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2 名もなき少女を愛した男
4・その記憶
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彼女の笑顔が見たかった。
いつまでも過去に囚われ苦しむ彼女を見るのが嫌だったのだ。
それが例え、自分勝手な願いだとしても。
「タイムカプセル?」
その日診療にやって来た幼い男の子は、タイムカプセルを埋めるんだと言って和史に小さな缶を掲げて見せた。
生まれつき身体が弱く、彼の寿命は気力にも左右されるという判断。それを受けた母が、十年後に開けようと言ってその子にタイムカプセルを埋めることを提案したらしい。
人とは不思議な生き物で、やりがいややるべきことがあれば病気すらしないということがある。しかし逆に仕事を辞め、急に元気を失うことは稀ではない。
優麻はあの紙切れがある限り苦しむ。
雛本本家にいる限り、重し出すことが使命だと思うだろう。
このままでいいのか?
彼女を救いたい。それが自分の願いだったのではないか?
そして和史は優麻と共に本家を出ると決めたのだ。
それこそが間違いであり、運命の歯車を動かしてしまうとも知らずに。
二人が婚姻をし、一緒に暮らし始め彼女は『時越えの子』を自分の手で育てたいと言い出した。
彼女の境遇を知っていた和史には反対する理由がない。
分岐は何度もあったはずなのに、彼女の願いを叶えることこそが正しいと思ってしまっていた。
和史は彼女願いを聞くことで、優麻が幸せになれると信じていたのだ。
彼女がこの時代に来た経緯を知らなかった彼には仕方のないことだったのかもしれない。
「和史は甘いものが好きなのね! ロマンチストだし」
あの年、何故か巷では妙なTシャツが流行していた。
「そんな和史にお土産!」
家族仲はとても良かったと思う。
妻、優麻は三人の子を連れてデパートへ行ったらしい。
その頃既に、父の経営する医院に怪しい新聞社の女が出入りしており、和史は大切なこの家族のことを心配していた。
「お父さんは何着ても似合わないね」
と末っ子の優人。
そんな彼の口を慌てて塞ぐ中間子の佳奈。
甘党と書かれたTシャツを着て微妙な表情をしていた和史は、
「君たちはみんな塩だけれどな。全員優麻に似たかな?」
と冗談を言ったりした。
思えばそれが、家族で楽しかった最後の記憶。
大切な家族を守りたくて、家の場所を知られないために和史は、早く帰宅することがなくなっていったのである。
そんなある日、和史の異変に気付いた優麻が子供たちが学校に行っている間に外で会わないか? と提案してきた。
そう、あの事件のあった日に。
あの日殺された要人は、街頭演説か何かをしていたのだと思う。
自分たちは通りがかったに過ぎない。
連日マスコミが世界情勢について騒がしく報道しており、そんな最中のことだった。もちろん自分たちには関連性は分からないし、国にとってダメージがあったとしても、国民の一人としてそのダメージを肌で感じることはできない。
だが、自分たちに一つだけ関係することがあったのである。
ドンっと大きな音がしたかと思うと、血を流しながらその要人は地面に倒れた。まるでその光景をスローモーションのように感じた和史。
数秒後、世界は動き始め悲鳴と怒号があたりに響く。
逃げ纏う人々。逃げる犯人。
辺りは騒然とした。
だが和史にとって一番心配なのは、愛する妻である優麻。
「優麻、大丈夫か?」
彼女は両耳を塞ぎ真っ青な顔をしていた。
それが恐怖によるものでないと気づいたのは、後になってからのこと。
「和史、病院に戻って」
「優麻は? 凄く顔色が悪いよ」
「わたしは大丈夫。和史、わたしがあなたを守るから」
彼女が何を言っているのか、全く分からなかった。
ショックによる錯乱状態なのかと思っていたが、彼女はしっかりとした口調でタクシーを呼び、和史を病院へ向かわせたのである。
恐らく優麻は自分もタクシーを呼び帰宅したのだろう。
──あの時、優麻は『全て』を思い出したのだ。
いつまでも過去に囚われ苦しむ彼女を見るのが嫌だったのだ。
それが例え、自分勝手な願いだとしても。
「タイムカプセル?」
その日診療にやって来た幼い男の子は、タイムカプセルを埋めるんだと言って和史に小さな缶を掲げて見せた。
生まれつき身体が弱く、彼の寿命は気力にも左右されるという判断。それを受けた母が、十年後に開けようと言ってその子にタイムカプセルを埋めることを提案したらしい。
人とは不思議な生き物で、やりがいややるべきことがあれば病気すらしないということがある。しかし逆に仕事を辞め、急に元気を失うことは稀ではない。
優麻はあの紙切れがある限り苦しむ。
雛本本家にいる限り、重し出すことが使命だと思うだろう。
このままでいいのか?
