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第二十一話 勧学院試験 ①

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騎士団長ルーカスとの対面から、一週間が経過した。

「いくら何でも遅くはないか?」

ヒースクリフは傍らに立つ少女に向かって、口にした。

彼らが今いるのは、ダンジョン奥の隠し部屋である。

そこはヒースクリフにとっては極めて謎の理由によって、温度が良好に保たれていたので、暇さえあれば彼はここに入り浸っていた。

彼は、この数週間、領主からの褒章の連絡を待っている。

山賊狩りの報奨金は帰り際に渡され、それは大した金額であったのだが、肝心の身分昇格の話が一向に来ない。

本来は、武功を挙げた者は即座にその労をねぎらわれるのが普通であるのにも関わらずである。

ヒースクリフは謎の物質で出来た、フカフカしている椅子に深く腰を下ろしながらも、イライラし始めていた。

ここまで座り心地のいい椅子は、勇者として最高の待遇を受けていた時にも、見たこともなかった気がするが、最早そんなことは無視することに決めていた。

後ろに控えながらも、暇そうに髪をいじっていた少女が反応する。

「役人の仕事が遅いことなど、いつものことではないですか」

ヒースクリフは後ろに首を回し、彼女を見上げて一瞥すると、不満そうな表情で言った。

「機械のお前に、何故そんなことが分かる?」

確かに機械で出来た少女であるニアは、その八つ当たりを華麗にスルーする。

「本で読みました。最近は優れた転写魔法が発明されたらしく、書籍の生産が盛んになっているそうですよ?」

(機械が本など読むのか……)

ヒースクリフは疑問に思ったが、触れなかった。

本題とは無関係な話題に話をそらされそうになっているのを感じたからだ。

「戦争と関係があるのだろうか」

社会においては農奴の倅に過ぎない、ヒースクリフの耳にも帝国との戦争が始まったという話は届いていた。

そのごたごたで論功行賞が無かったことになったのでは、という懸念を抱いたのである。

「まさか、これがその代わりではあるまいな……」

ヒースクリフの手元に握られているのは、一枚の紙片である。

紙は少し前までは高価きわまるものだったが、数十年前に大量生産の技術がダンジョンからもたらされたことにより、今では広く普及している。

彼の握るそれは、“勧学院”への受験票であった。

「勧学院か……」

ヒースクリフは手元の紙片を弄びながらつぶやく。

勧学院というのは、地方に設置された教育機関である。

主に貴族や有力者の子弟が入学し、剣術や魔術、算術などを身に着ける。

平凡な者は地方の小役人への道をなんとか開くことが出来、有望な者は中央への仕官すら叶うという。

農奴がそこへの受験を認められるというのは前代未聞のことであった。

グロスター伯爵は彼なりに、村を救った功績へ報いようとしたのである。

騎士団長ルーカスがここに居れば「彼はお役所仕事の学習機関になどやらず、直卒として鍛え上げるつもりだったのに!」と地団駄を踏んだであろうが、後の祭りだ。

「勧学院への受験資格というのは、かなりの狭き門だそうですよ」

ニアはそう言いながらも興味なさげだ。

「ならお前が受験すればいいだろう」

ヒースクリフはやり投げにそう言った。

「残念ながら私は“機械”なので受験できませんね」

言われたことを当てこするように、ニアは答えた。

「家族はこれを見て、すごく喜んでくれたが……」

ヒースクリフはそう言いながらも物憂げだ。

彼と家族の関係は襲撃以来、非常に微妙なものになっていた。

兄弟はヒースクリフに救い出された後、彼を虐めていたことを思い出して、距離を置くようになったし、母親も正体不明の力を見せたヒースクリフをどう扱っていいのか戸惑っているようだ。

腫れ物に触るとまではいかないが、彼は家庭内でのアンタッチャブル的存在になりつつあった。

「救われておいてその対応はないだろう……」とヒースクリフは思わないでもなかったが、人というのは全く未知のものよりも、知っていると思っていたものが実は全く異なる存在だった、と知ることを怖がるものなのである。

イーソン村のヒースクリフが、得体の知れない未知の力を持っていると知って、そこまで近しくない村人などは彼を英雄視する向きもあったが、最も近しいはずの家族はどこか不気味なものを見るような目線を彼にくれるようになった。

