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十三話・やさしくて思いやりのある人間が損をしてバカを見る世の中

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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)


十三話・やさしくて思いやりのある人間が損をしてバカを見る世の中


 事の始まりは何年前だったか、要するに大根泥棒というのをされたのである。畑ヶ田耕にとってみれば、せっせと働いた自分の苦労をごっそり持っていかれるのだからたまらない。それはあまりにも強烈で下品だと彼は憤る。

 が、しかし……耕はこういう風にも考えた。盗むという犯罪者にも何か理由があるのではないか? もしかすると気の毒な人なのではないか? 大根を取られたくらいで怒り狂う方が間違っているのではないか? と、とんでもない考え違いをする。

「いつか心を入れ替えてくれる。そして泥棒行為をやめてくれるはずだ」

 こういう心を世間の表側はやさしいと表現し、世間の裏側はクソ間抜けとあざ笑う。だから彼の畑はひたすら泥棒される。まるでおまえはバカだなぁと爆笑されているかのように、何度も何度も苦労して作っては引き抜かれていく。

「くぅ……」

 当時 50代の中盤で人間ができつつあった男の心は傷ついた。だがそれでもお人よしな彼はこう思ったのである。

「こっちが必死に訴えれば伝わるはず。この世は愛で満たされているんだ。こっちが本音で語れば向こうだって必ずわかってくれる」

 そんな風に思った彼はバカみたいにデカい板を何枚も用意した。そこに大きく「愛」「理解」「思いやり」「お願いだから大根を取らないでください」「この思い、きっとあなたに伝わると信じています」などと書く。そしてこれで向こうも人として心を改めてくれるなどと本気で信じて看板を立てた。

 しかし残念な事に彼が理想とする「愛」「思いやり」理解」はことごとく踏みにじられる。大根は必ず彼以外の汚れた者の手で抜かれていくだけ。そうやって空っぽになった畑を見たとき、彼の両目に浮かんだ涙がつーっと落ちていった。

「太郎……どうしたらいい?」

 耕は愛犬の太郎に語りかけた。もちろん秋田県である太郎が人語を話すわけはない。ただ耕の心が理解できるのか、寄り添ってくれる悲しげな目を浮かべるのがたまらない。そして耕はここでこう思った。

「太郎……おまえ、夜の番犬とかしてくれるか?」

 大根を無限のごとく取られ、人を信じようとして裏切られる彼は愛犬に見張らせようかなどと考えてしまった。耕にしてみれば犯人は捕獲できなくてもいい。ただ犯人が何も取らずに退散し、以後二度とここにやってこなければいいのだという考え。そうして太郎は長い鎖につながれた状態で番犬をすることになったが、これが大変な悲劇を招く。

―悲劇の起こった深夜―

 2人の男が愉快そうな顔で深夜の畑にやってきた。彼ら2人はよーく知っている。ここの大根はうまい。そしてこの畑の持ち主は大マヌケなアホであると。

「愛とか理解とかこの思いあなたに伝わると信じていますとか笑うよな。いったいいつの時代に生きているんだって突っ込みたくなるぜ」

「ほんとうに、でもそういうバカがせっせとつくってくれるおかげで、おれらはあまり苦労せず大根を得られるんだ。あまり笑ったら罰が当たる」

「もうとっくに罰当たりだつーの」

「あ、そうか? あははははは」

 こうして2人は散々に人をバカにし、畑の大根をすべて盗むつもりでやってきた。だがいざ仕事にとりかかろうとすると、急に犬が飛び出してきた。

―ワンワンワンワンワンー

 真っ暗な深夜に突然出てきた犬、これは怖い。彼ら2人は自分が食い殺されるんじゃないかと最初は本気で焦った。

「あ、待て、おちつけ」

 一人の男がもう一人をなだめた。そして犬が長いけれども鎖につながれ自由ではないという事実を知る。

「びっくりさせやがって……マジでむかついた」

 そうして男は護身用に持っていた棍棒を手に取る。でもそれは鉄のトゲがついた凶悪な改造品。十分に人を殺せるだけの能力を持っている。

「おい、おまえは大根を抜いてろ。おれはこの犬を殺す」

 そうして男は太郎を殺しにかかった。

―きゃん!―

 可哀想な太郎。散々に殴られ血だらけになっても、どんなに恐怖しておびえても鎖があるから逃げきれない。

「死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね!!!!!!!」

 こうしてむごたらしい時間は終わった。大根は全部持っていかれ語るのも憚られるモノがひとつ横たわるだけとなって太陽を迎える。そして朝、畑にやってきた耕は見たくないモノを見てしまう。

