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2 事件を追う者たち
10 手を繋ぐ理由
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「握れ」
和宏の言葉に、優人は視線を下ろす。
「まてまて、どこを握ろうとしてるんだ」
慌てる和宏に、
「うん?」
と、優人。
「可愛く首を傾げるのはやめろ」
「兄さんのケチ」
「ケチって……何を言っているんだ、一体」
とため息をつく和宏。
「なんだか、あの時みたいだね」
と優人はクスリと笑う。
閑静な住宅街。生家のあった場所はすぐそこへと迫っていた。
ここから先は何があるかわからない。
いざとなれば、時を渡る必要が出てくるかもしれないし、もしかしたらその最中に逸れてしまうかもしれない。
それを防ぐために手を繋ぎ、雛本一族は時を渡るのだ。
「あの時も?」
と不思議そうな顔をする和宏に、
「そうだよ。兄さん、忘れちゃったの?」
と優人は驚いた顔をした、
自分たち三兄弟は何度も時渡の練習をした。
それは数時間から数週間を、行ったり来たりするようなものだったが、いざという時に追手から逃れるためにである。
初めは父母と共に。
そのうち自分たちだけで練習をすることはあったが、いつだってカナが真ん中だったはずだ。
「兄さん。その話は後ですることにして、今は急ごう」
優人は困惑する和宏の手を掴むと、生家のあった場所へ向かって歩き出す。
今は人通りがないものの、いつ知り合いに遭遇するかわからないし、こんなところを見られては誤魔化すのが大変である。
和宏は優人に引っ張られるままに着いていく。
心はあの日に向いたまま。
「ここだね」
と、優人。
生家のあった場所は今も立ち入り禁止のテープやロープが張られたままになっていた。雑草が生い茂り、燃えて朽ちた家屋の残骸が当時の恐ろしさを醸し出している。
火事の現場はどうしてこうも、恐怖を感じるのだろう?
「怖い?」
と優人に問われ、和宏はただ視線を返す。優人はそれに対し何も言わず、再び家の方に視線を戻した。
家の裏側はうっそうとした林となっている。誰も手入れをしなくなったからか、異次元への入り口のように感じた。
「俺たち、よく裏の林で遊んでいたよね。あの日は裏口に向かっていたのかな?」
と、優人。
「恐らく」
和宏が頷くと『間取りは覚えてる?』と問われる。
「ああ」
和宏は高校三年の春までここに暮らしていたのだ。確かな記憶があるかと問われたら、先ほどのこともあり自信はないが、間取りくらいは覚えていると断言できた。
「ねえ、兄さん。ちょっと後ろ向いて」
「なんだ急に」
生家へ北方向である、右側に立っていた優人は、強引に和宏を横に向けると背中のバッグに手を伸ばす。
「喉乾いたのか? もうだいぶ温いぞ。外はこんなだし」
背中のワンショルダーバッグの中に入っているのは、タオルハンカチと先ほど購入した水くらいだ。
彼がペットボトルを取り出すのを確認すると、優人へ向き直った和宏は慌てる。てっきり、キャップを外すのだと思っていたから。
しかし何故か彼はそれを振り上げた。
「おい! 何をする気だ」
制止しようとする和宏。優人は険しい顔をして、二人が来た方角を睨んでいる。
「誰かいる」
彼が言葉を口にするのとペットボトルを投げつけたのは、ほぼ同時であった。言葉を失いあんぐりと口を開けたままの和宏の目に、路地の塀にぶつかりペットボトルが破裂した光景が飛び込んでくる。
柔らかく薄いプラスチックのペットボトルは水をまき散らし、道路にベチャッと落ちた。
「キャッ」
という悲鳴と共に。
優人は生家の敷地内から朽ちて落ちた柱を掴むと、
「兄さんは後ろにいて」
と緊張感を高まらせたのだった。
和宏の言葉に、優人は視線を下ろす。
「まてまて、どこを握ろうとしてるんだ」
慌てる和宏に、
「うん?」
と、優人。
「可愛く首を傾げるのはやめろ」
「兄さんのケチ」
「ケチって……何を言っているんだ、一体」
とため息をつく和宏。
「なんだか、あの時みたいだね」
と優人はクスリと笑う。
閑静な住宅街。生家のあった場所はすぐそこへと迫っていた。
ここから先は何があるかわからない。
いざとなれば、時を渡る必要が出てくるかもしれないし、もしかしたらその最中に逸れてしまうかもしれない。
それを防ぐために手を繋ぎ、雛本一族は時を渡るのだ。
「あの時も?」
と不思議そうな顔をする和宏に、
「そうだよ。兄さん、忘れちゃったの?」
と優人は驚いた顔をした、
自分たち三兄弟は何度も時渡の練習をした。
それは数時間から数週間を、行ったり来たりするようなものだったが、いざという時に追手から逃れるためにである。
初めは父母と共に。
そのうち自分たちだけで練習をすることはあったが、いつだってカナが真ん中だったはずだ。
「兄さん。その話は後ですることにして、今は急ごう」
優人は困惑する和宏の手を掴むと、生家のあった場所へ向かって歩き出す。
今は人通りがないものの、いつ知り合いに遭遇するかわからないし、こんなところを見られては誤魔化すのが大変である。
和宏は優人に引っ張られるままに着いていく。
心はあの日に向いたまま。
「ここだね」
と、優人。
生家のあった場所は今も立ち入り禁止のテープやロープが張られたままになっていた。雑草が生い茂り、燃えて朽ちた家屋の残骸が当時の恐ろしさを醸し出している。
火事の現場はどうしてこうも、恐怖を感じるのだろう?
「怖い?」
と優人に問われ、和宏はただ視線を返す。優人はそれに対し何も言わず、再び家の方に視線を戻した。
家の裏側はうっそうとした林となっている。誰も手入れをしなくなったからか、異次元への入り口のように感じた。
「俺たち、よく裏の林で遊んでいたよね。あの日は裏口に向かっていたのかな?」
と、優人。
「恐らく」
和宏が頷くと『間取りは覚えてる?』と問われる。
「ああ」
和宏は高校三年の春までここに暮らしていたのだ。確かな記憶があるかと問われたら、先ほどのこともあり自信はないが、間取りくらいは覚えていると断言できた。
「ねえ、兄さん。ちょっと後ろ向いて」
「なんだ急に」
生家へ北方向である、右側に立っていた優人は、強引に和宏を横に向けると背中のバッグに手を伸ばす。
「喉乾いたのか? もうだいぶ温いぞ。外はこんなだし」
背中のワンショルダーバッグの中に入っているのは、タオルハンカチと先ほど購入した水くらいだ。
彼がペットボトルを取り出すのを確認すると、優人へ向き直った和宏は慌てる。てっきり、キャップを外すのだと思っていたから。
しかし何故か彼はそれを振り上げた。
「おい! 何をする気だ」
制止しようとする和宏。優人は険しい顔をして、二人が来た方角を睨んでいる。
「誰かいる」
彼が言葉を口にするのとペットボトルを投げつけたのは、ほぼ同時であった。言葉を失いあんぐりと口を開けたままの和宏の目に、路地の塀にぶつかりペットボトルが破裂した光景が飛び込んでくる。
柔らかく薄いプラスチックのペットボトルは水をまき散らし、道路にベチャッと落ちた。
「キャッ」
という悲鳴と共に。
優人は生家の敷地内から朽ちて落ちた柱を掴むと、
「兄さんは後ろにいて」
と緊張感を高まらせたのだった。
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