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三話・個別の追い込み指導(後編)
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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)
三話・個別の追い込み指導(後編)
今から1年前、紋太は優しい先生であろうとした自分を後悔した。小5の教え子達は露骨なまでに自分をバカにして言う事を利かない。むろん全部ではなかったが、8割がそれでは全員と言いたくもなる。
「そりゃもう、許されるなら殺したいと何回も何回も思いましたから」
苦笑しているのは傷の大きさを物語るのか。
「バカでしたよ、ひたすらマジメに相手しちゃってね」
彼は忌々しいって顔で語る。 あの時、言う事を聞かない生徒を授業に参加させ、みんなで楽しく仲の良いクラスを作ろうなどと訴えた。したらどうだろうか、何をどう語っても喋っても心の根っこが通じない。そのあげく、生徒たちは大人も凍り付くような罵詈雑言を教師に向かって放って来た。それは一人の教師がマシンガンで処刑されるような感じだった。
「それが30分続いたら、人として我慢できます?」
「30分……」
あまりの出来事に耐え兼ねた教師、最も激しく罵っていた生徒の頭を軽く小突いた。言ってみればただそれだけ。
「優しいでしょう、殺したいほどの奴を小突いただけなんだから」
だがそれが問題行動となり、彼は校長から厳重注意を受ける事となる。保護者達からは、人として出来ていない未熟な先生と危険視されるに至った。唯一の救いは、同じ教師達が同情してくれたことで、そこだけが心の支え。
「だから教師同士で話し合ったんです」
「何を」
「勉強しようって事です、すべてのガキを根本から把握するって事」
「それで何をどうすると?」
「個別に的確に追い払うのです、教師の手を汚さないようにね」
「分かるように具体的に話をお願いします」
「分かりました」
平井紋太は、すべての子供は大人から安心を得たいと表現し、問題はその安心の欲しがり方が違う事なんだと続けた。優しい言葉だけで安心するのもいれば、厳しく接する事で発奮する者もいる。無視してどれだけ傷つかも個々によって違う。
「今現在、僕のクラスに一人バカがいます」
「バカって」
「そいつね、幼稚園で脳の発達が止まったようなやつなんです」
「それで?」
「すぐにブチ切れる、人間じゃない、殺されて当たり前の動物ね」
「平井先生……」
「しかし面白いモノでして、そういうバカでも頼られると発奮するんです」
「というと?」
「なんでもかんでもそのバカに押し付けるんですよ」
「嫌がりませんか?」
「褒めて、みんなが応援して一つだからって言えば喜ぶ。バカが大ハリキリ」
「それが何の役に立つんです?」
「言ったでしょう、すぐブチ切れるって。それを抑え込んでいるんです」
「しかしそれにしても」
「では聞きます、バカが暴れて他の生徒に暴力を振るうのは構わないと?」
「極端ではありませんか?」
「現実にけが人が出ました、僕だけじゃなく他の生徒も一杯泣きました」
平井という教師は、生徒を動物と見る事で初めて教育という仕事の本質が理解出来たと述べ、それこそが本当の悟りであるとも語り、その悟りがなければ優秀な逸材とて続ける事はできないと結ぶ。
「愛情の否定じゃないですか」
「獅子堂先生の愛情こそ性質が悪い」
「なぜ」
「先生の愛情は動物を優しく腐らせるだけですからね」
―そしてしばらくしてー
龍斗が平井紋太と衝撃的な会話をしたら、後日において後すぐ、まるで待っていたかのように事態が重くなった。教え子の一人に彼は我慢がならくなってきたのだ。その少年の名前は大川渚。一見すると普通だった、容姿だけで問題があると感じる事はまず不可能。
この少年は小5の割には中身が老けているように礼儀正しく、どこか達観しているような雰囲気を持っていて、しかし寂しがり屋な側面を有している。当初龍斗はこの教え子を特にマークはしていなかった。
