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3話『皇と修二』

6 彼さえいればいい

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****♡Side・課長(唯野 修二)

 自分がしていることは間違いだろうか?
 しかし、この腕の中の温もりを失うことなどできない。
 皇ならきっと、彼を幸せにしてあげられると分かっていても。

 修二は板井や皇が自分の過去を探ろうと動き出したことを知らなかった。塩田の肌を撫でながら、心は過去に囚われる。

──妻を愛していたのかと聞かれたら、正直答えることはできないかも知れない。俺は頑張って愛そうとしていた。

 十七年前の空白の数時間。
 それが全ての始まり。結婚はゴールではなく始まりに過ぎないが、その始まりは修二にとって幸せとは言い難い。自分の犯した過ちの償い、あるいは彼女を悪魔の手から守るために決めた道だったのだから。

 (株)原始人に入社して一年目。営業部に配属された修二は、多忙を極めた。元々人と接することは得意な方だったと思う。大学時には一時期、知り合いの店でバーテンダーのアルバイトもしたことがある。学生の頃から接客業に携わることが多かったのだ。
 だからと言って営業で直ぐ働けるわけではない。少し接客に慣れているというだけ。わが社、通称株原での営業の仕事は会社相手が多い。個人向けでないだけ、少し楽だろう。
 当時次々と新規事業に手を出していた株源は、商品を取り扱ってもらうのではなく、自社系列の店に商品を置いてもらうことが主だったため、かなり楽だったと思う。

 置かせてもらうよりも、置いてもらうことの方が交渉はしやすい。修二は同期で同僚、現在の総括と営業成績のトップを争う仲だった。当時から人あたりの良い修二は人にモテた。他部署の人からも気安く呑みに誘われるほどに。
 人との繋がりが何よりも大切だと考えていた修二は、どんな相手に誘われても気軽に付き合ったのである。

──あの日もそうだった。
 まさかあんなことになるとは思わなかった。

 その日、修二は受付嬢、今の妻から呑みに誘われた。一対一ではなかった為、油断していたのかもしれない。いつもよりも酔っていたように感じたが、記憶を失うほどではないと高を括っていたのである。
 翌朝、目が覚め修二は青ざめた。なんとホテルの一室で彼女と二人きり。互いに全裸。記憶はないが情事の後のような室内に言葉を失った。

──告げられた既成事実。
 数か月後、妊娠が発覚した。

 海外では生まれてすぐにDNA鑑定を行うこともあるが、この国ではまだそういう体制は整っていない。訝しく思いながらも、身に覚えのある修二は責任を取る道しか残されていなかった。
 それだけではない。彼女との一夜のあと、株原の会長に呼び出されたのである。それはとても忌まわしい記憶。

──過ちから始まった関係でも、彼女が会長のおもちゃにされることを、黙って見過ごせるはずはない。

会長の目的が初めから自分であると知らない修二は、会長の言いなりになるしかなかった。有難いことに、会長は不能だったため性的な悪戯をされる程度で済んだ。いや、最悪の事態になる前に社長が助けてくれたのである。

──好きな相手でなければ、身体を開くことなんて辛いだけ。
 だから彼女を救いたかったし、皇を守りたかった。

「塩田。愛してるよ」
「修二」
 耳元で愛を囁けば、ぎゅっと抱き着いてくる彼が愛しい。
「ずっと傍にいて欲しい」
「修二、どうしたの?」
 心配そうにこちらを伺う彼に、そっと口づける。

──もう、自分のために生きても良いだろうか?
 本当の愛を知った俺に、耐えることなんてできない。

「いつでも塩田の温もりを感じていたい」
「寂しいの?」
「ああ」
「俺が傍にいるよ」
 彼は修二の唇を指先で撫でた。溶け合うように抱きしめ合って、一つになりたいと願う。彼さえいればいいと。
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