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十四話・パチンカスにとって一番大切なモノは?(後編)

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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)


十四話・パチンカスにとって一番大切なモノは?(後編)


 この日、玉男は午後2時に起きた。俗に言うパチンカス人生は精神疲労がすさまじいので、こういう時間に起きるのはある意味では当然のこと。

「おはよう」

 父は仕事にでているので、居間にいる母に……ほんとうに、特に何ら気にせず声をかける。すると母、何も言わず見ていたテレビをプチっと切る。

「玉男、ちょっと座って」

 母に言われたその瞬間、玉男の心に分厚い雨雲が大量に生まれる。

「昨日どこに行っていた?」

 母に言われたので映画だと言ったが、そこから毎回のごとくだんまりが始まる。意図してやっているのではなく、追いつめられると喋れなくなるのが玉男が昔から持つ特徴。母は必死に、そして切な気に、何より腹を立てながらいろいろと喋った。それを玉男は何も言わず感情が読めない能面みたいな面でひたすら聞くだけ。

「なんでいつも何も言えない?」

 その指摘は当然だったが、それでも玉男は声を出せなかった。

「玉男、考えたことある? いっしょに暮らす家族が盗人で、盗人といっしょに暮しているってキモチを抱えるっていうのが、それがどんなに苦しくて汚くておそろしいか」

 いくら若く見える母でも最近は老いの進行が隠せない。その顔を向けられ悲痛な声を聞かされて、それでも玉男は何も言えない。

「パチンコをやっていたんでしょう?」

 母に言われて無言というのは、この場合はもうイエスと言ったのも同じ。母はなんとかして何か言わせようとするのだが、息子は時々ちょっと胸を痛めているような顔をするだけで、言葉というはまったく発しない。

「パチンコに行ったんでしょう!」

 こらえきれないとばかり、母が台所から包丁を持ってきた。

「ぁう……」

 これにはさすがにびっくりしたので、無言地蔵だった玉男からやっと声が漏れ落ちる。でもそれは会話にならないモノ。

「玉男……あんたいままでいくらお金を盗んだ? それも昨日今日の出来事じゃない。もう15年くらいも続いている。言いなさい、昨日も一昨日もパチンコに行ったんでしょう?」

 まことおそろしい事にこれほど母が苦しさを吐き出しても、それでも息子はまだ喋ることができない。

「言いなさい……い、言わないと……母さんあんたの見ている前で自殺するよ?」

 自分が刺されると思っていた玉男、母のその言葉に意表を突かれた。でもそれが嘘なのか本気なのか、ほんとうに出来るのか出来ないのか、まったく読めないゆえに息子は今もって自分から喋ることができない。

「玉男……あなたがもし人間の心を失っていないというのなら……やり直すキモチが本当にあるというなら、血だらけになったお母さんを病院に連れて行って」」

 悲しくて泣きだしそうって顔を見せた次の瞬間、母は包丁で自分の腹を刺した。グググ! っと気合込めて深くまで差し込むと、当然ながら口からブワっと血を吐く。

「お、お母さん?」

「た、玉……男……きゅ、救急車を……よ、呼んで……」

 母、包丁を床に落とすとイスに手をかけようとした。だがそのままイスごと転がるようにして床へと倒れ込む。するとジワーっと床に赤い液体の広がりが生じる。

「た、た、玉……」

 母の弱弱しい声はかなり危険なモノ。いますぐ救急車を呼び、それが到着するまで何かしらの応急手当てをし、それで助かるかどうかギリギリのところ。

「か、母さん?」

 玉男、ドックン・ドックンとしながら動かなくなった母を見る。死んだのか? それともまだ間に合うという、いわゆる死の淵をさまよっているところなのか。

 しかし……玉男が恐る恐る進んだ方向は母の血だらけって体ではなく、居間のとなりにある畳部屋。そして母がたいせつに使っているバッグに手をかけると、それを開けサイフを取り出す。パカっと中を開けるとお札が数枚にレシートやらが入っている。玉男は震える手でお札、合計1万4000円すべてを抜き取ったら、財布をバッグ内に戻した。そうして立ち上がると時計を見てこう思う。

―パチンコに行って19時くらいに帰ってくればいいだろうか。先に帰宅する父が警察に連絡してくれるだろうー

「ご、ごめん……」

 言って玉男は家から出た。昨日とは別のパチンコ店へ向かうため自転車で走り始める。彼は母の決死なる訴えと直面したにも関わらず、いつも通りに金を盗んでいつもの世界へと向かう。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! と繰り返しながら、引き返す気配など一切なしでパチンコ店へ向かっていくのだった。
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