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最終章 君を探して
3・涙の再会
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「本当に佳奈なのか?」
時を超えた先で、母に向かって和宏が問いかける。
「うん」
和宏の言葉に、彼女はしっかりと頷いた。
「何がどうなってこうなっているのか分からないけれど、ひとまず無事でよかった」
そう言うと和宏は、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
あの日、離れ離れになってからとても心配していたのだ。
相変わらず涙もろい和宏を見て、優人は彼のポケットに手を突っ込んでハンカチを取り出すと、その頬に押し当てる。
「お兄ちゃんは相変わらず、泣き虫ね」
母はそう言うと、クスリと笑う。
それでも、最愛の人を失ったばかりの顔は煤《すす》で汚れていて哀愁が漂っていた。
「これからどうする?」
と和宏。
彼は事件の真相に辿り着いた優人に、この先のことを一任する腹づもりのようだ。
「やるべきことは三つ。今がどうなっているのか確認すること。本家へ行くこと。そして片織さんに会うこと」
「片織さんって?」
と母。
和宏が新聞社の女性の兄だと伝えると、複雑な表情をする。
父に何があったのか話さなくてはならないと思ったのであろう。
「こんな恰好じゃ、電車に乗れないね」
と汚れた衣類を見て肩を竦める母に、
「友達に車出してもらうから、待ってて」
と優人。
その後友人の平田に迎えに来てもらい、自宅まで送って貰ったが、
『俺は便利屋か?』
と嫌味を言われた。
いつものことではあるが。
それもまた、仲が良いから言えることだ。
「焼死体の記事、無くなっているね」
自宅マンションにつくと、母にシャワーを勧め優人と和宏はPCのモニターを覗き込む。
「これが新たな未来というわけか」
そこへ風呂場から母が戻ってくる。
「お風呂先に、ありがとう」
和宏のハープパンツとシャツを借りた母は、以前よりも若く見える。
元々若見えの母だ、肩の荷が下りて少し楽になったのかもしれない。
優人は冷蔵庫を開ける彼女にチラリと視線を向けると、
「残念だったね」
と和宏に耳打ちをする。
彼は眉を寄せると、
「違うし」
と言って、殴るふりをした。
「優人こそ良かったじゃないか。雛本一族の男児には、一族内での婚姻の義務はない」
それは恋人との婚姻が可能なことを言っているのだと思う。
しかし……
「俺は義務を果たすよ」
自分だけが自由になりたいとは思わなかった。
和宏に自分の気持ちを告げれば、悲痛な顔をする。
「なんで……」
「兄さん。風呂」
今にも泣きだしそうな顔して言葉に詰まっている彼に、優人はバスタオルを押し付けた。
わかっているのだ。
兄、和宏が誰よりも自分の幸せを願ってくれていることくらい。
風呂場へ向かった兄に代わり、
「また、お兄ちゃん泣かせた?」
と優人の座る椅子の背もたれに手をかけ、PCモニターを覗き込む母。
「酷いなあ」
思わず苦笑いをする優人。
「兄さんには、もっと自分の幸せを考えて欲しいよ」
椅子をくるりと母の方へ向けると、彼女がため息をつくのが分かった。
「あなたたちは似たモノ同士ね」
「そう?」
とぼける優人に彼女は肩を竦める。
「ねえ、何があったの?」
急にトーンを変えた優人に、彼女がハッとした表情を見せた。
「あの人、結城さんと言ったかしら。議員の事件があった翌日うちに訪ねてきたの」
どうやら新聞社の女は雛本一族の謎について調べようとしてたらしい。
「あなたが覚えているかはわからないけれど、十年前に殺されたあの議員は雛本一族の女性と婚姻していたのよ。結城という女が彼のあることに気づいたことが全ての始まりだったみたい」
時間にして十年前。
自分たちにとっては六年前の出来事。
「一族の女が制裁……責任を取らされたことは覚えている?」
「それはなんとなく」
昔のことだから忘れたのではない。
”責任”という名の時渡をさせられたことで、記憶から抜け落ちていることも多々あるのだ。母がいろんなことを覚えているのは『始祖の直系』というのが大きいとは思うが、それ以外の要因もあるように感じていた。