「ほとぼりが冷めるまで、ここに行っておくのもアリかもしれんな」

ヒースクリフは、勧学院の受験について真剣に検討を始めていた。





うろこ雲の浮かぶ秋空は、移ろいやすいが故に人々に好まれる。

あれよあれよという間に、三か月が経過していた。

ここは、グロスターシャー領の州都であるグロスターである。

行き交う人々は、すぐそばに迫った戦火にまるで気が付いていないかのように、普段通りの生活を営んでいた。

騒がしい広場には暇人共がたむろし、賑やかな市場には商人たちの威勢のいい客引きの声がこだまする。

そんな街の一画に、この日ばかりは緊張感に包みこまれた巨大な建築があった。

その門には厳粛にこう刻まれている、“勧学院”と。

更に門の前の立て札には、「本日受験者のための案内」が記載されていた。

いつもと変わらぬチュニックに身を包んだヒースクリフは、それを興味なさげに見つめる。

懐には、領主からの推薦による受験票が入っていた。

(まあ、俺が落ちるはずもないし、目立たない程度に手を抜くことだけ注意すればいいだろうな)

彼は一人、本気を出さないことを決心していた。

ヒースクリフが本気を出せば、主席を取ることどころか、この場で州都を陥落させることすら可能だろうが、それは彼の本意でない。

彼はなるべく早く、合法的に、隣国であるタルシス王国に渡りたいだけなのだ。

密航などしては、家族にも迷惑がかかることになるだろう。

(それにしても、周りは久しぶりに見るような金持ちばかりだな……)

ヒースクリフは自分の周りの受験生たちを観察した。

こちらへの好奇の視線、もしくは侮蔑の視線を隠していない彼らは、ほとんどが貴族である。

どちらかと言えば興味の色を強く宿している者たちは平民の有力家の子弟だろうか。

(前世のことを棚に置くようだが、貴族とはここまで平民を見下しているものなのか……)

あからさまにぶつけられる、貧相な格好をした自分を揶揄するような言葉に、ヒースクリフは内心苦笑した。

怒りは湧いてこない。

前世で自分がやっていたことだからだ。

試験前の緊張を、自分よりも劣るだろう者を貶すことで緩和しようとする人情も理解できる。

だが、見下される側の気分というのを、実感したのも確かだった。


(ふむ、なかなかこれは、不愉快なものだな)

ヒースクリフがそう思っていると、長い金髪をはためかせた、いかにも高価そうなドレスを纏った少女が近づいてきて、声をかけてきた。

「気に障ったら申し訳ないけど、あなた、もしかして受験生?」

ヒースクリフは彼女をちらっと見た。

(エリザベスほどではないが顔はかなり整っているな)

彼女を見て最初に抱いたのはそんな感想である。

実際、その少女の容姿は優れていた。

会場内でもひと際目を引く容貌に加え、その衣装の華美さからは彼女の実家の豊かさが伺われる。

「私はソフィア・フォン・ユニヴァ。父は公爵位を預かるバーガンディ・フォン・ユニヴァよ」

そう麗しい令嬢は続けて、優雅に一礼した。

ヒースクリフはそれを見て、慎重に返答する。

「そうです。貴族様」

ないとは思うが、こんなところで無礼討ちにされてはかなわない。

その場合に骸(むくろ)を晒すのは当然相手の方になるし、そうなっては面倒なことこの上ないのだ。

「私のことを貴族様なんて呼ぶ必要はないわ。勧学院の中では実力がすべて。少なくとも名目上はね。あなたが合格することを願っているわ」

それだけ言い残すと、令嬢は金糸のように美しい髪をなびかせて、去っていった。

「なんだったんだ……彼女は?」

ヒースクリフは貴族令嬢が話しかけてきた理由が分からず、一人困惑していた。

彼女が、質の悪い貴族たちに絡まれそうになっていた平民を助けようと、声をかけてきたことには気が付きもしなかった。

彼からすれば、質の悪い貴族など、前世のものに比べれば羽虫ほどの脅威にもならないのだから当然と言えば当然のことである。

ヒースクリフは彼女のことを思い返し、考えた。

(あなたが合格することを願っている、か。自分が受かるのは当然という態度だったな)

そして、人知れずニヤリと笑う。

「面白い。真面目に受けるつもりもなかったがこの試験、少しは本気を出すとするか……」
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