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6 見える糸を手繰り寄せ
36 兄と弟
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──優人は何かに気づいている?
きっと自分も同じもの、同じことを見聞きしているはずなのに、それが何か判らずにいる。彼が話してくれないのは、確証がないからだ。
”今までに分かったこと、憶測をまとめて置こう”
そう思った和宏はキッチンに設置されている対面式のカウンターでメモを広げる。
俺たちは十年前のあの日、燃え盛る家の前から母に逃げろと言われ林の方へ逃げた。家には入ってはいない。
そういえば、父が殺されたと思ったのは何故だったろう?
「確か父がうつぶせに倒れているのが、見えたから?」
あの時の違和感。
それは母が叫んだ言葉の中にカナの名が含まれていなかったこと。
それにより、カナはこうなることを予め母から聞かされていたのではないか? と予測した。
そして優人は”何度も振り返り”、母がすぐに視界から消えたという。
──待てよ? 父は殺された?
母も殺されそうになり、俺たちに逃げろと言ったはずだよな?
ではその時の犯人は中にいたはず。
自分たちが未来に逃げたのは、犯人から逃げるためだった。
未来に逃げれば追手から逃れられるから?
その追手は、図書館で俺たちを見ていた不審者。
時を超えたことで年齢も見た目もズレているはずなのに、何故自分たちだと分かったのだろう?
新聞を調べていたことが理由だったとしても、あの日二人が図書館へ行ったのは”片織から事件の話しを聞いたから”。つまりは偶然だ。
不審者が片織だったなら変ではないとは思うが、たまたま遭遇するだろうか?
十年も張っていたとでも?
「刑事じゃあるまいし……」
何かがオカシイ。何かが間違っている。
だから何も繋がらない。
和宏は諦めてアイスティーに口をつけた。頬杖をつきつつ。
すると、
「どうかしたの?」
とスポーツタオルで髪を拭きながら、優人がキッチンへやってくる。
和宏はぎょっとした。
「服を着なさい!」
優人のハーフパンツに上半身裸というカッコを見て額に手をやる、和宏。
割れた腹筋に目が行く。
優人はチラリと和宏に視線を向けると、
「あー、はいはい」
と言ってソファーに置いてあったTシャツに手を伸ばした。
「煩いって思ってるんだろ?」
と和宏が聞けば、
「思ってる」
と素直な彼。
「家でやることは、外でも出る」
いつでも親のように口うるさい自分を、優人はよく思っていないのかもしれない。そんなことを思いながら、心の中でため息をついた。
「羨ましいんでしょ?」
とVネックのシャツを着た彼が、隣の椅子に腰かけながら言う。
「兄さんは俺に対して、劣等感を抱いている。そして過保護」
グラスを棚の上から取り出し、カウンターの上に置いてあったティーポットからアイスティーを注ぐ彼のその手を、和宏は見つめていた。
「俺はもう子供じゃないし、女じゃないから守られなくても平気だし、兄さんは親じゃない」
「分かってる」
必要とされなくなるのが怖いのだ、自分は。
弟は自分よりもずっとしっかりしているし、いろんなことを考えている。
この二週間でそれは十分過ぎるほど分かった。
「俺は、もう必要ないと言いたいんだろ?」
兄であるために、彼を必要としていたのは自分の方なのだ。
そうあることで自分の居場所を保っていた。
「兄さん、そうじゃないよ」
彼は”もーすぐ泣く!”と言って立ち上がると、ソファーから洗い立てのバスタオルとガシっと掴み、和宏の顔に押し付ける。
「兄さん、昔からそうだったよね。俺やお姉ちゃんよりも先に泣くから、いつも母さんに俺たちの方が怒られてた」
優人は苦笑いをしながら、再び隣の椅子に腰かけて。
「お兄ちゃんを泣かすなって。どういう兄弟よ」
とクスクス笑っている。
「俺が言いたいのは、さ。もう守られている存在じゃなくて、助け合っていけるってことなんだよ」
そう言って笑顔を向ける優人に、ホッとした自分がいた。
「それにおじいちゃん並みに涙もろい人、放っておけないでしょ?」
「一言余計だ!」
和宏がぎゅっと拳を握り締め、決断力のポーズをしたところで玄関のチャイムが鳴ったのだった。
きっと自分も同じもの、同じことを見聞きしているはずなのに、それが何か判らずにいる。彼が話してくれないのは、確証がないからだ。
”今までに分かったこと、憶測をまとめて置こう”
そう思った和宏はキッチンに設置されている対面式のカウンターでメモを広げる。
俺たちは十年前のあの日、燃え盛る家の前から母に逃げろと言われ林の方へ逃げた。家には入ってはいない。
そういえば、父が殺されたと思ったのは何故だったろう?
