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11『幸せの扉叩いて』
9 不満の理由
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****side■塩田
「話なら昼間もした」
「うん、そうだな」
皇は深くソファーに身を沈め、優しい笑みを湛え立ったままの塩田を見上げていた。
スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツにネクタイという姿は仕事の時とは変わらないが、こんな風に寛いでいると雰囲気が違う。
「なあ、塩田。どうして急に結婚することにしたんだ?」
踏み込んだ質問をされるとは思わなかった塩田は一瞬言葉につまる。
「『おめでとう』と言っても不満そうな顔をするし、俺が板井と話していたら面白くないんだろう?」
何故急に婚姻の話を皇にしたのか、彼はそれを知りたいという。
「別に不満があるわけじゃない。皇は俺のことを好きだという割に淡泊なんだなと思っただけだ」
思ったことしか言えない塩田は自分が感じたことを感じたままに告げた。
それを驚いたように見つめる瞳。とても心外である。
「俺は塩田にとって元恋人と言うわけでもないし、親が決めた婚約者とかでもない。ただの上司だ」
彼の言うことは分かるつもりだ。
「それなのに、結婚すると言われて取り乱すのは変じゃないのか?」
”それとも”と彼は続ける。
「反対でもして欲しかったのか?」
なんだか泣きたい気持ちになりながら塩田は首を横に振った。
「じゃあ、なんて言って欲しいんだよ」
「わからないよ」
立ち尽くしたままの塩田の手を彼が掴む。伝わる体温。
簡単に諦めたくせに、好きでい続ける彼の気持ちが分からない。
「話して、塩田。どうして急に結婚することにしたのか」
「紀夫が不安がるから……。怖いんだよ、不安だから別れようと言われるのが」
「そんなことアイツは言わないだろ?」
板井に言われ、自分の気持ちを自覚はしたものの電車には恋人がいるのだと思っていた。何故板井がそのことを話してくれなかったのか分からないが、あのままそうだと思い込んでいたらつき合うことにはならなかったはずだ。
彼が自分のことを好きなのだと知った時、とても嬉しかった。
恋人と別れていたことを知った時、とても嬉しかったのだ。
一生付き合う覚悟で交際はじめたのに、不安要素があって離れていくと言うなら今すぐでも結婚した方がマシだと思った。
「そんな形で結婚したとして、お前は幸せになれるのか?」
不安を取り除く代償のような婚姻。
愛し合い、互いに求め合って、この先も時間を共有したいと思うから結婚はするものだ。少なくとも、この経緯は幸せの道とは言えない。
「反対はしない。でも、不安を取り除くための婚姻なら賛成もしない」
「でも、俺は紀夫に捨てられたくない」
初めての恋で自分は今、とても幸せだと思う。
けれども恋人が同じように幸せを感じていないと知った時の絶望感。
恋愛経験が豊富なら打開策もあるやもしれない。
恋愛初心者の自分には、彼の望むことを受け入れるしか道はなかった。それが幸せではないと言われたとしても。
「塩田。お前は電車が好きだから捨てられたくないのか、一人になりたくないから捨てられたくないのか……どっちなんだ?」
こんな恋は二度と出来ないと思う。
優しくて暖かい彼が好きだ。感情表現が苦手でもくみ取ってくれる彼がとても好きなのだ。
「どっちもだよ」
「そっか。なら、捨てられたときは俺が拾ってやるから。だからちゃんと話をして、幸せな結婚をしろ」
真摯な眼差しを向けられ、塩田は口を噤んだ。
簡単に諦めた皇が、捨てられたら拾ってくれるという。
きっとその時は自分に気持ちはないに違いない。そんなことを思っていると、
「信じられないという顔をしているが」
と心を読まれてしまう。
「お前に相手がいるうちは情熱を向けないだけだぞ?」
念押しされ返答に困っていると、
「それとも、行動にでも移した方がいいのか?」
