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12『惹かれ合って結ばれて』
7 言葉にしない、大好き
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****side■電車
「紀夫はほんと手を繋ぐのが好きなんだな」
仕事あがり。歌を口ずさむ電車の横で不意に塩田がそう言った。
約束通り、一旦家に帰ってから隣の駅に向かう予定だ。
「塩田と繋ぐのがね」
ニコッと笑って見せれば、彼の手に力が入る。たった五分の距離だからこそ手を繋ぎたい。その気持ちは彼にわかるのだろうか。電車はそんなことを思いながら自宅マンションを見上げた。
エントランスでマンションの管理人に挨拶をし、エレベーターの箱に乗り込む。
「夕飯は外で食べてくる?」
そんなに遅くはならないだろうが、これから一旦家に荷物を置いて隣の駅へ行くとなると腹が減って仕方ないだろうと思った電車は彼にそう尋ねたのだが。
「また外食?」
と不満そうだ。
それもそのはず。昼は大抵外食。もともと外で食事をするのが好きではない彼のこと。仕事上りは家でゆっくりしたいのだろう。
「これから出かけて、帰宅してからご飯ってなるといつもよりもだいぶ遅いよ?」
「んー」
夕飯が遅くなるのも塩田は好まない。生活リズムが狂うのが好きではないのだ。特に平日は。
目的の階に着きエレベーターの箱から降りると彼がポケットから鍵を取り出す。
「駅前の焼き鳥屋さんで何か買って帰ろうよ」
料理をしない塩田はあまりわがままを言えないことをわかっている。だから自分から提案することはほとんどなかった。そんな彼の気持ちを汲んであげるのが電車の役目でもある。
「じゃあ、スーパーも寄りたい」
「また茄子漬買うの?」
コクリと頷く彼が可愛い。
「今、漬物フェアやっているんだ。何か発掘する」
「そんな……宝探しじゃあるまいし」
彼の言葉にクスリと笑いながら、ドアを開けるのを待つ電車。
玄関に足を踏み入れれば、ただいまのキス。
「お昼はどうだった?」
ネクタイに指をかけながら電車が問えば、
「緊張した」
と塩田。
無心に寿司を食べていたような気がしたが、あれは緊張していたのかと納得した。
「やっぱり二人が良い」
Vネックのシャツにチノパンに着替えた電車に対し、塩田はハーフパンツにポロシャツという格好だ。特にお洒落でもなんでもない普通の恰好だが、普段は酷いプリントシャツを好んで着ている二人にしてはマシな方である。
ポケットに鍵とスマホを入れて完了。キャッシュレスとは実にシンプルで楽だ。
「チケット持った?」
「チケット……レシートのこと?」
「まあ、そうなのかな」
レシートと同じ用紙に印刷された予約引き換え券をチラリとスマホのケースカバーから覗かせる彼。
「大丈夫みたいだね。行こうか」
再び手を差し伸べると迷いなく掴む塩田。そんな小さなことがとても嬉しかった。彼の左手薬指には婚姻の証。
結婚とはただの誓いに過ぎない。
法の下に縛ることが出来ても心は縛れない。
人の心は変わってしまうものだから、どんなに縛ろうとしたところで永遠の約束でも保障でもない。
特に今の彼は気がそぞろ。電車は冷や冷やしっぱなしなのである。
それでも彼が自分を捨てて皇のところへ行くことはないと思うのは、塩田の性格と皇の言葉のお蔭。
「帰ったらゲームするの?」
予約をしていたほどだ、よほど楽しみにしていたに違いない。
車に乗り込みながら電車が問うと助手席に乗り込んだ彼は小さく首を横に振る。
「起動はしてみるけれど、やるのは別の日かな」
「どうして」
「紀夫とやるから」
チラリとこちらに視線を向ける彼が可愛い。まるで”やるよね?”とでも言っているようで。
「どんなゲームなの? 今日、少しだけやってみようよ」
途端に嬉しそうな表情を浮かべる彼。それは自分にだけ見せてくれる特別な表情。
「違うことがしたくなってきた」
