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十八話・自殺した女の子が誘ってくる3

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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)


十八話・自殺した女の子が誘ってくる3


「くそ、くそ……ちくしょう!」

 両目からあふれる大量の涙をもって、雨竜は音楽室の中に入った。ここなら何とかなるって考えがあったわけではない。必死になって逃げていたら突き当たった。つまり逃げのゴールインといったところ。

「こ、こんな……木村さん、いやだよ、こんな話……こんな話はいやだよ、こんなのおれが好きだと思っていた木村さんじゃない」

 音楽室の隅っこに腰を下ろすと、頭を抱えながら涙をこぼす。うす暗く誰もいない音楽室の中にいると、外のはげしい雨音が心の暗い部分をなでるように感じられる。

(ひっ……)

 ここで突然にガラっとドアの開く音がした。泣きながら青ざめ、ガチガチ震える雨竜。こわくて顔を上げる事ができない。

「空野くん、わたしと結ばれて欲しい。お願い」

「く、来るな……近寄るな」

「どうして……てっきり喜んでくれると思っていたのに」

「い、いやだ……こんなの木村さんじゃない、こんなのイヤだ」

 ガクガクブルブルしながら、止めどなく流れ落ちる涙。想い寄せていた女子が、今やこの余で一番おそろしいモノになっている。

「空野くん、ひとつ聞かせて」

「な、なに?」

「生きてどうするの?」

「な、なに……」

「ここで自殺を拒否して生きて、きみは何を求め何を目指すの?」

「そ、それは……」

 雨竜は明確な即答ができなかった。そしてそれを恥だと思ったら、ドーン! と心が闇に落ちていく。この場の空気たる主導権を千依に奪われる不安が胸に沸く。

「わからない、だ、だけど……」

「うん?」

「死にたくない、死ぬもんか……だって死ねない、死んだらいけない」

「どうして? 自分の命は自分のやりたいようにすればいいじゃない。捨てたって人に迷惑はかからないよ」

「そ、そんなわけあるか……だって、これは……親が与えてくれたものなんだ。一回だけの一生、この先何兆年あろうと二度と回って来ない出番、それを与えてもらったら最後まで生きる。少なくとも自分から捨てるもんか、誰がなんと言っても絶対に捨てない」

「じゃぁ、捨てずに生きてどうすると?」

「わかんないけど……シアワセになる」

「シアワセってなに?」

「いちいちうるせーんだよばかやろう! シアワセになりたいんだ。やりたい事をやって、自分らしく生きる道を見つけて、他のやつを見返して自分の力で成功して、独り立ちできるくらいの金をしっかり稼いで、自分好みの女の子といっしょになって、他にも色々あるんだろうけど全部やるんだ。この世にあるうまいモノを食い尽くすでもいいだろう。だって死ぬよりはずっとマシ。それが悪いか、いや……悪いとか言われても知った事か!」

 雨竜、いま心底死ぬのはイヤだと思っている。高校1年生ながら、これまで何度か死にたいと思ったことはあった。だがそれらをはるかに上回る生きることへの思いが、想像を絶するほど多くの涙になっている。

「天野くん、きみが生きたいと思うキモチはわかった。だけど……」

「な、なんだよもう……」

「わたしはどうなるの? きみはわたしが好きだったはず。そのわたしが自殺してこんなにも苦しんでいるのに……きみはかわいそうと思ってくれないの?」

「き、木村さん……」

 雨竜、両手で頭を抱えたままクッと唇を噛んで思い起こす。あぁ、そうだった、入学式の日に見た木村千依に一目惚れしてしまったのだったと。なんて自分好みでステキな女の子だろうと思ったことが数か月前とは思いがたい。まるで昨日の事みたいに熱い記憶。今日もそれまでと同じように千依の顔や姿を見れると思っていた。

「す、好きだった……木村さんと親しくなりたいっていつも思ってた」

「うん、そういうの伝わっていたよ。だからいっしょになろう。わたしにはきみしかいない。きみだってわたししかいないはずだよ」

 千依に言われたとき、ほんの一瞬心が負けそうになった。相手の言う事にのみ込まれそうになったと言うべきか。だが雨竜は今もって涙とまらぬ目を閉じ、しかし叫んだりはせず声を震わせながら千依に言うのだった。

「木村さん……」

「うん?」

「きみが自分で捨てたんだろう、一回しかない命をきみが自ら捨てたんだ。きみ、さっき言ったじゃんか。捨てたって人に迷惑はかけないって……そんなわけあるもんか。きみが死んで悲しいって人に思わせている。あげく死にたくないって言っているぼくを無理やり連れて行こうとしている。散々迷惑かけているとはこの事だろう。そんなのぼくが思い描いていた木村さんとはちがう。そしていっしょにはなれない。だってぼくは生きるための存在。きみは自分から死んで向こうにいった人間。ムリだよ……うん、いっしょになんかなれないんだよ」

