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6話『その先へ』
1 皇の苦悩
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****♡Side・副社長(皇)
「つきあってくれてありがとう。板井も」
計画は成功したのだ。それで永遠に愛しい人を失ったとしても。
「本当にこれで良かったのですか?」
社長秘書の神流川は心配そうに皇を見つめていた。
もし唯野が既婚者であるということを塩田が事前に知っていたなら。
この結末は違っていたと思う。
自分の方が多く彼と一緒にいたはずなのに、唯野と懇意になっていたことに気づかなかった自分の失態だ。今更どうにもならないし、どうあがいたって無駄。塩田の心は唯野のモノ。
「良かろうが、悪かろうがこれが現実だよ」
笑って見せる皇に悲痛な表情をする神流川。
板井は黙ってビールグラスを傾けていた。
「板井さんも何か仰ってくださいよ」
「神流川さんは自分よりも年上なので、俺には敬語でなくてもいいですよ」
「いや、そういうことではなく」
肩を竦める神流川。板井は小さくため息をつくと天ぷらに箸を伸ばした。
「やっぱりてんぷらは、大根おろしとめんつゆだよな」
気分を変えようと明るくそう口にする皇に対し、
「塩ですよ、塩」
と天ぷらを塩で食す板井。
「二人とも現実逃避はやめてくださいよ。ちなみに私はめんつゆ派です」
神流川が話を変えたことにより空気は和やかに。
皇はそれにホッとしつつビールグラスに手を伸ばすが、思い出すのは社長とのやり取りだった。
たとえ自分が幸せになれないと分かっていても、愛する人のために尽力するのは悪いことではないと思う。結果、自分が大切なものを失ったとしても。
『唯野君は離婚できそうなのかね?』
『恐らく』
社長の問いに皇は短く答えると俯いた。
『きみは自分が望んでしたことなのに、そんなに悲しそうな顔をするんだね』
『わかっているんですよ、こんなの自己欺瞞なんだってことくらい』
いい子になりたいわけじゃない。
よく思われたいわけでもない。
きっと自分がなにもしなくても、いずれあの二人は社会的にも結ばれる。
わかっているのに手を貸そうとする自分。本当は奪いたいと思いながらも、彼が幸せになれる道を切り開きたいと願う。矛盾と葛藤の中に自分はいた。
そしてそれが叶った今、心から喜ぶことが出来ない自分を持て余している。
『社長が俺の立場だったら、喜べますか?』
皇の質問に彼は小さくため息をついた。
『僕はライバルの応援なんてしないからねえ』
”自分で自分を苦しめるきみは、ドMなの?”と彼。
『そうなのかもしれません』
『冗談だよ。自暴自棄になってはいけないよ』
『どうしたらこの苦しみから解放されるのでしょう』
皇の言葉に社長はデスクの上で手を組み、そこに顎を乗せる。
『恋愛の苦しみから解放されるには、相手をすっぱり諦めて忘れるか新しい恋をするしかない。皇くんはそれが出来ないから苦しんでいるんじゃないの?』
社長の言うことはもっともだと思う。
それが出来ていたならこんな話はしていないだろう。
『気晴らしに僕とどこかへ出かけるかい? お酒の美味しいところへ連れって行ってあげるよ。皇くんは魚が好きだったよね』
社長はそう言うと傍らのタブレットに手を伸ばす。
『もちろん、きみがYESと言えばの話だけれど』
と付け加えて。
『それはデートですか?』
皇の質問に驚いたように顔を上げる彼。
『デート……デートね。ああ、うん。そう思ってくれてもいい』
『社長は、俺のことが好きなんですよね』
『そうだよ』
『どうしてですか?』
自分は塩田のことが好きだ。それはこれからも変わらないだろう。
叶わない想いを胸に抱えながら塩田に会い、苦しむのだ。それでもこの想いを消すことはできない。塩田はそれほどに自分にとって大切な相手なのである。
『何故、好きなのかを問うのかい? おかしなことを聞くね』
彼はさも可笑しそうに笑うと、
『理由のある好きというのは、自己都合の好きなんだよ』
と。
