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6話『その先へ』
2 ズルいやり方
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****♡Side・副社長(皇)
『手に入れるものがあるなら失うものもある。あなただって覚悟の上だったのでしょう?』
皇の問いに唯野は小さく数度頷くと、
『そうだな』
と力なく呟くように相槌を打った。
『もちろん失わないことに越したことはないけれど』
皇が慰めるように言葉を繋げれば、大丈夫という言うように彼は軽く手を翳す。
唯野は以前からそうだ。大丈夫でなくても大丈夫と言うし、辛くても弱音を吐かない。そしてそんな先輩を持った自分もまた同じだった。
──誰に向けた言葉だったのだろう。
唯野と別れた皇は副社長室に向かいながらそんなことを思う。こんな時、誰かに胸の内を吐露できたならどんなにか楽だろう。色恋事でなければ愚痴を零せる相手くらい見つけられたはずだ。
「皇」
副社長室のドアに手をかけたところで名前を呼ばれ皇は手を止めた。
自分を呼び捨てにする人間など限られている。それ以前に、彼の声ならどこでだって聞き分けられる自信があった。
──決心したはずだ。この恋とは決別すると。
皇は揺らぎそうな決心と戦いながら小さくため息をつくと振り返る。
「どうした、塩田」
「心配だったから」
おいでというように小さく手招きすると彼は躊躇いがちに近づいてきた。
「ここでは目立つから、中にお入り」
「ふかふかの椅子に座らせてくれる?」
「ああ、いいよ」
ドアを開け、中に招き入れると”ホントにあるんだ”と笑う彼を後ろから抱きしめる。
「皇?」
「少し、このままで」
できることならこのまま何処かへ連れ去ってしまいと思った。
だがそんな非現実的なことはできないし、奪おうと思えばいつだってできたはずなのにそれをしなかったのは自分なのだ。良い人ぶって彼の幸せを優先したからこうなっている。
「唯野さんとはうまくいってる?」
「うん」
「そっか」
あんなに彼が幸せならそれで良いと思っていたはずの自分なのに、今は心から幸せを祈ることが出来ないでいた。
──自分はきっと心のどこかで、二人がうまくいくはずないと思っていたんだろう。
「皇が力を貸してくれたから」
「どうだろ」
”主に板井の力だと思うぞ”と続ければ、
「なんでそんな言い方するんだよ」
と明らかに不機嫌な声。
彼は皇の腕を解くと身体を反転させて。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「嫌なことか……そうだな」
”何もないよ”と笑おうとして皇は失敗した。
「皇……?」
驚いたように彼の目が見開かれる。
一瞬の間ののち塩田の手が皇のジャケットのポケットに挿し込まれ、彼の指先に取り出されたハンカチを目元に押し付けられた。
「どうしたんだよ。また社長からセクハラされたのか?」
眉を寄せ心配そうに皇の目元にハンカチを押し当てる塩田。皇はそんな彼の手首を掴むと、その唇に自分の唇を押し当てる。
「んん……っ」
突然のことに息苦しそうに呻く彼。
皇は彼から唇を放すと、そのままぎゅっと抱きしめた。
「なんだよ、情緒不安定なのか?」
「どうかな」
「働きすぎだろ」
塩田の言葉に力なくふふっと笑う皇。
──もし、自分が塩田とつき合えていたなら。
この先、起こりえないIFを想いながら胸の中の温もりを抱きしめる。これで最後だからと心の中で呟きながら。
「塩田、俺さ」
「うん?」
大人しく彼が抱きしめられているのは、これ以上のことが起きないと安心しているからに違いない。
随分と信頼されたものだなと思いながら、
「社長とプライベートで出かけることになったよ」
と告げる。
本来ならそんなこと言う必要はない。しかし話すことで諦めがつくと思っていた。
「それって……」
「唯野さんには内緒な」
──自分が塩田とつきあえたなら、きっと誰よりも幸せになれただろう。
塩田を幸せにするために力を尽くしたに違いない。