「で、でも空野くん……わたしがいなくなったら、きみ……これから先彼女とか一生できないかもよ? わたしみたいな爆乳女子ってそうそう沢山はいないんだから」

「だったら一人でもいいよ。それに生きている限り、出会ってみたいってキモチは捨てない。出会ったら今度はすぐに行動する。そしてその行動ができるように、常に自分を磨いておく。それでいいんだろう? それであれば、きみが死んでもぼくはちゃんと人生を歩んでいるって話になるんだろう?」

「来てくれないんだ? わたし、もうすぐ逝かなきゃいけないんだけど、来てくれないんだ? わたしを見殺しにするんだ」

「見殺しじゃないよ。だって……木村さんはもう死んでいるんだし」

 ここまで会話したら、突然に場が静かになった。外の雨音すら吸収するような無音が音楽室を支配せんと広がっているように思えた。

(ぅ……)

 怖くて顔を上げられない雨竜であったが、どういう状況かわからない中で重たい時間を過ごすのも耐え難い。だから恐る恐る顔を上げた。

「あ……」

 するとどうだろう、小さな声を出してしまった雨竜が見たのは紛れもない木村千依。それは肌に色とぬくもりがあり、人としての体温と血の流れがあり、雨竜が毎日見つめて喜んでいた姿そのもの。

「き、木村さん?」

 おびえつつも劇的な変化に身動きが出来ない雨竜。

「神さまが最後に一回だけ……わがままを聞いてくれた。わたし、もう行かなきゃいけないけど、でもその前にきみに謝りたいと思った。なんてひどい事をしたんだろうって、ウソじゃないよ、これほんとうのキモチだよ」

 雨竜の前にかがみ込んだ千依が泣いていた。スーッと両目から涙を流していて、内側の偽りなき心が雨竜に伝わっていく。

「ごめんね……自殺してもなお自分勝手とか恥ずかしい事をして」

 千依はそう言うとゆっくりと雨竜に顔を近づける。なんとも愛しくかわいい顔であって、ふわっといい匂いがして温かいとも思った。そして千依の唇が雨竜のモノと重なったら、ウソか真か甘い感じすらしたのである。

「き、木村さん?」

 おどろきが大きすぎて立ち上がれない雨竜だったが、一方の千依はとてもやさしい笑みを相手に見せてから立ち上がる。

「空野くん……もう会えないけど……でもきみは自殺したりしないで。そう、どんなに無様でも格好悪くてもつらくても生きる方がいいから、だから生きて、何十年でも100年でもいいから精一杯生きて」

「木村さん……」

「あ、わたしの事は覚えていても忘れてもどっちでもいいよ。きみにとって一番大切なのはわたしじゃない。きみに必要なのはきみと同じく生きている人で、生きてきみと心を半分ずつ持ち合える人。だからきみ、そういう人を見つけなさいね。それでシアワセになってくれたら、めでたくすべてがハッピーって事だろうから。じゃぁ行くよ。怖い思いをさせてごめんね、きみに好いてもらえてうれしかった」

 言い終えた千依が最後にニッコリひとつ微笑んだら、その姿はスーッと消えた。きれいに空気内へまぎれるかのように消えてなくなった。

「き、木村さん……」

 四つん這いになった雨竜、千依の立っていた場所が水浸しっていうのを目にする。うすぐらい教室の床ではあったが、どっぷり濡れている事はしっかり見て取れる。

「木村さん……」

 四つん這いのまま濡れているところを見てしばらく何も考えられなかった。悲しい、ひどくさみしくつらい。でも今まで泣きまくったせいで涙の生産が追い付かないようだ。胸が張り裂けるほど悲しいのに……両目から出てくるモノがない。

「う……」

 ハッと気がつくと不思議な事に雨が止んでいる。いやいやそれどころか太陽の光が室内に張り込んでいるではないか。今まで薄暗く陰気だった室内が、まるで命ある喜びみたいにまぶしくなっており、立ち上がった雨竜はまぶしいとばかり目をぱちくりさせる。

「濡れが……」

 千依が立っていてびしょぬれだったはずの場所が、いま目をやればすっかり乾いている。というより最初から濡れてなどいなかったとしか見えない。

「いい天気だな……ほんと……生きていてよかったって感じだ」

 すっかり明るくなった窓の外に目をやると、木村千依を思って再び泣くのは後にしようと思った。

「木村さん、おれそうかんたんには死なないから。自分勝手でもなんでも長生きして人生をまっとうするから。それでもし……死んだ後で会う事があったら、そういう事があるんだったら、その時はきみに言うよ。あのときは死ぬほど怖かったんだからな! って」

 こうして雨竜はすっかり明るくなった音楽室を出た。朝起きてから先ほどまで世界を支配していた薄暗さが真っ赤なウソって感じの、生の喜びに満ちていると飾りたくなる廊下をゆっくり歩きだし自分の教室へと向かって行くのだった。
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