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十五話・恐怖のゴキブリ人間2
しおりを挟む(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)
十五話・恐怖のゴキブリ人間2
夜、というより真夜中、死途は二階から一階に降りてきた。持たなくてもいいはずのドキドキをあふれんばかりに抱えて台所にたどり着くと、クッとかがみ込んで目線っていうのを向ける。ゴキブリホイホイ。ここは望まざる同居人のための別荘。人というのは悪趣味だから、イヤがったりするわりには、ここを開いて中身を見たくなる。そして汚いとかギャーギャー言いながら捕獲された黒ゴキブリを見て喜んだりするのだ。
「ん……ぅ……」
恐る恐る的に天井をオープン。するとどうだ、でっかい黒ゴキブリが一匹、まるで神さまからのプレゼントとばかりドーン! と巨体を現した。
「う、うわ……」
そのデカさ、疑うことなくメスだ。高い確率でお腹の中に大量の卵という子孫を隠し持っている。なんとも言い難い艶やかな黒の光。低姿勢というサマが究極のお下劣に見えるフォルム。不思議なまでに人間の精神にダメージを与える要素が満載。しかし何より今ここで重要なのは、身動き出来ない立派な黒ゴキブリの触角が動くこと。
「い、生きてる……」
ごくりとやる死途は黒ゴキブリが見せる生々しさに怯む。こいつをこのまま踊り食いすれば楽に死ねるという考えがあり、それを実行に移そうって冒険心がかなり高い温度になっている。それはめったにないチャンス。勇気を出して自殺できるハイチャンス。これを逃すと臆病な自分に戻って何もできなくなるは明らか。
「やるぞ……絶対に食って死んでやる。こいつを食らって楽に死んで天国に行くんだ。こんな、こんなつまらない世の中とはお別れしてやるんだ」
そこで死途、捨ててもいいって割り箸を取り出した。つまりデカい黒ゴキブリのメスを摘まみ上げ、生きたまま口の中でかみ砕いて飲み込もうって考えだ。
「う……」
箸が触れるとゴキブリがピクピクって動く。そして箸の先からヌルって表現がおぞましい感覚として流れ込んでくる。
「ハァハァ……」
怖い……単純にそう思う死途だった。
「で、でも……勇気を出して飛び越えなきゃ向こう側に行けない。そうさ、勇敢なる者だけが天国に行けるんだ」
ぜーぜーやりながら死途は一度立ち上がった。ゴキブリの体はとかくヌメヌメして箸から滑りそうだ。せっかく摘まみ上げても逃げられては意味がない。そこで思いついたのである。強力なアロンアルファで捕獲しようと。
「これくらいでいいかな……」
割り箸の中央から下にイヤほどのアロンアルファをたっぷり塗りたくる。もし指で触れたら離れなくなるのでは? という危険なレベルまで塗り付ける。
「で、では……これよりご、ご、ごき、ゴキブリを……」
男らしく、冒険者らしく、声を震わせはしたものの勇気を出してゴキブリの体をつかんだ。すると少年の心意気を天はバックアップしてくれるらしい。箸とゴキ体はこの上なくびっしり密接しもはや解除不可能となる。
「ぅ……く……」
ゆっくりと……ゆっくりと……アブラムシの体を引き上げようとする。もちろん真下にある別荘の粘着なる床が貼りついているので簡単には上がらない。そして黒いモノはじたばたピクピクするから死途の精神は虫歯のようにグラグラ。
バリ! という音がしたわけではないはずだが、したようにしか思えなかった。つまりゴキブリの体が持ち上げられたのだ。
「ハァハァ……」
死途、ここで選択に迫られる。勇気を出して冒険に踏み出すか、それとも相変わらずのヘタレでブツブツ文句を言いながらこの世を生きるか、少年にできる事は2つにひとつ。
「やってやる、やってやるぞ、黒ゴキブリがなんだ!」
少年は冒険という領域に踏み出した。勇敢な心を行動にしてみせたのだ。うりゃぁ! とビクビク動いているでっかい黒ゴキブリのメスを口の中に入れたのだ。
(ぅう!)
モワーっとしてじたばた蠢くモノあり、しかもヌルヌルって強烈さに加え、口の中からすさまじい悪臭が鼻の中にこみ上げてくる。
(負けるもんか!)
少年はここで怯んだりしなかった。英雄への道を突き進む勇者のごとく、思い切って口内のモノをかみ砕き始める。
(あぅぅあ……)
バリバリっとぬめぬめっと不快な生温かと食感が、おそろしいまでの悪臭と交わる。それは人間がやる食事にしては究極の底辺だと言えようか。
「ぅ……」
一瞬目がクラッとした。死途は左手を胸に当て、青ざめたまま体を前のめりにしかけてしまう。
(は、吐いたら……吐いたらダメだ……)
冒険者は途中で泣いてはいけない。だから必死になってグイグイっと飲み込む。もちろんほんの少し長くとげとげな足のひとつが口からこぼれ落ちたりはしたが。
―ごっくん!―
少年はやり遂げた。偽りの勇敢さなどではなく、真の勇者として目的を成し遂げた。もちろん痛烈な不愉快さが沸くので、吐き戻さないようアフターケアをする必要はある。
「ハァハァ……」
大急ぎで冷蔵庫よりコーラを取り出すと、そこにあったグラスに注ぎ何回も何回も大量に飲む。次に今のテーブルの上にあるミントタブレットを大量に口へ放り込む。とにかくクサい、人知越えにクサい、死にたいなどと思った人間でも耐えられないクサさなのだった。
「ぅ……」
腹の中から逆流の予感が脳に上がってくる。
「だ、ダメだ……吐いたらすべてがムダになっちゃう。ちゃんとやり遂げないと、ちゃんとやり遂げたモノだけが楽に死ねるんだ」
こうして死途は何度となく迫る吐き気やら苦悩を見事に蹴散らし、しかしそのまま朝を迎える事になるのだった。
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