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最終章 君を探して

1・父との別れ

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 二人が玄関のドアを開けると片織が持っていたキャリーケースがそこに鎮座していた。優人が軽く持ち上げようとしたら、結構な重量。
 中には書類やノートパソコンなどが入っているのかもしれない。
 靴箱の上の時計を見ると、あの日自分たちが家に向かった十分ほど前。急がなければならない。

「なあ、優人。本当にここにカナがいるのか?」
「大丈夫だから、俺について来て」
 優人は頭の中で間取りを確認する。
 確かあの日は、リビングから庭へ出られる大きな窓が開け放たれていて、そこから母の声が聞こえたから自分たちは林へ引き返したのだ。
『和宏! 優人を連れて逃げなさい。早く』
 その声がした時、母は林から来た自分たちにとって死角にいた。
 声の後に母の姿が見えたのだ。
 燃え盛る炎。あれは本当に家の中からだったのだろうか?
 だとしても、一体誰がどうやって?

 そんなことを思いつつリビングへ向かうと、母が父に縋りつき嗚咽を漏らしている。やはり父を助けることは不可能なのだと優人は察した。
「母さん!」
 優人が状況を把握しようとする脇を、和宏が通り過ぎる。
 父の隣には女性が横たわっていた。
 こちらはもう、息はないのだろう。

──やはりそうだったのか。
 この家から出た遺体は二体。
 父と新聞社の女の遺体だ。

 雛本本家の者が遺体を確認し、優人たちの父母と断定した。
 早急に葬儀を済ませようとしたあたり、何か策略を感じてはいる。
 全員ではないものの、もう一人の遺体が母のものではないと気づいた者がいたはず。その後、一族が共犯となってそう演出したのかもしれない。
 真実は闇の中。

 そして母は一人で時を超えた。
 だが無事に渡ることはできなかったのだ。
 図書館での焼死体は母のものに違いない。
 兄が一瞬見たという人影はきっと虫の知らせというやつで彼の錯覚だと思っている。

「和宏……優人」
「父さんは?」
 和宏が母の隣に膝をつき、横たわる父の顔を覗き込んだ。
 まだ息はあるようだが、長くはないだろう。

 雛本本家での話を聞いて思ったことは一つ。
 当時は『雛本優麻』を守るのが一族の使命だったということ。
 彼女に役目を果たさせるために。
 きっと父はこうなることも覚悟していたに違いない。

「和くん、死んじゃいや。わたしをおいて逝かないで……」
 ぎゅっと父の手を握る母。その母の背中を撫でる兄。
 優人はその様子をじっと見つめていた。
 父が優人の方へ視線を移す。
 何かの指示を受けた和宏が、立ち上がるのが分かった。

「お父さん」
 母の腕を掴み父から離れる和宏が、灰皿をおきカーテンに火を放つのが見える。この家には喫煙者はいなかったはずだ。
「あの子を頼む」
「うん」
「僕は守ってあげられなかった」
「大丈夫。俺たちが守るから」

 きっとあの時もこうやって未来から来た自分たちが、父と約束を交わしていたに違いない。
 しかしあの時の俺たちは、選択を間違えたのだ。

「愛してると伝えて欲しい」
「うん。ちゃんと未来に連れていくから」
 優人の頬を涙が伝う。
「行くんだ」
 父の言葉に優人が立ち上がろうとした時、
「和宏! 優人を連れて逃げなさい。早く」
と母の声がした。
「母さんは?」
「まだ。わたしにはやることがあるの。それを終えたらあなたたちを追うから」
そう言うと、母は一歩踏み出し林の方へ視線を向けた。
 恐らく、今外には過去の自分たちがいるはずだ。
 そうこうしているうちにも母は玄関の方へ向かう。

「優人」
 困惑する兄の声。
「ここはお父さんに任せよう」
 新聞の記事では出火場所は父の遺体の近くと判定されていた。
 あれが真実かどうかわからないが、この後何か起きるのは確かだ。
「林から見ている俺たちに気づかれないように、キッチンを抜けてドアの向こう側へ回ろう」
 優人は兄の腕を掴むとキッチンを周り廊下に出る。
 母が必死にキャリーケースを持ち上げる姿が視界に入った。
「兄さんは、俺たちの靴を持って!」
「どうする気なんだ?」
「お母さん……ううん、お姉ちゃんを手伝うよ!」
 優人の目には驚愕する兄の顔をが映っていたのだった。
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