が、しかし……この少年は構って欲しいのか、常に平穏な日常を荒す中心人物でもあったのである。むろんその姿は親の目には止まらない。最初はおとなしい子だと思っていたが、それは仮死状態だったのあと担任は心を病む。
「大川とどう向き合うか」
龍斗は学校から持ち出したデーターを自分のパソコンで見つめながら、明日は休みだからたっぷり時間をかけて分析するとしていた。そして分析する当日、パソコンを見つめあれこれ頭をしぼり、朝っぱらから水代わりとアルコールの缶を置いている教師がつぶやく。
「待てよ、あの辺りからか?」
彼はタバコの煙を室内にまき散らしながらひとつの事を思い起こす。大川渚という少年を一度励ました事がある。他愛ない事にしか思えないが、お前ならやれば出来ると勉強の事で励ましの言葉を贈った。あの後から渚がやけに日常を荒しては対峙を要求するようになったと思える。
「それはどう考えればいいのか」
つぶやきながら、他の教師が書き込んだデーターを参考にと眺める。
「あった、これだ」
彼は他の知らない生徒のデーターを見てうなづく。そこに書かれている生徒の特長だの問題点だのは、大川渚と同じだとビビビっと響いた。
「暴れる、叫ぶ、他の生徒をそそのかしてはむかう、言う事が大人びていて他者を見下しながらも寂しがり屋で構ってちゃん。その構ってちゃんはスイッチが押されるまではいい子だが、一度スイッチが入るとおそろしい自己顕示欲を発動。自分が世界の真ん中だと認めてもらうためなら他人の迷惑はまったく考えない……って、まるっきり大川と同じじゃないか」
これは参考になると思ったようで、真剣そのものな顔で文字を読み続けた。そこにはかなり残酷な事が綴られているが、同時に教師の苦悩が生々しく投影されてもいた。これを書いたのは女教師らしいが、彼女が胸に抱えた黒い切なさに共感が出来る。同じ教師としてわが身のように。
「これはもしかして平井先生が言っていたバカと共通するかもしれない」
新しいタバコを銜え、あの時聞いた話が自分にも降りかかってきたのだと感じた。龍斗は何時間も研究に没頭し、何本もタバコを吸ってアルコールを飲んで、ある結論に達した。もうすぐ夏休みなので、それが終わるまでは我慢しようかと。
そして迎えた夏休み期間。びっくりするほど肩の重荷が外れた。それはまるで命の洗濯をしているように感じた。だからものすごい勢いで一日が消えていく。心地よさははかないという神の教えが時計を動かしている。
「学校に行きたくない……」
迫りくる夏休みの終焉にぼやく。でも神さまは教師に味方してくれない。まるで夏休みが1時間の休憩に過ぎなかったかのように新学期が到来。そして大川渚の難儀度が上がった。以前に増して荒らしの激しさが増しきた。
まず耐える。どうしたってそうなる。1日が長く、1日で年寄りに追いやられるようだが、大人が気前よくブチ切れるわけにはいかない。
「くそ」
最近は夜も寝付けなくなって来た。すると必然的に過去の自分を責めるようになっていく。そもそも優しいとは一体何だ、もしかすると自分のそれは良い意味ではないのかもしれない。もしかすると自分は勘違いで大切な人生を棒に振っているのではないだろうか。そんな心労が重なり表に出てくる。
「獅子堂先生、病んでますねぇ、今日一杯やりません?」
冷笑を向ける平井紋太。
「平井先生と飲む酒は重くて苦手です」
彼はカバンを持って職員室から出て行こうとする。そこでこんな事を後ろから言われた。
「先生、今は殺るか殺られるかの時代。どうかご自愛を」
それからしばらくして、ある事に気がついた。いや、そんなのわかっていたことだろうって話だ。来年になって6年生とは言っても、受け持つ生徒は同じであるという当たり前に、彼は死ぬほど耐え難いと身震い。
「2年縛りはきつい……」
マジで怖くなっていた。果てしなく続く暗闇のように思えたし、仮に渚たちが卒業しても似たような生徒が後からどんどんやって来るのだろう。
「やるかやられるか……」
平井の言葉が理解できるように思える自分が出てきた。毎日が辛くタバコと酒が増え、休みの日は家にこもってしまう。彼は思うのだった。仕事が遊びなどと抜かすような奴は死ねばいいのにと。