彼女を救いたい。それが自分の願いだったのではないか?
そして和史は優麻と共に本家を出ると決めたのだ。
それこそが間違いであり、運命の歯車を動かしてしまうとも知らずに。
二人が婚姻をし、一緒に暮らし始め彼女は『時越えの子』を自分の手で育てたいと言い出した。
彼女の境遇を知っていた和史には反対する理由がない。
分岐は何度もあったはずなのに、彼女の願いを叶えることこそが正しいと思ってしまっていた。
和史は彼女願いを聞くことで、優麻が幸せになれると信じていたのだ。
彼女がこの時代に来た経緯を知らなかった彼には仕方のないことだったのかもしれない。
「和史は甘いものが好きなのね! ロマンチストだし」
あの年、何故か巷では妙なTシャツが流行していた。
「そんな和史にお土産!」
家族仲はとても良かったと思う。
妻、優麻は三人の子を連れてデパートへ行ったらしい。
その頃既に、父の経営する医院に怪しい新聞社の女が出入りしており、和史は大切なこの家族のことを心配していた。
「お父さんは何着ても似合わないね」
と末っ子の優人。
そんな彼の口を慌てて塞ぐ中間子の佳奈。
甘党と書かれたTシャツを着て微妙な表情をしていた和史は、
「君たちはみんな塩だけれどな。全員優麻に似たかな?」
と冗談を言ったりした。
思えばそれが、家族で楽しかった最後の記憶。
大切な家族を守りたくて、家の場所を知られないために和史は、早く帰宅することがなくなっていったのである。
そんなある日、和史の異変に気付いた優麻が子供たちが学校に行っている間に外で会わないか? と提案してきた。
そう、あの事件のあった日に。
あの日殺された要人は、街頭演説か何かをしていたのだと思う。
自分たちは通りがかったに過ぎない。
連日マスコミが世界情勢について騒がしく報道しており、そんな最中のことだった。もちろん自分たちには関連性は分からないし、国にとってダメージがあったとしても、国民の一人としてそのダメージを肌で感じることはできない。
だが、自分たちに一つだけ関係することがあったのである。
ドンっと大きな音がしたかと思うと、血を流しながらその要人は地面に倒れた。まるでその光景をスローモーションのように感じた和史。
数秒後、世界は動き始め悲鳴と怒号があたりに響く。
逃げ纏う人々。逃げる犯人。
辺りは騒然とした。
だが和史にとって一番心配なのは、愛する妻である優麻。
「優麻、大丈夫か?」
彼女は両耳を塞ぎ真っ青な顔をしていた。
それが恐怖によるものでないと気づいたのは、後になってからのこと。
「和史、病院に戻って」
「優麻は? 凄く顔色が悪いよ」
「わたしは大丈夫。和史、わたしがあなたを守るから」
彼女が何を言っているのか、全く分からなかった。
ショックによる錯乱状態なのかと思っていたが、彼女はしっかりとした口調でタクシーを呼び、和史を病院へ向かわせたのである。
恐らく優麻は自分もタクシーを呼び帰宅したのだろう。
──あの時、優麻は『全て』を思い出したのだ。
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