上 下
1 / 16
1話 親友の好きな人 【Side:青城 紅】

1 いつもの日常

しおりを挟む
「林檎の……バレッタ。いや、ヘアクリップかな」
 青城あおき こうは廊下で拾い上げたヘアアクセサリーを手のひらの上に乗せて眺める。中央から段々と左右に小さくなっていく林檎細工は、光を反射しキラキラと煌めいていた。

 女性の好む髪留めというものは、実にたくさんの種類がありデザインも様々。
 バレッタは『バナナクリップ』型であり、髪が多くてもしっかりと留めることが出来るらしい。止め方は横型。
 それに対し、現在この手の中にあるヘアクリップは『バンズクリップ』というらしく、縦に髪を留めるものである。洗濯ばさみのように両端から留めるものと想像すれば、わかりやすいだろうか。
 何でできているのか定かではないがサイズの割には重量感があり、林檎細工はどれも若干色が違い、透明感もあった。恐らく持ち主は綺麗で可愛いモノが好きに違いない。

 現在は放課後。
 海外では行わないところもあるようだが、日本の学校の多くでは掃除の時間というものが存在する。それは当番制のものもあれば、全体で行うところもあり、スタイルはまちまち。
 つまり放課後の今は一度掃除が行われた後。この髪留めの持ち主は、掃除の終わった後から現在までに落としたと考えるのが妥当だろう。

 この世は男女平等という名の男尊女卑社会。
 目指すのは平等ではなく、公平なのではないかと思っている。どんなに学校で男女平等と教わろうが、賃金格差はなくならない。場所によっては公平なところもあるだろうが、男女には身体の役割に不平等な点がある。それはどうにもならない事実であり、変えることのできない現実であった。
 この世には理解しがたいことが山のようにある。もし、男女共に幼少から同じデザインのモノばかり与えられ、可愛いやカッコイイなどの概念のない現実的なアニメばかり見せられていたら人はどのように育つのだろうか?

 女性は可愛いモノ。男性はカッコいいモノを与えられ、それが好きと洗脳される。ジェンダーレスとはそう言った概念を取り払ったものを差すが、例として”メイクや日傘をさす男性”や”髪をベリーショートにする女性”が出るあたり『誰かの決めた、らしさや概念』に囚われているとも言えるだろう。
 すなわち、大切なのはジェンダーレスやその概念ではなく『個人』なのではないか。

「となると、このヘアクリップの持ち主は男子学生ということも考えられるな」
 紅はじっと手の中のヘアクリップを見つめる。林檎細工以外の部分は金色をしているが、恐らくメッキだろう。
 落とし主の対象が可愛いモノを好む女子学生だけでなく、男子学生も範疇に入れないといけないのでは、探すのに骨が折れる。
 だが、校内の落とし物係を信用していなかった紅はなるべくなら自分の手で落とし主を探したいと思った。
 とは言え、探偵ではないので地道に聞き込みでもするしかない。

「仕方ない、左右確認から始めるか」
 呟いて左右確認をしようと顔を上げたところ、紅はよく見知った人物から声をかけられた。
「何してんの」
 声をかけてきたのは、幼馴染みで親友の【有馬ありま たく】である。
 現在は引退しているが、元サッカー部で女子生徒に人気があった。我がK学園高等部では頭髪に関して厳しくはなく、歴代の風紀委員長には金髪もいるくらい自由な校風。紅は染めてはおらず黒髪だが、彼は明るい髪色をしていた。

 以前、『紅も染めたら』と言われたことがあるが『俺はインテリを目指しているので』と伊達メガネをクイッと持ち上げて見せたところ、大笑いされたことを思い出す。実に楽しい思い出である。
 (人はそれを、黒歴史という)

「似非インテリだけじゃ飽き足らず、女装趣味にでも目覚めたのか?」
「失敬な」
「紅が男の娘になっても、親友はやめないから安心しろ」
 ポンっと肩に置かれた手。それを払いながら『似非は余計だ』と反撃すると、『そっちかよ』と彼は肩を竦める始末。
「これは拾得物。残念だな、貴様の趣味につき合えなくて」
「貴様って」
 紅の返しに笑いだす有馬。
 変わることのなかった紅の日常が変わろうとしていた。
しおりを挟む

処理中です...