「な……」

 彼が見たのは散々に殴られ殺され変わり果てた太郎の姿だった。

「太郎、太郎!」

 ダッシュして哀れな姿に近寄り、すぐさま抱える。

「な、なんで……なんでこんなひどい……」

 ブワっと涙が出る彼の目が見るのは、ぐちゃぐちゃにされてしまった太郎の死体。顔面はいったい何でどれだけ殴られたのか完全に破壊されており原型をとどめていない。すぐそこには飛び出した眼球が転がっている。

「た、太郎……こ、これって……これっておれのせい? お、お、おれ、おれが……おれが、おれがおまえをこんな目に遭わせてしまったってこと? ウソだよ、だ、だっておれ、おれ、おまえが大好きで、おまえしかいないんだぞ。お、おれ……お、おまえが死んだら、おまえがいなくなったら一人ぼっちになってしまうんだぞ、太郎よぉ……太郎よぉ……」

 こらえきれないとばかり無残な死体をギュッと抱きしめた。そして大声をあげて泣きながら、生まれて初めて他人を憎む。もっと早くに抱くべきだったモノを太郎の死と引き換えにやっと持つ事が出来た。

「く、くそ……よくも、よくも太郎を……こうなったらもっとすごい番犬を置いてやる。大根泥棒なんかどうなってもいい。そいつらは人間じゃないんだから死んで当たり前だ」

 こうして耕は復讐に燃える心で手配した。それには猛烈なお金がかかると同時に、非常に危険なところとのかかわりも必要になった。だがそれでも彼は畑の番犬ようにと密輸したトラを配置することにしたのだった。

 そうとは知らない毎度の大根泥棒。しばらくしたらまた耕の畑にやってきた。彼らはもうここに来るのが常識であり、いかに耕が何をどう訴えてもただひたすらバカにしかしない。だから今回もたっぷり大根ゲットだぜ! とホクホク顔でやってきた。

 だが大根を引き抜き始めてしばらく後、彼らはありえないほどおそろしいうなり後に心底ドキッとして震えた。そして2人は闇に光る目を発見する。

「な、なんだ、おい、あれってなんだ、大型犬か?」

「猫?」

「バカ言え……あんなデカイ猫がいるもんか……」

 2人が後ずさりを始めたのと同時に、巨大なモノもダッシュを始めた。鼓膜が破れるような大きなうなり声、夜の闇を突き抜けるように光った目。

「と、トラ……」

 飛びかかられなった方は月の光ではっきり確認した。その大きさ、その獰猛さ、そしておそろしいをうつくしいに変換できる特異性などなど、まさしくそれはトラ以外のなんでもなく、もう一人の男に襲いかかっている。

「あぅ……ぴぃ……」

 男のノドが紙を破るように引きちぎられた。死んでいるのかもしれないが、残っている神経で左右の腕と足をだらしなくピクピクさせる。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 襲われなかった男は一目散にその場から逃げる。そしてしばらくするとこの辺りは騒然となり、耕が放ったトラはひとりの人間を食べ終えたところで射殺されてしまう。もちろんその後に耕は逮捕という流れだ。

―畑泥棒を追い払うためにトラを放った男―

 後日世間にこのような情報が流れる。そして逮捕された耕は期待した。世間のみんなは自分に味方してくれるはず、あまりにひどい畑泥棒を憎んでくれるはずだと。しかし事実は彼が望んだのとは逆になった。

―人間より大根の方が大事なのかよー

―自分がかわいそうアピールし過ぎー

―たいせつなのは分かり合う事のはずなのにトラで人を殺めるとか鬼畜―

―この耕って男は人間のクズー

―大根泥棒に同情するわー

 結局……世間は誰も耕の味方をしない。だから彼は裁判で死刑判決をくらったとき、弁護士に説得されても控訴しなかった。だからすぐさま死刑が確定となる。そして彼は長い時を経てあの世に送られるとき、最後の言葉してこう言い残した。

「今度生まれてくる時は……やさしさとか持たず、分かり合おうって考えを持たず、そういう幻想に惑わされない正しい人間に生まれたい。そうすればカン違いとか変な心遣いとかしなくてもいいんだ。それであれば太郎みたいに大切な存在を失わなくても済む。自分が一生懸命働いて作ったモノを盗まれなくても済む。だからほんとうに……次はもっとまともな人間に生まれたいと思う」

 そして20〇〇年〇〇月〇〇日〇〇時〇〇分、畑ヶ田耕はこの世を去った。
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