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九話・愛憎が一線超えるとき

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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)


九話・愛憎が一線超えるとき


「おはようございます」

 午前7時50分に佳恵はやってくる。オフィス街の一角にある大型の喫茶店が彼女の職場である。佳恵は取り立ててつよいキャラオーラを持っていない。印象的なのはかなり長い髪の毛くらいだろうか。でも安定して注目されるって事実があった。なぜなら、この21歳の女は定期的にキズをこさえるから。今日だってそう、先に働いていた店長が呼び止めずにいられない。

「その腕の包帯はなんだ?」

「あぁ、オフロ場で滑ったんです」

「フロ場で滑ったぁ?」

 36歳でマジメそうな店長はとっても怪訝な顔。彼からすると21歳の女は幼く見える。しかしだからといって、フロ場で滑ったゆえに包帯はあきれる。もっといえば、なぜお前はそうなんだ? であった。一見軽いヤンキー女子みたいに見えなくもないが悪い子じゃない。マンガのネタにされるほどマヌケだとも思わない。ゆえになぜ? お前はいったいなに? 彼はそう言わずにいられなかった。

「わたしって呪われてるんですよ」

 アハっと茶化した。その笑みを見た店長は心配する気を失ってしまった。よって佳恵は更衣室へ進むことができる。

「たすかった」

 佳恵は少しホッとする。しばらくの間は心をほじくられないで済んだ。でも仕事が終わったとき、店の前で待っていた友人からは逃げられない。大多秀美21歳、アルバイト店員。小中高が佳恵と同じだった。しかも仲良しだったから、単なる幼馴染みでは済まされない。ゆえに秀美は知っているのだ、佳恵が愚かだって事を。なぜお前はそうなんだ? の答えを知っている。

「早く別れろって言ったじゃんよ、バカじゃないの?」

 駅前の喫茶店にて秀美の声。さっぱりと直球型。容赦ない感じは非人間的に思えなくもないが、そもそもの問題は佳恵にある。スパゲッティーを食べる佳恵。おっとり良い子だが、残念なことに男を見る目がなかった。だからって感じで高校1年生の中頃にあやまちを犯す。あっさり女ったらしに食われた。相手の外見にサクッと惚れた結果だった。あやつり人形みたいに引き寄せられ短期間でセックス。そうして本格的に始まる愛憎という泥沼。

 別れろ! 当時の秀美は何度も言った。なぜこんな事がわからない? であるが、それを佳恵は聞き入れない。憎らしいと言うくせに別れない。時として殺したいと言うくせに、抱かれることを望む。だからして現在は安いアパートに同居。問題の男はアルバイトで稼ぎは佳恵より少ない。そして彼女はよく暴力を振るわれる。安定してキズをこさえるのはそれが理由だ。秀美に言わせれば哀しいダメな子ストーリー。

「ねぇ、なんで別れないの?」

「なんだかんだ言っても好きなんだよ」

 佳恵の遠くを見るような目。純情とクールになれない頭が混在。それを秀美は納得できなかった。自分の友人がくそったれに食われているのだから何とかしたいと思う。

「まぁ、不幸中の幸いはあんたが妊娠していないってことだね。だから間に合う。今なら間に合う。妊娠する前にあいつと別れるべき」

 それは秀美から佳恵に送れる最高のアドバイス。でも困った事に佳恵という女は、その通りだねと言うくせに、別れる気がないって心を顔面に浮かべる。

「わたし……帰るね」

 結局話が終わって立ち上がった時に見せる佳恵の顔は、いつもと変わらない、まったくもって今まで通りのモノだった。しかしこのとき表面には出ていない感情が心の中に芽生えていた。毎回生じてはすぐに消されるモノと似ているようでありながら、今回はいつもとちがう! 的な色みたいだと佳恵自身が予感に包まれていた。

 そして同日夜の10時。安いアパートの一室に歩き回っていた佳恵が帰還。そいてドアの前に立ったら毎度のだらしない声が内から飛んでくるを耳にする。それはパソコンでユーチューブを見る彼氏だ。タバコに灰皿、グラスに注がれたチューハイ。片付けが得意ではないという生活絵。それは彼を愛する佳恵のイライラを倍増させる要素のひとつ。

「ねぇ、話があるんだけど」

「なに?」

「別れよう。一緒にいたくない」

「またぁ、いきなりお茶目だな」

 彼氏が少年みたいに笑った時だった、近づいた女がかがむ。テーブル上のノートパソコンを両手につかむ。それからカベに投げつけたではないか。鈍い音とショッキングな絵。当然だが彼氏の顔色が変化する。

「おい、てめぇ何してるんだ」

 先ほどのヘラヘラ顔は鬼になっている。

「マジメに考えてみると、あんた嫌い……うん、あんためちゃくちゃうざいわ」

 言われた彼氏は可哀想なパソコンをテーブルに戻す。そうして咥えタバコに火をつけると、フーッとやった次の瞬間に回し蹴りをやった。

「ぅげ!」

 強烈な一発がが佳恵の腹に入る。だから佳恵が壁に背中と後頭部を当てる。彼氏に言わせれば、これくらいは今さらという愛情表現のひとつ。何回も何回も膝蹴りを腹部にかまし、彼女がグッと苦しそうに顔を歪めたら往復ビンタ。それからうずくまる女の前にかがむと、左手で髪の毛を掴む。ギュッと力まかせに引っ張り問うた。

「言いたい事があるなら言ってみ? 聞いてやる、だから言えよ、な?」

 彼の表情は昔からコロコロ早変わりする。下から吹き上がる風でおどるサイコロのように微笑んだり鬼になったり、同情したり残酷な目をしたり。

「わたしの人生を返して……あんたがわたしの人生をダメにした」

「は? 人生? なに? おまえ道端で拾い食いでもしたか?」

 クスっと笑った彼氏、つぎの瞬間には女の顔を壁にぶつけていた。激しい音だった。脳天に刺さるようなイヤな音だった。両手を鼻に当てる佳恵からドボドボ血が落ちる。それを彼氏は蹴り上げた。佳恵がうずくまると、居間から持ってきたイスを殴り下ろす。

「おい……頭だいじょうぶか? 大丈夫ですか? 大丈夫ですか!?」

 ガン! と強烈な一撃。女の頭をたたき割るような勢い。これも彼に言わせれば日常の営み、いまさら気にする必要あるまいだった。 しかしここでふっとイヤらしく登場するのだ。こんな暴力を振るって痛めつけた後、突然に心優しい男って顔になり女を気遣う。

「だいじょうぶか? なぁ、どうしたんだよ、話し合おうぜ。おれだってさ、好きな女に暴力なんか振るいたくない。傷ついたおまえなんか見たくない」

 彼氏にとってこれは小細工ではない。困った事に本心の行為だったりする。だから今回もこれで丸く収まると信じて疑わない。しかし彼氏の手をのける佳恵。今夜は今まで違うとばかり立ち上がる。よろつく足。ボタボタ落ちる血の量は深刻だ。それでも息を切らしながら台所へ向かう。そして相当にデカい包丁を取り出したら、ギュッと握ってから男のほうへ向く。

「おい、正気か? いったい何があったんだ」

「なんで……あんたみたいな男を好きになったんだろう」

 佳恵、今日はいつもの忍耐が作用しなかった。つまりガマンしてガマンして限界に達したら、どこかで吐き出さないと一周出来ないって所にいた。

「でも告白したのはおまえだ、おまえがおれをいい男として選んだんだ」

 彼氏に言われるとググっと唇を噛む女がいた。まったく言い返せないところを攻められると、人は露骨に悔しがるしかできない。対する男はここでククッと笑う。ブラックユーモア―に興じるような目で哀れな女に言い放つのだった。ムリ、きっとムリ。お前はふつうよりシアワセにはなれない。だって顔が物語っている。底辺からは浮上できない。だから同じ底辺の男にしか振り向いてもらえないと。

「う……く……」

「おれたち底辺同士。仲良くしようぜ、またやり直せばいい」

「やり直す?」

「そうさ、おれにはおまえ、おまえにはおれしかいないんだ」

 そう言われて一瞬折れかけた。彼氏が言うようにリセットすれば、この場は丸く収まる。男は打って変わってやさしくもしてくれる。しかしここでの佳恵はいつもとちがった。仕方ない……と飲み込む事ができないので、収まりかけた怒りが再びものすごい勢いで熱湯に切り替わっていく。10秒で冷水が温水になったかのようだった。

「う、うわぁ!」

 彼氏が絶叫。なんと佳恵が自分の腹に包丁を押し当てたではないか。そして力をこめてグイっと手を動かし、まさに腹をかっさばこうとしている。

「お、おい……」

「ま、また、また同じことのくり返しとか……いやだ。も、もう疲れた……」

 口から血をボトボトこぼす佳恵、今度は包丁を持ったまま両手を背中に回す。そして仰向けのまま床に倒れたのだった。
ブス! っと激しく刺さり抜ける音。背面から前面へでっかい包丁の一部が突き出ている。かわいそうな女は腹部を真っ赤にしながら、数秒ほどはピクピク、ピクピクと動いたが、そのまま死んでしまう。

「お、おい……何をしゃれたことしてるんだよ」
 
 大マジメにおどろく彼氏だったがもう遅い。佳恵という名の彼女は死んでいる。彼はその死体を見ながらぼやいた。

「ったく面倒起こしやがって……今まで散々愛してやったっていうのによ、恩を仇で返すとはこのことだ」

 そうして彼氏は大騒ぎモードに早変わり。一流の俳優だってそんな素早い切り替えはムリだろうってスピードで、熱くきれいな涙を流しながら叫んだ。

「彼女が自殺した、彼女が自殺した!」

 こうやって取り乱すと世間は彼に深い同情をする。佳恵というのは何を思って自殺したのかはわからないが、結局それは彼氏を追い詰めることにはならなかった。悲しみにくれるやさしい彼氏という構図プラス、どうしようもなくダメな女という話だけが永遠に残る事となるだけだった。
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