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少女と究極の選択

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 午後11時、ひとりの少女が夜道から暗いビルの中に入った。以前にに下見した少女は知っている、このビルはつめたい階段を上がっていけばサクッと屋上に行くことができると。そしてその屋上から飛び降りる事には苦労を伴わないと。

 スマホのライトだけが頼りの真っ暗。そこでのひっそりは昼間は浮かんでこられない魂が出てくるってイメージを誘う。

(つまんない人生だったな……)

 他人に対する恨みと自分への怒りが半々って感じのつぶやきを胸の内でやった。そしてありがたい事にカギのかかっていない白いドアをグッと押して、夜景と風が印象的な屋上に進み出る。

「ん……」

 いざ死なん! そう思いながら屋上の端にたどりつく。そして自分がやろうとしていることに気迷いを生じさせる。

―飛んじゃえ! 飛んで永遠の旅に出かけてしまえ! そうすればイヤなことすべて、そしてつらい人生から解放されるー

 彼女の中の黒い声はそう言った。そしてそれはできる! と彼女の心は思う。だが人間の本能がかたくなに拒否する。

(ん……く……)

 飛べば高確率で死ねる。それを求めてここに来た、しかし彼女はその場と真っ暗な地上にある距離におびえて進めない。

 その時だった。ふっと近くが明るくなった。誰かいる? と慌てて振り返ってみると、少女が見たのは空中からゆっくり舞い降りてくる紫色の光。

「え……」

 それが何か見当がつかない。だから彼女は怖いと思いながら動けない。

(ひ、光が……人のカタチに……)

 彼女が見つめる光は彼女のつぶやき通り、地面に降りると人のカタチになっていって、次第に輝度を弱め色々な情報が見えてくる。

(女……の子……)

 18歳の少女の目には、うすい光を発しながらこっちを見るのも同じ18歳くらいの女子に見えた。

(ぅ……)

 紫色の弱い光を纏うモノがゆっくり近づいてきた。彼女はドキッとして後ずさりするが、ほとんど動ける距離はない。

「初めまして」

 少し距離をおいて立ち止まった初対面の相手から挨拶などされると、ゴクっとひとつ飲むくらいにはおどろく。

「だ、誰?」

 自殺しに来たはずの少女が、怖くてこの場から逃げ出したいと声を震わせる。すると相手はそれとなく左手を意味なく動かしながら言った。

「わたしはたくさんいる神の使いの一人、怖がらなくてもいいわ」

「神の使い?」

 なんだそれ、頭だいじょうぶ? と思いかけた。しかし少女はここまでの流れを無視できないから信じるしかない。空中から光が舞い降りてきて、それが人のカタチになって、そしていま話しかけているのだという事実は押し退けられない。

「神の使いが……なに? わたしに何の用? あなたの名前は?」

「一度にたくさんの質問されるのは好きじゃないわ。まず名前から言うと、わたしはアンキエ」

「そのアンキエがわたしに何の用?」

「最近ね、っていうかけっこう前からだけれど、自殺する者が多くて問題だと神さまたちが嘆いているのよね。死なせておけばいいって声もあるんだけれど、とりあえずチャンスは与えてやるべきじゃないか? という声が勝った。だからわたしはあなたの前に出てきたというわけ」

「チャンス?」

「とりあえず……手を合わせようか」

 アンキエが少女との距離を縮め、立てた左手をクッと前に出す。

「ん……」

「だいじょうぶ、確認するだけだから」

「確認?」

「そ、あなたのこれまでの人生すべてを」

「確認って……」

 少女は怖いと思ってイヤがる。するとアンキエから突っ込みを受けた。自殺しようと思っているくせに、なぜ今さら怖がるのか? のと。

「おかしくない? だって手を合わせるなんて飛び降りと比べたら怖がる理由なんかないはずだけれど」

「う、うるさいな、わかったわよ!」

 少女は仕方なく開いた右手を出した。そして薄い紫色の光を立てている相手の手とゆっくり合わせる。

「うん、わかった」

 手を合わせてから3秒くらいしか経っていないのに、そう言ってアンキエが手を離した。そうすると少女の方はちょっとおもしろくないから尋ねる。

「わかったって、何がわかったの?」

「まず、あなたの名前は臼井芽依、年齢は18歳。ただいまは両親と共暮らしで無職のフリーターという立場で……」

 それは自殺しようとしていた芽依にとってすごい衝撃だった。相手は淡々としたペラペラしゃべるが、知るはずのない事を全部言いあてるのだから。

「で、芽依の人生で重要な要素というのは……まず、親せきが多くてみんなから愛されて育ったにもかかわらず、生まれつき気が弱くて言いたい事がいえないってキャラだった。それにより芽依は0か100のどっちかでしか生きられないみたいな、いわゆる不幸体質につながっていく」

