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1 想いに気づく時

3 一歩進んだ距離

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 ****Side:有馬 拓

『また新しい彼女が出来たって聞いたけど……』
『ああ、うん』
『別れたばかりなのに?』
『うん、そう』
 こうが心配そうな目を自分に向けるたび、心が痛かった。
『それなのに、うちに来ていていいのか? またフラれるよ』
『いいよ、別に』
 紅は知らない。

 ──何故俺が高等部時代に彼女を作っていたのか。
  本当のことを。

『彼女とは学校でも話はできるけど、紅とは休みの日しか遊べないだろ』
『それは……』
 紅が自分と距離を取るようになった理由を有馬は知っていた。責める気はない。自分に責任があるのだから。
 彼が距離を取るようになったからこそ、自分はこの感情に名前を付けることが出来た。

 ──俺は紅が好きだ。
  恐らく、これは恋愛感情。

 だから有馬は紅を好きだという女生徒の気持ちを軒並み自分に向けさせたのだ。人の気持ちは変わる。手の届かないものよりも、手の届く代用品に。
 だが、どうあっても気持ちを変えることのできない者がいる。自分から離れた紅はその相手と仲が良くなった。
 高等部時代はそれでも耐えたのは、紅がこれ以上心無い言葉を浴びせられるのが嫌だったから。
『なあ。大学では、もう……そういうのめね?』
 そう放ったのは、あの女から紅を遠ざけるため。

「なあ、紅」
「ん」
「もし俺がつき合おうって言ったらどうする? 恋人として」
 こちらを見ていた彼が眉を寄せる。
「それは……困るよ」
「困る。イヤとかイイではなく?」
 有馬の問いに彼は小さく頷く。
「理由を聞いても?」
 有馬の問に彼は困ったように目を游がせる。答え辛い理由なのだろうか。
「同性だから?」
 彼が異性愛者だというのなら、肉体関係を求めない心だけの関係でも良いと思った。

「そういうことではない」
 紅の返答は余計に有馬を不安にさせる。それは自分以外の同性と恋人になる可能性を示唆している。だったらなおのこと、諦められない。ならば考えられるのは性交における関係性か?
「紅はタチ?」
 自分の知る限りでは彼に恋人がいたことは無いはずだ。紅が有馬の質問に不思議そうな顔をする。
「性交においてれたいのか、挿れられたいのか質問している」
 はっきり言わなければ分からないだろうと思った有馬が分かりやすく説明すれば、意味を理解した彼は顔を赤くして一歩後ろに下がろうとした。しかし彼の背後にあるのは車のドア。有馬はその場を動かなかった。
 怖がらせたいわけではない。

「同性であることが問題じゃないなら、紅は同性を恋人に選ぶ可能性もあるわけだろ」
「それは……」
 ”言われてみればそうだな”と呟く彼。
「だったら立ち位置が問題なのかと思うだろ?」
 強引に迫れば手に入れることはできるだろう。けれどもそれでは何の意味もない。自分は彼を支配したいわけではない。
「肉体関係だけが全てじゃない。だから、同性がダメだと言うならそういうことは求めない」
 自分の覚悟が伝われば良いと思った。彼がつき合いを渋っている理由があるなら、自分を曲げることなど訳がない。
「えっと……有馬は俺と恋人同士になりたいと言っているのか?」
 有馬は、”そう言ったはずだが”と思ったが、好きだと告白すらしていないことに気づく。

「その通り。俺は紅のことが好きだ」
 ”自分の気持ちに気づいたのは高校の時だけど”と続けて。
 紅は何か言葉を発しようとして有馬の背後に視線を向けた。人の話し声が近づき、そのまま通り過ぎていく。いつまでも駐車場で話をしているのは良くないと思った。
「このままじゃ、風邪引くな」
 有馬は車のキーを向けて。
「店、向かおう。予約してあるから」
「予約?」
 運転席に回り込みながら”ああ”と笑顔を向けると、少しホッとした顔をした紅が助手席のドアに手をかける。
 こんな話の後だ。警戒される可能性はある。しかし有馬は呑んで紅と一泊するつもりだったのだ。
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