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4 雛本医院と一族
14・計画の不備
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雛本一族は互いを監視することでその平和を守って来た。
『時渡』の能力を隠し、『時越え』の能力をなるべく発動させない。
不正と犯罪には手を染めない。
正しく生きることを掟の一つとして守ってきたのだ。
それでも稀に、その道に背くものも現れる。
──人間を力で抑えることはできない。
感情があるからなおのこと。
一族内での婚姻を強いてはいるが、本人の気持ちは大切にしているつもりだ。外の者と婚姻を望む者がいれば条件付きで許可が下りる。
一族の秘密を洩らさないこと。
本家に近づかないこと。
そして女系の者は子を成さないことがその条件に加えられる。
──由貴子は害しかなさない。
その母親も、それなりの罰を受けることになるだろう。
彼女にはこれから合法的に消えてもらうこととなる。
一人で渡った者は稀だ。恐らく生きて『時渡』をすることはできないだろう。彼女が時渡をすれば、婚姻の事実はなくなり時間と共に人々の記憶からも失われる。こうやって一族は危機を何度も乗り越えてきた。
「父さん。準備が整ったようです」
連絡を受け、内線の受話器を耳にあてていた和史が言う。
この医院の敷地の最先端には底の見えない、地下深く掘られた区画がある。
「向かおう。お前は見ない方がいい」
死の覚悟を持った息子には見せたくはなかった。
もしかしたら、その覚悟が揺らぐかも知れない。
「いいえ。僕も行きます。一族の行く末は見届けなければならない。その為にも目を背けてはならないと思うから」
和史は昔から自分を曲げない男であった。
決めたからにはその心に従う。
「ならば来るがいい」
医院長は和史と連れだって医院長室を後にする。
あれは何度見ても良いものではない。
人生の長さの分だけ、見る回数も増えるだろう。
和史はこれから何度目にするのだろうか?
黙って二人、目的の場所を目指す。
目的地が近づいてきた頃、数人の一族の者を目にする。
彼らもあれを見ようというのだろうか?
良い覚悟だなと思った。もしかしたら自分の末路なのかもしれないのだから。
「準備は」
と問えば秘書が、
「できています」
と返答した。
今まで失敗し下まで落ちたものは一人もいない。
深い深い底の見えない空間。
その前に腰にロープを巻かれた由貴子が立っていた。
「何か言いたいことはあるか?」
彼女の背後に立つと、そう問う。
「助けて」
「落ちて死ぬことはない。気絶すれば防衛本能が働き勝手に飛ぶはずだ」
どちらかと言えば、と続ける。
「自分で発動させた方が安全だろう」
彼女の顔は恐怖で真っ青だ。
「あの男を選んだのは自己責任だ。その責任を取るがいい」
由貴子は諦めたように胸のあたりで手を組む。
行く場所を思い浮かべているのだろう。
「心が落ち着いたなら、飛べ。少しでも無事に飛べるようにな」
今まで責任の為に一人で飛んだ者が、どうなったのか知らない。
──生存者は優麻だけ。
あの娘には使命がある。
恐らく一族を守るための大きな使命が。
由貴子の身体が白い光を放つ。
目を凝らさないと分からない微量な変化だ。
そのまま時を渡ることは一人では不可能。
防衛本能によりその力を引き出すのである。
院長は彼女が暗い穴の底に自ら飛び込むのを見ていた。
後ろに立っていた和史が息を呑む。
するすると落ちていくロープ。しかし一点から動きがなくなった。それはこの世界から彼女がいなくなった証拠。
ゆっくりと人の記憶の中から彼女の存在は消えていくだろう。
だが誤算が生じたのである。
数日後、彼女の夫である議員が暗殺された。何者かの手によって。
「一体何が起きているんだ!」
新聞社の女が雛本家を嗅ぎまわっていたことも気になる。
既に一族の中に、その議員が一族に関係あったことを忘れている者も出始めていた。計画が狂い、雛本本家は慌ただしくなっていたのだった。
『時渡』の能力を隠し、『時越え』の能力をなるべく発動させない。
不正と犯罪には手を染めない。
正しく生きることを掟の一つとして守ってきたのだ。
それでも稀に、その道に背くものも現れる。
──人間を力で抑えることはできない。
感情があるからなおのこと。
一族内での婚姻を強いてはいるが、本人の気持ちは大切にしているつもりだ。外の者と婚姻を望む者がいれば条件付きで許可が下りる。
一族の秘密を洩らさないこと。
本家に近づかないこと。
そして女系の者は子を成さないことがその条件に加えられる。
──由貴子は害しかなさない。
その母親も、それなりの罰を受けることになるだろう。
彼女にはこれから合法的に消えてもらうこととなる。
一人で渡った者は稀だ。恐らく生きて『時渡』をすることはできないだろう。彼女が時渡をすれば、婚姻の事実はなくなり時間と共に人々の記憶からも失われる。こうやって一族は危機を何度も乗り越えてきた。
「父さん。準備が整ったようです」
連絡を受け、内線の受話器を耳にあてていた和史が言う。
この医院の敷地の最先端には底の見えない、地下深く掘られた区画がある。
「向かおう。お前は見ない方がいい」
死の覚悟を持った息子には見せたくはなかった。
もしかしたら、その覚悟が揺らぐかも知れない。
「いいえ。僕も行きます。一族の行く末は見届けなければならない。その為にも目を背けてはならないと思うから」
和史は昔から自分を曲げない男であった。
決めたからにはその心に従う。
「ならば来るがいい」
医院長は和史と連れだって医院長室を後にする。
あれは何度見ても良いものではない。
人生の長さの分だけ、見る回数も増えるだろう。
和史はこれから何度目にするのだろうか?
黙って二人、目的の場所を目指す。
目的地が近づいてきた頃、数人の一族の者を目にする。
彼らもあれを見ようというのだろうか?
良い覚悟だなと思った。もしかしたら自分の末路なのかもしれないのだから。
「準備は」
と問えば秘書が、
「できています」
と返答した。
今まで失敗し下まで落ちたものは一人もいない。
深い深い底の見えない空間。
その前に腰にロープを巻かれた由貴子が立っていた。
「何か言いたいことはあるか?」
彼女の背後に立つと、そう問う。
「助けて」
「落ちて死ぬことはない。気絶すれば防衛本能が働き勝手に飛ぶはずだ」
どちらかと言えば、と続ける。
「自分で発動させた方が安全だろう」
彼女の顔は恐怖で真っ青だ。
「あの男を選んだのは自己責任だ。その責任を取るがいい」
由貴子は諦めたように胸のあたりで手を組む。
行く場所を思い浮かべているのだろう。
「心が落ち着いたなら、飛べ。少しでも無事に飛べるようにな」
今まで責任の為に一人で飛んだ者が、どうなったのか知らない。
──生存者は優麻だけ。
あの娘には使命がある。
恐らく一族を守るための大きな使命が。
由貴子の身体が白い光を放つ。
目を凝らさないと分からない微量な変化だ。
そのまま時を渡ることは一人では不可能。
防衛本能によりその力を引き出すのである。
院長は彼女が暗い穴の底に自ら飛び込むのを見ていた。
後ろに立っていた和史が息を呑む。
するすると落ちていくロープ。しかし一点から動きがなくなった。それはこの世界から彼女がいなくなった証拠。
ゆっくりと人の記憶の中から彼女の存在は消えていくだろう。
だが誤算が生じたのである。
数日後、彼女の夫である議員が暗殺された。何者かの手によって。
「一体何が起きているんだ!」
新聞社の女が雛本家を嗅ぎまわっていたことも気になる。
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