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第六章
第三十三話
しおりを挟む今までの奴等は、そんなことは言わなかった。
自分からそれを望んだのは、時間切れを悟った樹だけ。
しかし彼女は、自分からそれを望んだのだ。誰に言われたわけでもない。勿論、俺はそんなこと話題にも出していない。
「今枝君……」
咲姫が制服の袖を引っ張ってくる。さすがに時間がまずい。
「あ、あのさ平川。今急いでるから、また後でな」
それだけ言って、逃げるようにその場を去った。
* * *
これは一体どういうことなんだ。
別に彼女の意思をおざなりにするつもりはない。けどなんだろう。凄い違和感……。
学校からの帰り道をたどりながら、悶々と考えた。
それとは別に、今回ばかりは即成仏っていうわけにはいかない事情がある。
事件の日、俺と南帆は魂に襲われた。それが他の奴等の魂で、彼等も同じように襲われたと仮定すると、ある事実が浮かび上がる。
最初に殺された平川は、犯人の顔を見ているかもしれない。
犯人が見つかったところで、法で裁く方法がないのはわかってる。けどそれじゃあ、自分が納得できない。
……もしそれで犯人が見つかったら、俺はどうするんだろう?
いくら考えても、明確な答えは出なかった。
「一希」
名前を呼ばれて我にかえる。いつの間にか今朝彼女に会った場所まで来ていた。
「ご、ごめん平川。まさかずっとここに?」
彼女は鼻を鳴らしながら答える。
「当たり前じゃない。またあんたと会おうと思ったら通学路に潜伏するしかないもの」
それはすいませんでした……。
なんでこいつはいっつもツンケンしてるんだ。
あのクラスで唯一最後までわかり合えなかった彼女との会話は、かなりぎこちない。
「朝の子は?」
咲姫のことを聞かれる。
「ああ、あいつはもうすぐ来ると思う。さっき部活の後輩に捕まってた」
自分一人だといささか不安だったので、彼女も一緒に平川から話を聞こうとしていたが、彼女は連れていかれてしまった。部活はとうの昔に引退したはずだが、そこそこ強い咲姫はたまに指導してくれと言われるらしい。
あまりにも平川を待たせると怒られそうだったので、俺だけ先に帰ることにした。
「とりあえず移動しよう。傍目には俺が一人で喋ってるように映るし……」
「ふーん。細かいこと気にするのは変わらないのね」
「へー。綾ちゃん学級委員だったの? すごー……」
ようやく解放された咲姫が、感嘆の声を漏らす。クラスでは決して目立つタイプじゃない彼女からしたら、珍しいのだろう。
移動した先はいつもの神社。ここの中にまで入ってくる人は、全員ある程度事情を知っている。
「別に凄いなんてものじゃないわよ。たった七人のクラスだったんだから」
そんなことないと思うけどな。あのクラスを纏められるのはコイツくらいしかいなかった。
素直に口に出すと、またなにか言われそうなので黙っておく。
彼女──平川綾は、水原中の学級委員だった。成績も一番良く、県で一番の高校を受験しようとしていたくらいだ。
「そういえばあんた、成績はどうなの?」
「…………」
成績のことなんか考えるんじゃなかった。こいつは、最下位争いをしている俺と穂積のことを見下している。多分。
「水原のときほど悪くないよ。水原のレベルが全体的に高かったというか」
「ふーん」
「興味ないなら聞くなよ……」
完全に平川のペースに呑み込まれているのがおかしいのか、咲姫はかすかに笑っている。悔しい。
「成績の話はそれくらいにして、綾ちゃんあの……」
「ああ、その話ね」
平川はあっけからんとして言う。
「気持ちは変わっていない。私は早く成仏したい」
真剣な顔をしてそう言う彼女を疑うことはできなかった。
「本当にいいの?」
平川はうなずく。
「ええ。頭の中に、『急がなきゃ』って響いているの。理由は……わからない」
本人にもわからないのなら、それ以上追及することはできない。
意を決して、別の話題を振る。
「その話に関しては、こっちでどうにかできるんだけど、一つだけ聞いていいか?」
「なに?」
次の言葉は、なかなか出てこなかった。緊張してしまい、心臓が音をたて始める。
「──……お前は、事件の犯人を知っているのか?」
平川は目を見開いている。
少し驚いただけで、次の言葉までの時間はそれほどなかった。
「そう。あんたは知らなかったのね」
「ああ。……わかってると思うけど、あれは『普通』の事件じゃない」
もしかしたら、これで事件の真相に近づけるかもしれない。
心臓が鳴り止まない。うるさい。早くしてほしい。
「ええ。知ってるわよ」
期待していた通りの答え。
──ではなかった。
「それは──」
平川は不思議そうな顔をして、もう一度口を開く。
「────」
だがしかし、意味のある単語は発せられない。
やがて咲姫が「ああ、そうか」と呟いた。
「事件のことは、今枝君にも関係してるもんね。もしかしたら、言えないのかも」
本来、俺達と平川──生者と使者は、交わることができない存在だ。だから、俺達が知り得ない情報は伝えられないのかもしれない。
半年ほど前の美也さんのケースは、彼女が俺達と生前に関わることがなかったからこそ、あんなに話すことができたのだ。それにあれは、ごく個人的な話だった。
「全く役に立たなかったわけね。……ごめんなさい」
俺が相当落ち込んでいたのだろうか、素直に謝られる。見透かされたようで複雑だが、そんなことはどうでもいい。
「いや、いいよ。気にしなくて」
そう言うしかなかった。
気まずい静寂が流れる。誰も、なにも言わない。
「ねえ一希。これ以上言うことがないなら、私を──」
綾の言葉を、誰かが遮った。
「綾! 待って!」
必死そうなその声は、空から降ってきた。
「綾は絶対に、連れていかせない」
今すぐにでも泣き出しそうなほどに歪められた南帆の顔は、忘れられそうにない。
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