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5 未来を託された少女
15・その少女
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議員が事件に巻き込まれた日、雛本佳奈は、母からメッセージを受け取った。
彼女はK学園高等部一年に所属し、自分が兄や弟と本当の兄弟であることを知らずに育つ。もちろん母や父との関係も知らないままだ。
幼いころから面倒見の良い兄のことは大好きだった。
初恋の相手も兄。
中学生になったばかりの弟は、自分や兄を慕ってくれており昔からとても素直で可愛い。なんでもすぐに真似をする弟だが、とても器用で賢く何をしてもすぐにできるようになるような子であった。
父母が忙しく家を空けることが多いことから、自分や兄を親代わりに感じているところもあり、二人に何かを褒められると凄く喜んだ。
兄は兄らしくあろうといつも頑張っていた。
すぐに弟に抜かれてしまうので、時にプライドを傷つけられることもあったのだろう。初めは複雑な表情をしていたが、自慢の弟とシフトすることで変わらない関係を築いていたように思う。
そんな兄を自分はいつでも心配していた。
可愛い弟。優しい兄。
どこにでもいる、普通の仲の良い兄弟。
……だったなら、きっとこの先も幸せだったに違いない。
残念ながら自分たちは『時を渡る能力』を持った異能力持ちの一族。
母はその中でも類稀に見る能力の持ち主であり、自分もまた高い能力を持っていると教えられた。
そのため『時を渡る』時は必ず真ん中にいるようにと注意を受けている。
だが、その意味を知ったのはこの日が初めてであった。
メッセージの文面には『大切な話があるから、早退して。担任には話してある。和宏と優人に気づかれないように裏門へ』と書かれている。
佳奈はバッグを持つと、あまり生徒が使わない階段を使い靴箱へ行き遠回りをして裏門へ向かった。
一族で最も力があると言われている、母。
しかしその理由も、その根拠も聞かされたことはなかった。
自分はそんな母の血を引いているから高いのだとこの時まで思っていたのだ。
「佳奈、乗って」
裏門へ行くといつも佳奈たちを送ってくれているワゴンが止まっている。
緊迫した表情の母。
一族に危機が迫っているのだろうかと感じた。
『時渡』の力は簡単に使うことはできない。
未来にいると思われる一族の祖先がどうやってこの能力を手に入れたのかは不明だが、この力は悪しきことには使ってはいけないという掟がある。
一族を守るためだけに使うことのできる能力。
そして一人で使うことには危険が伴う。
家族や兄弟の絆の力が必要な能力なのだ。
母の車のカーナビからは要人の事件についてのニュースがひっきりなしに流れていた。一族の中には既に記憶から消失してしまった者もいるようだが、時渡の能力が高いと言われていた佳奈はまだ覚えている。
この人はかつて、一族の中の者と婚姻していた人物だ。
母はまだ覚えているのだろうか?
『一族の者に制裁が科せられた』
父から家族に告げられた事実は、あまりにもショックが大きかった。
あの日、佳奈は食事が通らなかったほど。
一人で何処かへ『時渡』をした一族の女性。きっと生きて渡ることなどできないだろう。どこかの時間へ出ることすら難しいとされているのだから。
ほどなくして、父も兄弟もこの要人が彼女と婚姻していた事実に対する記憶を失った。
こんな風にして一族を守って来たのかと思うと、胸が苦しい。
今回の女性は掟を何度も破り、一族を危機に陥らせたという。
その代償が死というならば致し方ないのだろうか?
もし自分の大切な人がそんな窮地に立たされたならと思うと、受け入れがたい現実だ。
「佳奈、これから話すことを落ち着いて聞いて欲しいの。そしてわたしの願いを叶えて欲しいの」
車は市街地を抜け、海の近くまで来ていた。
「一族の未来はあなたにかかっている」
駐車場に車を停めた母は、じっとこちらを見つめ真剣な眼差しをしてそう告げたのだった。
彼女はK学園高等部一年に所属し、自分が兄や弟と本当の兄弟であることを知らずに育つ。もちろん母や父との関係も知らないままだ。
幼いころから面倒見の良い兄のことは大好きだった。
初恋の相手も兄。
中学生になったばかりの弟は、自分や兄を慕ってくれており昔からとても素直で可愛い。なんでもすぐに真似をする弟だが、とても器用で賢く何をしてもすぐにできるようになるような子であった。
父母が忙しく家を空けることが多いことから、自分や兄を親代わりに感じているところもあり、二人に何かを褒められると凄く喜んだ。
兄は兄らしくあろうといつも頑張っていた。
すぐに弟に抜かれてしまうので、時にプライドを傷つけられることもあったのだろう。初めは複雑な表情をしていたが、自慢の弟とシフトすることで変わらない関係を築いていたように思う。
そんな兄を自分はいつでも心配していた。
可愛い弟。優しい兄。
どこにでもいる、普通の仲の良い兄弟。
……だったなら、きっとこの先も幸せだったに違いない。
残念ながら自分たちは『時を渡る能力』を持った異能力持ちの一族。
母はその中でも類稀に見る能力の持ち主であり、自分もまた高い能力を持っていると教えられた。
そのため『時を渡る』時は必ず真ん中にいるようにと注意を受けている。
だが、その意味を知ったのはこの日が初めてであった。
メッセージの文面には『大切な話があるから、早退して。担任には話してある。和宏と優人に気づかれないように裏門へ』と書かれている。
佳奈はバッグを持つと、あまり生徒が使わない階段を使い靴箱へ行き遠回りをして裏門へ向かった。
一族で最も力があると言われている、母。
しかしその理由も、その根拠も聞かされたことはなかった。
自分はそんな母の血を引いているから高いのだとこの時まで思っていたのだ。
「佳奈、乗って」
裏門へ行くといつも佳奈たちを送ってくれているワゴンが止まっている。
緊迫した表情の母。
一族に危機が迫っているのだろうかと感じた。
『時渡』の力は簡単に使うことはできない。
未来にいると思われる一族の祖先がどうやってこの能力を手に入れたのかは不明だが、この力は悪しきことには使ってはいけないという掟がある。
一族を守るためだけに使うことのできる能力。
そして一人で使うことには危険が伴う。
家族や兄弟の絆の力が必要な能力なのだ。
母の車のカーナビからは要人の事件についてのニュースがひっきりなしに流れていた。一族の中には既に記憶から消失してしまった者もいるようだが、時渡の能力が高いと言われていた佳奈はまだ覚えている。
この人はかつて、一族の中の者と婚姻していた人物だ。
母はまだ覚えているのだろうか?
『一族の者に制裁が科せられた』
父から家族に告げられた事実は、あまりにもショックが大きかった。
あの日、佳奈は食事が通らなかったほど。
一人で何処かへ『時渡』をした一族の女性。きっと生きて渡ることなどできないだろう。どこかの時間へ出ることすら難しいとされているのだから。
ほどなくして、父も兄弟もこの要人が彼女と婚姻していた事実に対する記憶を失った。
こんな風にして一族を守って来たのかと思うと、胸が苦しい。
今回の女性は掟を何度も破り、一族を危機に陥らせたという。
その代償が死というならば致し方ないのだろうか?
もし自分の大切な人がそんな窮地に立たされたならと思うと、受け入れがたい現実だ。
「佳奈、これから話すことを落ち着いて聞いて欲しいの。そしてわたしの願いを叶えて欲しいの」
車は市街地を抜け、海の近くまで来ていた。
「一族の未来はあなたにかかっている」
駐車場に車を停めた母は、じっとこちらを見つめ真剣な眼差しをしてそう告げたのだった。
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