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第3話 謝りたおす男
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アルファ氏は電車のホームに立っていた。
特に用事があってどこかに向かおうとしていたわけではない。
彼は今日、休みの日だった。
家にこもっていても退屈なので、どこというあてもなく、出かけようと思ったのである。
ちょうど行ってしまったところなのか、電車はなかなか来ない。
アルファ氏はイライラしてきた。
ちょっとホームを歩いてみることにする。
足を踏み外しては大変だし、彼も普段はそんなことはしないのだが、今日はちょっとそうしてみたい気分だったのだ。
春の風が吹き抜け、桜の花が舞い散る。
陽気がぽかぽかと空気を温める。
こんな日は歩き回るに限る。
彼にとっては休日だが、世間的には平日ということもあって、ホームは閑散としている。
彼は楽にすすんでゆくことが出来た。
そのうち、前方に異様な様子の男がうずくまっているのが見えてくる。
全身黒ずくめで、怪しげなボロボロの帽子を被り、血走った目でどこか空中を見つめているのだ。
アルファ氏はその男に近寄るのをためらったが、結局足は止めなかった。
あの男のせいで自分のしたかったことをやめるというのは主義に反する。
他人など気にしていては現代において大成することなどとても無理なのだ。
人に迷惑をかけても平然としているようなずぶといやつが成功する時代である。
時代の要求には従わねばならぬ。
彼は信念に従い、力強く歩を進めた。
近づいてみると、その男がぶつぶつと何かを言っているのが耳に入ってくる。
「すいません……すいません……すいません……」
どこへも焦点の合っていない目で、ただそれだけを呟き続けている。
アルファ氏はその男がきちがいであることを悟った。
ひたすらに中空へ向かって謝罪を繰り返す男がきちがいでないのなら、精神病患者などこの世にはいないだろう。
彼はすぐに逃げようと思った。
こんな男に進んで近づくのは愚者の行いである。
君子危うきに近寄らず、と昔の人も言っている。
時代の潮流に乗るのも大事だが、古人の言葉もよくよく大切にせねばなるまい。
彼は自身の主義をまげて、回れ右しようとした。
まだ数歩先に居る黒ずくめの男はまだ途切れなくブツブツ言っている。
「すいません……すいません……」
アルファ氏はそれをずっと聞いていると愉快なような気もしてきた。
人様に迷惑をかけても決して謝らないやつが多い世の中で、きちがいだけがひたすら謝っているというのはなんだか皮肉ではないか。
ユーモラスでもある。
現代社会の風刺としても捉えることが出来る。
アルファ氏は自分がひとかどの批評家になったような心地がした。
気が大きくなったアルファ氏は思いつく。
そうだ、今周りにもは誰もいない。
ひとつ、キチガイにからんでやれ。
意外と面白いことを言うやもしれぬ。
アルファ氏は予定を変更してその男に近寄っていく。
近寄ってみると男は色が青白く、頬は落ち窪み、今も尚すいません、すいませんと呟いていた。
顔が良く見える距離まで寄ってみると分かったことだが、その男はいくらなんでも異様すぎる。
その顔には一切の生気がなく、まるで死人だ。
彼は気味が悪くなり、慌ててまた引き返そうとした。
しかし、間に合わない。
その男は焦点の合わない目でアルファ氏の動きを追いかけると、飛びかかってくる。
彼はあっと叫ぶまもなく押さ倒され、首筋を噛みつかれた。
男の口元からは鋭く尖った大きな犬歯が覗いている。
アルファ氏はしばらくジタバタしていたが、すぐにこと切れ、水分をまったく失った干からびた死体になった。
そのうち、青白かった男の顔は血色が良くなり、すっかり元気を取り戻す。
そして、自分がしてしまったことに青くなって言った。
「ああ、また吸血衝動を抑えられなかった……次こそ人の血を吸うのを我慢しなくては……」
