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1 想いに気づく時

6 ズルい自分と穏やかな午後

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 ****Side:有馬 拓

「有馬。どうかしたのか?」
 アイスのスプーンを口元に持っていった紅の手が止まる。片腕で頬杖をつき、ぼんやりと彼を見つめていた有馬。「うん?」と言うように手から顔を放し、紅に焦点を合わせた。
「いや、考え事をしていただけだ。溶けちゃうから食べちゃえよ」
「ん? ああ……」
 一瞬、不服そうな表情を浮かべた紅が再び手元に視線を戻す。どんなに不満を抱えても、アイスは溶けるものだ。
 有馬は再び頬杖をつくと窓の外に視線を向けた。ランチという名のデート。友人と今は、大して違わないように感じる。それでも周りからすると違うようで。紅と合流する前に遭遇した出来事は正にそれだった。

 午後の講義がないというので紅に昼の誘いをかければ、用事があるから少し待ってくれという。そんなわけで大学構内の駐車場近くの広場で待つことにした。それが良くなかったのだろうか。派手な格好をしているわけでもないのに、有馬は目立ち過ぎた。
 ベンチで寛いでいるとよく見知った者に話しかけられ、あからさまに嫌な顔をする有馬。相手が紅とのことに立ち入ってきたからだ。

『余計な世話だ』
 有馬は全てを否定するかのように一言投げる。
 しかし彼女は食い下がった。
『でも、青城くんは……』
 紅の有馬に対しての気持ちが恋愛感情か分からないのは、わかり切ったこと。脅したと言われたら否定はなしないが、選んだのは彼。外野にとやかく言われる筋合いはない。
『紅の選択が不服だというのなら本人に抗議したらいい』
 わざとらしくため息を漏らし、やれやれという風に軽く両手を広げる有馬。彼女こと柊木蜜花ひいらぎみつかは有馬と紅にとって小学校の時のクラスメイト。そして荻那馨おぎなかおるの親友でもある。

『青城君には言った』
『紅はなんて?』
 有馬の質問に視線を地面に落とす彼女。そして紡がれる言葉。
『”有馬と自分の問題だから”って』
 有馬はその言葉に腕を組み首を傾けると、”そうだろう”というように数度頷く。これは自分たちの問題。彼女は納得していないようだが。
『紅がそう言っているなら、口を出すべきじゃないだろ』
 紅の出方次第で強気にも弱気にもなる自分は滑稽だと思う。だが、良くも悪くもこれが自分なのだ。有馬は尻のポケットからスマホを取り出すと画面に視線を走らせる。
『悪いが俺はこれで失礼する』
 紅から一件のメッセージ。スマホを彼女に向け軽く振って。

 周りが口を出したくなるのは分からないでもない。別に男同士だからと言うわけではないだろう。このご時世だ。誰が誰とつき合おうが自由。少なくとも有馬の周りに偏見の目を向けるものはいなかった。

 ──柊木蜜花が紅のことを好きなのは知ってる。小学生の時からずっと。

 だからと言って身を引く気はない。それこそ選ぶのは紅自身。だからお前はズルいのだと言われたら否定はしない。その通りだと思う。
「紅」
「うん?」
 アイスを食べ終えた彼が呼ばれてこちらに視線を向けるのがわかる。艶やかな黒髪に目鼻立ちの整った聡明そうな顔立ち。身長こそ日本人の平均以下だが、真面目で優しい彼がモテるのは当然だと思う。
「虹が出てる」
「ああ……そうだな」
 紅は有馬の視線の先を辿るように顔を窓に向け。
 彼との穏やかな時間が好きだ。それを誰かに奪われる未来なんて想像したくはない。
「何にしても雨が止んで良かったよ」
 正面に顔を戻した彼は珈琲をかき混ぜながら。
 急に振り出した雨は嫌でも二人を店の中に押し込めた。軽快な音楽の流れるこの喫茶店へと。

「雨が止んだことだし、何処へ行く?」
 まるで帰りたくないという有馬の心を読んだかのように紅がいたずらっぽく笑う。
「映画でも行こうか」
 ”この間、観たい映画があると言っていただろう?”と続ければ驚いた顔。一人で何処へでも行く紅のことだ。一人で行こうとしていたに違いない。
「つき合ってくれるんだ? ミステリー、あまり好きじゃないくせに」
「そんなことないよ」
 言って有馬はクスリと笑ったのだった。
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