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第十六話 ちっぽけな勇気

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(山賊がこんなに村の近くに巣作りをするとはな……)

 ヒースクリフは、たむろする無法者たちの様子を木陰からうかがっている。

 辺りを漆黒の闇が満たす夜は彼に味方し、山賊たちには彼の存在を全く悟られていない。

 ほどよく酒も入っているのか、赤ら顔の者も多い。

 ヒースクリフは彼らの会話に耳をそばだてた。

 だが、実際そばだてるまでもなかった、ガタイが大きくいい気分になった彼らの声は無駄に大きかったのだ。

 無駄に仰々しい兜を被った筋骨隆々の大男が、周りに指示をしている。

(やつが頭目だな)

 ヒースクリフはそう思った。

 略奪品だろうその男の身に着ける装具は、まるで統一性がなく、ちぐはぐである。

「斥候はうまくやっているか?」

「へい、親分。この村もまるで警戒心がありやせん。金が無いから歩哨も立っていやしねえ。おあつらえ向けの鴨ってやつでさあ」

 頭目の前に立った禿げた小男はニタニタといやらしい笑いを浮かべている。

(これから行う略奪のことを考えて、笑いがこらえられないと言ったところか)

 ヒースクリフは小男の心情をそう推察した。

(まあ、俺が居る以上この村からはビタ一文奪うことはかなわんがな。数ある村々の中でここを選ぶとは、こいつらには山賊として致命的なほどに運が無いと見える)

 ヒースクリフは他人事のようにそう考えた。

 そして、そっと懐に入れていた短刀を取り出し、抜刀する。

(ようやくこれを使う時が来たな。初陣が汚らしい山賊だというのは堪忍してくれよ)

 それは彼が魔石の収入で手に入れた新品の武器である。

 流石に彼も木刀一本で剣士として身を立てるのは困難だと分かっていた。

(今回の山賊程度の防具ならともかく、一級の魔導装具というのは大したものだ。俺でも木刀で簡単に一刀両断するというわけにはいかない)

 逆を言えば、それは、鋼鉄で出来た良く鍛えられた武器を使えば、例えそれが刃渡りの短い短刀であろうとも、なんでも叩き斬ることが出来るという自信の表れだった。

(じゃあ、ちゃっちゃと始末するか)

 ヒースクリフは山賊たちの息の根を止める覚悟を、魚でも捌くかのように平然と決め、山賊たちの背後へと位置取りを始めた。

 こそこそと、彼らの後ろへと回り込む途中、山賊たちの会話が彼に衝撃を与えることになる。

「親分、こんなチンケな村にわざわざ隊を分ける必要あったんすか」

「馬鹿野郎。一人でも取り逃がせば、あっという間に俺らの顔が官憲に知られるだろうが。記憶転写魔法が発明されてから、こんなのはこの業界では常識だ。このド素人が!」

 それを聞き、ヒースクリフの額に冷や汗が流れる。

(……隊を分けただと。まずい!)

(もしや別動隊が既に村を襲っているやもしれん。くそ。無学な山賊どもが頭を使うわけがないと侮っていたか)

 ヒースクリフは焦り、もはや一刻の猶予もならじとばかりに山賊どもの目の前に飛び出した。

 背後を取るなどということは彼の頭の中から消え去っている。

 そして、男たちの群れに向かって一欠けらの躊躇いもなく叫んだ。

「貴様ら!ここから、生きて帰れると思うなよ。一人でも村の人に犠牲が出ていたら、貴様らには楽に死ぬことすら許さん」

 彼の顔は般若のように歪み、怒髪天を衝く勢いである。

 山賊たちはその彼を見て、まず困惑した。

 怒りをあらわにし、こちらを殺すと宣うその声の主は、明らかに子供だったからである。

 困惑の後に訪れたのは、怒りだった。

 山賊という彼らのライフワークでは、舐められることは致命的になりうる。

 例え、相手が子供であったとしても、少年の言動は彼らの中の越えてはいけない一線をはるかに踏み越えていた。 

「ガキが粋がりやがって!!」

「ひゃひゃひゃ。ガキが俺たちを殺すだと!」

「親分、やつを殺すよう命じてください!!」

 山賊たちの頭目は、指示を待つ子分たちに対して、少し躊躇(ためら)った。

 そのとき、彼の頭を過(よぎ)ったのは、敗北の可能性である。

 相手の子供にはまったく躊躇(ためら)いというものが見られない。

 十分な勝算をもってこちらに向かってきているようであった。

 不気味であると言うほかない。

 それでも、やはり相手を殺さねばどの道未来はないことも確かだった。

 そのため、結局は冷酷な指示をきっぱりと下す。

「殺せ」

 拠点にたむろしていた三十人ほどの男たちの中から、最も手近な背の高い男がヒースクリフに無造作に近づくと、山刀を振り下ろしてきた。

 他の男たちは動く様子が無い。

 ただ、いきなり襲い掛かった背の高い男を冷やかすように口笛を吹くなどしている。

(こいつら、俺を舐めているな)