それから少しして龍斗に変化が生じる。以前と違い渚に対してやんわり押して攻撃する事が増えてきた。モノ言いが鋭くなったとも言える。
「大川、お前勿体ないなぁ」
「何がだよ」
「お前みたいなバカでも本気になれば何でも出来るのにな」
「バカとかいうな」
「でも事実だろう、気にするなって」
「ケンカ売ってんのかよ」
「否定するなら態度で示せばいい、出来ないなら死ねばいいんじゃないかな」
「死ねとか言うんだ?」
「嫌なら生きればいいだけ」
「お前本当に教師?」
「お前こそ本当に生徒?」
こういう会話をやりながらも、龍斗は渚に深入りしないよう心掛けた。肝心要に一線を引いて超えないよう注意する。もちろん渚が立ち入る事も拒む。するとどうだろう、教師が思った通りの反応を子供が示してきた。
渚は教師に生じた変化を自分の両親や他教師に言わない。その代わり以前にも増して担任に見て欲しいと訴えるように荒し出した。ケンカするなら受けて立つと言っているようであり、その一方では激しく寂しさを構って欲しいと言っているよう。だから龍斗はケンカだけ買う、寂しさは一切引き受けてやらない。
「つまんねぇ授業なんか止めろよ」
授業中に声を出す渚。しかし無視される。先生は他の生徒にだけ優しく接し、どうでもいい渚に構うなく授業を進める。同じ空間にいながら締め出してしまうというそれは死刑宣告だった。
「ふざけんな、無視するな」
耐えかねた渚が立ち上がり、机を叩いてから蹴り飛ばした。だがそれでも担任は知らん顔して授業を説く。そこで渚、近くにいる他の生徒に食ってかかろうとした。すると担任から、実に冷めた口調で言われる。
「お前みたいなバカでも頑張れば何でも出来るのになぁ」
「だからバカって言うなよ、マジでムカつくんだよ」
「だったら死ねばどうだ、あ、無理だ、お前は口だけだもん」
「口だけ?」
「言うだけ立派、実際には怖くて何にも出来ない、ママ~みたいな」
すると渚、教室の扉まで歩んで担任に言った。
「今から、この3階から飛び降りてやる」
さすれば担任、知らん顔をして授業を再開。それにはさすがの渚も驚いたようで、一瞬震えたような顔。
「ほ、本当に死ぬぞ?」
明らかにその声は怯えている。
「止めとけ、バカが見栄を張るもんじゃない」
知らん顔し続ける教師。そこで渚、廊下に出ると窓ガラスを開ける。本当に死ぬぞと大声を出しながらまたがっていく。ここで初めて龍斗は慌てた様子で止めろ言いながら廊下に出た。
「このおれを見損なうな」
こうして大川渚は飛んだ、飛べないのに翼を広げようとした。
「大川!」
担任が叫んで駆けつけてみると、窓から下を眺めてみると、そこには首の骨を折って血を流している死体が一つ転がっていた。
―事件後―
ショックがまだまだ消えないとある日曜日、龍斗は紋太と一緒に密会のようにとある居酒屋で酒を飲む。ここは他者に会話が聞こえないよう区切りスペースがある。そこにあるテーブルに2人並んで座り、酒を飲みながら本音の駄弁りを展開。
「どうです、静かになったでしょう」
「はい、あの出来事以降はみんないい子で天国みたいなんです」
「でしょう? 一人死ねばそういう風になるんです」
「本当に」
クスっと笑った男は、獅子堂先生を尊敬すると言ってタバコを銜えた。死に追いやったのは知る限りでは獅子堂先生が初めてなんですよと。
「でもご心配なく、教職員はみな先生に拍手大喝采ですから」
「あまり褒めてくれなくてもいいです」
「いえ違うんですよ先生、何も悪いことはしてない、胸を張らないと」
「平井先生、確かに大川は難儀だったけど、一応人が一人死んでるんですから」
「違うでしょう、動物が一匹死んだって事でしょう、同情する価値もない」
「まったく、こんな会話誰かに聞かれたらシャレになりません」
「いいじゃないですか、これが本音の有難みです」
「有難み?」
「今の社会は上っ面の会釈が多すぎる、本音を殺してきれいを求めすぎなんです」
「こんな事はもう二度とやりたくありません」
「無理ですって、この平穏は後一年だけ。新しい生徒が来ればリセットされます」
