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3話 愁いと日常【Side:奏斗】
10 理想と現実の差異
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考えることを放棄しても現実はなんら変わらない。そんなことはわかっているつもりだ。
古川が用があると言って先に帰ると、
「で、大丈夫なのか?」
と大崎圭一に問われた。
正直、大丈夫だったためしは一度もない。だが、大丈夫かと聞かれたら大丈夫と答えるものなのだ。
大丈夫ではないと言うには勇気がいる。
圭一は古川の車で来たと言うので、店を出た二人はドライブがてらに夜景の見える丘に来ていた。
月明かりのもと、街の灯りが見下ろせる静かな場所。
手すりに腰掛けていた圭一は、両手をズボンに突っ込み立ち尽くす奏斗にチラリと視線を移した。
「大丈夫……なわけ、ないか」
これが古川の気遣いだということには気づいている。圭一は忙しい人だ。その上、無口な方。
思うことがあったとしても、自分から奏斗を誘うことはしない。それでも奏斗の話し相手として彼が適任であると古川が判断し、こんな風に二人で話せるように場を設けたということなのだ。
「古川はイイヤツだな」
奏斗が苦笑し肩をすくめると、圭一が一瞬驚いた表情をしたのち、嫌な顔をする。
「俺にとっては嫌なやつだ」
と、圭一。
それは奏斗を押し付けたからかと思ったが、
「一人で人気を独占しやがる。俺の弟も早々に懐いたしな」
彼には確か三つ下の弟がいた。溺愛しているという噂を聞いたことはあるが、懐いたくらいで友人を敵視するのはいかがなものかと思う。
「今、心の狭いやつだと思ったろ」
と圭一。
「いや、別に」
普段は無口だが、二人きりになると饒舌になる者は意外と多いものだ。圭一もその部類だなと奏斗は思っていた。
「嘘が下手だな、白石」
「そうかな」
奏斗は笑みを浮かべると街に目をやる。
「白石は……受け身というわけでもないのに、押しには弱いよな」
三股かけている原因の話だろうか?
「なんで、そんなことになってるんだ?」
聞いたところで、何もできないだろうがと圭一は付け加えて。
「長くなるよ」
「気にするな、暇人だから」
お前の辞書に暇なんて言葉、ないだろと思いながらも奏斗はその言葉に甘えることにした。
発端はどこにあったのだろうか?
自分には高等部時代、塾で出逢った恋人がいた。
ロングのストレートの黒髪、色白の美少女。清楚系というのだろうか。一見大人しそうに見える彼女のハッキリとした物言い、凛とした姿に惚れた。
自分でも凄く強引だったと思う。何もしないという約束でおつき合いを承諾してもらった。遊んでいるように見える奏斗は、信用がなかったのだ。
だが彼女とはケンカ別れしてしまう。
これが運命の分かれ道だったに違いない。
──愛美に対しては、いつだって自信がなかった。別れたその後も好きでいてくれるなんて、奇跡としか言いようがない。
「馬鹿だったんだよ」
彼女『美月愛美』の存在が自分の中でこんなに大きかったとは。
二度と会えなくても愛しぬく、それくらいの気持ちがあればこんな事にはならなかったのに。
「寂しがり屋なんじゃないのか?」
圭一にそう言われ、軽く唇を噛む奏斗。一人の人を十年も愛し続けて結ばれた圭一には、どう転んでも敵いっこない。
「好きな人の為に全てを差し出す、自己犠牲の愛。それ自体は悪いとは思わないが」
その後、自分を騙そうとしていた相手に惚れ、その人のために自分を犠牲にしたつもりだった。
割り切った関係だと思っていたのに。
「好き……なんじゃないのか? 引きずるってことは、さ」
「そう、なのかな」
愛美との未来を思い描いていた自分。現実には別れることとなり他の人と体を重ねた。
そんな自分が許せないでいる。許すことが出来ないまま愛美と再会。
結果、ややこしい事態に陥った。
「俺が思うに、白石は『美月さん』に理想を押しつけているんじゃないのかと思う」
つき合い方も含めて、と彼は言う。
