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1 数年後の二人
3 和宏の職業
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慌ただしく玄関へ向かう優人の背を見送り、ヤレヤレと言うようにソファに腰を下ろすと和宏はテレビのリモコンに手を伸ばす。
いつの間にかテレビでは別のニュースが流れている。
『確かにこの時代にいるようです』
あの日この時代にあるという、タイムトラベラー専用の照合機にカナの所在の問い合わせをしたのだが、機械的な抑揚のない音声ではっきりとそう返って来たのだ。
一向に見つからない妹。
誤認なのかと思い何度か確かめたが、返答に変化はなかった。
あれから数年経つというのに、カナから音沙汰はない。
もしかしたら命の危険に晒されているのかもしれないとも思う。
自分たちがこの時代に辿り着いた後のことは、綿密に話し合ったのだ。例え逸れても確実に再会できるように願って。
何もしないでじっとしていたわけではない。和宏はカナに所在を伝える術を模索した。その結果、何らかの方法で有名になろうと、当時高校生だった自分にも出来る方法を選んだ。
「恋愛小説なんて柄じゃなかったんだ」
白木のローテーブルの上に置かれた単行本に、チラリと目をやる。賞を取り書籍化された恋愛小説。それは優人をモデルに書いた作品だった。
あとから本人に知れて、嫌な顔をされたことを思い出す。
理由を話せば、彼の態度は変わった。カナの為ならと柔軟になるのは、和宏も優人も変わらなかった。
だが、和宏は小説家になったわけではない。
どうやら自分には向いていなかったようで、世に出た小説はその一本切り。ただし”小説は”である。
ローテーブルの脇に積んである雑誌をまとめて揃えると、和宏はマガジンラックに立てた。玄関のチャイムが鳴り、もうそんな時間かと時計を見上げ立ち上がる。今日は担当と打ち合わせの日であった。
小説ではうだつがあがらなかったが、たまたまその時ネットに上げていたエッセイに注目が集まるきっかけとなる。そこに目をつけた担当に、エッセイストとして雑誌に寄稿しないかと話を持ち掛けられたのだ。
もちろんそれで生計を立てようとは思っていない。
それ以前に、雛本家は資産家だったため、金に困るようなことはなかった。カナに気づいてもらうためにしていることである。
「和くん、これお土産」
担当者は見た目は女性だが、肉体は男性だった。単なる女装家なのか、それとも自認不一致なのか和宏には判断がつきかねる。デリケートな問題でもあるので、踏み込んで聞くこともできないでいた。
礼を述べ、紙袋の中を覗けばケーキのようだ。ダイニングキッチンへ備え付けのカウンターへ座るように勧めつつ、和宏はキッチンに置かれたポットに手を伸ばす。
綺麗に並べられた数種類の茶葉の缶。紅茶好きのカナのことを思ってなのか、何処かへ出かけるたび優人が購入してきたものだった。
「そういえば、下で優人くんに会ったわよ」
担当はそう言って、カウンターに頬杖をつく。
下とはマンションのロビーのことだろうか。
「相変わらず、イケメンね。一緒にいた子も素敵だったけれど」
「素敵?」
和宏は何故かそこに引っかかりを感じた。
待ち合わせ場所はコンビニエンスストアではなかったのだろうか?
近所にいるならば、家に招けばよいのにと思う。もしかしたら自分には紹介したくない相手なのだろうか。
「スラリと背の高い男の子。同じ大学の子なのかしらね」
優人がつるむ同性の相手など、たった一人しか知らない。
心当たりのある相手の顔を思い浮かべ、思わず般若のような表情をしてしまった和宏。
「ちょっと、凄い顔してるわよ! なんなの親の仇《かたき》にでも会ったような顔して」
それは和宏にとって、充分危険な相手だったのである。
いつの間にかテレビでは別のニュースが流れている。
『確かにこの時代にいるようです』
あの日この時代にあるという、タイムトラベラー専用の照合機にカナの所在の問い合わせをしたのだが、機械的な抑揚のない音声ではっきりとそう返って来たのだ。
一向に見つからない妹。
誤認なのかと思い何度か確かめたが、返答に変化はなかった。
あれから数年経つというのに、カナから音沙汰はない。
もしかしたら命の危険に晒されているのかもしれないとも思う。
自分たちがこの時代に辿り着いた後のことは、綿密に話し合ったのだ。例え逸れても確実に再会できるように願って。
何もしないでじっとしていたわけではない。和宏はカナに所在を伝える術を模索した。その結果、何らかの方法で有名になろうと、当時高校生だった自分にも出来る方法を選んだ。
「恋愛小説なんて柄じゃなかったんだ」
白木のローテーブルの上に置かれた単行本に、チラリと目をやる。賞を取り書籍化された恋愛小説。それは優人をモデルに書いた作品だった。
あとから本人に知れて、嫌な顔をされたことを思い出す。
理由を話せば、彼の態度は変わった。カナの為ならと柔軟になるのは、和宏も優人も変わらなかった。
だが、和宏は小説家になったわけではない。
どうやら自分には向いていなかったようで、世に出た小説はその一本切り。ただし”小説は”である。
ローテーブルの脇に積んである雑誌をまとめて揃えると、和宏はマガジンラックに立てた。玄関のチャイムが鳴り、もうそんな時間かと時計を見上げ立ち上がる。今日は担当と打ち合わせの日であった。
小説ではうだつがあがらなかったが、たまたまその時ネットに上げていたエッセイに注目が集まるきっかけとなる。そこに目をつけた担当に、エッセイストとして雑誌に寄稿しないかと話を持ち掛けられたのだ。
もちろんそれで生計を立てようとは思っていない。
それ以前に、雛本家は資産家だったため、金に困るようなことはなかった。カナに気づいてもらうためにしていることである。
「和くん、これお土産」
担当者は見た目は女性だが、肉体は男性だった。単なる女装家なのか、それとも自認不一致なのか和宏には判断がつきかねる。デリケートな問題でもあるので、踏み込んで聞くこともできないでいた。
礼を述べ、紙袋の中を覗けばケーキのようだ。ダイニングキッチンへ備え付けのカウンターへ座るように勧めつつ、和宏はキッチンに置かれたポットに手を伸ばす。
綺麗に並べられた数種類の茶葉の缶。紅茶好きのカナのことを思ってなのか、何処かへ出かけるたび優人が購入してきたものだった。
「そういえば、下で優人くんに会ったわよ」
担当はそう言って、カウンターに頬杖をつく。
下とはマンションのロビーのことだろうか。
「相変わらず、イケメンね。一緒にいた子も素敵だったけれど」
「素敵?」
和宏は何故かそこに引っかかりを感じた。
待ち合わせ場所はコンビニエンスストアではなかったのだろうか?
近所にいるならば、家に招けばよいのにと思う。もしかしたら自分には紹介したくない相手なのだろうか。
「スラリと背の高い男の子。同じ大学の子なのかしらね」
優人がつるむ同性の相手など、たった一人しか知らない。
心当たりのある相手の顔を思い浮かべ、思わず般若のような表情をしてしまった和宏。
「ちょっと、凄い顔してるわよ! なんなの親の仇《かたき》にでも会ったような顔して」
それは和宏にとって、充分危険な相手だったのである。
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