はデレデレ水液が増していく。

「優子ちゃん、手をつないでもいい?」

 真治は調子に乗りまくっていた。

「えぇ……仕方ないなぁ」

 甘えん坊! と言っているような目が向けられる。それは真治のハートをバキューン! と撃つ。このラブリーでスゥイートな展開。ひとりでは絶対に味わえないミニ桃色ストーリー。

 クッとにぎり合う2人の手。優子の方はとくに大事だとは思っていない。でも真治の方はそういうわけにはいかなかった。

(うわぁ……きもちいい)

 くぅん! っと子犬が甘えるみたいに目がトロっとした。優子の手は女子力に満ち溢れていた。つめたい雨の中で温かくて、男の手とは別種たるやわらかい心地よさ。こうなると真治の心は、アニメみたいに言い放った。

ーこの心はただまモーレツに感動しているー

 まさにホックホックキブンで雨の中を歩いた。そうしてしばらくすると屋根付きのバス停に到着。バスを待つのではなく、腰をおろして会話しようってこと。

「あのさぁ真治くん、わたしさぁ……」

 ここで優子が恥じらった。モジモジとし頬をピンク色にする姿を見ると、真治は一瞬ドキッとしてしまう。まさかこれはキスでもしてくれる? なんて濃厚な妄想さえしてしまう。

「わたしさぁ、自分の家がどこだか思い出せなくて……」

「家?」

 それを聞いて真治は拍子抜けしたあと、大急ぎで考えなければならない。いませっかく甘くていいフンイキ。これを壊したくないと同時に、どうせならイチャラブしちゃえ! と思った。

「さぁ、ぼく知らないよぉ……優子ちゃんが自分で思い出さなきゃ」

「あぁ、いじわる!」

 2人の空気がラブラブラバーみたいになった。そのとき一台の車がズサーッと音を立て駆け抜ける。そのスピードは路面の水たまりを踊らせた。

「きゃ!」

 おどろいたはずみで真治にだきつく優子。

「あぅ……」

 ドキン! と焦りながらも、ボワン! とやわらかく当たってくるモノに心うばわれる真治だった。やはり姉は巨乳だ、この弾力と豊かさはすごい! とラッキースケベを素直によろこぶ。

(やっぱり大きい! やわらかい弾力がいっぱいでめちゃくちゃキモチいい!)

「ご、ごめんなさい」

 パッと顔を赤らめ真治から離れる優子。その姿は見慣れた姉と似て非なる。記憶喪失となって、真治の彼女だって信じているから、一人のかわいい女の子だよナウ! でしかない。

「べ、べつに大丈夫。優子ちゃんが水に濡れなくてよかった」

 やさしい彼氏を演じる真治。ハッキリ言ってキブンは最高だった。女子とイチャイチャする甘味なムフフを知ってしまった。それはハートが摂取するとびっきりのビタミン。どんなにひび割れたハートも、見事に潤うであろう。

「わたし、自分の家を思い出さなきゃ……」

 優子がふたたび考えモードに入った。天空より落ちてくる雨の音が途切れない中、自分はどこに帰ればいいのかと必死に思い出そうとする。

 そのあいだ真治はとなりでジッとしていた。でも……何もしないで待っているのはたいくつ。それはイチャラブの甘みを損ねてしまう。

「ゆっくり思い出せばいいと思うんだ」

 やさしい彼氏そのもって口調を発する。そうすればそっと手を触っても優子は怒らない。何回触ってもいいなぁって幸せを噛みしめる。ずっとこのままでいたいなんて、すごく誤った考えを持ちそうだった。

(ロマンスの神さま、もうちょっとだけ……時間を引き伸ばしてください)

 そんなトボケたことをお願いしたとき、また車がすごいスピードで走ってきた。ドシャー! っと猛烈な音と同時に、かなりの水が真治に向かってくる。

「あぅ」

 たまらず避けようとしたとき、うっかり姿勢バランスを崩してしまった。

「え……」

 水がかかる! と真治の方へ向いていた優子、とつぜんに真治の顔が豊満にしてやわらかい弾力にぶつかってきたからビックリ。

 ボワン! と服のふくらみが揺れて弾む。Eカップのそこにムグニュ! っと顔を埋めた真治は、すごくキモチいい弾力にホワっと目が細くなる。

ーこのキモチよさは天国からの贈り物ー

(あぅんぅ……)

 きょうはめちゃハッピー! とばかり調子に乗った。あぅぅ……と動揺するフリをしながら、やわらかくて豊かな部分に頬ずりして甘えてみたりする。

ー本日は特大ハッピーな日ー

 そう思いまだ頬擦りをしようとしたときだった、むんず! と頭をつかまれた。それは包んでくれるようなやさしいモノではなく、てめぇふざけんなよ的な感覚だった。

 ハッ! っと顔を上げてみると、一回死ぬ? と言っているような顔の優子がいた。今までの甘口が消え失せて、塩分濃度の激高な海に放り込まれたようだった。

「ゆ、優子ちゃん?」

「なにが優子ちゃんだバカ!」

 ビッシーン! とひびく優子のビンタ。あぅ! っと思わず頬に手を当てる真治。バストに顔を押し付けられたせいで記憶を取り戻した様子。

「ったく……」

 灼熱に怒る優子は立ち上がると、カサを2本てにつかむ。自分の物は開き、弟のは手に持って歩き出そうとする。

「お、お姉ちゃん……ぼくのカサ……」

「ズブ濡れになって帰ってくればいいでしょう」

「そ、そんな……ぼく風邪ひいちゃう」

「だいじょうぶじゃないの? バカとおっぱい星人は風邪をひかないって言うし」

 ふん! とつめたく言い放ったあと、優子はカサを持って立ち去っていった。真治はつめたく寒いバス停にひとり残されてしまう。

「ちぇ……せっかくたのしかったのに……せっかくキモチよかったのに……」

 スゥイートで温かい時間が消えてしまった。ただいまの真治を包み込むのは、つめたい空気と無慈悲な大雨だけだった。
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