30 / 77
7話 原点回帰【Side:奏斗】
25 覚悟と自惚れ
しおりを挟む
あの時、花穂は知られても良いと思っていたのだろうか?
和馬と出かけた先で、花穂と岸倉が一緒にいるところを目撃した奏斗。
どういうことだと岸倉に詰め寄ると、あとから彼に呼び出されたのである。
奏斗にとって『楠花穂』という女性は、はじめは想い人を傷つけ苦しめる憎むべき相手だった。
自分が岸倉の代わりを果たすことで、好きな相手が幸せになるなら犠牲になっても良いと思っていたのだ。岸倉にはもちろん止められた。
彼は自分がどんな性格なのかよく知ってくれていたし、噂の真実を知る人物でもあったから。
──選んだのは自分。
誰も悪くない。覚悟を持ってその道を進んだのは自分。
和馬が性的な悪戯をされていたと知っていた。
岸倉は同性愛者。花穂と肉体関係ではなかった。
自分に何が求められるのか想像もしたし、その覚悟を持って彼女の要求を承諾したのだ。
だが、付き合ってみて彼女のイメージはガラッと変わった。
性的な悪戯の内容も想像とは全く違っていたし、次から次へと恋人がいたという話は聞いてはいたものの、彼女は性的な意味では未経験者だった。
──きっと、自惚れてたんだよな。
今は違うとはいえるが、そんな彼女が初めての相手に自分を選んだことに意味があると思いたかったのだ。
「別れてから、思ったんだ。俺は楽しかったんだって」
「うん」
「花穂と一緒にいる時は、自然体でいられたから楽しかったんだって。でも、花穂は違ったのかなって」
何故こんなにも泣きたくなるのか。
一時の遊び相手に選ばれただけなのに、自分ばかりが本気になったことが悔しかったのか。
それとも安らぎを失った空虚感に苦しんでいるのか。
花穂がいなくなって、見える世界は変わった。
自分が愛美に『理想を押し付けているだけ』なことに気づく。
変わらないままでいて欲しいと願った。
だが愛美はそれを受け入れることはない。向けられる肉欲の意味が分からずに、恐怖だけが心を支配した。
言いなりになれば、赦されるされるのだろうか。
そう思い、求められるままに与え続けた。そこに快楽なんてない。
恋人の結菜は自分に自信のない女の子。
求められないことを安らぎにしていた。
本音に気づきながらも、見ないふりをしたに過ぎない。
そうやって二人の間で、なんとか正気を保ってきた。
きっと自分が求めていたのは、純愛という名の幻想だったのだろう。
世界は残酷だ。
人を見た目で判断し、理想を押し付ける。それを叶えることができなければ、簡単に捨てるのだから。
初めて自分でいられると感じた相手は、そうやって時間が来れば去っていったじゃないか。
『友達にでもなりましょうよ』
きっと花穂は見かねて救いの手を差し出したに違いない。
自分はそう思った。
それなのに。
『わたしじゃ奏斗は救えない』
そんなことを言うのだ。
また去っていくのだろうか?
どうしたら傍にいてくれるのだろう。
何を差し出せば、繋ぎとめられるのだろう。
「奏斗、もう我慢しないで」
花穂は近くにあったタオルを掴むと、奏斗の目元にあてる。
「言いたいこと言ってよ。何を言われても大丈夫だから」
「なんで俺を初めての相手に選んだの」
何を言われても大丈夫と言った割には、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする花穂。
「奏斗は鈍感なの? それとも自信がないの? そんなの好きだからじゃない。何言ってるのよ」
呆れているのか怒っているのか、判断し難いため息。
「そりゃあ、好きとか言わなかったわたしにも問題はあると思うけれど。自惚れたりとかできないの? ねえ」
──いや、自惚れてましたとも。
言葉にできず、奏斗は目を泳がせた。
「なんで俺、責められてるの」
「わたしだって何度好きだって言いたかったか。その度に飲み込んできたの。義弟の恋人だし。脅して付き合っていたようなものだし」
なんでわかってくれないのよ、という苛立ちが伝わってくる。
「かと思えば、今度は二股かけてるし。いつになったらフリーになる?」
「ちょ……待って。人をそんな遊び人みたいに。俺は別に、常に誰かとつき合っているわけじゃ」
「嘘つかないでよ!」
嘘じゃないのにと思いながら、奏斗はここ数年の自分の行動を振り返ったのだった。
和馬と出かけた先で、花穂と岸倉が一緒にいるところを目撃した奏斗。
どういうことだと岸倉に詰め寄ると、あとから彼に呼び出されたのである。
奏斗にとって『楠花穂』という女性は、はじめは想い人を傷つけ苦しめる憎むべき相手だった。
自分が岸倉の代わりを果たすことで、好きな相手が幸せになるなら犠牲になっても良いと思っていたのだ。岸倉にはもちろん止められた。