「そんな」
「獅子堂先生、心は強く持たないと」
龍斗は紋太の笑みを見てこう思った。教師の道というのは修羅の道だったんだなと。
三話・個別の追い込み指導(後編)
今から1年前、紋太は優しい先生であろうとした自分を後悔した。小5の教え子達は露骨なまでに自分をバカにして言う事を利かない。むろん全部ではなかったが、8割がそれでは全員と言いたくもなる。
「そりゃもう、許されるなら殺したいと何回も何回も思いましたから」
苦笑しているのは傷の大きさを物語るのか。
「バカでしたよ、ひたすらマジメに相手しちゃってね」
彼は忌々しいって顔で語る。 あの時、言う事を聞かない生徒を授業に参加させ、みんなで楽しく仲の良いクラスを作ろうなどと訴えた。したらどうだろうか、何をどう語っても喋っても心の根っこが通じない。そのあげく、生徒たちは大人も凍り付くような罵詈雑言を教師に向かって放って来た。それは一人の教師がマシンガンで処刑されるような感じだった。
「それが30分続いたら、人として我慢できます?」
「30分……」
あまりの出来事に耐え兼ねた教師、最も激しく罵っていた生徒の頭を軽く小突いた。言ってみればただそれだけ。
「優しいでしょう、殺したいほどの奴を小突いただけなんだから」
だがそれが問題行動となり、彼は校長から厳重注意を受ける事となる。保護者達からは、人として出来ていない未熟な先生と危険視されるに至った。唯一の救いは、同じ教師達が同情してくれたことで、そこだけが心の支え。
「だから教師同士で話し合ったんです」
「何を」
「勉強しようって事です、すべてのガキを根本から把握するって事」
「それで何をどうすると?」
「個別に的確に追い払うのです、教師の手を汚さないようにね」
「分かるように具体的に話をお願いします」
「分かりました」
平井紋太は、すべての子供は大人から安心を得たいと表現し、問題はその安心の欲しがり方が違う事なんだと続けた。優しい言葉だけで安心するのもいれば、厳しく接する事で発奮する者もいる。無視してどれだけ傷つかも個々によって違う。
「今現在、僕のクラスに一人バカがいます」
「バカって」
「そいつね、幼稚園で脳の発達が止まったようなやつなんです」
「それで?」
「すぐにブチ切れる、人間じゃない、殺されて当たり前の動物ね」
「平井先生……」
「しかし面白いモノでして、そういうバカでも頼られると発奮するんです」
「というと?」
「なんでもかんでもそのバカに押し付けるんですよ」
「嫌がりませんか?」
「褒めて、みんなが応援して一つだからって言えば喜ぶ。バカが大ハリキリ」
「それが何の役に立つんです?」
「言ったでしょう、すぐブチ切れるって。それを抑え込んでいるんです」
「しかしそれにしても」
「では聞きます、バカが暴れて他の生徒に暴力を振るうのは構わないと?」
「極端ではありませんか?」
「現実にけが人が出ました、僕だけじゃなく他の生徒も一杯泣きました」
平井という教師は、生徒を動物と見る事で初めて教育という仕事の本質が理解出来たと述べ、それこそが本当の悟りであるとも語り、その悟りがなければ優秀な逸材とて続ける事はできないと結ぶ。
「愛情の否定じゃないですか」
「獅子堂先生の愛情こそ性質が悪い」
「なぜ」
「先生の愛情は動物を優しく腐らせるだけですからね」
―そしてしばらくしてー
龍斗が平井紋太と衝撃的な会話をしたら、後日において後すぐ、まるで待っていたかのように事態が重くなった。教え子の一人に彼は我慢がならくなってきたのだ。その少年の名前は大川渚。一見すると普通だった、容姿だけで問題があると感じる事はまず不可能。
この少年は小5の割には中身が老けているように礼儀正しく、どこか達観しているような雰囲気を持っていて、しかし寂しがり屋な側面を有している。当初龍斗はこの教え子を特にマークはしていなかった。
が、しかし……この少年は構って欲しいのか、常に平穏な日常を荒す中心人物でもあったのである。むろんその姿は親の目には止まらない。最初はおとなしい子だと思っていたが、それは仮死状態だったのあと担任は心を病む。
「大川とどう向き合うか」
龍斗は学校から持ち出したデーターを自分のパソコンで見つめながら、明日は休みだからたっぷり時間をかけて分析するとしていた。そして分析する当日、パソコンを見つめあれこれ頭をしぼり、朝っぱらから水代わりとアルコールの缶を置いている教師がつぶやく。
「待てよ、あの辺りからか?」
彼はタバコの煙を室内にまき散らしながらひとつの事を思い起こす。大川渚という少年を一度励ました事がある。他愛ない事にしか思えないが、お前ならやれば出来ると勉強の事で励ましの言葉を贈った。あの後から渚がやけに日常を荒しては対峙を要求するようになったと思える。
「それはどう考えればいいのか」
つぶやきながら、他の教師が書き込んだデーターを参考にと眺める。
「あった、これだ」
彼は他の知らない生徒のデーターを見てうなづく。そこに書かれている生徒の特長だの問題点だのは、大川渚と同じだとビビビっと響いた。
「暴れる、叫ぶ、他の生徒をそそのかしてはむかう、言う事が大人びていて他者を見下しながらも寂しがり屋で構ってちゃん。その構ってちゃんはスイッチが押されるまではいい子だが、一度スイッチが入るとおそろしい自己顕示欲を発動。自分が世界の真ん中だと認めてもらうためなら他人の迷惑はまったく考えない……って、まるっきり大川と同じじゃないか」
これは参考になると思ったようで、真剣そのものな顔で文字を読み続けた。そこにはかなり残酷な事が綴られているが、同時に教師の苦悩が生々しく投影されてもいた。これを書いたのは女教師らしいが、彼女が胸に抱えた黒い切なさに共感が出来る。同じ教師としてわが身のように。
「これはもしかして平井先生が言っていたバカと共通するかもしれない」
新しいタバコを銜え、あの時聞いた話が自分にも降りかかってきたのだと感じた。龍斗は何時間も研究に没頭し、何本もタバコを吸ってアルコールを飲んで、ある結論に達した。もうすぐ夏休みなので、それが終わるまでは我慢しようかと。
そして迎えた夏休み期間。びっくりするほど肩の重荷が外れた。それはまるで命の洗濯をしているように感じた。だからものすごい勢いで一日が消えていく。心地よさははかないという神の教えが時計を動かしている。
「学校に行きたくない……」
迫りくる夏休みの終焉にぼやく。でも神さまは教師に味方してくれない。まるで夏休みが1時間の休憩に過ぎなかったかのように新学期が到来。そして大川渚の難儀度が上がった。以前に増して荒らしの激しさが増しきた。
まず耐える。どうしたってそうなる。1日が長く、1日で年寄りに追いやられるようだが、大人が気前よくブチ切れるわけにはいかない。
「くそ」
最近は夜も寝付けなくなって来た。すると必然的に過去の自分を責めるようになっていく。そもそも優しいとは一体何だ、もしかすると自分のそれは良い意味ではないのかもしれない。もしかすると自分は勘違いで大切な人生を棒に振っているのではないだろうか。そんな心労が重なり表に出てくる。
「獅子堂先生、病んでますねぇ、今日一杯やりません?」
冷笑を向ける平井紋太。
「平井先生と飲む酒は重くて苦手です」
彼はカバンを持って職員室から出て行こうとする。そこでこんな事を後ろから言われた。
「先生、今は殺るか殺られるかの時代。どうかご自愛を」
それからしばらくして、ある事に気がついた。いや、そんなのわかっていたことだろうって話だ。来年になって6年生とは言っても、受け持つ生徒は同じであるという当たり前に、彼は死ぬほど耐え難いと身震い。
「2年縛りはきつい……」
マジで怖くなっていた。果てしなく続く暗闇のように思えたし、仮に渚たちが卒業しても似たような生徒が後からどんどんやって来るのだろう。
「やるかやられるか……」
平井の言葉が理解できるように思える自分が出てきた。毎日が辛くタバコと酒が増え、休みの日は家にこもってしまう。彼は思うのだった。仕事が遊びなどと抜かすような奴は死ねばいいのにと。
それから少しして龍斗に変化が生じる。以前と違い渚に対してやんわり押して攻撃する事が増えてきた。モノ言いが鋭くなったとも言える。
「大川、お前勿体ないなぁ」
「何がだよ」
「お前みたいなバカでも本気になれば何でも出来るのにな」
「バカとかいうな」
「でも事実だろう、気にするなって」
「ケンカ売ってんのかよ」
「否定するなら態度で示せばいい、出来ないなら死ねばいいんじゃないかな」
「死ねとか言うんだ?」
「嫌なら生きればいいだけ」
「お前本当に教師?」
「お前こそ本当に生徒?」
こういう会話をやりながらも、龍斗は渚に深入りしないよう心掛けた。肝心要に一線を引いて超えないよう注意する。もちろん渚が立ち入る事も拒む。するとどうだろう、教師が思った通りの反応を子供が示してきた。
渚は教師に生じた変化を自分の両親や他教師に言わない。その代わり以前にも増して担任に見て欲しいと訴えるように荒し出した。ケンカするなら受けて立つと言っているようであり、その一方では激しく寂しさを構って欲しいと言っているよう。だから龍斗はケンカだけ買う、寂しさは一切引き受けてやらない。
「つまんねぇ授業なんか止めろよ」
授業中に声を出す渚。しかし無視される。先生は他の生徒にだけ優しく接し、どうでもいい渚に構うなく授業を進める。同じ空間にいながら締め出してしまうというそれは死刑宣告だった。
「ふざけんな、無視するな」
耐えかねた渚が立ち上がり、机を叩いてから蹴り飛ばした。だがそれでも担任は知らん顔して授業を説く。そこで渚、近くにいる他の生徒に食ってかかろうとした。すると担任から、実に冷めた口調で言われる。
「お前みたいなバカでも頑張れば何でも出来るのになぁ」
「だからバカって言うなよ、マジでムカつくんだよ」
「だったら死ねばどうだ、あ、無理だ、お前は口だけだもん」
「口だけ?」
「言うだけ立派、実際には怖くて何にも出来ない、ママ~みたいな」
すると渚、教室の扉まで歩んで担任に言った。
「今から、この3階から飛び降りてやる」
さすれば担任、知らん顔をして授業を再開。それにはさすがの渚も驚いたようで、一瞬震えたような顔。
「ほ、本当に死ぬぞ?」
明らかにその声は怯えている。
「止めとけ、バカが見栄を張るもんじゃない」
知らん顔し続ける教師。そこで渚、廊下に出ると窓ガラスを開ける。本当に死ぬぞと大声を出しながらまたがっていく。ここで初めて龍斗は慌てた様子で止めろ言いながら廊下に出た。
「このおれを見損なうな」
こうして大川渚は飛んだ、飛べないのに翼を広げようとした。
「大川!」
担任が叫んで駆けつけてみると、窓から下を眺めてみると、そこには首の骨を折って血を流している死体が一つ転がっていた。
―事件後―
ショックがまだまだ消えないとある日曜日、龍斗は紋太と一緒に密会のようにとある居酒屋で酒を飲む。ここは他者に会話が聞こえないよう区切りスペースがある。そこにあるテーブルに2人並んで座り、酒を飲みながら本音の駄弁りを展開。
「どうです、静かになったでしょう」
「はい、あの出来事以降はみんないい子で天国みたいなんです」
「でしょう? 一人死ねばそういう風になるんです」
「本当に」
クスっと笑った男は、獅子堂先生を尊敬すると言ってタバコを銜えた。死に追いやったのは知る限りでは獅子堂先生が初めてなんですよと。
「でもご心配なく、教職員はみな先生に拍手大喝采ですから」
「あまり褒めてくれなくてもいいです」
「いえ違うんですよ先生、何も悪いことはしてない、胸を張らないと」
「平井先生、確かに大川は難儀だったけど、一応人が一人死んでるんですから」
「違うでしょう、動物が一匹死んだって事でしょう、同情する価値もない」
「まったく、こんな会話誰かに聞かれたらシャレになりません」
「いいじゃないですか、これが本音の有難みです」
「有難み?」
「今の社会は上っ面の会釈が多すぎる、本音を殺してきれいを求めすぎなんです」
「こんな事はもう二度とやりたくありません」
「無理ですって、この平穏は後一年だけ。新しい生徒が来ればリセットされます」
「そんな」
「獅子堂先生、心は強く持たないと」
龍斗は紋太の笑みを見てこう思った。教師の道というのは修羅の道だったんだなと。
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