「確か父がうつぶせに倒れているのが、見えたから?」
あの時の違和感。
それは母が叫んだ言葉の中にカナの名が含まれていなかったこと。
それにより、カナはこうなることを予め母から聞かされていたのではないか? と予測した。
そして優人は”何度も振り返り”、母がすぐに視界から消えたという。
──待てよ? 父は殺された?
母も殺されそうになり、俺たちに逃げろと言ったはずだよな?
ではその時の犯人は中にいたはず。
自分たちが未来に逃げたのは、犯人から逃げるためだった。
未来に逃げれば追手から逃れられるから?
その追手は、図書館で俺たちを見ていた不審者。
時を超えたことで年齢も見た目もズレているはずなのに、何故自分たちだと分かったのだろう?
新聞を調べていたことが理由だったとしても、あの日二人が図書館へ行ったのは”片織から事件の話しを聞いたから”。つまりは偶然だ。
不審者が片織だったなら変ではないとは思うが、たまたま遭遇するだろうか?
十年も張っていたとでも?
「刑事じゃあるまいし……」
何かがオカシイ。何かが間違っている。
だから何も繋がらない。
和宏は諦めてアイスティーに口をつけた。頬杖をつきつつ。
すると、
「どうかしたの?」
とスポーツタオルで髪を拭きながら、優人がキッチンへやってくる。
和宏はぎょっとした。
「服を着なさい!」
優人のハーフパンツに上半身裸というカッコを見て額に手をやる、和宏。
割れた腹筋に目が行く。
優人はチラリと和宏に視線を向けると、
「あー、はいはい」
と言ってソファーに置いてあったTシャツに手を伸ばした。
「煩いって思ってるんだろ?」
と和宏が聞けば、
「思ってる」
と素直な彼。
「家でやることは、外でも出る」
いつでも親のように口うるさい自分を、優人はよく思っていないのかもしれない。そんなことを思いながら、心の中でため息をついた。
「羨ましいんでしょ?」
とVネックのシャツを着た彼が、隣の椅子に腰かけながら言う。
「兄さんは俺に対して、劣等感を抱いている。そして過保護」
グラスを棚の上から取り出し、カウンターの上に置いてあったティーポットからアイスティーを注ぐ彼のその手を、和宏は見つめていた。
「俺はもう子供じゃないし、女じゃないから守られなくても平気だし、兄さんは親じゃない」
「分かってる」
必要とされなくなるのが怖いのだ、自分は。
弟は自分よりもずっとしっかりしているし、いろんなことを考えている。
この二週間でそれは十分過ぎるほど分かった。
「俺は、もう必要ないと言いたいんだろ?」
兄であるために、彼を必要としていたのは自分の方なのだ。
そうあることで自分の居場所を保っていた。
「兄さん、そうじゃないよ」
彼は”もーすぐ泣く!”と言って立ち上がると、ソファーから洗い立てのバスタオルとガシっと掴み、和宏の顔に押し付ける。
「兄さん、昔からそうだったよね。俺やお姉ちゃんよりも先に泣くから、いつも母さんに俺たちの方が怒られてた」
優人は苦笑いをしながら、再び隣の椅子に腰かけて。
「お兄ちゃんを泣かすなって。どういう兄弟よ」
とクスクス笑っている。
「俺が言いたいのは、さ。もう守られている存在じゃなくて、助け合っていけるってことなんだよ」
そう言って笑顔を向ける優人に、ホッとした自分がいた。
「それにおじいちゃん並みに涙もろい人、放っておけないでしょ?」
「一言余計だ!」
和宏がぎゅっと拳を握り締め、決断力のポーズをしたところで玄関のチャイムが鳴ったのだった。
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