「その理想にハマらない自分に苦悩して、逃げてる」
圭一の言うことは正しいと思う。
「自暴自棄になるのは良くない」
だが、何もかもが手遅れなのだ。
古川が用があると言って先に帰ると、
「で、大丈夫なのか?」
と大崎圭一に問われた。
正直、大丈夫だったためしは一度もない。だが、大丈夫かと聞かれたら大丈夫と答えるものなのだ。
大丈夫ではないと言うには勇気がいる。
圭一は古川の車で来たと言うので、店を出た二人はドライブがてらに夜景の見える丘に来ていた。
月明かりのもと、街の灯りが見下ろせる静かな場所。
手すりに腰掛けていた圭一は、両手をズボンに突っ込み立ち尽くす奏斗にチラリと視線を移した。
「大丈夫……なわけ、ないか」
これが古川の気遣いだということには気づいている。圭一は忙しい人だ。その上、無口な方。
思うことがあったとしても、自分から奏斗を誘うことはしない。それでも奏斗の話し相手として彼が適任であると古川が判断し、こんな風に二人で話せるように場を設けたということなのだ。
「古川はイイヤツだな」
奏斗が苦笑し肩をすくめると、圭一が一瞬驚いた表情をしたのち、嫌な顔をする。
「俺にとっては嫌なやつだ」
と、圭一。
それは奏斗を押し付けたからかと思ったが、
「一人で人気を独占しやがる。俺の弟も早々に懐いたしな」
彼には確か三つ下の弟がいた。溺愛しているという噂を聞いたことはあるが、懐いたくらいで友人を敵視するのはいかがなものかと思う。
「今、心の狭いやつだと思ったろ」
と圭一。
「いや、別に」
普段は無口だが、二人きりになると饒舌になる者は意外と多いものだ。圭一もその部類だなと奏斗は思っていた。
「嘘が下手だな、白石」
「そうかな」
奏斗は笑みを浮かべると街に目をやる。
「白石は……受け身というわけでもないのに、押しには弱いよな」
三股かけている原因の話だろうか?
「なんで、そんなことになってるんだ?」
聞いたところで、何もできないだろうがと圭一は付け加えて。
「長くなるよ」
「気にするな、暇人だから」
お前の辞書に暇なんて言葉、ないだろと思いながらも奏斗はその言葉に甘えることにした。
発端はどこにあったのだろうか?
自分には高等部時代、塾で出逢った恋人がいた。
ロングのストレートの黒髪、色白の美少女。清楚系というのだろうか。一見大人しそうに見える彼女のハッキリとした物言い、凛とした姿に惚れた。
自分でも凄く強引だったと思う。何もしないという約束でおつき合いを承諾してもらった。遊んでいるように見える奏斗は、信用がなかったのだ。
だが彼女とはケンカ別れしてしまう。
これが運命の分かれ道だったに違いない。
──愛美に対しては、いつだって自信がなかった。別れたその後も好きでいてくれるなんて、奇跡としか言いようがない。
「馬鹿だったんだよ」
彼女『美月愛美』の存在が自分の中でこんなに大きかったとは。
二度と会えなくても愛しぬく、それくらいの気持ちがあればこんな事にはならなかったのに。
「寂しがり屋なんじゃないのか?」
圭一にそう言われ、軽く唇を噛む奏斗。一人の人を十年も愛し続けて結ばれた圭一には、どう転んでも敵いっこない。
「好きな人の為に全てを差し出す、自己犠牲の愛。それ自体は悪いとは思わないが」
その後、自分を騙そうとしていた相手に惚れ、その人のために自分を犠牲にしたつもりだった。
割り切った関係だと思っていたのに。
「好き……なんじゃないのか? 引きずるってことは、さ」
「そう、なのかな」
愛美との未来を思い描いていた自分。現実には別れることとなり他の人と体を重ねた。
そんな自分が許せないでいる。許すことが出来ないまま愛美と再会。
結果、ややこしい事態に陥った。
「俺が思うに、白石は『美月さん』に理想を押しつけているんじゃないのかと思う」
つき合い方も含めて、と彼は言う。
「その理想にハマらない自分に苦悩して、逃げてる」
圭一の言うことは正しいと思う。
「自暴自棄になるのは良くない」
だが、何もかもが手遅れなのだ。
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