そう言って自分に言い聞かせるように繰り返すのだ。
「吸いません……吸いません……」
特に用事があってどこかに向かおうとしていたわけではない。
彼は今日、休みの日だった。
家にこもっていても退屈なので、どこというあてもなく、出かけようと思ったのである。
ちょうど行ってしまったところなのか、電車はなかなか来ない。
アルファ氏はイライラしてきた。
ちょっとホームを歩いてみることにする。
足を踏み外しては大変だし、彼も普段はそんなことはしないのだが、今日はちょっとそうしてみたい気分だったのだ。
春の風が吹き抜け、桜の花が舞い散る。
陽気がぽかぽかと空気を温める。
こんな日は歩き回るに限る。
彼にとっては休日だが、世間的には平日ということもあって、ホームは閑散としている。
彼は楽にすすんでゆくことが出来た。
そのうち、前方に異様な様子の男がうずくまっているのが見えてくる。
全身黒ずくめで、怪しげなボロボロの帽子を被り、血走った目でどこか空中を見つめているのだ。
アルファ氏はその男に近寄るのをためらったが、結局足は止めなかった。
あの男のせいで自分のしたかったことをやめるというのは主義に反する。
他人など気にしていては現代において大成することなどとても無理なのだ。
人に迷惑をかけても平然としているようなずぶといやつが成功する時代である。
時代の要求には従わねばならぬ。
彼は信念に従い、力強く歩を進めた。
近づいてみると、その男がぶつぶつと何かを言っているのが耳に入ってくる。
「すいません……すいません……すいません……」
どこへも焦点の合っていない目で、ただそれだけを呟き続けている。
アルファ氏はその男がきちがいであることを悟った。
ひたすらに中空へ向かって謝罪を繰り返す男がきちがいでないのなら、精神病患者などこの世にはいないだろう。
彼はすぐに逃げようと思った。
こんな男に進んで近づくのは愚者の行いである。
君子危うきに近寄らず、と昔の人も言っている。
時代の潮流に乗るのも大事だが、古人の言葉もよくよく大切にせねばなるまい。
彼は自身の主義をまげて、回れ右しようとした。
まだ数歩先に居る黒ずくめの男はまだ途切れなくブツブツ言っている。
「すいません……すいません……」
アルファ氏はそれをずっと聞いていると愉快なような気もしてきた。
人様に迷惑をかけても決して謝らないやつが多い世の中で、きちがいだけがひたすら謝っているというのはなんだか皮肉ではないか。
ユーモラスでもある。
現代社会の風刺としても捉えることが出来る。
アルファ氏は自分がひとかどの批評家になったような心地がした。
気が大きくなったアルファ氏は思いつく。
そうだ、今周りにもは誰もいない。
ひとつ、キチガイにからんでやれ。
意外と面白いことを言うやもしれぬ。
アルファ氏は予定を変更してその男に近寄っていく。
近寄ってみると男は色が青白く、頬は落ち窪み、今も尚すいません、すいませんと呟いていた。
顔が良く見える距離まで寄ってみると分かったことだが、その男はいくらなんでも異様すぎる。
その顔には一切の生気がなく、まるで死人だ。
彼は気味が悪くなり、慌ててまた引き返そうとした。
しかし、間に合わない。
その男は焦点の合わない目でアルファ氏の動きを追いかけると、飛びかかってくる。
彼はあっと叫ぶまもなく押さ倒され、首筋を噛みつかれた。
男の口元からは鋭く尖った大きな犬歯が覗いている。
アルファ氏はしばらくジタバタしていたが、すぐにこと切れ、水分をまったく失った干からびた死体になった。
そのうち、青白かった男の顔は血色が良くなり、すっかり元気を取り戻す。
そして、自分がしてしまったことに青くなって言った。
「ああ、また吸血衝動を抑えられなかった……次こそ人の血を吸うのを我慢しなくては……」
そう言って自分に言い聞かせるように繰り返すのだ。
「吸いません……吸いません……」
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