と問われる。
「なんだよ、行動って」
「それは……」
”お楽しみだ”とはぐらかされ、塩田は頬を膨らませたのであった。
「話なら昼間もした」
「うん、そうだな」
皇は深くソファーに身を沈め、優しい笑みを湛え立ったままの塩田を見上げていた。
スーツの上着を脱ぎ、ワイシャツにネクタイという姿は仕事の時とは変わらないが、こんな風に寛いでいると雰囲気が違う。
「なあ、塩田。どうして急に結婚することにしたんだ?」
踏み込んだ質問をされるとは思わなかった塩田は一瞬言葉につまる。
「『おめでとう』と言っても不満そうな顔をするし、俺が板井と話していたら面白くないんだろう?」
何故急に婚姻の話を皇にしたのか、彼はそれを知りたいという。
「別に不満があるわけじゃない。皇は俺のことを好きだという割に淡泊なんだなと思っただけだ」
思ったことしか言えない塩田は自分が感じたことを感じたままに告げた。
それを驚いたように見つめる瞳。とても心外である。
「俺は塩田にとって元恋人と言うわけでもないし、親が決めた婚約者とかでもない。ただの上司だ」
彼の言うことは分かるつもりだ。
「それなのに、結婚すると言われて取り乱すのは変じゃないのか?」
”それとも”と彼は続ける。
「反対でもして欲しかったのか?」
なんだか泣きたい気持ちになりながら塩田は首を横に振った。
「じゃあ、なんて言って欲しいんだよ」
「わからないよ」
立ち尽くしたままの塩田の手を彼が掴む。伝わる体温。
簡単に諦めたくせに、好きでい続ける彼の気持ちが分からない。
「話して、塩田。どうして急に結婚することにしたのか」
「紀夫が不安がるから……。怖いんだよ、不安だから別れようと言われるのが」
「そんなことアイツは言わないだろ?」
板井に言われ、自分の気持ちを自覚はしたものの電車には恋人がいるのだと思っていた。何故板井がそのことを話してくれなかったのか分からないが、あのままそうだと思い込んでいたらつき合うことにはならなかったはずだ。
彼が自分のことを好きなのだと知った時、とても嬉しかった。
恋人と別れていたことを知った時、とても嬉しかったのだ。
一生付き合う覚悟で交際はじめたのに、不安要素があって離れていくと言うなら今すぐでも結婚した方がマシだと思った。
「そんな形で結婚したとして、お前は幸せになれるのか?」
不安を取り除く代償のような婚姻。
愛し合い、互いに求め合って、この先も時間を共有したいと思うから結婚はするものだ。少なくとも、この経緯は幸せの道とは言えない。
「反対はしない。でも、不安を取り除くための婚姻なら賛成もしない」
「でも、俺は紀夫に捨てられたくない」
初めての恋で自分は今、とても幸せだと思う。
けれども恋人が同じように幸せを感じていないと知った時の絶望感。
恋愛経験が豊富なら打開策もあるやもしれない。
恋愛初心者の自分には、彼の望むことを受け入れるしか道はなかった。それが幸せではないと言われたとしても。
「塩田。お前は電車が好きだから捨てられたくないのか、一人になりたくないから捨てられたくないのか……どっちなんだ?」
こんな恋は二度と出来ないと思う。
優しくて暖かい彼が好きだ。感情表現が苦手でもくみ取ってくれる彼がとても好きなのだ。
「どっちもだよ」
「そっか。なら、捨てられたときは俺が拾ってやるから。だからちゃんと話をして、幸せな結婚をしろ」
真摯な眼差しを向けられ、塩田は口を噤んだ。
簡単に諦めた皇が、捨てられたら拾ってくれるという。
きっとその時は自分に気持ちはないに違いない。そんなことを思っていると、
「信じられないという顔をしているが」
と心を読まれてしまう。
「お前に相手がいるうちは情熱を向けないだけだぞ?」
念押しされ返答に困っていると、
「それとも、行動にでも移した方がいいのか?」
と問われる。
「なんだよ、行動って」
「それは……」
”お楽しみだ”とはぐらかされ、塩田は頬を膨らませたのであった。
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