 ヒースクリフは思った。

 そして、背の高い男が振り下ろした刀を直前で見切って躱すと、そのまま小刀を胸部に突き刺した。

 声も出さず、男は崩れ落ちる。

 遅れて、鮮血が迸(ほとばし)った。

 冷やかしていた男たちは驚愕を隠しきれず、彼らの間に痛いほどの沈黙の帳(とばり)が落ちる。

 今の一瞬のやり取りで、彼らもやっとヒースクリフの練度を見抜いた。

 彼らの命のやり取りのプロである、目の前の童子を見下す雰囲気は一瞬にして消え去り、残りの男たちが一斉に抜刀する。

(ふう。魔法使いはいないようだな。もし居れば真っ先に仕留めねば、俺でも手傷を負いかねん)

 対するヒースクリフには、敵に剣士しかいないことに安堵する余裕があった。

(まあ、今の俺に魔法を届かせるとすれば、そいつは宮廷魔導士級だろう。こんなちんけな盗賊団にいるはずもないか……)

 頭目の男は先ほどのやり取りでヒースクリフが見せた武技に衝撃を受け、自分の嫌な予感が的中したことに青くなる。

 が、それでも命令をはっきりと下した。

「どうした? やつを殺せ」

 山賊たちは「ウオー!!」と雄たけびをあげ、一斉に襲い掛かってくる。

 その姿にはさきほどまでの油断は無い。

 四方八方から突き出される刀や槍に対し、ヒースクリフの持つ短刀はあまりに無力に見えた。

 男たちの顔の余裕が戻る。

 しかし、すぐその表情は引きつることとなった。

「こいつっ!魔法使いだ!」

 彼らの渾身の力を込めた武器は、ガチンと音を立てて童子の数歩前で止まった。

 まるで目の前に、見えない壁でも存在し、少年を守っているのかのようである。

 無論、ヒースクリフの周囲に展開された障壁に阻まれているのだ。

「魔術位階第四位、対物理障壁だ。基本だぞ」

 ヒースクリフはにやり笑った。

「これが抜けないなら魔法使い相手には絶対に勝てん。おとなしく、廃業した方がいい」

 彼を取り囲んでいた男たちの顔色が真っ青になる。

 魔法使いと戦場で対面したら、並みの剣士に勝ち目などないのだ。

 魔法を切り裂く魔剣や、その腕前で魔法すら切り払うことの出来る達人でもない限り、魔法使いに勝つことは極めて難しい。

 不意を突くことが出来れば別だが、戦場で真正面から対峙してしまえば、剣士の命があるかどうかは相手の機嫌次第でしかなかった。

「そう怖がるな。俺はもう散々反省したんだ。平民を見下すのはやめたんだよ。だから──────手も抜かないぜ」

 ヒースクリフは急に真剣な表情になって言った。

「魔術位階第五位 焦土滅却」

 ヒースクリフが魔法を行使する。

 その場に、少年を中心とした紅蓮の炎が膨らんだかと思うと、辺り一帯を包み込んだ。

 山賊の拠点だった場所は、一瞬にして、焦土地獄と化す。

 暫くして、炎が消え去ったとき、辺りに残っているのは山賊たちの焼け焦げた死体だけだった。

 その地獄の光景を見ても、ヒースクリフは平然としている。

「ごほっ、ごほっ。こうなるからこの魔法は使いたくなかったんだがな」

 どうやら、炎と煙を吸い込んで気管がやられたらしい。

「さあ、あとはお前だけだな」

 ヒースクリフは苦しそうに掠れた声で言った。

 彼の魔法の範囲を外れ、生き残ったのは味方の背後に控えていた、頭目の男だけだ。

「すぐにお仲間のところに送ってやるよ。俺は失敗を反省して、今世では真面目に生きると決めたんだからな。人助けってやつさ。遠慮はいらないぜ」

 無駄に大きな兜を被った大男は、その風体に似合わない怯えた表情を浮かべている。

「……お前は、お前は一体なんなんだ!?」

 ヒースクリフはちょっと考えてから、応えた。

「“勇者”になる男さ」

 そして、脚部に魔力強化を掛け、一気に距離を詰めると、頭目の首を華麗に短刀で刎ねた。

 一切の抵抗を見せずに、男は倒れ伏す。

 首から兜がごろんと落ち、親分と呼ばれた男は永久の眠りについた。

 ヒースクリフはその様子に頓着することなく、大切なことを思い出したように走り出す。

 見据えるのはまっすぐに生家のある方角である。

「ちっ、思ったより時間を取られた。村が無事だといいが」

 そう言いながら、彼の脳裏に浮かんでいたのは、男勝りな母親と、どこか憎めない兄弟たちの姿だった。
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