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2話 瞳に映るもの【Side:花穂】
8 好きと言えない
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傍らのリモコンに触れれば、スピーカーから音楽が流れ出す。
甘い旋律。ロマンチックな空間を演出するには十分ではあるが。
「これ、ラブソングじゃないんだよな」
と、奏斗。
「このバンドにラブソングなんてないわよ」
花穂が身体を捻り二つのグラスにミネラルウォーターを注ぎながら、答える。
以前の彼はR&Bやロックを好んでいたようだが、すっかり花穂に影響されてしまっていた。二人とも洋楽は好きだが、好むジャンルは違っていたのである。
「なによ。奏斗も聴くの?」
「ああ。花穂と別れてからCD買った」
奏斗はグラスの一つを取ると、氷を一つトングでグラスに落とす。
「なんだ、貸したのに」
連絡先、そのままだったんでしょ? と問いながら。
「俺は別れた相手へ気軽に連絡する男に見えるんですか」
彼はカウンターに寄りかかるとグラスに口をつけて。
「なによ、拗ねてんの?」
花穂は相変わらずカウンターの上に乗り上げたまま、奏斗の髪に手を伸ばす。
「別に」
手触りの良いつるりとした感触。髪質がいいのねと思いながら彼の髪を弄ぶ。奏斗の金色の髪は、間接照明の暖色の光を反射させ、キラキラと輝いていた。
「ねえ、なんで染めてるの?」
「似合うから」
変なこと聞くねえと言うように、グラスを置いた彼がこちらに面を向ける。
「花穂はなんで染めてんの」
「重くなるから」
「なるほど」
この顔が好きなのよねと思いながら、花穂が奏斗のシャツに指をかければそれを合図と受け取った彼がキスをくれた。
──こんなの、もう習慣よね。
他の女とも気軽にキスしてるのかしらね。
「風花ちゃんはなんで染めてるの?」
彼の妹も綺麗な金髪だ。色白の彼女には良く似合っている。
「俺の真似……って言いたいところだが、アイツがリスペクトしている先輩ってのが染めているからだと思う」
「ふうん」
奏斗の妹、風花はちょっと変わっていた。他からは兄、奏斗にべったりに見えるのだが。
「奏斗としては可愛い妹に好きな人ができても気にならないの?」
「別に? なんで?」
とても可愛がっているようにも見えるし、甘やかしているようにもみえるのだがこういうところは非常にクールに感じる。
「なんでって」
花穂はなんと答えようか迷う。
「妹と言ったって、俺の所有物じゃないし。別の個体だろ? 好きにしたらいいと思う。まあ、人様に迷惑をかけない程度にね」
彼のその言い方は、彼女なら別と言っているようにも聞こえるが。
束縛も執着もされたことのない自分としては、ピンと来ない。
「おしゃべりも楽しいけれど、そろそろ夕飯にするわ」
「何があるの?」
花穂がカウンターから降り冷蔵庫を開けると、奏斗が後ろからそれを覗き込む。
「ローストビーフとか……いろいろ」
「つまみ系?」
「奏斗にはそうかもしれないわね」
ワインが冷えてるわよと言えば、立たなくなるからいいと言われる。冗談で言っているのだろうか?