「ぅ……」

「で、芽依にとって大ごとのひとつだったのは、お父さんがいけなかったって事ね。学校の先生って仕事をやっているから、どこかしら上から目線。そしてモノの言い方がきつい。娘の芽依にしてみれば、理不尽に緊張させられた。ゆえにふつうの話もできない、したところで何も楽しくないとなった」

「ん……」

「で、芽依、小学生、中学生のときは色々あったけれど、なんとか乗り切れた。でも高校に入った時、目をつけられた。言いたい事が言えない、それイコールやさしい性格ってふるまっていたけれど、だからイジメてくる者が出現した。凄惨なイジメまではいかなかったけれど、ずいぶんと心をえぐられて、その結果として学校を中退。いうなれば芽依の人生にドロがついた」

「くぅぅ!!!」

「まぁまぁ落ち着いて、話を続けさせて。高校を中退した芽依にはこれといった目標がなかった。いや、ほんとうはあったかもしれない。だけど言いたい事が言えないって性格と、みんなから愛されて育ったことで自己顕示欲が強かった。ちやほやされたいって願望はあっても、コツコツ努力する持続力がない。親は芽依をやさしく良い子としか思わない。それをうざい! としても言いたい事がいえず、結局腹立たしい父親がああだこうだと決めたことに従うだけ。だけど従ってもやり通したことはなく途中放棄ばっかり」

「さすが神の使い、ほんとうにわかるんだね、まるでわたしの人生をずっと真横で見てきたみたいに」

「それで芽依は……」

「ちょっと待って!」

「なに?」

「ひとつ聞きたいわ」

「なに?」

「わたしは高1のときにイヤがらせされて傷ついたけれど、そんな風になるかもしれないって危険は小学校のときも中学のときもあったんだ」

「そうね、小6と中1の時に危ない感じがあったね」

「なんかね、けっこうな数の人が言うんだよ。いじめられる側にも責任があるって。それってどうなの? やっぱりわたしが悪いの? 神の使いからすればどういう判定を下すの? 教えてよ」

「そりゃぁ芽依が悪いよ」

「はぁ? だったら人を傷つけた方が得で幸せってこと?」

「そうじゃないよ、芽依が命を使わなかったからいけない」

「命を使う?」

「言いたい事を言おうとしなかった。やさしいとか勝手に思われても、それがイヤだと思ってもひっくり返すための努力や生き方をしなかった。自分を見下げている相手にはっきり意思表示しなかった。それで命を使ったとか言えるの?」

「ぅ……んぅ……」

「お父さんだってさ、まぁ、ちょっと問題はあったにせよ、娘と話がしたかっただけだよ。それのなにがいけないの?」

「あんなやつ嫌いだ。いっつもいっつも偉そうで、ふつうの会話をするときでさえ怖くて重圧をかけてきて、それでこっちがイヤがったらこっちを情けない人間だと決めて、こっちが素直に従うとやさしい子とか勝手な事を抜かすんだから」

「それくらいいいじゃん」

「はぁ? 人の気も知らないで勝手な事を……」

「芽依、カンペキな人間なんかいないって言ったら理解できる?」

「できるわよ」

「じゃぁ、カンペキな親もいないんだよ。だから芽依が命を使ってしっかり戦えばよかったんだよ。なんでそんなに偉そうなのか、なんでそんなに人をおびえさせるのか、なんでふつうの話ができないのか? と、お父さんと向き合えばよかった」

「弱いわたしがいけないっていうの?」

「いまのところはね、大体の話においてはね」

「あぁぁぁ、ふざけるなぁ!!」

 芽依、よっぽど哀しいのか、よっぽど悔しいのか、目にジワーっと涙を浮かべながら、発狂したかのように固い地面を何度も何度も踏みつけた。

「神の使いだからってバカにするな!」

「してないよ。それに芽依、現在の自分に問題がないとか言える?」

「え?」

「高校を中退した時は15歳でも今はもう18歳が終わりかけ。その間、芽依は何をしていた?」

「ぅ……」

「親にこうしろとか言われたら腹を立てるのに、イヤとは言えずそれにしたがって途中でリタイア。でもって考えることはみんなからチヤホヤされる事ばかり。それなら芽依が密かにやりたいと思っているエッセイと絵の披露でもやればよかった。でも自己顕示欲が強いのに行動力がなかったじゃん、今だにそれらをやっていない」

「ぅ……」

「ちやほやされたいけれど、バカにされるのが怖い、笑われるのが怖い、だから芽依はいつも想像ばかりしていた。明日から行動、明後日から行動、来週から行動、来月から行動、来年から行動みたいな感じで」