そして、”理由がないと好きでないのは好きとは言わないだろう?”と彼は続けたのだった。
「つきあってくれてありがとう。板井も」
計画は成功したのだ。それで永遠に愛しい人を失ったとしても。
「本当にこれで良かったのですか?」
社長秘書の神流川は心配そうに皇を見つめていた。
もし唯野が既婚者であるということを塩田が事前に知っていたなら。
この結末は違っていたと思う。
自分の方が多く彼と一緒にいたはずなのに、唯野と懇意になっていたことに気づかなかった自分の失態だ。今更どうにもならないし、どうあがいたって無駄。塩田の心は唯野のモノ。
「良かろうが、悪かろうがこれが現実だよ」
笑って見せる皇に悲痛な表情をする神流川。
板井は黙ってビールグラスを傾けていた。
「板井さんも何か仰ってくださいよ」
「神流川さんは自分よりも年上なので、俺には敬語でなくてもいいですよ」
「いや、そういうことではなく」
肩を竦める神流川。板井は小さくため息をつくと天ぷらに箸を伸ばした。
「やっぱりてんぷらは、大根おろしとめんつゆだよな」
気分を変えようと明るくそう口にする皇に対し、
「塩ですよ、塩」
と天ぷらを塩で食す板井。
「二人とも現実逃避はやめてくださいよ。ちなみに私はめんつゆ派です」
神流川が話を変えたことにより空気は和やかに。
皇はそれにホッとしつつビールグラスに手を伸ばすが、思い出すのは社長とのやり取りだった。
たとえ自分が幸せになれないと分かっていても、愛する人のために尽力するのは悪いことではないと思う。結果、自分が大切なものを失ったとしても。
『唯野君は離婚できそうなのかね?』
『恐らく』
社長の問いに皇は短く答えると俯いた。
『きみは自分が望んでしたことなのに、そんなに悲しそうな顔をするんだね』
『わかっているんですよ、こんなの自己欺瞞なんだってことくらい』
いい子になりたいわけじゃない。
よく思われたいわけでもない。
きっと自分がなにもしなくても、いずれあの二人は社会的にも結ばれる。
わかっているのに手を貸そうとする自分。本当は奪いたいと思いながらも、彼が幸せになれる道を切り開きたいと願う。矛盾と葛藤の中に自分はいた。
そしてそれが叶った今、心から喜ぶことが出来ない自分を持て余している。
『社長が俺の立場だったら、喜べますか?』
皇の質問に彼は小さくため息をついた。
『僕はライバルの応援なんてしないからねえ』
”自分で自分を苦しめるきみは、ドMなの?”と彼。
『そうなのかもしれません』
『冗談だよ。自暴自棄になってはいけないよ』
『どうしたらこの苦しみから解放されるのでしょう』
皇の言葉に社長はデスクの上で手を組み、そこに顎を乗せる。
『恋愛の苦しみから解放されるには、相手をすっぱり諦めて忘れるか新しい恋をするしかない。皇くんはそれが出来ないから苦しんでいるんじゃないの?』
社長の言うことはもっともだと思う。
それが出来ていたならこんな話はしていないだろう。
『気晴らしに僕とどこかへ出かけるかい? お酒の美味しいところへ連れって行ってあげるよ。皇くんは魚が好きだったよね』
社長はそう言うと傍らのタブレットに手を伸ばす。
『もちろん、きみがYESと言えばの話だけれど』
と付け加えて。
『それはデートですか?』
皇の質問に驚いたように顔を上げる彼。
『デート……デートね。ああ、うん。そう思ってくれてもいい』
『社長は、俺のことが好きなんですよね』
『そうだよ』
『どうしてですか?』
自分は塩田のことが好きだ。それはこれからも変わらないだろう。
叶わない想いを胸に抱えながら塩田に会い、苦しむのだ。それでもこの想いを消すことはできない。塩田はそれほどに自分にとって大切な相手なのである。
『何故、好きなのかを問うのかい? おかしなことを聞くね』
彼はさも可笑しそうに笑うと、
『理由のある好きというのは、自己都合の好きなんだよ』
と。
そして、”理由がないと好きでないのは好きとは言わないだろう?”と彼は続けたのだった。
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