R18【異性恋愛】第三の選択─Even if it's not love─

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7.5話 理解されない情熱【Side:花穂】

2 愚かな願い

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 静かに甘い旋律が二人を包む。
 ドラマチックな恋でもロマンチックな愛でもなかったけれど、この出会いは宝物だと思った。

「なんなんだよ……襲うのが好きなのか?」
 ベッドに押し倒されて組み伏せられた奏斗は、眉を寄せ花穂を見つめる。
「うん。奏斗を襲うのがね」
 彼が大人しくしているのは、抵抗すれば花穂を怪我させてしまうと思っているから。

「いい眺めだわ」
 花穂は髪を耳にかけると、奏斗に覆いかぶさりその頬に手を伸ばす。
 彼は頬に触れた花穂の手に、自分の手を添えると握り込んだ。
「奏斗?」
 彼はそのまま自分の心臓のあたりに持っていく。
「ドキドキしてる。わかる?」
「ええ」
「俺は……」
 なあに? と言うように微笑んで見せれば彼は浅く息をした後、
「花穂にだったら、何されてもいいよ。でも、少し怖い」
 それは嘘のない言葉なのだろう。

「抵抗しないのはポリシー?」
「まあ、あれは」
 触れていた手から奏斗の心拍数があがるのが伝わってくる。
 もう解っている。あれがただの強がりなことくらい。
「自惚れてもいいかしら?」
 奏斗の気持ちが自分に向いていると知った今、彼の不可解だった言動に合点がいく。
「そんなにわたしのことが好き?」
 答えなくたってわかる。
 手の平から伝わる体温と鼓動が真実を教えてくれるから。

「バカよね、わたし。初めから奏斗は好きだと言ってくれてたのに、鈍感で」
 切なげに微笑めば、奏斗が驚いた顔をする。
 どうやらあれば無意識だったということだろうか。
「言ってたじゃない。『俺はフッたつもりはない』って」
 何故現在進行でいうのか、深く考えなかった自分。
「言ったね」
 思い当たることがあったのか、彼が笑みを浮かべる。
「これからも振るつもりなんかないよ。もっとも、俺がフラれる可能性は……」
 花穂は彼に唇を重ね、その先を言葉にさせはしなかった。

 彼から離れると、
「どうしてそんなに自虐的なの? わたしが心変わりするとでも?」
と問う。
「そんなことになったら、死んだほうがマシだな」
 どうしてそんな風に悲しいことばかり言うのか。
 今ならわかる。
 伏せた彼のまぶた。頬に伝う一筋の涙。

 奏斗はいつでも真剣に恋をしていた。
 相手にも自分自身の心にも真摯に向き合おうとしていたのに、それは叶わなかった。
 無力で弱い自分の責任だと思っている。
 ずっと。

「嫌になるだろ、こんなやつなんだよ俺は」
 投げやりになるのは、なによりも自分自身が一番嫌気がさしているから。
 だが花穂は、
「ならない」
と強くしっかりと否定した。

 彼は恐いのだ、突き放されるのが。
 だから『心変わりしないで欲しい』と言えない。
 縋ることができないでいる。
 
「心変わりもしないわ」
 奏斗は閉じていた瞼を開き、両腕をのばすと花穂の腕に触れる。
「奏斗のことは、わたしだけがわかっていればいい」
 ”そうよね?”と言うようにじっと見つめれば、胸に抱き寄せられた。
「愛してくれるの? 壊れるくらい」
 
 これ以上ないくらい壊れているのに、まだ壊せと言うのか。
 彼の生きる世界はどこまでも残酷だ。
 そしてどこまでも深い暗闇が広がっている。
 そうさせてしまったのは、自分。
 何も望まなければ、光の中にいたはず。

──本当にそうなのかしら?
 今は疑問を感じている。

 憎しみを何処へ向けたなら、迷子の彼を光の中に連れ戻せるのだろうか。

「あなたが望むままに愛してあげるわ」
 それで幸せになれるというのなら。
 耳を当てれば聞こえる鼓動。
 そんなことくらいじゃ彼は救えない。
 
「誰よりも先にわたしが奏斗に出会いたかった」
 それでもきっと、奏斗が初めて愛する人は『美月愛美』なのだろう。
「過去は変えられないよ」
 そんなことは解っている。現実的な言葉を求めているわけではない。
「変えられたとしても、きっとまた同じことを繰り返すんだ」

 わかっている。
 過去があったから今があることくらい。
 それでも、彼の全てが欲しいと望む。
 それは愚かな願いだろうか?
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