時を超えた先で、母に向かって和宏が問いかける。
「うん」
和宏の言葉に、彼女はしっかりと頷いた。
「何がどうなってこうなっているのか分からないけれど、ひとまず無事でよかった」
そう言うと和宏は、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
あの日、離れ離れになってからとても心配していたのだ。
相変わらず涙もろい和宏を見て、優人は彼のポケットに手を突っ込んでハンカチを取り出すと、その頬に押し当てる。
「お兄ちゃんは相変わらず、泣き虫ね」
母はそう言うと、クスリと笑う。
それでも、最愛の人を失ったばかりの顔は煤《すす》で汚れていて哀愁が漂っていた。
「これからどうする?」
と和宏。
彼は事件の真相に辿り着いた優人に、この先のことを一任する腹づもりのようだ。
「やるべきことは三つ。今がどうなっているのか確認すること。本家へ行くこと。そして片織さんに会うこと」
「片織さんって?」
と母。
和宏が新聞社の女性の兄だと伝えると、複雑な表情をする。
父に何があったのか話さなくてはならないと思ったのであろう。
「こんな恰好じゃ、電車に乗れないね」
と汚れた衣類を見て肩を竦める母に、
「友達に車出してもらうから、待ってて」
と優人。
その後友人の平田に迎えに来てもらい、自宅まで送って貰ったが、
『俺は便利屋か?』
と嫌味を言われた。
いつものことではあるが。
それもまた、仲が良いから言えることだ。
「焼死体の記事、無くなっているね」
自宅マンションにつくと、母にシャワーを勧め優人と和宏はPCのモニターを覗き込む。
「これが新たな未来というわけか」
そこへ風呂場から母が戻ってくる。
「お風呂先に、ありがとう」
和宏のハープパンツとシャツを借りた母は、以前よりも若く見える。
元々若見えの母だ、肩の荷が下りて少し楽になったのかもしれない。
優人は冷蔵庫を開ける彼女にチラリと視線を向けると、
「残念だったね」
と和宏に耳打ちをする。
彼は眉を寄せると、
「違うし」
と言って、殴るふりをした。
「優人こそ良かったじゃないか。雛本一族の男児には、一族内での婚姻の義務はない」
それは恋人との婚姻が可能なことを言っているのだと思う。
しかし……
「俺は義務を果たすよ」
自分だけが自由になりたいとは思わなかった。
和宏に自分の気持ちを告げれば、悲痛な顔をする。
「なんで……」
「兄さん。風呂」
今にも泣きだしそうな顔して言葉に詰まっている彼に、優人はバスタオルを押し付けた。
わかっているのだ。
兄、和宏が誰よりも自分の幸せを願ってくれていることくらい。
風呂場へ向かった兄に代わり、
「また、お兄ちゃん泣かせた?」
と優人の座る椅子の背もたれに手をかけ、PCモニターを覗き込む母。
「酷いなあ」
思わず苦笑いをする優人。
「兄さんには、もっと自分の幸せを考えて欲しいよ」
椅子をくるりと母の方へ向けると、彼女がため息をつくのが分かった。
「あなたたちは似たモノ同士ね」
「そう?」
とぼける優人に彼女は肩を竦める。
「ねえ、何があったの?」
急にトーンを変えた優人に、彼女がハッとした表情を見せた。
「あの人、結城さんと言ったかしら。議員の事件があった翌日うちに訪ねてきたの」
どうやら新聞社の女は雛本一族の謎について調べようとしてたらしい。
「あなたが覚えているかはわからないけれど、十年前に殺されたあの議員は雛本一族の女性と婚姻していたのよ。結城という女が彼のあることに気づいたことが全ての始まりだったみたい」
時間にして十年前。
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「一族の女が制裁……責任を取らされたことは覚えている?」
「それはなんとなく」
昔のことだから忘れたのではない。
”責任”という名の時渡をさせられたことで、記憶から抜け落ちていることも多々あるのだ。母がいろんなことを覚えているのは『始祖の直系』というのが大きいとは思うが、それ以外の要因もあるように感じていた。
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