「え?」
シートベルトを確認しアクセルを踏み込んだ電車は、塩田の言葉に思わずブレーキを踏む。
「危ないよ」
「ごめん」
注意を受けた電車だったが、塩田の方を見てドキリとするのだった。
「紀夫はほんと手を繋ぐのが好きなんだな」
仕事あがり。歌を口ずさむ電車の横で不意に塩田がそう言った。
約束通り、一旦家に帰ってから隣の駅に向かう予定だ。
「塩田と繋ぐのがね」
ニコッと笑って見せれば、彼の手に力が入る。たった五分の距離だからこそ手を繋ぎたい。その気持ちは彼にわかるのだろうか。電車はそんなことを思いながら自宅マンションを見上げた。
エントランスでマンションの管理人に挨拶をし、エレベーターの箱に乗り込む。
「夕飯は外で食べてくる?」
そんなに遅くはならないだろうが、これから一旦家に荷物を置いて隣の駅へ行くとなると腹が減って仕方ないだろうと思った電車は彼にそう尋ねたのだが。
「また外食?」
と不満そうだ。
それもそのはず。昼は大抵外食。もともと外で食事をするのが好きではない彼のこと。仕事上りは家でゆっくりしたいのだろう。
「これから出かけて、帰宅してからご飯ってなるといつもよりもだいぶ遅いよ?」
「んー」
夕飯が遅くなるのも塩田は好まない。生活リズムが狂うのが好きではないのだ。特に平日は。
目的の階に着きエレベーターの箱から降りると彼がポケットから鍵を取り出す。
「駅前の焼き鳥屋さんで何か買って帰ろうよ」
料理をしない塩田はあまりわがままを言えないことをわかっている。だから自分から提案することはほとんどなかった。そんな彼の気持ちを汲んであげるのが電車の役目でもある。
「じゃあ、スーパーも寄りたい」
「また茄子漬買うの?」
コクリと頷く彼が可愛い。
「今、漬物フェアやっているんだ。何か発掘する」
「そんな……宝探しじゃあるまいし」
彼の言葉にクスリと笑いながら、ドアを開けるのを待つ電車。
玄関に足を踏み入れれば、ただいまのキス。
「お昼はどうだった?」
ネクタイに指をかけながら電車が問えば、
「緊張した」
と塩田。
無心に寿司を食べていたような気がしたが、あれは緊張していたのかと納得した。
「やっぱり二人が良い」
Vネックのシャツにチノパンに着替えた電車に対し、塩田はハーフパンツにポロシャツという格好だ。特にお洒落でもなんでもない普通の恰好だが、普段は酷いプリントシャツを好んで着ている二人にしてはマシな方である。
ポケットに鍵とスマホを入れて完了。キャッシュレスとは実にシンプルで楽だ。
「チケット持った?」
「チケット……レシートのこと?」
「まあ、そうなのかな」
レシートと同じ用紙に印刷された予約引き換え券をチラリとスマホのケースカバーから覗かせる彼。
「大丈夫みたいだね。行こうか」
再び手を差し伸べると迷いなく掴む塩田。そんな小さなことがとても嬉しかった。彼の左手薬指には婚姻の証。
結婚とはただの誓いに過ぎない。
法の下に縛ることが出来ても心は縛れない。
人の心は変わってしまうものだから、どんなに縛ろうとしたところで永遠の約束でも保障でもない。
特に今の彼は気がそぞろ。電車は冷や冷やしっぱなしなのである。
それでも彼が自分を捨てて皇のところへ行くことはないと思うのは、塩田の性格と皇の言葉のお蔭。
「帰ったらゲームするの?」
予約をしていたほどだ、よほど楽しみにしていたに違いない。
車に乗り込みながら電車が問うと助手席に乗り込んだ彼は小さく首を横に振る。
「起動はしてみるけれど、やるのは別の日かな」
「どうして」
「紀夫とやるから」
チラリとこちらに視線を向ける彼が可愛い。まるで”やるよね?”とでも言っているようで。
「どんなゲームなの? 今日、少しだけやってみようよ」
途端に嬉しそうな表情を浮かべる彼。それは自分にだけ見せてくれる特別な表情。
「違うことがしたくなってきた」
「え?」
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