けれど、そんな未来は来ないから。
自分でもズルいと思っている。こんなことを言えば、塩田に罪悪感を植え付けるだけなのに。
『手に入れるものがあるなら失うものもある。あなただって覚悟の上だったのでしょう?』
皇の問いに唯野は小さく数度頷くと、
『そうだな』
と力なく呟くように相槌を打った。
『もちろん失わないことに越したことはないけれど』
皇が慰めるように言葉を繋げれば、大丈夫という言うように彼は軽く手を翳す。
唯野は以前からそうだ。大丈夫でなくても大丈夫と言うし、辛くても弱音を吐かない。そしてそんな先輩を持った自分もまた同じだった。
──誰に向けた言葉だったのだろう。
唯野と別れた皇は副社長室に向かいながらそんなことを思う。こんな時、誰かに胸の内を吐露できたならどんなにか楽だろう。色恋事でなければ愚痴を零せる相手くらい見つけられたはずだ。
「皇」
副社長室のドアに手をかけたところで名前を呼ばれ皇は手を止めた。
自分を呼び捨てにする人間など限られている。それ以前に、彼の声ならどこでだって聞き分けられる自信があった。
──決心したはずだ。この恋とは決別すると。
皇は揺らぎそうな決心と戦いながら小さくため息をつくと振り返る。
「どうした、塩田」
「心配だったから」
おいでというように小さく手招きすると彼は躊躇いがちに近づいてきた。
「ここでは目立つから、中にお入り」
「ふかふかの椅子に座らせてくれる?」
「ああ、いいよ」
ドアを開け、中に招き入れると”ホントにあるんだ”と笑う彼を後ろから抱きしめる。
「皇?」
「少し、このままで」
できることならこのまま何処かへ連れ去ってしまいと思った。
だがそんな非現実的なことはできないし、奪おうと思えばいつだってできたはずなのにそれをしなかったのは自分なのだ。良い人ぶって彼の幸せを優先したからこうなっている。
「唯野さんとはうまくいってる?」
「うん」
「そっか」
あんなに彼が幸せならそれで良いと思っていたはずの自分なのに、今は心から幸せを祈ることが出来ないでいた。
──自分はきっと心のどこかで、二人がうまくいくはずないと思っていたんだろう。
「皇が力を貸してくれたから」
「どうだろ」
”主に板井の力だと思うぞ”と続ければ、
「なんでそんな言い方するんだよ」
と明らかに不機嫌な声。
彼は皇の腕を解くと身体を反転させて。
「何か嫌なことでもあったのか?」
「嫌なことか……そうだな」
”何もないよ”と笑おうとして皇は失敗した。
「皇……?」
驚いたように彼の目が見開かれる。
一瞬の間ののち塩田の手が皇のジャケットのポケットに挿し込まれ、彼の指先に取り出されたハンカチを目元に押し付けられた。
「どうしたんだよ。また社長からセクハラされたのか?」
眉を寄せ心配そうに皇の目元にハンカチを押し当てる塩田。皇はそんな彼の手首を掴むと、その唇に自分の唇を押し当てる。
「んん……っ」
突然のことに息苦しそうに呻く彼。
皇は彼から唇を放すと、そのままぎゅっと抱きしめた。
「なんだよ、情緒不安定なのか?」
「どうかな」
「働きすぎだろ」
塩田の言葉に力なくふふっと笑う皇。
──もし、自分が塩田とつき合えていたなら。
この先、起こりえないIFを想いながら胸の中の温もりを抱きしめる。これで最後だからと心の中で呟きながら。
「塩田、俺さ」
「うん?」
大人しく彼が抱きしめられているのは、これ以上のことが起きないと安心しているからに違いない。
随分と信頼されたものだなと思いながら、
「社長とプライベートで出かけることになったよ」
と告げる。
本来ならそんなこと言う必要はない。しかし話すことで諦めがつくと思っていた。
「それって……」
「唯野さんには内緒な」
──自分が塩田とつきあえたなら、きっと誰よりも幸せになれただろう。
塩田を幸せにするために力を尽くしたに違いない。
けれど、そんな未来は来ないから。
自分でもズルいと思っている。こんなことを言えば、塩田に罪悪感を植え付けるだけなのに。
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