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13『頭痛の種と愛しき人』
1 黒岩と唯野と板井
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****side■板井
人の言動も気持ちも自分の思い通りにはならないものだ。
そんなことは自分とて分かっているつもり。
「唯野」
また来たのかと思いながらもPCモニターを見続ける板井。隣の唯野が嫌そうな顔をしたのがわかった。彼が嬉しそうにしないだけでも救いなのに、気を緩めたら文句を言ってしまいそうな自分がいる。
黒岩は凝りもせずに唯野を呑みに誘っているようだった。
恋人とは言え、余計な口を挟むべきではない。そうは思うがやはりイラついてしまう。
『いっそのこと籍を入れてしまってはどうだ?』
皇から受けた助言が頭を過る。
だが、そんなことくらいで黒岩が引くとは思えない。
「黒岩。そんなに暇そうにしているなら、もう苦情係は手伝わないぞ」
いつになく唯野の強い言葉。
板井は思わずそちらに視線を移した。
残業をすればするほど無能とみなされ査定に響くのが我が社、株原。そして苦情係が手伝っているからこそ回っていると言っても過言ではなかった。
仕事はできるものの、社長にとっても頭痛の種は黒岩なのだ。
黒岩という男は変わった人物である。
仕事はできるし人望もあるが、唯野の尻ばかり追いかけているしそのせいで残業になることもしばしば。副社長の皇に怒られることもある。
残業が査定に響くことになったのは大方、黒岩のせいなのではないだろうかとも思ってしまう。
「ちょ、それはないだろ」
「文句があるなら仕事しろ」
しぶしぶと言った形で苦情係から出ていく黒岩。
隣の商品部では部長に揶揄われていた。
「あれで部下には慕われているんだから、不思議な奴だよな」
唯野は頬杖をつき黒岩の背中を見つめている。
「好きだったんですか」
「だから、苦手って言わなかった?」
唯野は黒岩が苦手だと言っていた。確かに。しかしそう思えない何かがある。同期で営業部に長くいた二人が互いのことをよく知っていたところで不思議はない。
「いいましたけど」
「だったらそれが真実だよ」
黒岩を眺めていた彼がPCモニターに向き直る。
チラリと向かい側の席に視線を移せば塩田は電話の応対をしており、皇は席を立つところだった。電車はカフェオレのストローに口をつけながらPCモニターと睨めっこしている。
そんな彼の横から塩田の手が伸びた。その指先は電車のPCモニターの一角を指し示している。良くも電話で話しながら他人の仕事もチェックできるものだなと感心してしまう。だが塩田はそれができる人物だった。
「黒岩とは性格が合わないと思っているよ」
二人を眺めていた板井にかけられた言葉。再び板井は唯野に視線を移す。
皇が苦情係を出ていくところが視界の端に映る。
「強引だし、人の都合お構いなしに自分の思い通りにしようとするし」
唯野は穏やかで平穏を望む人だった。
「営業には向いていたと思う。愛想良いし、まあ声も良いしさ」
容姿に触れないのは唯野の好みではないからだろう。もっとも、彼が以前好きだった相手である塩田とは系統が違う。
「でも、俺とは合わないし。板井が心配するようなことは何もないから」
安心させようと彼の手が板井の手触れる。こんな時はやはり、歳の差を感じてしまう。普段なら対等であるのに。
「夕飯、何処かで食べて帰ろう」
「え、あ、はい」
急に話を変えられて戸惑っていると彼はこちらを見て微笑む。
「デートしよう、板井」
それは不安がる自分を彼なりに気遣ってくれているのだとわかる。黒岩など眼中にないよとでも言うように。
「黒岩さんって、カッコイイですよね」
「は?」
「仕事もできて、余裕で」
「余裕か? あれが?」
大人の対応をしようとしていたのだろう唯野があからさまに嫌な顔をした。
「余裕なヤツは連日残業もしないし、社長から嫌味言われたりもしないと思うんだが」
「言われたんですか、嫌味」
板井は社長と会う機会はないが唯野はしょっちゅう呼ばれている。その中で黒岩が嫌味を言われている場面に出くわしても不思議ではないと思われた。
「たまに言われてる」
それでもめげない黒岩は強いなと思う板井であった。
人の言動も気持ちも自分の思い通りにはならないものだ。
そんなことは自分とて分かっているつもり。
「唯野」
また来たのかと思いながらもPCモニターを見続ける板井。隣の唯野が嫌そうな顔をしたのがわかった。彼が嬉しそうにしないだけでも救いなのに、気を緩めたら文句を言ってしまいそうな自分がいる。
黒岩は凝りもせずに唯野を呑みに誘っているようだった。
恋人とは言え、余計な口を挟むべきではない。そうは思うがやはりイラついてしまう。
『いっそのこと籍を入れてしまってはどうだ?』
皇から受けた助言が頭を過る。
だが、そんなことくらいで黒岩が引くとは思えない。
「黒岩。そんなに暇そうにしているなら、もう苦情係は手伝わないぞ」
いつになく唯野の強い言葉。
板井は思わずそちらに視線を移した。
残業をすればするほど無能とみなされ査定に響くのが我が社、株原。そして苦情係が手伝っているからこそ回っていると言っても過言ではなかった。
仕事はできるものの、社長にとっても頭痛の種は黒岩なのだ。
黒岩という男は変わった人物である。
仕事はできるし人望もあるが、唯野の尻ばかり追いかけているしそのせいで残業になることもしばしば。副社長の皇に怒られることもある。
残業が査定に響くことになったのは大方、黒岩のせいなのではないだろうかとも思ってしまう。
「ちょ、それはないだろ」
「文句があるなら仕事しろ」
しぶしぶと言った形で苦情係から出ていく黒岩。
隣の商品部では部長に揶揄われていた。
「あれで部下には慕われているんだから、不思議な奴だよな」
唯野は頬杖をつき黒岩の背中を見つめている。
「好きだったんですか」
「だから、苦手って言わなかった?」
唯野は黒岩が苦手だと言っていた。確かに。しかしそう思えない何かがある。同期で営業部に長くいた二人が互いのことをよく知っていたところで不思議はない。
「いいましたけど」
「だったらそれが真実だよ」
黒岩を眺めていた彼がPCモニターに向き直る。
チラリと向かい側の席に視線を移せば塩田は電話の応対をしており、皇は席を立つところだった。電車はカフェオレのストローに口をつけながらPCモニターと睨めっこしている。
そんな彼の横から塩田の手が伸びた。その指先は電車のPCモニターの一角を指し示している。良くも電話で話しながら他人の仕事もチェックできるものだなと感心してしまう。だが塩田はそれができる人物だった。
「黒岩とは性格が合わないと思っているよ」
二人を眺めていた板井にかけられた言葉。再び板井は唯野に視線を移す。
皇が苦情係を出ていくところが視界の端に映る。
「強引だし、人の都合お構いなしに自分の思い通りにしようとするし」
唯野は穏やかで平穏を望む人だった。
「営業には向いていたと思う。愛想良いし、まあ声も良いしさ」
容姿に触れないのは唯野の好みではないからだろう。もっとも、彼が以前好きだった相手である塩田とは系統が違う。
「でも、俺とは合わないし。板井が心配するようなことは何もないから」
安心させようと彼の手が板井の手触れる。こんな時はやはり、歳の差を感じてしまう。普段なら対等であるのに。
「夕飯、何処かで食べて帰ろう」
「え、あ、はい」
急に話を変えられて戸惑っていると彼はこちらを見て微笑む。
「デートしよう、板井」
それは不安がる自分を彼なりに気遣ってくれているのだとわかる。黒岩など眼中にないよとでも言うように。
「黒岩さんって、カッコイイですよね」
「は?」
「仕事もできて、余裕で」
「余裕か? あれが?」
大人の対応をしようとしていたのだろう唯野があからさまに嫌な顔をした。
「余裕なヤツは連日残業もしないし、社長から嫌味言われたりもしないと思うんだが」
「言われたんですか、嫌味」
板井は社長と会う機会はないが唯野はしょっちゅう呼ばれている。その中で黒岩が嫌味を言われている場面に出くわしても不思議ではないと思われた。
「たまに言われてる」
それでもめげない黒岩は強いなと思う板井であった。
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