彼は自分がどんな性格なのかよく知ってくれていたし、噂の真実を知る人物でもあったから。
──選んだのは自分。
誰も悪くない。覚悟を持ってその道を進んだのは自分。
和馬が性的な悪戯をされていたと知っていた。
岸倉は同性愛者。花穂と肉体関係ではなかった。
自分に何が求められるのか想像もしたし、その覚悟を持って彼女の要求を承諾したのだ。
だが、付き合ってみて彼女のイメージはガラッと変わった。
性的な悪戯の内容も想像とは全く違っていたし、次から次へと恋人がいたという話は聞いてはいたものの、彼女は性的な意味では未経験者だった。
──きっと、自惚れてたんだよな。
今は違うとはいえるが、そんな彼女が初めての相手に自分を選んだことに意味があると思いたかったのだ。
「別れてから、思ったんだ。俺は楽しかったんだって」
「うん」
「花穂と一緒にいる時は、自然体でいられたから楽しかったんだって。でも、花穂は違ったのかなって」
何故こんなにも泣きたくなるのか。
一時の遊び相手に選ばれただけなのに、自分ばかりが本気になったことが悔しかったのか。
それとも安らぎを失った空虚感に苦しんでいるのか。
花穂がいなくなって、見える世界は変わった。
自分が愛美に『理想を押し付けているだけ』なことに気づく。
変わらないままでいて欲しいと願った。
だが愛美はそれを受け入れることはない。向けられる肉欲の意味が分からずに、恐怖だけが心を支配した。
言いなりになれば、赦されるされるのだろうか。
そう思い、求められるままに与え続けた。そこに快楽なんてない。
恋人の結菜は自分に自信のない女の子。
求められないことを安らぎにしていた。
本音に気づきながらも、見ないふりをしたに過ぎない。
そうやって二人の間で、なんとか正気を保ってきた。
きっと自分が求めていたのは、純愛という名の幻想だったのだろう。
世界は残酷だ。
人を見た目で判断し、理想を押し付ける。それを叶えることができなければ、簡単に捨てるのだから。
初めて自分でいられると感じた相手は、そうやって時間が来れば去っていったじゃないか。
『友達にでもなりましょうよ』
きっと花穂は見かねて救いの手を差し出したに違いない。
自分はそう思った。
それなのに。
『わたしじゃ奏斗は救えない』
そんなことを言うのだ。
また去っていくのだろうか?
どうしたら傍にいてくれるのだろう。
何を差し出せば、繋ぎとめられるのだろう。
「奏斗、もう我慢しないで」
花穂は近くにあったタオルを掴むと、奏斗の目元にあてる。
「言いたいこと言ってよ。何を言われても大丈夫だから」
「なんで俺を初めての相手に選んだの」
何を言われても大丈夫と言った割には、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする花穂。
「奏斗は鈍感なの? それとも自信がないの? そんなの好きだからじゃない。何言ってるのよ」
呆れているのか怒っているのか、判断し難いため息。
「そりゃあ、好きとか言わなかったわたしにも問題はあると思うけれど。自惚れたりとかできないの? ねえ」
──いや、自惚れてましたとも。
言葉にできず、奏斗は目を泳がせた。
「なんで俺、責められてるの」
「わたしだって何度好きだって言いたかったか。その度に飲み込んできたの。義弟の恋人だし。脅して付き合っていたようなものだし」
なんでわかってくれないのよ、という苛立ちが伝わってくる。
「かと思えば、今度は二股かけてるし。いつになったらフリーになる?」
「ちょ……待って。人をそんな遊び人みたいに。俺は別に、常に誰かとつき合っているわけじゃ」
「嘘つかないでよ!」
嘘じゃないのにと思いながら、奏斗はここ数年の自分の行動を振り返ったのだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

社長の×××
恩田璃星
恋愛
真田葵26歳。
ある日突然異動が命じられた。
異動先である秘書課の課長天澤唯人が社長の愛人という噂は、社内では公然の秘密。
不倫が原因で辛い過去を持つ葵は、二人のただならぬ関係を確信し、課長に不倫を止めるよう説得する。
そんな葵に課長は
「社長との関係を止めさせたいなら、俺を誘惑してみて?」
と持ちかける。
決して結ばれることのない、同居人に想いを寄せる葵は、男の人を誘惑するどころかまともに付き合ったこともない。
果たして課長の不倫を止めることができるのか!?
*他サイト掲載作品を、若干修正、公開しております*

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる