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3 新聞社の女

8・人生の選択

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「この議員に子供がいたって話はない?」
 全ての記事を見終え、結城は彼女にそう問う。
「それは聞いたことがないわね。ここにあるのは新聞と雑誌の切り抜きだけれど。ネットの記事にあったんだっけ?」
 それも今では削除されてしまっている。

 彼女はその議員のファン。
 もしかしたら何か覚えているのでは? とも思ったが。
 その様子からは、TVでニュースになったということもないのだろう。

「彼の奥さんについては何か知らない?」
「婚姻に反対されていたということくらいしか。熱愛報道があってその後結婚したらしいの。芸能人ではないから、さらっとくらいしか流れていなかったけれど」
 本人に聞いてみたら? と彼女は言う。
 そんなこと出来るのだろうか。

 しかしその彼は現在、週一で雛本医院に通っているという。
「どこか悪いの?」
「さあ。奥さんが入院していたりするんじゃないのかしら?」
 彼女が知りえた情報を元に、結城は雛本医院に張ってみることしたのである。

 それから数日後。
 チャンスは訪れる。
「すみません。○○議員ですよね?」
 プライベートなのか、彼は私服であり一人だった。
「ん?」
 彼はもちろん怪訝な顔をする。
「あの、わたし。○○議員の大ファンで。いつもご活躍、陰ながら応援しております」

 人とは不思議なものだ。
 相手の本心なんてわからない。
 だが好意的な態度であなたの味方ですと言えば、気を許してしまうものなのだ。それが人気商売ならなおのこと。
 議員はアイドルではない。だが人気あってなんぼと言っても過言ではないだろう。

「そうか。ありがとう」
と彼は人好きのする笑顔で右手を差し出す。
 結城は怪しまれないように、その手を両手で握り返した。
「あの、どこかお悪いのですか?」
 いきなり子の話をするのもオカシイだろうと、そんなことを聞いてみる。
「いや、妻が入院していてね」
と彼は病院の方をチラリと振り返った。

 それが演技なのか、それとも事実なのかは分かり兼ねる。
 だが後日、あの小児科医に確かめればいいだけだ。

「では今は、おひとりなので? 大変ですよね。奥様がおられないと」
「いや、家政婦がいる。だから家のことは大丈夫。ご心配ありがとう」

 汚職が疑われている議員だ。
 どんな尊大な態度を取るのだろうと思っていたが、どちらかというと穏やかで人に好かれそうな気さくな人物に思えた。
 結婚詐欺なんかを鑑みても、悪い奴はいかにも悪党のイメージを持ってしまいそうだが、それは時代劇の悪代官の見過ぎなのではないかと結城は考えを改める。

「そういえば結婚当時、熱愛報道されてましたよね。奥様のことご心配なさってこんな風にお見舞いされるなんて、仲がおよろしいのですね」
「よく覚えているね」
と彼。
「ファンですから」
 結城は自分の演技力にゾッとしながらもにこやかに会話を続ける。
「彼女のご両親に反対されてね。今もあまりよくは思われてないけれど」
と苦笑いをした。
 きっと本当のことなのだろう。

「お子さんは……?」
 自然な流れでの質問だろうとは思うが、一応セクハラだ。
 嫌な顔をされるかもしれないとドキドキしながら、一番聞きたいことを口にする。
 しかし彼は予想外の反応をした。
 驚いた表情をしたのである。
「いや、いないよ。妻が不妊症でね。子が欲しいと思ったこともあったが、不妊治療は精神的に辛いと聞いたこともあるし。子がいなくても不幸なわけじゃない」

 彼の様子は単に子を諦めたというには、なにか重いものを感じた。
「そうですね。人の幸せはそれぞれですものね」
「ああ」
「すみません。お引止めしてしまって」
 気まずい空気が流れ、結城はお開きの言葉を口にする。
 するとそれに気づいたように、
「いや、構わない。君も人生の選択は間違わないように」
 では、と言って彼は去っていく。
 この先にコインパーキングがあったから、そちらに向かうのかもしれない。
「人生の選択か……」
 
 それが忠告だったと結城が気づくのはだいぶ先のことだった。
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