魂の封術士

悠奈

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第十章

第四十九話

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「ん?  おじさんじゃん」
  一希と咲姫ちゃんは受験勉強。咲姫ちゃんのお兄さんと弟は私のことが見えないので、夜は必然的に暇になる。今は真夜中。誰も起きていない。
  こういうときは雲谷の町をぶらぶらする。野良犬と遊んだり(一方的に)、日の出を見たり。もう日課になっちゃった。
「おっじさーん」
  幽霊になってからフットワークがめちゃめちゃ軽い。あっちこっちへふらふらできるのが大きなメリットだ。
「やっほー!」
  宙返りをしながらおじさんの顔の前へ現れる。これも幽霊になってから身に付けた技。最初の方は足を使って歩く振りとかしてたけど、今は一希達がいない場所ではこんな感じになってしまう。
「なにしに来たの?」
  おじさんかなにか言うより前に騒ぎ立てる。端から見るとおじさんは一人でびっくりしていると思うとちょっと面白い。
「なんだ南帆か。用事があるっていうか、あの嬢ちゃんのところにいつまでも一希を置いておくわけにもいかなくてな……」
「それにしてはこそこそしてるじゃん。こんな時間なのもおかしいし」
「…………」
  図星だったようで、おじさんは肩をくすめた。
  おじさんは雲谷ではなく水原に帰った。一年近く放置した家の整理とか掃除とか、色々やらなきゃいけないらしい。それで一希を咲姫ちゃんのところに置いて行ったのだ。
「一希は、待ってると思うよ」
  おじさんは意外そうな顔をする。
「なんでそう思うんだ?」
  迷わず返す。
「あいつはおじさんに置いていかれる度に、悲しそうな顔するから」
  十年近く一緒にいたからわかる。おじさんがすぐにいなくなるせいで、あいつが辛い思いをしてきたのも。
  見ていられなくなって、手を出したのは私。
  おじさんのことはよく知らないけど、好きじゃない。
  遠くにうっすらと見える山から、日が登ってきた。辺りがオレンジ色に染まっていく。
「私、もうそろそろ帰るね。……またね、おじさん」
  素直に「またね」と言えなかったのは……。まあいいや。今はこんなこと、考えたくない。
  おじさんは未だに、「魂の呪術士」の正体を黙っていた。

 * * *

  咲姫ちゃんも、咲姫ちゃんのお兄さんも色々迷ってるみたい。
  私を、どうするべきなのか。
  前に十羽さんが話していたのを聞いたことがある。
  魂の呪術士の目的は、守り姫と呼ばれる女性の、死際の再現。彼女の兄が栄華を誇った時代を、もう一度繰り返すおまじない。
  どうしてそれを、今更しようとしているかまではわからない。長い時間が経って、過程は消えて、目的だけが残ったのかもしれない。
  そのお姫様がなにをして、どんな風に死んだのかは、咲姫ちゃんが教えてくれた。
  知ってしまったのだ。私が成仏してしまうと、次はあいつに刃が及ぶ。
「はあ……。どうするかなぁ……」
  私だって、このままではいられない。弘君みたいにはなりたくない。
  できるなら、ちゃんとお別れしたい。
  足音がした。この歩き方はあいつだ。
「ずっきーお帰り」
  心底驚いた顔。今日は私がしてやった。
「ただいま……って、なんで通学路で待ち伏せしてんの」
「別にいいでしょー!  あくびが出るくらい暇なんだから」
  互いに軽口を叩きながら歩く。あ、私は歩いてはいないね。なんて言えばいいんだろ。
「お父さんとは話した?」
  その単語を出しただけで、空気が重くなる。
「いいや、まだ」
  わかってた。そう答えることは。
「あの人、よくわからないんだよ。今もどこにいるかわからないし」
「おじさんは水原にいるよ」
  答えはなかった。信じてないのかも。
  すっかり無言になってしまった。そのままアスファルトで舗装された道を歩く。
  なにか聞こえてきた。子供の、泣き声。
「一希、あそこ」
  視線の先にいたのは、六歳くらいの男の子だった。──見ればわかる。幽霊だ。
「たまにいるんだよ、ああいう魂。自我を持っていないのはそのうち成仏するけど、あれは多分、一人じゃ帰れない」
  こういう世界に入ってもうすぐ一年。一希はもう、教えられなくても経験でわかるものがあるそうだ。
  魂の元へ向かう後ろ姿を、私はただ見つめることしかできない。
「お兄ちゃん、誰?」
  男の子が顔を上げた。
「うーん……。誰って聞かれると難しいんだけど……」
  そこは素直に名乗っちゃえばいいのに。なんの拘りなんだろ。
「帰り道、わかる?」
  男の子は首を横に振る。
「どこに行きたい?」
「……お空」
  自分がどうなっているのかは、ちゃんとわかっていたみたいだ。
  私が見ていたのは背中だから、一希がどんな顔をしているのかはわからなかった。

  男の子は成仏した。一希が、帰り道を教えてあげたから。
「綺麗だね」
  そう言うと一希は首をかしげる。
「綺麗って言われてもなあ」
「私にはそれ以外の言葉が見つからないんだよ」
  国語の成績だけはいっつも悪かった。一希よりも悪かった。勉強はあいつよりもできたけど、これだけは私が劣っていた。
  こういうときに、自分の語彙力のなさを実感する。

  一希の術は、本当に綺麗だと思う。
  それも、誰にもできない凄いこと。

  だから私は、彼に使ってほしい。
  他でもない、私だけのために。

「ねえ一希。私、皆のところにいこうと思う」

  一希はなにも言わない。
  わかってた。こいつがこういう反応をすることくらい。
  次にそう答えることも。
「……わかったよ」
  ほら、やっぱり。
「ねえわかってる?  私消えちゃうんだよ?」
  そっけない反応をされたのが悔しくて、思わず大袈裟に言ってしまう。ついでに頬をつねっておいた。
「わかってるわかってる……。俺だけで騒いでるみたいに見えるからやめて……」
  実体はないから触られている感覚はないはずなんだけど、やっぱり痛いような錯覚があるみたい。
  嬉しかった。
  楽しかった。
  このときばかりは、そんなことを思っていた。
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