あんな話をした後なのに。
「準備するから、先お風呂どうぞ」
「手伝うよ?」
「今日はいいわ。そんなに大変じゃないし」
彼は一瞬残念そうな表情をしたが廊下に出ようとして、
「風呂、どこ?」
とこちらを振りかえった。
「玄関入って左のドア」
「サンキュ」
「バスタオルあるから」
「ん」
花穂は彼の背中を見送ってため息をつく。
奏斗との空気が好き。
とても自然で落ち着く。
ヨリを戻せるものなら戻したいという気持ちもある。
だが、自分たちは好き合って付き合っていたわけではないのだ。少なくとも、彼は違う。
彼の気持ちが自分にあれば、好きだということもできる。
しかし彼は今、二股をかけている自分自身に苦悩して花穂に逃げているだけなのだ。
そんなのは見ていれば分かる。
趣味も合う、一緒にいるのは楽しい。
──でも、それじゃダメなのよね。
逃げているだけじゃ、幸せになんてなれない。
ちゃんと向き合って、その先を決めないと何も解決はしないのよ。
今はほんの少しでも彼の心が休まることを願うだけ。
甘い旋律。ロマンチックな空間を演出するには十分ではあるが。
「これ、ラブソングじゃないんだよな」
と、奏斗。
「このバンドにラブソングなんてないわよ」
花穂が身体を捻り二つのグラスにミネラルウォーターを注ぎながら、答える。
以前の彼はR&Bやロックを好んでいたようだが、すっかり花穂に影響されてしまっていた。二人とも洋楽は好きだが、好むジャンルは違っていたのである。
「なによ。奏斗も聴くの?」
「ああ。花穂と別れてからCD買った」
奏斗はグラスの一つを取ると、氷を一つトングでグラスに落とす。
「なんだ、貸したのに」
連絡先、そのままだったんでしょ? と問いながら。
「俺は別れた相手へ気軽に連絡する男に見えるんですか」
彼はカウンターに寄りかかるとグラスに口をつけて。
「なによ、拗ねてんの?」
花穂は相変わらずカウンターの上に乗り上げたまま、奏斗の髪に手を伸ばす。
「別に」
手触りの良いつるりとした感触。髪質がいいのねと思いながら彼の髪を弄ぶ。奏斗の金色の髪は、間接照明の暖色の光を反射させ、キラキラと輝いていた。
「ねえ、なんで染めてるの?」
「似合うから」
変なこと聞くねえと言うように、グラスを置いた彼がこちらに面を向ける。
「花穂はなんで染めてんの」
「重くなるから」
「なるほど」
この顔が好きなのよねと思いながら、花穂が奏斗のシャツに指をかければそれを合図と受け取った彼がキスをくれた。
──こんなの、もう習慣よね。
他の女とも気軽にキスしてるのかしらね。
「風花ちゃんはなんで染めてるの?」
彼の妹も綺麗な金髪だ。色白の彼女には良く似合っている。
「俺の真似……って言いたいところだが、アイツがリスペクトしている先輩ってのが染めているからだと思う」
「ふうん」
奏斗の妹、風花はちょっと変わっていた。他からは兄、奏斗にべったりに見えるのだが。
「奏斗としては可愛い妹に好きな人ができても気にならないの?」
「別に? なんで?」
とても可愛がっているようにも見えるし、甘やかしているようにもみえるのだがこういうところは非常にクールに感じる。
「なんでって」
花穂はなんと答えようか迷う。
「妹と言ったって、俺の所有物じゃないし。別の個体だろ? 好きにしたらいいと思う。まあ、人様に迷惑をかけない程度にね」
彼のその言い方は、彼女なら別と言っているようにも聞こえるが。
束縛も執着もされたことのない自分としては、ピンと来ない。
「おしゃべりも楽しいけれど、そろそろ夕飯にするわ」
「何があるの?」
花穂がカウンターから降り冷蔵庫を開けると、奏斗が後ろからそれを覗き込む。
「ローストビーフとか……いろいろ」
「つまみ系?」
「奏斗にはそうかもしれないわね」
ワインが冷えてるわよと言えば、立たなくなるからいいと言われる。冗談で言っているのだろうか?
あんな話をした後なのに。
「準備するから、先お風呂どうぞ」
「手伝うよ?」
「今日はいいわ。そんなに大変じゃないし」
彼は一瞬残念そうな表情をしたが廊下に出ようとして、
「風呂、どこ?」
とこちらを振りかえった。
「玄関入って左のドア」
「サンキュ」
「バスタオルあるから」
「ん」
花穂は彼の背中を見送ってため息をつく。
奏斗との空気が好き。
とても自然で落ち着く。
ヨリを戻せるものなら戻したいという気持ちもある。
だが、自分たちは好き合って付き合っていたわけではないのだ。少なくとも、彼は違う。
彼の気持ちが自分にあれば、好きだということもできる。
しかし彼は今、二股をかけている自分自身に苦悩して花穂に逃げているだけなのだ。
そんなのは見ていれば分かる。
趣味も合う、一緒にいるのは楽しい。
──でも、それじゃダメなのよね。
逃げているだけじゃ、幸せになんてなれない。
ちゃんと向き合って、その先を決めないと何も解決はしないのよ。
今はほんの少しでも彼の心が休まることを願うだけ。
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