【完結】タイムトラベル・サスペンス『君を探して』

crazy’s7@体調不良不定期更新中

文字の大きさ
上 下
63 / 84
4 雛本医院と一族

14・計画の不備

しおりを挟む
 雛本一族は互いを監視することでその平和を守って来た。
 『時渡』の能力を隠し、『時越え』の能力をなるべく発動させない。
 不正と犯罪には手を染めない。
 正しく生きることを掟の一つとして守ってきたのだ。
 それでも稀に、その道に背くものも現れる。

──人間を力で抑えることはできない。
 感情があるからなおのこと。

 一族内での婚姻を強いてはいるが、本人の気持ちは大切にしているつもりだ。外の者と婚姻を望む者がいれば条件付きで許可が下りる。
 一族の秘密を洩らさないこと。
 本家に近づかないこと。
 そして女系の者は子を成さないことがその条件に加えられる。

──由貴子は害しかなさない。
 その母親も、それなりの罰を受けることになるだろう。

 彼女にはこれから合法的に消えてもらうこととなる。
 一人で渡った者は稀だ。恐らく生きて『時渡』をすることはできないだろう。彼女が時渡をすれば、婚姻の事実はなくなり時間と共に人々の記憶からも失われる。こうやって一族は危機を何度も乗り越えてきた。

「父さん。準備が整ったようです」
 連絡を受け、内線の受話器を耳にあてていた和史が言う。
 この医院の敷地の最先端には底の見えない、地下深く掘られた区画がある。
「向かおう。お前は見ない方がいい」
 死の覚悟を持った息子には見せたくはなかった。
 もしかしたら、その覚悟が揺らぐかも知れない。
「いいえ。僕も行きます。一族の行く末は見届けなければならない。その為にも目を背けてはならないと思うから」
 和史は昔から自分を曲げない男であった。
 決めたからにはその心に従う。
「ならば来るがいい」

 医院長は和史と連れだって医院長室を後にする。
 あれは何度見ても良いものではない。
 人生の長さの分だけ、見る回数も増えるだろう。
 和史はこれから何度目にするのだろうか?

 黙って二人、目的の場所を目指す。
 目的地が近づいてきた頃、数人の一族の者を目にする。
 彼らもあれを見ようというのだろうか?
 良い覚悟だなと思った。もしかしたら自分の末路なのかもしれないのだから。

「準備は」
と問えば秘書が、
「できています」
と返答した。
 今まで失敗し下まで落ちたものは一人もいない。
 深い深い底の見えない空間。
 その前に腰にロープを巻かれた由貴子が立っていた。
「何か言いたいことはあるか?」
 彼女の背後に立つと、そう問う。
「助けて」
「落ちて死ぬことはない。気絶すれば防衛本能が働き勝手に飛ぶはずだ」
 どちらかと言えば、と続ける。
「自分で発動させた方が安全だろう」

 彼女の顔は恐怖で真っ青だ。
「あの男を選んだのは自己責任だ。その責任を取るがいい」
 由貴子は諦めたように胸のあたりで手を組む。
 行く場所を思い浮かべているのだろう。
「心が落ち着いたなら、飛べ。少しでも無事に飛べるようにな」
 今まで責任の為に一人で飛んだ者が、どうなったのか知らない。

──生存者は優麻だけ。
 あの娘には使命がある。
 恐らく一族を守るための大きな使命が。

 由貴子の身体が白い光を放つ。
 目を凝らさないと分からない微量な変化だ。
 そのまま時を渡ることは一人では不可能。
 防衛本能によりその力を引き出すのである。

 院長は彼女が暗い穴の底に自ら飛び込むのを見ていた。
 後ろに立っていた和史が息を呑む。
 するすると落ちていくロープ。しかし一点から動きがなくなった。それはこの世界から彼女がいなくなった証拠。
 ゆっくりと人の記憶の中から彼女の存在は消えていくだろう。

 だが誤算が生じたのである。
 数日後、彼女の夫である議員が暗殺された。何者かの手によって。

「一体何が起きているんだ!」
 新聞社の女が雛本家を嗅ぎまわっていたことも気になる。
 既に一族の中に、その議員が一族に関係あったことを忘れている者も出始めていた。計画が狂い、雛本本家は慌ただしくなっていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

十字館の犠牲

八木山
ミステリー
大学生の主人公は、気付いたら見知らぬ白い部屋で目を覚ます。 死体と容疑者に事欠かない、十字の建物。 主人公は脱出し、元の生活に戻れるのか。 キャラの立ち絵は五百式立ち絵メーカー、それ以外の画像はすべてDALL-Eを使っています。 ■登場人物 全員が窓のない建物に閉じ込められている。 日向向日葵(ひゅうがひまわり) 20歳。配信者。 仰木扇(おおぎおうぎ) 20歳。大学生。 黒須十(くろすつなし) 20歳。大学生。 猫原にゃんこ(ねこはら) 20歳。警察官。部屋で死亡していた。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】純白のウェディングドレスは二度赤く染まる

春野オカリナ
恋愛
 初夏の日差しが強くなる頃、王都の書店では、ある一冊の本がずらりと並んでいた。  それは、半年前の雪の降る寒い季節に死刑となった一人の囚人の手記を本にまとめたものだった。  囚人の名は『イエニー・フラウ』  彼女は稀代の悪女として知らぬ者のいない程、有名になっていた。  その彼女の手記とあって、本は飛ぶように売れたのだ。  しかし、その内容はとても悪女のものではなかった。  人々は彼女に同情し、彼女が鉄槌を下した夫とその愛人こそが裁きを受けるべきだったと憤りを感じていた。  その手記の内容とは…

処理中です...