「アンキエ……」

「なに?」

「人の心をそんなにえぐってたのしい?」

「べつに楽しくなんてないわ。でもほら、こうなるのはすべて芽依のせい」

「わたしのせい?」

「芽依が弱いから、逃げてばかりだから、今この時間がある」

 芽依は何とも言えない感覚に陥った。泣くも喚くも発狂するも意味不明に笑う事もできず、生きる死人みたいに声を出せなくなる。

「芽依、いまのままじゃぁ芽依を愛し大事にしてくれた人たちの方が可哀想だよ。だってそうでしょう? 愛してあげたのに悪者扱いされるなんてたまったものじゃない。お父さんだって思うでしょうよ、泣きたいのはこっちだって」

 アンキエ、一度きれいな夜空を見上げてから顔を下ろし、どうせなら勝負してみたらどうかと言った。

「勝負?」

「これで人生かけた勝負をすればいい」

 アンキエはここでどこからともなく銃を芽依に差し出す。え? とおどろいて戸惑う芽依は説明を受ける。

「弾丸は2つ。一発が白で起死回生、まさに死中求活。これに当たると誰より芽依自身がびっくりするようなキャラチェンができるわ」

「キャラチェン?」

「そ、自己顕示欲とかそんなの抜きで、ただひたすらまっすぐなキモチで正直になって、そんな自分で突き進まなきゃ気が済まないって人間になれる。偽物のやさしさだって捨てられるわよ? だって生まれ変わった芽依はこう考えるから。成功するためなら他人を蹴落としても別にいいだろう、やさしさは自分が成功してから習得すればいいだろうってね。それこそ人生を勝利に導く正しい意識だよ芽依」

「で、でも……もう一発は?」

「もう一発は紫色の弾丸」

「それが出たら?」

「脳みそが吹き飛んで終わり、芽依の人生ジ・エンド!」

「そんな!」

「なんでおどろくの? なんで怖がるの? 芽依がこの場にいるのは自殺しに来たからでしょう? なんで今さらオドオドするの?」

 アンキエから銃を受け取った芽依、怖さから逃げるために思いついたことなのか、銃口を相手に向けて言った。

「いいこと思いついた」

「ん?」

「アンキエに一発撃って白が出たらあきらめる。でも紫が出たら、残る白を安心してわたしに向けられる」

「そんなのわたしに効かないよ。わたしがこの話で死んだら笑えない冗談でしかない。それに芽依、そういう弱いゆえの卑怯をやっていると自分を変えられないよ?」

「ん……」

「自殺しに来た芽依にしてみれば、50%の確率で起死回生ができる話はとっても魅力的なはず。それなのに行動出来ない、飛び降りもできない、じゃぁどうするの? この経験を胸にしまって家に帰る? でもきっとあれじゃない? 数日もすればこのときのキモチを忘れ、結局何にもできない自分に戻っているんじゃない」

「見損なうな、やってやる、やってやるんだから!」

 芽依、見くびられてたまるか! と銃口をおのれのこめかみに当てた。しかし引き金を引こうとすれば指が固くなり、体中がガクガク震えてしまう。

「芽依、今までなんども自分革命するってチャンスをつぶしてきた芽依、ひとつ言っておく。その銃を持てるのは今から1時間だけ。芽依が銃を撃とうが撃とうまいが、死中求活になろうが死亡しようが、1時間後すればその銃は芽依の手から消えてわたしに戻ってくる。だからどういう結果であれ、後悔しないようにね」

 言ったアンキエがクルっと背中を向けた。それは命がけの選択に取り組んでいる芽依を見捨てるようだった。

「ちょっと、どこに行くのよ……」

「どこって、他のところ。他の人のところ、そんな感じかな」

「何言ってんの? ちゃんと最後まで面倒見なさいよ!」

「芽依、他人も神さまも、そしてわたしも……芽依の人生にずっと付き合っているほどヒマじゃないんだよ」

「う……ぅ……」

「今から1時間、誰にもジャマされず必死になってみればいいよ」

 アンキエはそれだけ言うとスッとその姿を消した。浮かび上がらせていた光がパッと消えて、夜の屋上は本来の暗闇に戻る。そして芽依が銃口自分に向けえ震える姿だけが誰にも知られることなく続くのだった。

 誰も芽依の心を知らない。誰も芽依の心を知ろうとしない。誰も芽依のほんとうの心にかまってくれない。誰も芽依の内側を正しく理解してくれない。そして誰も、いまここで芽依が50%の勝負をしているって事実を知らない。

―そして1時間後―

 夜空に浮かびきれいな月を見つめていたアンキエ、自分の元に銃が返ってきたと手を見る。そうして中の弾丸を確認してから静かにつぶやいた。

「命を使ったのね、新しい人生のスタート、がんばれ芽依」 
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